ALMOND GWALIOR −77
 潜入任務で気軽に人殺しに出かけられないビーレウストは、気晴らしに 《処刑するから殺しても構わん》 と言われている警官達を狩って、鬱積した気分を紛らわせていた。あまり気分が高揚しないなと思いながら、血の匂いから離れた所で狙撃しているビーレウストの耳に 《あちぃぃ!》 《七枚全部熱いのかい? ランクレイマセルシュ》 《私の舌は十三枚半!》 《切っても生えてきそうだね》 《馬鹿を言うな、切った舌から身体が構築されるわ!》という声が聞こえてきた所で、顔を手で覆い射撃を止めた。

 集中力が切れたというか、霧散してしまったのだ。

 後片付けをするように命じ、銃の手入れをし終えてから部屋へと戻ることにした。その途中にあるザウディンダルの部屋の前で足を止める。
 カルニスタミアがザウディンダルと関係を切る方向に進んでいる事を聞いていたビーレウストは、扉の前で少しだけ考えて声も掛けずに扉を開いた。
 管理区画での私室は、内装を作り替えた際に鍵なども設置されたが、基本的に彼等五人しか居ないので、誰も鍵をかけたりはしない。他人の物を盗むような輩でもなければ、盗まれて困るものもない。
 精々キュラが情報を求めてエーダリロクの周囲をうろつく位で、物品の盗難もなく、殺されたりするわけでもない。
「よお、ザウディス」
「ビーレウスト……何か用……」
 他人の部屋に許可も得ずに入ってきたとは思えない程、堂々と突き進んできたビーレウストは、ザウディンダルの腰に腕を回して、もう片方の手で顎を掴み、
「俺と寝るか」
 そう言うと、ザウディンダルの下唇を軽く噛む。
 反射的に唇を覆い隠したザウディンダルだが、直ぐに離して、
「ああ」
 その誘いに乗った。
 ビーレウストの首に腕をまわし返事を返すと、ほぼ同時にベッドに押し倒された。ビーレウストは女を抱くより少々乱暴にザウディンダルを抱く。

「休んでいかないか?」
「要らない」
 さっさと着替えるビーレウストの後ろ姿に、
「素っ気ないってか……何で女に人気あるんだろ。やっぱり顔かなあ」
 曖昧な笑顔を浮かべながらザウディンダルは、本当に身体だけで去ってゆく、つれない態度のビーレウストに声をかける。
 掛けられた方は否定は ”女に人気” の部分は否定せずに、
「お前も普通にしてりゃあ、女に人気でてもおかしくない顔なんだけどなあザウディス」
 ザウディンダルとは違い、はっきりとした笑い顔で言い返す。言われたザウディンダルは、上目遣いにビーレウストを少し眺めて首を傾げてから、
「お前が人気あるのは、男だからだな」
 否定の意を込めて首を小さく振り、力無く笑った。
「これでも俺は純正の王子だぜ。多少気ぃ狂ってやがるが、金はあるし弁えてりゃあ優しいもんだ。これで女に惚れられなけりゃ、よっぽどアレだぜ」
「アレってなんだよ。人殺しが自分で優しいとか言うな。空々しいってか気持ち悪い。それに ”気ぃ狂ってやがる” ってまるで他人事みたいに……大体お前 ”蝕” タイプじゃないだろ」
「俺は確かに ”球” だから、他人が聞けば変だろうが ”球” でも、結構客観的に見られるもんなんだぜ。狂気に落ちている自分ってのは」
 確りと手袋を嵌め、指の動きを確認してホルスターの片側に銃を、片方に刃の厚い剣を指して、風を切るようにマントを舞わせ肩に合わせて留める。
 その一連の動きはまさに軍人であり、王子。
 野暮な事聞いたなと思いながら最後に髪を弾き、流れるようになったその髪の下にのぞく首筋と、黒髪に映える赤と金、そしてオレンジの宝石を使ったイヤリング。宝飾品に興味が無く、ほとんど持っていないザウディンダルが見ても、王子の風格に相応しいその品は、ビーレウストの育ての親とも言うべき帝君の形見。
 まだベッドの上に裸で身体に触れる全ての物に敏感に反応してしまうザウディンダルに近寄ると、
「また相手してくれよ、ザウディス」
 そう言って頬に唇で軽く触れた。
「此処にいる間はな」
「それで充分。むしろ大宮殿でお前のお兄様こと帝国宰相の目をかすめてまで抱く気はない。前回で懲りた」
 前回此処にいるエーダリロク以外の四名が、乱交状態の際に帝国宰相が踏み込み、その後お咎めはなかったが、視線が冷たく痛く、そして殺意に満ちていたこと、ビーレウストは忘れられなかった。
 特に殺意に満ちた視線を向けられる度に、背筋を登ってくる快感という人殺しの衝動は、女を抱く程度では味わう事の出来ない、中毒になりそうなまでの物だった。
「兄貴は悪くないぞ」
 落ち着いた帝国宰相があの視線をぶつけてくる事は無くなったが、またザウディンダルを物のように扱っている場面に踏み込まれた次は視線だけではなく、本当に殺意が肌の上を滑るのではないかと考えると ”たまらない” のだが、それで騒ぎを起こすのは理性を持って留めていた。
「まあな」

 殺意が向けられたら良いなと考える自分が悪い事くらいは、理解している。

 ザウディンダルの部屋を出たビーレウストは、自分の部屋ではなくエーダリロクの私室と化している第一通信室に真っ直ぐ向かった。
「交代の時間だ」
「おっ! 来たかビーレウスト」
 軍警察の制服に着替えたエーダリロクが到着を待っていた。
「カルニスタミアの奴は変な行動取ってねえ……ようだな」
 奴隷の警備に向かっているカルニスタミアが映っている画面を眺めながら、置かれている油で揚げ砂糖をまぶした甘藷のスティックを口に運ぶ。
 カルニスタミアは皇帝の意識と感情が混じり合った結果、奴隷に対してかなり深い愛情を抱いた。それが紛い物だと解っていても、自分の理性が焼き切れて襲いかけた。それを知っているので、警備に戻って来た当初は単体での奴隷の見張りから全て排除されていたのだが、《陛下に忠実であるところを見せて、信用を回復したい》 との願いにより、短時間ながら単独警備に付いていた。
 カルニスタミアの言葉を信じている面々だが、帝国の将来に直接関わりのあることなので、見張りはしている。当人も見張られている事に安心して仕事が出来ているようで、最近では少しずつ任務に付く時間は戻りつつあった。
「大丈夫だ。カルニスの自制心は余程のことが無い限り、振り切れないから。っても、つい最近振り切れたんだけどさ……この髪……ザウのか」
 交代に向かおうとしたエーダリロクは、ビーレウストのイヤリングに絡まっていた髪を引っ張りながら尋ねる。
「おう、寝てきた」
 良く解るな! と言った表情を浮かべるビーレウストに ”自分の髪が巻き込まれてたら気付くだろ” とエーダリロクは笑い、
「ザウと寝たのか」
 ゴミ箱に払うようにして落としながら聞く。
「駄目だったか?」
 ”寝る” ”寝ない” に関して友人であるエーダリロクが質問してきた事は長い付き合いながら一度もない。だが今尋ねてきた、その違いが何かを考えて、答えとしてはじき出した「質問は両性具有の管理者としての立場」と取り、皇帝の家臣とし、王族として姿勢を直して答える。
「いや、ビーレウストは今までもザウと寝てたろ?」
 姿勢が改まったビーレウストに ”違う違う” と言って、飲みかけの茶の入っていたコップを差し出す。
「女を抱く前に、抜きがてらに」
「ふーん、そこら辺は俺、良く解んねーけど。ザウはお前を誘わなかったか?」
「俺から誘った。何かよ、人殺してる最中にお前の兄貴が舌が十三枚半なんて叫ぶから、集中力がどっかに行っちまった」
 吝嗇王の野郎が叫んでたのも玉露だったなと、思い出したくもないことを思い出しながら、エーダリロクの飲んでいた冷えてしまったそれを飲む。
「悪い悪い、兄貴の舌は自称十三枚半だけど、どう見ても0が一つ足りてない。そんな事よりも、誘いってのは最初じゃなくて行為の後にザウなんか言ってこなかったか」
「そう言えば一緒に寝たいみたいだったけど」
「ザウは行為の後は一緒に寝た方が良いらしいんだ」
 ディスクの引き出しから、それにまつわるファイルを取り出して人差し指と中指で挟んで目の高さまで持って来る。
 中身を見たいとは全く思わないビーレウストは、
「そうか。じゃあ寝てる隣に付いてりゃあ良いのか?」
 俺は寝ないが、寝て起きるまで微動だにせずに付いているぜ! と言うと部屋から出て行こうとした。そのマントを引っ張り、
「俺が添い寝するから代わりにビーレウスト、警備に向かってくれるか。あと此処はキュラに任せよう」
 無理するな! と止める。
 ビーレウストが同じベッドで添い寝出来る相手は、死んだ帝君とここでビーレウストを止めているエーダリロクくらいのもの。後は抱いても一緒に眠りに落ちるなどということはない。
「頼む。そりゃそうと、此処にいる間は何度か誘おうと思ったんだが、止めた方が良いか?」
「いいや。警備予定を調整するから、お前は抱いて俺がその後に添い寝、それで通す。何も無いのも、色々あるらしいからさ。詳しく読むか? この程度は王族なら知っていても良い範囲のモンだ」
 両性具有の取扱書を差し出されたビーレウストは、興味ないと言いエーダリロクの私室と化している通信室の ”当たり前のように私物置き場” にしている一角から警官の制服を取り出して着替える。
 エーダリロクの持っている邸や城の全てにビーレウストの私物が置かれており、ビーレウストの持っている邸や城の全てにエーダリロクの私物が当たり前のように置かれている。両者が行き来があり生活するスペースで、互いの私物が置かれていないのは当人達の旗艦くらいの物だ。
「キュラはどこかなあ?」
 二人の体格が同じなら、此処まで私物が増えないのだろうが、エーダリロクが身長で5p前後上回っており体重も10s程重く、ビーレウストは腕がかなり長いので、二人は洋服の貸し借りが全く出来ない。
 両者とも貧乏とはほど遠い所に存在する王子なので、当然と言えば当然なのだが。
「げ……」
 キュラを呼び出そうと居場所を見つけ画面を繋いだエーダリロクは、慣れている事とは言え、その叫び以外を上げることはできなかった。
「キュラの野郎、荒れてるな。人を殺せない俺以上に荒れてるぜ」
 元この区画で働いていた警官とも呼べないような者達が、キュラに殴り殺されている映像が映し出されている。近距離乱打で殴り殺しているキュラを見て、殺すのは大好きだが血の匂いに酔いやすいビーレウストがうっとりと ”羨ましいなあ” 呟くのは何時ものこと。
「そうだな」
「カルが手に入ったんだから、もっと落ち着いても良いような気がすんだけどよ」
 ザウディンダルを完全に手放すことを止められたカルニスタミアは、悩む事が多くその隙をつくような形でキュラが今は傍にずっと付いている。
「手に入ったから余計に落ち着かないように見えるけど。俺はそういう機微ってやつ? 全く理解できないからさあ」
 爬虫類に愛を語る天才は、ビーレウストから聞かされたキュラの愛憎は殆ど覚えてはいない。記憶しているのは ”キュラはカルニスが好き・カルニスは気付いていない” だけ。その経緯など、聞いた事実すら最早忘却の彼方にある。
「そういう事もあるのか。折角手に入ったんだから、楽しめばいいんじゃねえのかと俺なんかは思うが」
 ビーレウストはかなり以前から気付いたキュラのカルニスタミアに対する好意だが、向けられている本人は全く気付いていない。
 よくもあれほど気付かないなあ……と感心しつつ、自分も恋愛に全く疎いエーダリロクに ”ケシュマリスタ顔苦手になってるよなあ” と言わて気付いたというよりは、そうなんだと言い聞かせた位なので、自分の事は以外と気付かないもん何だろうなと、黙って見守ることにしていた。少しは動けばまた違うのだろうが、以前キュラの誘いに乗り、今一応決着が付いた出来事以来、男女だろうが男同士だろうが、絶対に関係するもんじゃないと身をもって知ったので、戦争以外の面倒が嫌いなビーレウストが動くことは決してない。
「俺とかビーレウストとかは、所詮苦労知らずの王子だから、キュラの気持ちなんて解らねえんじゃねえのかなあ」
 泣きながら血の海に崩れ呻く警官だった女を ”お前、奴隷に対して同じことしてたよなあ” と冷めた目で見つめていた。
「かもな。俺なんか、気楽な第五子だったから……キュラのヤツ ”蝕” なのか?」
 女を直ぐに殺さないように殴り続けるキュラを見ながら、ふとビーレウストはそれを感じた。”蝕” とは元々は普通の状態だったが、徐々に狂気に囚われてゆく者を指す宮廷の隠語。”蝕” の対となるのが先ほどビーレウストが言われた ”球” 外部環境など全く関係せず 《その血のみ》 で生まれた時から狂気に満たされている ”球” と、生まれた時は正常値を示すが、何らかの理由で狂気に針が振れ、また何かで戻ってくる可能性のある ”蝕” 。
 キュラの言動はいままで気違い染みているが、それは ”蝕” の範囲までは振れていなかった。
「 ”蝕” かあ。普通にちょっと残酷! 程度で止まっててくれりゃあ……カルニスが関係しての ”蝕” なあ。母系に ”蝕” か? でもケスヴァーンターンは ”蝕” が多いかなら。調べておく」


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 黄金の髪に褐色の肌、そして皇帝顔の特徴を兼ね備えたその少年
 少年は満面の笑みを浮かべていた
 幸せだったのだろうと、その映像を見ている男は思った
 ”幸せだった” 過去形になっているのは
 男が今の少年を幸せだとは思わないからだ
 勝手に不幸せだと判断された少年は、男に向かって何と言うだろう

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