ALMOND GWALIOR −76
 皇帝と奴隷の関係は中々進展しない。放置しておけば進展するような楽観視できる期間は既に過ぎたと、ランクレイマセルシュ指揮の元、お后対策室が設けられた。
 ロヴィニア王をそんな行動に走らせた理由は、
 ”奴隷は未だ処女で”
 なるミスカネイアの報告。報告を聞いた四王の腰が浮き、無言で暫く口を動かした後に各々絶叫した。
『デウデシオン! 貴様、隠していたな!』
 帝国宰相に詰め寄っている四王に、ミスカネイアは一人冷たく言い放った。
『陛下を理解していらっしゃったら、既に手を出されたなどとは考えないでしょう。陛下でしたら、抱かれたら絶対に宮殿に連れて帰って来られるでしょうし。陛下の奥手は今に始まった事ですか? どんな皮算用や妄想などを抱いていたのかは知りませんが……甘いですね』
 甘いと言われて四王は怒るどころか、頭が冷えて顔を見合わせてから違いに頷き帝国宰相から離れ、離れられた方は、引っ張られ崩れた着衣の襟を正した。
 その会議の後、帝国宰相が総指揮ではお后など得られんと外戚王がはみ出し、のさばり対策室を設けた。
「ランクレイマセルシュ。あのねえ」
「帝婿。私にも考えがある」
「構わないけど、対策室の設置にこの宮の一部を貸した料金は取るからね」
「そうだな。まずはそこから始めんと落ち着いて策も練られんな!」

 生き生き資金繰りを計算し始めた甥に、帝婿はやれやれと熱湯玉露を淹れて、猫舌の彼にそっとさし出した。

 全てが 《奥手でも仕方ないかあ》 諦めて納得できてしまう皇帝と奴隷。
 帝国で最も身分の違う二人を皆で見守る日々はまだ暫く続きそうであった。その二人を近くで見守るという任務を背負っているザウディンダルとカルニスタミアの関係に変化が訪れる。
 実際はカルニスタミアは以前に語ろうとしたのだが、エーダリロクからの通達で少し延ばしただけのこと。
「了承してもらえるだろうか?」
 カルニスタミアがザウディンダルに肉体関係を切る事を持ちかけた。
「あ、ああ……」
 カルニスタミアは性格上、完全に関係を切りたかったのだが、
『それをされると俺が困る。ザウの自殺未遂の原因はまだ解明されていない。その原因が解明されるまでは、適度に距離を保つ程度に。肉体関係? まあ、切ってもいいんじゃないの? 俺にはそれがどのくらい大事なのか解んねーし』
 管理者であるエーダリロクに言われて、自分なりに考え距離を取ることにする。
「儂との肉体関係が途切れれば、徐々に兄王の態度も軟化する……とまでは言わねえが、まあ……儂が何とかするから」
 帝国宰相が自分に向かって言った言葉に抵抗する意味も込めて、そこだけははっきりと分けた。
「う、うん……」
 何よりも両性具有の寿命は五十年前後。二十五歳になったザウディンダルに残された時間は多い物ではない。
「敵に回るとかじゃねえ。困ったことがあったら言ってくれ。出来る限り協力するからよ」
 他人に協力して貰う事がなかったザウディンダルは、躊躇ったがそれらには触れずに ”これからも陛下と奴隷の身辺に注意を払っていこう” とだけ語り、一人になりたいからと部屋から出て貰った。
 カルニスタミアが去った後、ザウディンダルは自分の世界がとても狭いことに気付いた。ザウディンダルの世界は兄弟の作った僅かな平穏な地だけであって、他国とは何の繋がりもないという事を。
 ザウディンダルの部屋から何事も無かったかのように歩き続けたカルニスタミアは、建物の外に出て腕を組み壁に背中を預けて力無く息を吐き出す。
「助けてくだ……」
 警察署を取り囲む壁は、奴隷が迷い込まないように、そして今まで奴隷を虐げて遊んでいた警官を逃がさないようにする為に、機動装甲を用いて三時間ほどで作った物で高さは200m程ある。出入り口は勿論存在するが滅多な事では開くことはない。隔離している警官が逃走するのを防ぎ 《彼等》 は200m程度の壁ならば、簡単に越える事が出来るので、存在しようがしまいが、任務には差し支えのない物だった。
 警官達も乗り越えられさえすれば、今まで傍若無人に振る舞っていた奴隷の住む区画へと向かえる。向かった先でかくまって貰えるかどうかまでは別ではあるが。
 壁によりかかり、逃げ道はみえるも通常の人間には閉ざされた空間で響くのは射撃音と、少し遅れて液体の詰まった物体が弾ける音。
 音を聞きいてカルニスタミアは、ビーレウストが遊んでいるのだろうなと思いながら目を閉じた。
 ビーレウストが殺し終え、片付けるように命じられた警官達が ”明日は我が身” の死体を片付けが終了し静けに包まれた空間で、ゆっくりと目を開き、

「さて、戦ってみるか」

 皇帝の為に何時でも好転を保っている青空を見上げて呟いた。
 戻ったカルニスタミアは、エーダリロクに報告に向かう。関係を持つ事に関しては何も言ってこなかったエーダリロクに別れに関して報告するのは、いささか不思議な気もしたが、管理者としての仕事ぶりに尊敬もした。
「肉体関係だけを絶った。これによる体調、精神の不調に関することは、任せていいか? エーダリロク」
 椅子を勧められたが断り、視線は室内の管理用の多数のモニターに向けながら、それについて語った。
「ああ」
「それとエーダリロク」
「何だ?」
「答えられないものならば無理強いはしないが、ザウディンダルの寿命はどうなっている? 寿命自体はこの際、教えてくれんでも良い。帝国宰相が知っている可能性がどれ程のものか知りたい」
 カルニスタミアにとり、それが最も腹立たしかった。
 両性具有の寿命は五十年前後、それを知っている筈の帝国宰相の言葉。ザウディンダルの寿命を知らないでの発言ならば 《知る事ができるのに、何故知ろうとしないのだ?》 であり、知っているのであれば 《知っていながら良くも此処まで無視できるものだ》 そう怒鳴り付けたい気持ちだった。
「ザウディンダルは俺と同い年だから二十五だったな。寿命は教える気はないが、測定はされている。帝国騎士は寿命を耐用年数として、死直前に戦死させる方向に傾いている。この考え方はおかしくはないが、恐らく帝国宰相は弟の身体を粉砕したくないんじゃないか? だから戦死……戦死も粉砕だけど、目の前で粉砕器にかけられて骨粉にされるのは耐えられないからじゃないか」
 エーダリロクははっきりとは語らなかったが、ある程度は答えた。
「それは答えとして受け取る。それで良いか?」
 ”目の前で処分されることが耐えられない” それは帝国宰相はザウディンダルの寿命が自分よりも早く尽きる事を知っているに他ならない。
「答えとして受け取ってくれ。帝国宰相は間違いなくザウディンダルの寿命を知っている。俺も知っている、あと知っているとしたら帝国最強騎士とお前の兄貴だろう」
 エーダリロクは操作卓を片手で操作しながら、半身をカルニスタミアに向けて教えた。
「……エーダリロク」
 王子としては行儀の悪い座り方をしているエーダリロクと向かい合い、カルニスタミアは ”ある種の思惑” を持って、秘密と知った事柄を語る。
「どうしたカルニス?」
「お前はケシュマリスタ王城アーチバーデに ”華冠の塔” と呼ばれる隔離施設があるのを知っているか?」
「知らねえ…… ”華冠の塔” な」
 エーダリロクは存在すら知らなかった隔離施設 ”華冠の塔”
「そうだ。元は ”虚飾の館” と呼ばれていたらしい物だ」
「聞いたこともねえな」
 ただ隔離施設と聞き、両性具有に関わるものだろうと ”アタリ” は付いた。その事をエーダリロクの表情から読み、ゆっくりと頷く。
「そうか」
 カルニスタミアの態度と表情に、まだ奥があるなと理解したエーダリロクは即座に画面に取引金額を映しだし、指さす。
「なんか、思わせぶりは言い方だな。俺は取引なら乗るぜ」
 ”買うぞ” と無言で圧力をかけると、カルニスタミアは頭を振り、
「お前に取引を持ちかけられる程、儂は経験を積んじゃあおらんし」
 否定した。もちろん焦りなど無い余裕に満ちた態度で。
「よく言う」
「お前ならばこの断片から何かを組み立てられるのではなかと期待してのことじゃ。売れる程の量の情報は持ち合わせておらぬから、世間話程度に聞いてくれ」
「解った。じゃあ、ジュースでも飲むか」
 エーダリロクは立ち上がり、再度椅子に座るように促してグレープフルーツジュースの瓶を取り出し、コップに氷を二つずつ放り込み、椅子に座ったカルニスタミアの隣に座りコンソールの生活部分と呼ばれる、食事などを置くスペースにコップを置きジュースを注ぐ。
 一気に飲み干したカルニスタミアに、もう一杯注ぎ自分も喉を潤すとは違う、何かを吹っ切るために苦みのある液体を飲み込み、口を開くのを待った。
「それで ”華冠の塔” の呼び名は最近復活したものらしい。儂がケシュマリスタに滞在していた頃には既にその名で呼ばれていた。この華冠の塔じゃが、ケスヴァーンターン一族以外は立ち入れん仕組みになっておる。造りとしては、巴旦杏の塔を制御する四王の柱にもよく似たものじゃろう」
 カルニスタミアは二杯目を飲み終えると、グラスを手に氷を時に回しながら話始めた。
「ケスヴァーンターン一族?」
「そうじゃ。儂やお前はケシュマリスタ王族ではないが、ケスヴァーンターン一族ではある」
 ここに厳密な違いがある事を知る物は少ない。厳密な違いを知っているエーダリロクは、肘をつき体重を乗せて身を乗り出し尋ねる。
「華冠の塔には当然入れたんだよな」
「入る事は可能だった。入った所、塔はレベル毎に区画が設けられておって、儂が立ち入れたのはレベル3まで。用事があったのがレベル3だったわけじゃがな。他にも区画があった」
「最高はレベル4か……物理的封じ込めも含んでいるわけだよな」
「当然そうじゃろうな。そしてレベルは4までしかなかったな」
「何でお前がそこに足を運んだんだ? カルニス」
 エーダリロクが初めて聞くケスヴァーンターン一族のみが立ち入る事の出来る ”華冠の塔 もしくは 虚飾の館”
「叔父皇婿からの依頼じゃよ。正確には皇君が叔父皇婿に依頼した。何でも置き忘れたものがあるので、処分して欲しいとな」
 簡単にラティランの許可は下り、そして自分で取りに向かった。置き忘れた品は手書きの楽譜で ”皇君は作曲もするのか” と思いながら、処分にも困るので送り届けるように指示をだした。
 たったそれだけの出来事だったが、その時は指定された場所が隔離された場所だとカルニスタミアは知らなかった。
「あの人、正配偶者になってから一度も大宮殿出た事はない筈だ。そこに置き忘れた物があるって事は、皇帝の正配偶者が隔離施設に入れられて居たって事か?」
「エーダリロク」
「何だ」
「儂が華冠の塔が隔離施設だと知ったのは、一ヶ月程前のこと。陛下の内側にあった情報じゃよ」
 奴隷を助ける為に正気を失ったシュスタークを落ちつかせる為に記憶を覗いた際に、それを知った。シュスタークは父の一人が隔離された場所から迎えられた事を知っていた。
「…………」
「陛下は皇君に何かを尋ねた。そして皇君は陛下に何かを告げた。その結果、儂は華冠の塔が隔離施設だと知った。それ程深くは覗けなかったが、それだけは確かだ。隠された場所ではあるが隠されてはいない場所だ。陛下に ”両性具有について” と前置きして尋ねてみりゃあ、答えてくださるじゃろうよ」
 カルニスタミアは ”美味かった” と言い残し、グラスを置いて立ち去る。エーダリロクは言葉を掛けることもなく、
「…………」
 黙ってカルニスタミアの足音が遠離るのを聞いていた。
 エーダリロクにその情報を告げたカルニスタミアは、そのまま警備の仕事に向かう。

「エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル、貴様は何を見て何を考え、そしてどう動く?」

 エーダリロクはモニター越しに出て行くカルニスタミアを眺めながら、無言のまま会話を始めた。
− あんた知ってたか?
 ”あんた” と呼びかけられた帝王は、観ることは出来ないが小首を傾げるかのような雰囲気を伝えた後に、楽しげに語り出す。
《”虚飾の館” が ”華冠の塔” と呼ばれるようになった由来は知っている。これは帝国に関わる問題ではないから、さほど重要視していなかった。むしろ可愛らしい由来だ》
− 隔離施設の名称変更が可愛らしいって、と言うか、あんた可愛いモノ好きだな
《かなり好きだ、幼児など大好物だ》
− あんたが言うと、本当に食っちまいそうだ
《幼児など腹の足しにもならん。それで廃墟王城アーチバーデ。その一角にある ”虚飾の館” は両性具有を皇帝に差し出す為にある程度育てる施設が整っている。とある時代に両性具有が一人存在し、その者が……》
 帝王であったザロナティオンの語った、名前が変化するに至った出来事は、本当に小さな事で、虚飾の館の存在を知っている人以外では、ケシュマリスタ王族ですら知らないような ”物語” だった。
− 知らなかった。そんな事があったんだ。良い話は聞かない王だったが、割と……驚いた
 聞き終えたエーダリロクはその鋭い目を見開き笑った。それは裏のある笑いではなく、本当に楽し話を、背後に潜む何も探らなくても良い話に対しての純粋な賛美。
《私も知らなかったが、バオフォウラーが教えてくれた》
− ビシュミエラが? あ、そっか。あの神聖皇帝はケシュマリスタの出だったな
《バオフォウラーの祖先、暗黒時代に名乗りをあげたサイダレンディランダは ”虚飾の館レベル3” に隔離されていた》
− ……
《虚飾の館、華冠の塔。レベル2はケシュマリスタ王族犯罪者幽閉場所であり、レベル4は両性具有の飼育場所だ》
 レベル4はエーダリロクの予想通りであり、レベル2は隔離施設なのだから当然だろうと頷く。
− 聞いちゃヤバイと知りながら聞くけどよ、レベル1とレベル3は?
《レベル3は異形が隔離され、レベル1は王の私的な空間だ。レベル1は門の機能を持つ。王の私室だ、出入りは厳重警備されている。そこだけが出入り口だとしたら、隔離は巴旦杏の塔以上の厳重さだろう》
 ケシュマリスタ王の私室は隔離された世界への門。
− 華冠の塔がそこじゃあ、気付けるわけねえな
 二度ほどそこに通された事のあるエーダリロクは、案内された部屋以外は見せてくれとは思わなかった。王の私的空間に招かれ、王子として挨拶をして立ち去った。その向こうに別の世界があるなど考えもしなかった。
《忘れていたのだが、かつてバオフォウラーが教えてくれた事があった。ある種類の異形は変わった口調で喋ると》
− 変わった口調?
《皇君はケシュマリスタ出だが、我輩と言うだろう》
− 俺達からみたら皇君の ”我輩は〜” よりも ”僕は何々だよ” のほうが、変わっているように感じられるけどよ
《私、僕、儂、我、余は一人しか指さない。我輩は一人を指すが、多数を指す言葉でもある。ある意味、お前と私は ”我輩” でもある》
− ……
《あの皇君は人称からして多数の人格を有する異形だ。近衛兵団団長のように、単一異形ではない》
− へえ……
《そしてここからが問題だ。”我輩” である異形がレベル3に隔離されていたのはカルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローンの言葉で裏が取れた。となると、あの皇君という男は……》


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