PASTORAL −87 「幕間劇:タースルリ 神の残映」

 ターシュバン開拓星系に向う途中の惑星で、輸送船団は補給をしていた。
「ハーカン星域にも作られてるぞ。あのワープ装置」
 宇宙船はどれも型落ちした年代ものばかりで、航行スピードはそれ程速くはなかった。そしてグレードも高くなく、住環境もあまり良くない。
 宇宙を航行する事だけを念頭におかれた造りが多く、住環境をそれほど重視していないからだ。
 それに搭乗し仕事をしている彼等にとって、中継地点で休憩をいれるのは何よりの楽しみだった。
 余談だが、エバカインが前線に向うまで搭乗した『皇帝陛下の空母』は『宇宙をゆく離宮』と呼ばれており、その空間は生活に全く差支えが無い。実際、エバカインは遠征の往復一度たりとも惑星に降りてはいない。
 それほどストレスが溜まらない空間なのだ。何せ空母には庭園もあれば、小さな湖も存在し、それに小船を浮かべて遊ぶ事も可能。
 そして皇帝が戦闘を指揮する際に搭乗する『皇帝陛下の旗艦(ダーク・ダーマ)』は『世界最速』と呼ばれる。
 検問もなければ、通常航路として使っていないスペースだろうと進むことができので、そういわれている。
 ただ道なき道を進んでいるといわれるそれを、普通の船からは見る事はできない為、それが事実なのか? 一般人は知らない。
 その皇帝色(純白)一色で塗られた戦艦をなど一生見る事もないだろう、辺境へ物資を運んで日々の糧にしている彼等は、
「移動距離、どれ程縮むんだ?」
 互いに情報を交換しあっていた。情報交換という堅苦しい事よりも、専ら噂話に花を咲かせるだけなのだが。
 ワープ装置云々を語り合った所で、非認可の船を操縦している彼等には一生関係のない事。ワープ装置は帝国が所有しており、使用に手間がかかる事から、いまだ軍用にしか用いられていない。
 帝国最前線、対異星人戦役の際に向う行軍に使われる程度に止められている。
 惑星を真っ二つに切ったような装置で、出発地点と着地地点で操作を行わなくはならない。今現在はこの間の移動距離も限界がある。それらを改良するべく、日夜研究が行われてもいる。
 ただワープ装置はその使用に莫大なエネルギーを消費する為、どれ程努力をしても固定式でしか使えない。
 それが戦艦一つ一つに積まれれば、戦闘は楽になるだろうが、ワープ装置を積んだ戦艦など作ろうものなら恐らく異星人の巨大戦闘機以上の大きさになってしまうだろう。遠い将来でも、民間船の移動には使われないだろう移動距離短縮装置。それがどんなモノなのか、彼等は想像を豊かに話を続ける。
 話というのは“流れ”があるので、ワープ装置の話題の後は大体、帝国防衛戦役に移る。人類と相容れぬその生物との戦いは、無関心ではいられない。
「あの第三皇子も遂に帝国防衛戦役に出るらしいな。強さなら相当だって聞くしよ」
 それに対する最強兵器操縦者、いわゆる帝国騎士に関しても。
「でもあの皇子、辺境に飛ばされるんじゃねえのか?」
「綺麗で恐い顔の皇子だよな、それ」
 最近の噂は、帝星に戻った第三皇子の話題だった。
 元々話題に事欠かない第三皇子・エバカイン。紆余曲折を経て大公になった彼に関し、人々は想像をたくましくしていた。
 大方の人間の想像は、全く当っていない。氷の彫刻のような美貌を持つ、怜悧な頭脳を持った冷静沈着な皇子。
 見た目だけでそう言われているエバカイン。
 その話題が出るたびに、タースルリの面々は顔を見合わせて小さく笑う。声に出して言うことは出来ないが、皇子を乗せた事もあれば、話をした事もあるんだぞ。そしてなにより『皇子そういう人じゃありませんよ』という真実。
 多くの人に、冷静沈着と誤解されている皇子の『ラウデとサンティリアスの関係を知った後の、不自然極まりなさ』
 あまりに不自然さに、サンティリアスまで笑い出した程だった。
『ごめんよ。自然に接してるつもりなんだけど』
 その混乱する姿に怜悧な皇子の姿はなく、ラウデの語る『滑り台から飛び出して行った子供』の姿でしかなかった。
 エバカイン、子供の頃滑り台を駆け下りたのはいいが、勢いが付き過ぎた上に超人的な脚力を誇る足に力を込めすぎたらしく、公園の柵を越えていったことがあるのだそうだ。着地はその類稀な運動神経で何とかしたのだが、類稀な運動神経があるのなら、滑り台から走る際に少し調節すれば……。
 そんな噂話を聞きながら補給も済み、そろそろ出発でも……となった時に、
「軍警察……」
 非認可の船団の前に警察の戦艦が現れた。数は多くないが、非武装の貨物船など簡単に沈められるだろう。その戦艦が着地し、バラバラと警官が降りてくる。
 別の船の船長が、そこに話をつけに向った。それを見ながらラウデは、
「船に戻る」
「ど、どうした? ラウデ」
 三人に急げと告げた。
 相手が本物の警官である事は、ラウデには直ぐに理解した。
 その配置から『こちらの状況を正確に知っている』事も。『戦艦から降りて制圧しにくる』という状況、これが既に内通者を表していた。
 警察の方でこの非認可の船団は武器を持っていない事を知っている。だから、わざわざ戦艦から降りて、警官を配置したのだ。
 普通ならば武器を警戒し、戦艦から威嚇射撃を行うがそれがなかったところからも明らかだった。そして、狙いが所謂点数稼ぎ、犯罪摘発数を上げることでは無いことも。摘発するならば、やはり上空から威嚇射撃なり何なりしてくるはず。
 それを行わなかったのは、別の目的があるためだ。
 軍警察が非認可の船を逮捕する際の罪状の多くは密輸、
「積荷を確認する」
 それを知っているラウデは倉庫に走り、積荷を確認する。ケースの表書きは、ただの医薬品。どこにでもあるものだが、間違いなくこの中身が関係している。
 罪を偽造する場合は、先に砲撃を加えるのだ。それによって『証拠品がなくなった』と申し出る為に。それと『向こうが先に攻撃してきたので、仕方なく』この二つの言葉は、摘発数を偽造する際の抱き合わせ品。
 だが今の戦艦は、威嚇攻撃もなしに警官を降ろした。それは、こちら側に既に偽造された証拠が存在する事を指している。
 逮捕される理由、それは、
「ラウデ! 荷物を?」
 ラウデはケースを開いた。その中にあったのは、表記通りの薬。表記通りの薬であれば彼等は逮捕されない。ラウデはそれを持って調理場へと向った。
 他の三人は何が起こっているのか良く解らないが、ラウデの後に続く。ラウデは鍋にそれにあけ、合成調味料三種類と、酒を混ぜ熱する。
「ラウデ、まさか?」
 サンティリアスにもそれが何なのか、だんだんと見当がついてきた。
 船長である以上、危険なモノの見分け方は一通り覚えておかなくてはならない。
 『試薬』が無くても調べられる方法、それらも航行途中の噂話で出たりもする。『試薬』は高価で保存にも相応の器具を必要とするため、簡単に調べられる方法は覚えておくのが基本だ。その簡単に調べられる方法を考え出すのが、軍警察。
「サイル、食パン準備してくれ」
 彼等は仕事を受けた時、多数の同業者と一緒であった事と、依頼者の身なりが極普通であった事、とても常識的で疑う余地の無い仕事であった事で、若干危機感を失っていた。
 この反応で”確認”されれば、『これ』を所持しているだけで刑法に違反する。
「はい、食パン」
 サイルから受け取った食パンをラウデは調味料が入り混じった茶色い液体に浸した。
 白かった食パンが、一瞬にして黒く染まる。
「ああ!」
「はめられた……こいつは麻薬だ。キュリンセ00059」
 彼等の積荷は麻薬。

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