ALMOND GWALIOR −135
 本来ならば一日中話合う予定だったのだが、
「昨晩ロガが目を覚まして、寂しそうだったのが……心配になってきた」
 ということで、昼食を共にした後に別れて、エーダリロクはもう一つの仕事をすることにした。
 両性具有専用の製薬用プラントの元へと行き、
「よし、出来上がった」
 朝方にザウディンダルの主治医ミスカネイアから貰った「昨晩薬を使われた」という連絡と現状データから、毒と薬を天秤にかけて害を極力減らした、弱めの薬を作成した。
《毒を排除か。時間のかかる薬だな》
―― 体に負担をかけないようにするには、時間はかかるからさ。元々薬が回ってる状態だから、時間をかけてゆっくりと
 薬を詰めた瓶を持ち”ザウディンダルが隔離されている”帝国宰相の宮へと単身で向かった。
「ザーウー。元気か」
「エーダリロク」
 一日前に処刑されかけた相手にかける言葉としては不適切だが、両者とも気にはしていない。
「寝てていいぜ。寝ててくれた方が、俺としてもやりやすいから」
 かのベロフォッツ帝のベッドの上で、ガーゼ地のゆったりとしたネグリジェを着せられていたザウディンダルは半身を起こして頷いた。
「飲み物とかは?」
「要らねえよ。これ薬。お前の子宮の腫れを治すヤツだ」
 前置き無しにザウディンダルの前に差し出された瓶の中には、白い薬が詰まっている。
 手袋を外してポケットにしまい”医療用”の手袋を取り出して着用して、エーダリロクは蓋を開きながら話しかける。
「昨日薬飲んだだろ」
「あ……うん……悪ぃ……バラザーダル液の配分また変更になっただろ……」
「飲んだことことは気にするな。今は治すことが重要だから……っと」
 エーダリロクは薬を一個取り出し、
「これ、座薬な。一日五回使用」
「あ……うん」
 やはり胡散臭い笑顔で、薬を勧める。
 ザウディンダルはシーツを剥ぎネグリジェを腰まで上げた。子宮が腫れているので、下着で圧迫するのは良くないとつけていない。
「座薬ってことは」
 薬を受け取ったザウディンダルは、もそもそしながら……
「ザウ! お前の子宮は尻穴と繋がってるのか!」
「違うのかよ」
 違う方に持って行ったので、エーダリロクは取り上げた。
「違う違う。膣座薬ってやつだ。子宮が腫れてるから、子宮に繋がる膣に使用すんだよ」
「そうなのか」
「どれ。膣座薬が初めてなら、俺がやってやるよ」
「あ、うん」
 エーダリロクはザウディンダルの全てを管理する立場にある相手なので、ザウディンダルも恥ずかしいなどという感情はわき起こらず、普通に足を開いて黙っていた。
「痛たかったら言えよ」
「痛いって言ったら、止めてくれるのか?」
「少しは気をつける。なんか”でりけーと?”な部分なんだろ?」
「知らねえ。使ったことねえし」
 そんな会話をしながら、出てこないようにと指で押し込んでいたエーダリロクは右側の入り口が開いた音を聞いたが、気にせずに押し込んでいた。
「あ、兄貴。おかえ……」

《エーダリロク!》

 ザロナティオン「フルネームを呼ばれなかったな」と思った時点で、エーダリロクの体はすっかりと乗っ取られ意識だけが残っている状態。
 天井近くの東側の壁に着地し、手を付いて四足になりながら、帝国宰相を見下ろしている自分。その自分に対して、腰の剣を抜き突っ込んでくる、怒気を含んだ帝国宰相。

―― これはもしかして……嫉妬とかいうやつか?

 帝国宰相に斬りかかられる理由に気付き”さあ、どうしたものか”と思いつつも、自分に対する殺気が収まらない限り、どうすることもできないことだけは解っていた。
 いつの間にかザウディンダルの傍から離れ、戦闘は続行している。
―― 一応ザウディンダルに配慮するくらいの冷静さはあるのか
 ザロナティオンに体の”操縦”を任せておくしかないだろうと、エーダリロクもまた冷静に考えていた。
 一人ベッドの上に取り残されたザウディンダル。
 ”尻丸出しの状態で、兄と王子が突如喧嘩を始める”という事態に遭遇した体調不良のザウディンダルは、茫然自失から立ち直り助けを呼ぶことにした。
 デウデシオンを止めるとなると、白兵能力第一とされている兄のタバイが思い浮かぶのは当然のこと。
 枕元の緊急用通信機のスイッチを入れて、
「タッ! タバイ兄!」
『どうしたの? ザウディンダル。具合が?』
「違う違う、ミスカネイア義理姉さん。あの、兄貴がデウデシオン兄貴がエーダリロクと喧嘩しはじめて。ああ! テラスがふっとんだぁ!」
 彼の妻がザウディンダルの主治医で、この状態を見たら叱り倒されることなど、ザウディンダルは知らない。ザウディンダルの前ではミスカネイアは、いつだって優しい「義理姉」なのだから仕方はない。
『ザウディンダル』
「あのあの!」
『落ち着いて、テラスのあたりで暴れているということは、ザウディンダルには被害が及んでいないのね?』
「それは平気。すごい勢いで室内から室外に出て行ったから。だからさ!」
『今すぐ、夫を連れて行くからザウディンダルはその場にいなさいね。破片で足を怪我したりしたら大変だから』
「うん! 怪我しないように毛布に隠れてるから」
 ザウディンダルは自分が薬をあまり使うことのできない状況であることを考えて、怪我を防ぐことにした。
『そうしてくれると嬉しいわ』
 ザウディンダルは通信を切り毛布を被る。
 毛布の中に入り込んで外が見えないのは危ないだろうと、顔だけをだした状態で。
「一体なにが……兄貴、なにしてんだよ」


 まさか自分に医療行為を働いていた王子に、嫉妬したとは思うまい。


 帝国軍人の中でも選ばれた者にしか与えられない「片刃で折り返した構造を持つ、刀身が濡れたような輝きをもつ」軍刀を、無手のエーダリロクに向けている姿。
 ザウディンダルはデウデシオンが怒った理由は全く解らないが、それ以上にエーダリロクが無手て戦っている姿のほうが気に掛かった。
「レイピア抜けばいいのに! うわああ!」
 窓から庭に出て思いっきり振り下ろした刀が、美しい緑の芝生を土ごと切り裂く。
 武器を持っている相手に無手で立ち向かうなど、それも《一般的に》武器を持って斬りかかっているデウデシオンの方が、実力的にはエーダリロクよりも上と言われているのだから、ザウディンダルの言い分はもっともだった。
 ”エーダリロク”はレイピアを使って戦える士官学校卒業の上級階級、いわゆる「騎士」だが、軍人としての教育を受けていなかった”ザロナティオン”は「騎士」ではないので、ロヴィニア王家を象徴する武器であるレイピアも一切使うことができない。
 彼の攻撃は無手か銃器のみである。
 もちろんザウディンダルは知らないので、
「あ、兄貴。駄目! エーダリロク、応戦しないで逃げろよ!」
 そうとしか言えない。

《フューレンクレマウトの小僧め。良い顔をするではないか!》
―― あんた、乗り良過ぎだ!
 百歳を過ぎた男は、普通の相手ならば息の根を止める程の怒気と、エヴェドリットならば絶対に無視できない程の殺気を込めて襲いかかってくる《フューレンクレマウトの小僧》に殴り掛かる。
 215pのデウデシオンと、214pのエーダリロク。
 武器を持っている分、デウデシオンのほうが間合いは有利なのだが、
《さああ、突っ込んでこい!》
―― なにする気ぃー!
 乱世を鎮圧した帝王には、勝算があった。
 自らの間合いを捨てて、デウデシオンが踏み込みやすい場所に着地する。
《さあ、こい!》
 デウデシオンが振り下ろした剣をかわざずに、片膝を折り両手で刃を受け止める。
―― なにこれ?
 ザウディンダルの膣に薬を押し込んでいた素手の状態で、衝撃で地面を叩き壊し、テラスを残骸に変えた剣を受け止めたのだ。
《軍刀白刃取り》
「すげー」
 ベッドから観戦中のザウディンダルも、思わず見惚れる程の美しさ。


 四足の帝王であったザロナティオンは、膝をつき銃に寄りかかっている姿がもっとも多く残されており、その姿がもっとも彼を美しく魅せる。


 ここでデウデシオンが冷静になれば終わったのだが、まだ冷静さを取り戻さずに、剣から手を離し、蹴りを仕掛けてきた。
 デウデシオンは嫉妬で狂っている状態だが、戦っている相手がエーダリロクではなく、ザロナティオンなのは理解している。
 相手がザロナティオンである以上、自分が持っている剣を奪って戦うような真似はしないと判断して手を離した。
《良い判断だ》
 ザロナティオンは無用の長物となる軍刀を、反重力で弾きデウデシオンに直線的に返すと同時に、その剣の影を使って踏み込む。
 一瞬気を逸らせる行為にも遅れることなく、剣を掴み再び斬りかかってくるデウデシオン。
 やたらと乗り気のザロナティオンを、見下ろすでもなく、だが何時もとは違う目線で世界を見つめながら、エーダリロクは先程のことを考えていた。
 ”先程”とは《軍刀白刃取り》とザロナティオンが言った行為について。
 剣を両の掌で、それも体の中心前で受け止める行為は、賢いとはいえない。むしろ反重力を使い、剣を弾いた方が良いと考えたのだ。
 その答えは、この戦いの後、無事解放されて説明され、止めにきた団長に頼まれて、ザウディンダルを団長の邸へと送り届け、帰宅する途中に聞くことができた。

《あれか? あれは、策だ。フューレンクレマウトの小僧は私が反重力で武器を弾けることを知っている。よって踏み込みに関して、それを考えて”私が反撃し辛い”踏み込みをしてくる。ならば誘うべきであろうとな。そうだ、私が弾かずに体の前で両の掌で受け止める。身をもって知ったフューレンクレマウトの小僧は、受け止める以前よりも踏み込み込んでくる。僅かな距離だが、その僅かで充分。私はもともと体が小さく、180pの体で240pを無手で相手したこともある。むろん向こうは武器持ちだ。そうだな、あれもエヴェドリットだったからデスサイズだった。私の身長よりも大きなデスサイズで攻めてきた。話が逸れたな、そうだ。踏み込んで来る距離を私が調整するのだ。そして正面からくる攻撃を白刃取りする。そうすることによって、益々警戒し剣を振り下ろす速さに曖昧さが現れる。次は弾くであろうか? それとも受け止めるであろうか? こちら側から選択肢を増やし、悩ませることにより剣は温くなる。知っていることは有利ではあるが、迷いを産むこともあるということだ……もっとも、殺す気は最後まで萎えなかったのは褒めてやってもよかろう》
「なるほどね……」
―― そう言えば、あんた結構データ集めるの好きだったよな。シュスター系軍人男と、ケシュマリスタ系男を部屋に放り込んで、感情の流れ云々とか

『シュスター系軍人男性とケシュマリスタ系男性を二人きりにしておくと、一週間も経たないうちに関係を持ってしまう』という、言われ続けていた相性の良さを、実際に検証したのがザロナティオン。

《ああ。それは戦いに際し、無力化効果があるかどうかを調べるためにだ。本当に骨抜きになるのならば、寝所に送り込むこともするべきだろうと考えてのことだった》
―― そういうことか。他にも戦闘用にデータ収集とかした?
《私の戦いは、全てデータの上に成り立っている》
―― そうなの? あんたの生き様見てると、取り敢えず突進して、その類い稀な能力で……と思ったんだけど
《歴史的に”そう”作りあげただけだ。私は戦闘のセンスというものは、あまり高くはなかった。エヴェドリット共から見たら、無いに等しいだろう。あれ達の戦闘に対する才能に初めて遭遇したとき、私は驚いた。お前は驚かなかったか? あれ達の腕の動き、指先の流れ、歩き方。そして眼差し》
―― 驚いたことはある。俺が初めて会ったのは、故帝君。あの人が握手しようと手を差し出してくれた時、恐怖を感じた
《そうであろう。あれだ。動きの全てが肌を粟立たせる。軍の指揮などは、大量の知識と経験があれば良いと知った時、白兵戦にも使えるのではないか? と考えたのが切欠で、独自に集めはじめた》
―― そうなんだ。でも殆ど残ってないよな?
《お前が私に対して”類い稀な能力で”と考えている理由がそれであろう。破棄するようバオフォウラーに命じたのは私だがな》
―― なんで?
《同族を殺すデータを残す気にはなれなかった》
―― そうか。それじゃあさ、記録には残さないから、なんか面白いデータとかあったら、教えてくれる?
《面白いかどうかは知らんが、白兵戦用のデータとなると、やはり対エヴェドリットに関するものが最も多い》
―― だろうなあ
《私が戦った様々なエヴェドリットの動きや体型を収集した結果、身長が206pのエヴェドリットが最強だという結論に達した》
―― 206p? あんまり大きくないんだな
《ただしリーチは長い。あれ達は内臓にも戦闘機能を有しているゆえに、他の種族よりも胴体が重要になる。体の重心と、内臓が有する特殊能力、それらを合わせて計算すると、206pが最適だ》
―― へえ。あんた、その206pのエヴェドリットと戦ったことある?
《ある。ディルレダバルト=セバイン。今のリスカートーフォンの血脈。殺しきれなかったから配下に入れた。シュスター・ベルレーとアシュ=アリラシュの関係と似たような物だ。私が殺しきれなくて配下に加えたというのに、ディルレダバルト=ディルレバドめ、勝手に死におって》
―― へえ。興味深いなあ。その206p説、俺にも検証させてくれよ
《好きにするが良い。なによりもお前は、帝国騎士で最強を計算で証明せねばならぬのであろう? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》


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