PASTORAL −88 「幕間劇:タースルリ 神の残映」

 低予算しかもらえない軍警察では、試薬を購入してもらえない事が多いので、ちょっと化学反応などに詳しい人物が、代用方法を考案することがある。
 ラウデが行ったのもその検査方法で、彼等が持っている積荷は『摘発対象』確実となった。
「キュリセン00059って言やあ、持ってるだけで有罪になるやつだろ」
 サイルの表情が青ざめる。
 知らずに持っているだけで犯罪になる麻薬が貨物室一杯のケースに入っているとしたら、どうやっても言い逃れはできない。
「大掛かり過ぎる。軍警察の点数稼ぎなんてもんじゃない。この麻薬を大きく動かすなんて事は、軍警察でも出来ないはずだ」
「まさか……奴隷狩りか? ここまでやって元取れるのか?」
「金は持ってるんだろ。だから後は栄誉だけだ……相当なのが関わってる。00059を移動させても、荷物検査に引っかからないようなデカイ所だ。非認可の船の乗組員を全て纏めて奴隷にする気だ……サンティリアス、逃げろ」
「ラウデ!」
「俺はまだ下級貴族だ。奴隷に身分証を書き換えるのは手間がかかる。その間にどうにかするが、お前だ最初から奴隷の上に知識もある。捕まったら即座に転売だ」
 ラウデは倉庫から急ぎ足で金庫に向う。金を全て引き出すと、サラサラに渡し、
「サンティリアスと逃げろ。女一人探すのは難しいから、絶対に捕まるなよ」
「お前はどうするんだよ!」
 サンティリアスが詰め寄るが、ラウデは手首を掴んで引き離す。
「全員逃げりゃ追ってくるが、奴隷に出来そうな身寄り無しの下級貴族が一人いれば、奴らもあきらめが付く。早く逃げろ、サイルもだ。それにあの戦艦の軍警察番号……帝星で評判の悪かった、ウライジンガが飛ばされた第200577警察署だ。あいつなら警察の評判下げても自分の懐暖めるさ。早くしろ! ……それに、まだ警察官にも良心が少しは残っているらしい」
 ラウデが外をモニターに映し出すと、彼等以外にも異変を感じ、貨物船を置いて逃げようとしている他の船の乗組員がいた。
 警察のほうでも、余所見をして見逃しているのがありありと解る。
「あの辺りから逃げろ」
 銃を肩に下げ、余所見をしている彼等も、これが平民などを狩って転売するのだと知っているが、抵抗できないのだろう。
 署長だけでも意見できないのに、それ以上の誰かが背後に潜んでいるとなると。
「俺も残るよ、ラウデ」
「兄さん?」
「ラウデ一人で満足できないと困るし。平民だから、奴隷にするにはサンティリアスよりは手間かかるでしょ。ラウデと一緒に何とかするから、頼むよサンティリアス。サラサラの事、この通り」
 サイルが頭を下げる。
「……行くぞサラサラ」
「う、うん!」
 サンティリアスもサラサラも馬鹿からは程遠い。
 ここで『一緒に逃げましょう!』などと騒いで、全員が窮地に陥るよりかは、
「何とかして助け出すから、黙って待ってろよ。ラウデ、サイル」
 そのほうが、よほど建設的だ。可能性は皆無に等しくとも、全員捕まって逃げ出すよりかはまし。
「期待してる」
 その言葉を受け、二人は船を降り先ほど見逃してくれていた警官の方へと歩いていった。
 サンティリアスは念の為に金を落とす。賄賂をかねてわざと落としたのだが、警察官五人はそれを拾って「落とさないように」言いつつ、二人を囲んだまま警戒網の外へと連れ出した。
 何を言うわけでもなかった彼等の一人が突然、
「ただ今、密輸船団の摘発を行っておりますので、民間の方の立ち入りはご遠慮願います」
 そのように敬礼した。
 警察官達は、サンティリアスとサラサラが住民だという姿勢で接した。
「は、はい……」
 二人は頭を下げて、走って逃げた。助けてくれた人を信頼できないのは悲しい事かもが、彼等が後で二人を狙ってくるとも考えられる。何かを要求してくる可能性も。
 それらを考慮して、二人はとにかく身を隠す事に専念することに決めた。
 一方、残ったラウデとサイルは、
「投降する? ラウデ」
 後始末に追われていた。
 万が一の為にサンティリアスとサラサラの記録を消し、そして自分達の身元を確認しやすくするものの処分する。
 奴隷として転売する以上、彼等の過去を辿れるデータは消し去らなくてはならない。それを手繰る糸になりそうなものは、全て先に処分する。奴隷にされるまでの時間を稼ぐには、自分自身で全てを消し去るしかない。
「そうだな。無駄な抵抗をしたら、面倒になる。やれやれ、はめられたにしても退職金ははたいて買ったこの船は没収か」
「助かりそう?」
「売り物だからな、殺しはしないが」
 サイルが投げてきた酒を口に運びながら、ラウデは胸元のポケットからケースを取り出す。
「写真? 映像紙に落としてるのって始めてみるな」
「まあな。これ以外はデータバンクにあるから良いんだが、こいつはな」
「誰それ?」
「俺と弟と宮中伯妃様と大公殿下さ。一度だけ四人で写した。大公殿下が後でわざわざ紙に写したの持ってきてくださってな」
 ラウデが差し出した写真に写っている、四人。
「綺麗だな、宮中伯妃様。大公殿下は……似てる似てる! パッと見ロガ皇后だけど、よくよく見ると宮中伯妃様に似てる」
 サイルが返してきたそれに、ラウデは火をつけた。
「どうせ処分されるからな。過去のわかるものはあったら面倒になるから」
 サイルも酒を飲みながら、船のデータを消してゆく。
「生きていれば会えるって所かな」
 二人は苦笑いをしながら、逃げた二人の身元を綺麗に消し、酒を飲み終えてから船から降りた。

 軍警察の戦艦が、多数の非認可船を引き連れて去っていったのは時間にして僅か。手馴れた摘発、と表現するのが正しい程、淡々とそれらは去っていった。

 サンティリアスとサラサラが集めた情報では、あの軍警察の戦艦は何時も同じ事をくり返しているのだという。
「可笑しいよね。非認可船がいっつも麻薬運んでるんだからさ」
「そうそう。点数稼ぎに自演だろうな。ひっかかったヤツ可哀想だが……アレが絡んでんじゃな」
 二人で酒場に入り、今日の出来事を何時ものように語る酔っ払いたちの話に耳を傾ける。露骨に今日自分達の身に降りかかった事を人に尋ねるわけにはいかないが、情報は欲しい。二人は酒を口に運んでも、全く酔うことなく、喧騒の中から必要な情報だけを集めた。
 警官達が去った後に偽名で借りた安宿に戻ると、集めた情報を付き合わせる。多くの情報は集められなかったが、ラウデが呟いた通り今日来た警察は『第200577警察署』で、警察署長はウライジンガだった。
 そして、
「あれってナンだろう?」
「恐らく貴族を指してるはずだ。まだ開拓団星域には入ってないはずだから、どこかの貴族の領地なんだろう」
 助けるにしても相手が貴族では、太刀打ちが出来ない。この星に住んでいる者達も、見てみぬフリをするくらい。この近辺で訴え出たとしても、どうにも出来ない。そうだとしたら、それ以上の場所で発言をする必要がある。そして貴族と渡り合える相手。
「助けるっても、あの階級が絡んでるんだったら……」
 平民や奴隷では全く相手にならない。
「帝星に行こう」
「サンティリアス?!」
「俺達に手段があるとしあら……琥珀のだ」
 かつてサンティリアスを助けた『皇子』
「どうやって会うつもり?」
 今は宮殿に住まう彼に会うのは至難の業だが、自分達二人だけの手で、この大掛かりな『人狩り』をどうにかするのは無理。それよりかならば、過去に一度だけ会った事のある『皇子』に渡りをつけるほうが、まだ現実味がある。
「ラウデが働いていた警察署の署長。まだ署長だろうから、そこから……それしかないだろう!」
「手、貸してくれるかな?」
「さあ。駄目だったら、また別のこと考えよう。でもな、あの皇子は多分……不正とか嫌いだ。だから、今回のこいつらと手を組んでる事は先ずない。考えるより行こう。帝星にたどり着くまで時間もかかるし、苦労もするけれど」
 見た目とは全く違い強く、そしてどこかぼんやりしたような皇子。
 人を突き放すような美しさを持っていながら、知れば結構人が良い皇子に会うために、サンティリアスとサラサラは帝星に向けて出発した。その日は、エバカインが帝国防衛戦役に初陣した日と重なる。

「間劇:その白骨の名を知り給うもの − 終 −」

Fourth season:第一幕に続く

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