ALMOND GWALIOR −62
『帝国宰相は銀河帝国がどうなろうと知ったこっちゃねぇんだよ。あいつは現帝と自分の弟達が幸せだったら、将来的に帝国が乗っ取られようが構わない、そういうヤツだ』
 ザウディンダルとフォウレイト侯爵を無事に届けたジュシス公爵は着衣を取り替え、パーティーへと向かった。
 皇帝生誕式の最中は、内輪のパーティーも多数執り行われる。
 癖一つ無い腰まである金髪と、無表情と言われる事の多い顔。それを形作る何も宿っていないが、けっして空虚ではない眼差し。
 今その眼差しには感情が篭り、険しさと困惑を混ぜ合わせた不安定な光を宿して、他人が視線を合わせるのも声をかけるのも躊躇わせる雰囲気を纏い歩いていた。
 ジュシス公爵が帝国軍の上級士官学校の総長を依頼されたのも三年ほど前のこと。最初ザセリアバからその話を持ちかけられた時、思わず
“帝国宰相は帝国を潰したいのか?”
 口から出てしまった。
 その言葉にザセリアバは満足したように、口の端がまるで裂けているかのような錯覚を与える笑いを浮かべた後に、最初の発言をした。
 帝国軍の上級士官学校の総長を、王族に依頼するなど前代未聞だった。
“外注しなくてはならないほどに皇王族は人材不足か?”
 軍人というのは元々皇族とその類縁を指していた。アシュレートの属するエヴェドリットは【宇宙でもっとも高額な傭兵】と言われていて、元は軍人ではない。
 現在は軍人といえばエヴェドリットを指すようになってきたが、その理由は現在の皇族、皇王族の数の少なさから、エヴェドリットの指揮官が目立つようになってきた為だった。元々軍人とは皇帝とその類縁を指し、その復古を狙っている皇王族は多数いる。
 ここでエヴェドリットなどという軍事に傾倒している王族を学長としてしまっては、その境が曖昧になり下から徐々にエヴェドリットに奪われかねない。
『最近は機動装甲の有無で、王国軍と帝国軍の境が曖昧になり始めている。この上総長を王族から迎えるとなりゃあ……』
 帝国宰相が皇王族を恨んでいるのはアシュレートも知っている。だがその復讐にザセリアバが付き合うとはとても思えない、何か見返りがなければ。
“見返りは何だ?”
『ん……お前には教えておいてやろうか。アシュレート、お前はザウディンダルの身辺を警護しろ。目の届く範囲で構わん』

 最強の兵器、機動装甲の操縦者である “帝国騎士” を量産するために、ザセリアバと帝国宰相の間で密約が交わされていた。

“皇王族の息のかかっていない帝国軍人を育てる見返りに、レビュラ公爵の身体データを……”
『そうだ。ランクレイマセルシュにも依頼しているが、精度を求めているから集められるだけ集めたい』
 皇王族を味方だとは思ったこともない帝国宰相は、軍人その物を彼等から取り上げるつもりでいた。その結果、王国に流れたとしても、
『その頃はもう自分はいないから良いんだとさ。あの野郎は、今だけしか見ていない……いや、見えてるんだろうが敢えて無視し今、自分達 “だけ” にとって最善の道を取っている。悪くはねえなあ』
 帝国が数代後にどこかの王家に乗っ取られようが、それは関係ないのだ。今自分の弟達が幸せでいられるのなら、それだけの為に帝国を使うのだと。

「未来を見据える能力があるから、余計に苦しかろうにな」

 帝国宰相が本当に愚かで未来が見えない男なら、もっと楽しく、そして派手に、何よりも短期間で皇王族に牙を剥き滅ぼしていただろう。
 未来の皇帝にかかる出来事を予見できるからこそ、苦悩して水面下で動く。
「お待ちしておりましたジュシス公爵殿下」
「クレンベリンクか」
 テルロバールノル主催のパーティー会場の入り口で、カルニスタミアの側近ローグ公爵の息子であるクレンベリンク伯爵アロドリアスが出迎えた。
「お前のカルニスタミアの元に案内してくれ」
「かしこまりました」
 案内などしてもらわないでも一目で解るのだが、そこら辺は ”しきたり” というもの。
 赤いマントを両手で払いのけながら、頭を下げてくる貴族達に赤地に夕暮れを表すために金で描かれた夕顔の手袋を装着している手で軽く挨拶をしてやりながら、椅子に座り待っていたカルニスタミアの元へと向かう。
「ご招待いただき感謝するライハ公爵」
 テルロバールノルの紋様のはいった王族のみが座れる椅子に、王弟を表す王冠をかぶり緋と白を多用し、金と宝石で彩られたマントをまとって、王の持つ物よりも二回りほど小さい瑪瑙と水晶、そしてオレンジダイアで飾られた杖を膝の上に乗せワイングラスに手を伸ばしているカルニスタミアは、
“王だな……カレティアよりも、見た目が既に王だ”
 そんな思いを抱くも、表情には出さずに挨拶をして、
「こちらこそ感謝する。ジュシス公爵」
 カルニスタミアも挨拶を簡単に終えると、隣に座るように合図する。
 さっと集まってきた召使い達が無言のまま、ジュシス公爵のマントの端を持ち上げ、公爵も何も言わずに腰をかけて側近から扇を受け取り開いて扇ぎはじめる。召使い達はマントを椅子に皺一つ無くかけて遠ざかる。
 同時に別の召使い達がテーブルを脇に置き、公爵の好みの物を置いて、一人給仕が傍に立つ。
「三時間は此処で時間を潰してから、陛下の元へか……毎年思うが陛下も大変だな」
 扇で口元を隠しながら、カルニスタミアの耳元に呟くジュシス公爵。この扇は集音を妨害するもので、耳の良い者が多い上位階級ではこれで扇ぎ、口元を隠して相手の耳元で話をするのが一般的になっている。
 聞かれたくはない話などではなくても、ジュシス公爵はこれを使う。
「ああ。だがお前は六時間ほど時間を潰して陛下の元だぞ」
 ジュシス公爵は人に話を聞かれるのが嫌いなのを知っているカルニスタミアも、脇に置いていたテーブルに用意していた扇を持ち扇ぎながら話をする。
 特別な話などは特にないのだが “招待する” “招待した” “招待された” が大事な世界なので、とにかく正式な招待状を送り、其れを受け取り、礼をする……しなくてはならないのだ。
 扇で口元を隠しながら時候を語り、側近達が取り次ぐ貴族達の挨拶と贈り物を受け取って、その合間に用意されている酒を口に運びながら、再び話をしては……
「陛下はこれを三週間もこなされるのだから、素晴らしい御方だ。我のような気性の荒い傭兵の血が強い粗雑な男には到底耐えられんな。それに歳を取ったのか、我慢がきかなくなってきた。そろそろお役御免被りたいものだ」
「何を言っている。お前はまだ二十七歳だろうが。それに粗雑だと? よく言う、エヴェドリットで最も礼儀正しい男が。お前が粗雑ではイデスア公爵はどうする」
「もうじき二十三歳になれるかというお前に比べたら年寄りだ。イデスアは良いのだ、あれは粗雑だが文人の気質もあるから、それで優雅さを補えている」
「粗雑だと言い張るには、お前のピアノの音は透き通り過ぎているが。粗雑な人間の出せる音ではないよ」
「そう言っていただけるとはありがたいな。おだてられたので調子に乗って譜面でもみてもらおうか」
「新しい曲を作ったのか。相変わらずの超絶技巧を要する譜面だな。こちらで場所を用意するから、是非聞かせてくれ」

― 我がお前と敵対せずに守る方向にいるのは、ライハ公爵からの依頼だ ―

 これも本当のことだった。
 以前メーバリベユ侯爵が巻き込まれたロヴィニア王家の僭主狩りの際に、カルニスタミアに取引として持ちかけられた。取引材料はジュシス公爵がメーバリベユ侯爵に対し、好意を持っていることを口外しない。
 エーダリロクの状況からして、ジュシス公爵が好意を抱いていると夫本人が知ったら、ザセリアバ王に売りつけに来かねない。
 夫の好かれるための努力というよりは、周囲に認められる努力を続けている彼女に対し好意は募るばかりだが、その分幸せになって欲しいとジュシス公爵は思っていた。おそらく誰よりも彼女の恋路を応援している。

 ある意味この二人は似たもの同士だった。違うのは、当人の好きな相手が周囲に知られているか知られていないかだけ。

 “レビュラ公爵の身辺に注意を払ってくれ……それ以外の取引を持ちかけてこないのだから、本当に……だがなあ”

 《ザウディンダルが襲われていたら助けてやってくれ》カルニスタミアはジュシス公爵の好意に気付き、それを取引にした。
 簡単な取引とも呼べないような取引だったので、他にも難題を持ちかけてくるかと思っていたジュシス公爵だが、カルニスタミアはそれ以外のことは何一つ持ちかけてくることはなかった。
 振り返ることのない相手に尽くす姿に、同情したくもあるが、同情してしまえば自分にも同情することになってしまうジュシス公爵は複雑な思いを抱いている。

「そうだ、レビュラは無事にロッティスに届けてきたぞ」
「ありがとう」
「礼を言われる筋合いの物ではないがな」
 カルニスタミアは少し考えて、扇を珍しく自分の口元に当てジュシス公爵に近付き、
「良いことを教えておこう。実は陛下は奴隷后に指一本触れていない」
 カルニスタミアの言葉が咄嗟に理解できなかったジュシス公爵は、自分の口元に扇をあてて小さな声で復唱したのち叫び声を上げた。
「冗談であろう!!」
 滅多に叫ばないジュシス公爵が叫んだ事で、周囲の者達が振り返るがそんなことは一切気にならないようで、
「冗談ではない。お前には何時も世話になっているから、真実を教えておこうと思ってな」
 カルニスタミアは周囲にも聞こえるようにそこまで話したあとに、再び音を途切れさせる。
「お前知らないで陛下の情を受けているという態度で奴隷后に接したら、女官長に間違いなく嫌われるだろうから教えておいてやる。フォウレイトと共に “陛下のお妃は処女ですから大切にしないと” と話題に花が咲いていた。正直なぜ女が女の処女性にこだわるのか解らんが、大事にしているようだ」
 カルニスタミアは全く思い当たらないが、ジュシス公爵には思い当たる節があった。

 初めてジュシス公爵がメーバリベユ侯爵を見たとき、彼女は一筋の涙を流していた。その涙を拭って笑顔をつくり、彼女は皇帝がいるベッドへと向かった。

 普通の手段ではエーダリロクの傍に近付くことが出来ないと知った彼女は、皇帝の正妃となり出来る限りエーダリロクに近付こうとして 《好きではない相手》 に抱かれる道を選んだ。
 カルニスタミアが陛下の元へと向かうためにパーティーは終了し、それを見送ったジュシス公爵は片付けの始まった室内に残り、目を閉じ暫く動くことはなかった。


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