ALMOND GWALIOR −136
 妻のミスカネイアと共に隣に”隣家”であるデウデシオンの宮へと向かったタバイは、暗黒時代以前の皇帝が残した、数少ない逸品の一つであるベッドの上で、頭を毛布で隠しながらも、白い足があらわになっているザウディンダルを発見し、
「ザウディンダル。足を隠すんだ」
「解った、タバイ兄」
 先ずは急いで、その透き通るように白い肌を覆い隠すことを指示した。
「ザウディンダル、大丈夫?」
「うん! ミスカネイア義理姉さん」
 ミスカネイアもまずはザウディンダルの状態を調べ、怪我がないことを確認してから、庭を見る。
 彼女の動体視力では、デウデシオンとザロナティオン化したエーダリロクの動きは見えず、轟音と地面が剥がされて宙に舞い上がっていることしか解らない。
 彼女がかつて経験した治安維持の際の交戦など、比較にならない規模。
 原始的な武器を用いての行為だが、音の激しさと被害総額は治安維持部隊の生涯年収をすでに凌駕している状態。
 白い大理石で作られた彫刻が木っ端微塵になり、植樹した樹木が次々となぎ倒される。
「本当に帝国宰相とエーダリロク王子なんですね?」
 夫に念を押したが、押す必要もないほどに、タバイの顔色は悪く胃近辺からも”変な音”が聞こえてくる有様。
 目の前の光景が夫に与えているダメージから、庭を破壊している存在は間違いないことを確信して、止めるように指示を出す。
「早く止めてきてください」
「わ、解った」
 妻に言われる前に止めれば良いようなものだが、デウデシオンがザウディンダルの足を見て狂乱しているとなると”弟として止め辛い”と考えてしまう。それがタバイという男だった。
「ところで、ザウディンダル。どうしたの?」
「エーダリロクが薬持って来てくれて、挿してくれたところに兄貴が来て」
「あ、そいういうこと」
 ザウディンダルはネグリジェを捲り患部を指さした。そこには、あまりの驚きに折角奥に押し込んで貰った座薬がはみ出しかかっている状態。

―― 手出さないくせに処女に拘ったり、医療行為をしてくださった王子に問答無用で喧嘩売ったり……義理兄ながら、どうしてくれましょう

 駆け出し二人の間に挟まるようにして、両者の攻撃を止めた夫の姿を見ながら、ミスカネイアは頬を引きつらせた。

 さすがに弟のタバイが現れ、同時に離れた箇所から義理妹ミスカネイアの怒りを感じ、デウデシオンは腰に剣を戻し、殺すことを諦めた。
 それに対して、エーダリロクは特に謝罪を要求することもしなかった。
 ”嫉妬”だということは理解できたエーダリロクだが、それがどのような物で、どのように作用するのかあまりよく解らず。
《まあ、今回は大目に見てやれ。お前もあのメーバリベユが理由があれど、他者に足を開いている姿をみたら、腹立たしいであろう?》
―― いや、あんまり。だってあの人、陛下のお后候補で寝たの知ってるし
《爬虫類王子め……》
 ザロナティオンの説得が功を奏したとは言えないが、無駄であったと切り捨てるのも哀れであろう。
 その後、ミスカネイアが部屋から全員を叩きだし、ザウディンダルに新しい座薬を挿して、
「あんたに説明書は送ってる。あとで専用通信機を見ておけ」
「かしこまりました」
 エーダリロクから”座薬について(膣使用)”の説明が届いていることを教えてもらった後、ザウディンダルを「イグラスト邸」まで送ってくれるように依頼した。
 タバイのマントに包まれ、エーダリロクに抱きかかえられながら部屋を去ったザウディンダル。

「帝国宰相。お話がありましてよ」

 縦ロール夫人の”氷水ぶっかけさせていただきますわよ!”的な気迫を前に、謝るのが得策と床に座ったデウデシオンだったが、
「ザウディンダルのことだけではありませんわ」
 氷水の氷が”氷柱”であることに気付いたが、最早どうすることもできない。
「……なんだ? ミスカネイア」
「バロシアンに大怪我を負わせたそうですね。理由は聞かないよう帝太婿陛下から言われましたからお聞きしませんが、言うことはあるでしょう?」
 迫力のある言葉に、氷柱が突き刺さってくる。
「悪かっ……」
「私に言う言葉ではありませんよね?」
 バロシアンはザウディンダルとは違う理由”兄が父”であるために、身体データを外部に漏らすことは好ましくない。
 その為、ミスカネイアがバロシアンの健康管理を預かっていた。
 怪我をすれば主治医に連絡が届くシステムになっている。秘密を隠すために主治医となってくれているミスカネイアに対し、デウデシオンは文句を言える立場ではない。
「……ああ」
 バロシアンを殴ったことに関して、後悔はしているので、デウデシオンにしては素直な態度。
「悪いとは思っていらっしゃるのですね?」
 秘密を守るだけならば、デウデシオンだけでも可能。
 医者がいなくとも治療は可能だが、専門の者がついていた方が良いのは言うまでもない。ミスカネイアが来るまではバロシアンには当然ながら主治医はいなかったが。
 同じ理由でデウデシオンにもいなかったのだが、彼女が来てから”ザウディンダル以外にも問題のある子を隠しているでしょう!”と夫につめより、バロシアンも彼女の患者の一人となった。
「ああ」
「でも本人に謝罪はできないのですね?」
 主治医であると同時に、タバイの異父弟たちの義理の姉であり、実年齢はデウデシオンよりも年上。
 なによりも五人もの男の子の母。
 子を持つ母親の強さの前には、帝国権力者であっても迂闊な事は言えない。
「……」
「私も期待なんて”これっぽっち”も期待してはおりません」
「……」

 デウデシオン、返す言葉なく。タバイ、助け船を出せる余裕もない。

**********


 エーダリロクに抱きかかえられてタバイの一家が住んでいる宮へと連れて来られたザウディンダルは、そこで甥のバルミンセルフィドの出迎えを受けて、寝所へと向かった。
 バルミンセルフィドがエーダリロクと同じように抱きかかえると言ったのだが、それはありがたく辞退した。
 エーダリロクは良いのだが、次兄の息子に抱きかかえられるのは、ザウディンダルとしては何となく恥ずかしかった為だ。
 静かな部屋のベッドに体を滑り込ませると緊張も解れ、薬が体を癒すためにやや上昇した熱がもたらす眠気に誘われて夢の世界へと落ちていった。

 数時間後、ザウディンダルは目を覚まし、人の気配がする方を向いて硬直した。
 この邸の主の長男バルミンセルフィドと、タウトライバの長男で甥最年長者エルティルザが”ビールマンスピン”をしていた。
「……」
 なにかの見間違いかと思い、袖口で目蓋を擦りもう一度凝視するが、やはり二人は真剣な表情で、右足を軸に左足を頭の後ろまで上げて、それを片手で掴み回っている。
「……」
 夢を見ているのか? 見ているとしたら、随分とシュールな夢だな……と思いつつ、手の甲をつねってみると痛みを感じることができた。
 それによって、目の前の光景が残念ながら現実であることを認めるしかなく、注意深く二人の周囲を見る。
 足元に視線を移動させると小さな円形台があり、それが回転しているために回っていることは確認できたが、なぜ甥二名が真顔でそんなことをしているのか? ザウディンダルにはさっぱりわからなかった。
「な、何してんだ……」
 思わず呟いたザウディンダルに、
「お答えしましょう!」
 突然ベッドの下から声が響き、思わず後退りをしてしまった。
「だっ! 誰だ!」
 大声にビールマンスピン状態の二人もザウディンダルが起きたことに気付き、
「ハイネルズ。ザウディンダル様が驚いてるよ」
「驚かせたら駄目だって。驚かせないって約束で、そこに入れてあげたのに」
 声をかける。
「ハイネルズ?」
 ビールマン体勢の二人が気軽に声をかける「ハイネルズ」は一人しかいない。”ハイネルズ=ハイヴィアズ”謎多き異父兄デ=ディキウレの長男で十一歳。
「驚かせて申し訳ございませんでしたぁ!」
「うわああ!」
 ベッドの下がタンスのように開き、現れた。
「だから、驚かせたら駄目って言っただろうが!」
「駄目だろ! ハイネルズ」
 二人の批難など全く意に介さず、立ち上がり挨拶をする。
「爽やかなお目覚めをお届けいたします、ハイネルズにございます!」
 ザウディンダルもデ=ディキウレとその妃は知らないが、息子たちの顔は知っていた。兄の顔を知らないというのもおかしいが、疑問に思ったところでどうにもならない。
「全然爽やかじゃない!」
「顔が凶悪なんだから、どうやっても爽やかじゃないよ!」
 二人とも言いたい放題だが、言われている方は勿論気にしない。
「驚きましたか? 驚きましたね? そうですか、驚かれましたか! 私がベッドの下にいたことに、驚かれましたね!」
「……」

 ザウディンダルは知らないが、デ=ディキウレの言い方その物。
 デ=ディキウレを知っているタバイやタウトライバはこの言い方を見る都度「親子だね」と苦笑する。
 デウデシオンは「弟の育て方ばかりか、甥まで育ち方が……」と肩を落とすが、言っても仕方のないことで、取り返しがつかないというか、つけようがない代物だった。

「ザウディンダル様はご存じないでしょうが、一般階級は収納スペースを求めて旅に出ます。その旅は苦難に満ちた旅であり、聞くも血涙、語るも鼻血!」
 ベッドの下の引き出しを取り出して、あらぬ方向を向き説明をはじめるが、
「出ないよ! ハイネルズ」
「嘘教えちゃ駄目だって! ハイネルズ!」
 合いの手が入って進まない。
 ちなみに合いの手をいれている二人は、まだビールマン体勢。
 甥っ子たちの空間に飲み込まれ、ザウディンダルは呆然とするしかなかった。

―― う、生まれたての頃は全員可愛かったのに……

**********


 カオスな空間だったが、それは落ち着きを取り戻した。
 というのも、ザウディンダルが目覚めたら報告するように言われていた三人は、すぐにミスカネイアに連絡を入れて、治療中は部屋から出ていた。
「あいつら、この部屋でなにを?」
「上級士官学校入学試験の過去問題を解いているのよ」
 言われて二人が立っていた場所を見ると、テーブルに問題集らしいものが多数広げられており、その一つに”帝国軍上級士官学校入学過去問題集”なる文字が見て取れた。
「あ、ああ……もう、そんな年齢になったんだ」
 だが過去問題とビールマンスピンは中々結びつかなかったが、聞くに聞けなかった。
「ザウディンダル、あの三人煩くない?」
「え?」
 煩いと聞かれると然程煩くはない。
 むしろ煩いなどという問題では括れない状態。
「なんでも、ザウディンダルに勉強を見てもらいたいって」
「……俺に?」
「そうなのよ。どうしてもと言い張るんだけど、疲れてたら」
「いいや! 俺で良かったら見る」
 ミスカネイアに無理をしないようにと念を押された後に、三人が部屋へと戻ってきた。


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