ラズワルドとアシュカーンの往復してない書簡

アシュカーンは道中どうやって時間を潰してる……って、書き出したところで、この手紙がアシュカーンの元に届いて、時間の潰し方が書かれた返信があったとしても、それをわたしが読むのはサマルカンドから帰還してからなので、意味ないことに気付いたが、折角書き出したんだから、書き続け……アシュカーン、乗馬で移動するから、楽しいだけだったな!
最近乗馬が上手になったハーフェズとバルディアーは、移動を楽しんでいるようだが
わたしは馬車で移動中なんだよ
馬車はいいけど、いいんだけど暇なんだ
書物を用意していたけれど、急ぎで置き去りに
まあ、仕方ないよな

そうそう、大きめな魔物を一匹倒したぞ
魔物はいにしえのメルカルトではない神を祀る神殿に逃げ込んだが
神代の神殿なら、どれでも動かせるから簡単なもんだった
別の神を祀っている神殿にわたしが近づけないとでも思ったのだとしたら
馬鹿としか言いようがないな
長生きしているくせに、そんなことも知らんのかね?

魔物はさておき、わたしも乗馬の練習をもっと真剣にしておくべきだった
魔を屠る力があるのだから、乗馬訓練はしておくべきだったよ
魔を屠る力がある神の娘は、わたし以外はみんな乗馬できるんだ
ファリドと同い年の神の娘バナフシェフは、アシュカーンが生まれた頃ウルクにいたんだってさ
その後はホスローと交代になったけど
ちなみにバナフシェフがウルクに居た理由は、旅をしてみたかったから
旅楽しいよなあ

わたしも乗馬はできるぞ、でも遊び程度
好きな速度で好きな場所を走るくらいだから、軍隊の行進は無理だ。速度もそうだけど、全員同じの速度で、隊列崩れず駆けるなんて出来るわけない

わたしを魔の山につれて行ってくれる隊を指揮しているのはカスラーという
今年中将軍になったばかりの男だ
なったばかりだが、もともと高名な将だったらしく
国王を含むみんなが三十歳になるのを待っていたんだってさ
頭が良いのは以前、ファルジャードから聞いてた
あのファルジャードが頭良いって言うくらいだから、良いんだろうよ
ファルジャードってのはサマルカンド諸侯王の息子
祖廟で説明したような、してないような……次のサマルカンド諸侯王になる男なんで
アシュカーンもいずれ会うことだろう
顔の雰囲気はアシュカーンに似てるよ、線が細くて優しげだが、性格は容姿と真逆とまでは言わないが、世に言う”良い”性格してる。だがその性格すら霞むくらいに才能がある
語学(八カ国語くらいは普通に読み書きできてた)に数学に医学に薬草学に天文学に地質学、知らなかったけど作戦参謀的なことも出来るらしい
あ、話が逸れたな。まあファルジャードってのが居るんだよ

そうそうどうしていきなりアシュカーンに手紙を書いたか?
最初に言った通り暇なんだ
バルディアーが一生懸命踊ってくれるし、ハーフェズも葦笛を吹いてくれるが
暇なんだよ
道中が至れり尽くせりで
贅沢とは言われても暇なものは暇

むかし隣に住んでいたバフマン爺さんってのがいてさ
その爺さん旅人で、いろんな旅を語ってくれたんだ
木の根元で夜を明かし、朝露で目覚め、その朝露で喉を潤したとか
盗賊と遭遇し逃げたはいいが、道から外れてしまい三日食事にありつけず、死ぬかと思ったとか
旅の途中で気が合った奴とどこそこまで旅をして分かれ
数年後再会し、酒を飲み交わしたとか
楽しい話を語ってくれたんだが……なんかわたしの旅は違うんだ
言ったらハーフェズが「いや、バフマンお爺さん単独旅行と通常一万騎指揮している中将軍が指揮する先鋭千騎に守られての旅が違うのは仕方ないじゃないですか。俺とラズワルドさま二人旅なら、バフマンお爺さん単独旅行よりも、酷いことになったでしょうけど」って言われた
わたしの護衛が立派過ぎるのが原因だが
立派な男じゃないと、兵士を魔の山近くまで率いることなど出来ないので仕方ない
なので今回の旅では、それらは諦めたが、二人旅ってのは楽しそうだと思わないか? 
アシュカーンもウセルカフと二人旅とか、考えただけで心躍らないか?
バルディアーは心配こころくばり出来るし、痒いところに手が届く、気が利き小回りが利く男なので、連れていったら行き当たりばったり旅にならなさそう
いや良いことなんだがな


ま、長くなったが今回はこれで終わるが
暇なんで、アシュカーン宛に手紙を書いて暇つぶしをさせてもらう
返事は書いてもいいし、書かなくてもいい


それじゃあ、またなアシュカーン

メフラーブの娘で、メルカルトの子でもあるラズワルドより

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

ウルクの太守エスファンデルの息子アシュカーンに御座います

我ら人間のために旅をし魔物を屠っていただき、ありがとう御座います
神殿での公柱と魔物との戦いは、旅の商人から聞きました
魔物は神殿のある町を、覆い尽くすほど大きなものだったそうですね
魔物のような存在が、公柱に触れることはできぬとは分かっておりますし、ご無事なこともいただいたお手紙で分かっておりますが、商人から話を聞いた際には、身が凍る思いで御座いました
この先公柱が、幾多の魔物と対峙なされるというのに
わたくしめにできることは、神に祈るのみ
なにもすることができず、太守府でただ守られているだけの我が身の不甲斐なさに、涙が出る思いに御座います


道中のお暇を解消する方法についても
なんらお力になることは出来ず
我が身の力不足にため息が出るばかり
わたしめの場合は吟遊詩人を馬車に乗せ、四行詩や音楽を楽しむということもできますが、ただいまわたしめが手元に置いている吟遊詩人に、公柱の乗る馬車で向かい合って竪琴を奏で四行詩を唱えるかと尋ねたところ、それは恐れ多くて出来ませぬとのこと
この吟遊詩人、わたしめがいままで出会った吟遊詩人の中で、もっとも剛胆な男なのですが、彼が恐れ多くて出来ぬというのであれば、他の吟遊詩人たちも不可能でしょう

伯父である国王が封印を失敗し、公柱に多大なご迷惑をおかけしてしまったこと
ペルセア王族の一人としてお詫び致します

カスラーについては、寡聞にして存じませんでした
お手紙を拝見してから護衛隊の隊長に聞いたところ
ペルセア国内のみならず、外国にも名を知られた将だとか
己の世情の疎さに、自身のことながら笑いしか出てきませんでした
隊長はこんなわたしめにも優しく、これから覚えれば良いと、中将軍十二名の他に、将来有望な将を数名教えてくれました
公柱はご存じかもしれませぬが、大将軍の甥ラフシャーンと先代大将軍の孫ヌーシュザードの二名は、確実に中将軍になるであろうと
両者とも勇猛果敢とのことで
一度は会ってみたいもので御座います

ウセルカフとの二人旅
それは確かに心躍ります
でもきっとわたしめは、ウセルカフに苦労を掛けてばかりかと
ですが機会があれば二人旅をしてみたいものです

そのウセルカフですが、実は葦笛を嗜んでおりまして、よくわたしめの無聊を慰めてくれております
ハーフェズも葦笛を嗜んでいることを公柱のお手紙で知り
二人を合奏させてみたいと思いました
もしもそのような機会がありましたら、ご許可いただけませんでしょうか

公柱からお手紙がまたいただけるとは嬉しい限りにございます

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

アシュカーン、元気にしているか

この手紙はマルギアナで書いている
滞在しているのは、ヤーシャールの実家の本家
大将軍を七人も出している、武門中の武門
個人的には諸侯王五氏の次くらいに有名な氏族だと思ってる

アシュカーンはこの家の跡取り息子のヌーシュザードに会ったことあるか?
わたしはハマダーン城で、カスラーの代わりに城を預かるためにやってきた、ヌーシュザードの頭頂部だけは見た
離れたところで平伏されると、頭頂部しか見えないよな
きっとアシュカーンも経験しているはず
平伏されると顔が見えなくて困る

そのヌーシュザードだが、それは真面目な男らしく……っても、国軍の将は真面目な奴しか会ったことないが、とにかく真面目で信仰心が篤く、どうも一族の方針で、当主以外は神の子の顔を見ては駄目と決められているらしい
ただし子どもの頃は別で、ヤーシャールとヌーシュザードは年が近く、故郷にいた頃はよく遊んだが、十歳でヤーシャールが神殿に入ってからは、一度も顔を見たことがないんだとか
絶対に面を上げないんだそうだ
このヌーシュザード、立派な髭を生やしているのだそうだ
神の子の中に髭を生やしているメフルザードというのがいるのだが
どっちが立派なんだろう? って、気になってるんだ
人に聞くと皆メフルザードって答えるんだけど
実際見て決めたいよなあ

マルギアナではヌーシュザードの姉の子と会ったよ
生まれて間もない女の赤ちゃんでさ、可愛かった
抱っこさせてもらったんだ
粗相で服が汚れたが、襁褓がずれていることなんて、よくあることだからな
わたしもよくヤーシャールやアルサランに抱かれて、やったもんだ
書いていて気付いたが、赤ん坊とわたしの年の差は
ちょうどヤーシャールとわたしと同じなんだな

そう思うと、わたしも年を取ったものだ!
そして新たなる命を守る立場にあることを、肌で感じたな

アシュカーンはマルギアナ近辺の地理に詳しかどうかは知らないが
マルギアナから東に進むと魔の山がある
この手紙を書き終わったら、魔の山へと進むことになる
魔の山そのものはどうってことないんだが
魔の山は誰も近づかぬ砂漠のど真ん中にあるらしく
馬車では行けないので、カスラーの馬に乗せてもらったり
乗った馬を引いてもらって近づくことになっている
ある程度近づかないと、目測誤って力を出しすぎて失敗する可能性もあるから
注意しなければならないのだ
正直倒すほうが簡単


そうそう、最近カスラーと会話できるようになったんだ
最初は「なにかありましたらお呼び下さい。お側に控えておりますので」で、近づいてこないし話し掛けてこなかったけど
なんかバルディアーがカスラーに悩み事を相談して、そのまま懐いて
懐いたついでにわたしも入り込んで、会話はできるようになったんだ
とにかく知識が豊富な男で、なんでも知ってるんだ
聞けばニネヴェの学者の家の生まれで
驚くなかれ、ヘレネス人奴隷の家庭教師が付けられてたんだってさ!
アシュカーンの家庭教師にもヘレネス人はいるだろうから
なんでそんなに驚くのと思われそうだが、ヘレネス人の家庭教師って金持ちしか買えないんだ
わたしも奴隷相場については、それほど詳しくはないが
安い奴隷は金貨二枚くらいで、一般的なものは金貨五十枚から百枚くらい
容姿が優れていると大金貨百枚から五百枚
種類にもよるが、技能を持っていると金貨千枚から、天井知らずとなる
ヘレネスの知識人奴隷ともなると、一人大金貨二千枚は当たり前の世界
大金貨五千枚で売られていた奴隷もいたと、馴染みの奴隷商が言っていた
一度でいいからその奴隷に会って話してみたいもんだ!
もしもアシュカーンの家庭教師が、大金貨五千枚で購入されたヘレネス知識人奴隷だった会わせてくれ
なんかカスラーの話じゃなくて、奴隷の話になってしまったが
まあいいや

あと、前回の手紙に書き忘れたんだが
もしも大きい魔物がウルクに現れたら、この手紙を持ってビルガメスの神殿に逃げ込め
前回神殿で会った際に一時的だが守ってくれるよう頼んでおいたから
ただし、この手紙が必要だからな
なくするなよ……とか思ったが、これ一枚だと取りに戻って大変な目に遭っても困るから
もう二三枚送るからな

メフラーブの娘で、メルカルトの子でもあるラズワルドより

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

ウルクの太守エスファンデルの息子アシュカーンに御座います

お手紙ありがとう御座います
以前ジャファル殿から、公柱は神殿に輝きを取り戻すことができるとお聞きしてはおりましたが
公柱は忘れられし神々とも交流を持つことが出来るのですね
そしてわたしめのような者の安全にまで気を掛けて下さり
その寛大なる慈悲の心に感激し、震えておりまする

神気を纏った手紙は大事に持ち歩かせていただきます

次にお恥ずかしながら、わたしめの家庭教師にヘレネスの知識人奴隷はおりませぬ
わたしめに教養を授けてくれたのはメルカルト神に忠実な神官でした
わたしめは奴隷相場どころか相場という言葉を知りませんでした
無知に恥じ入るばかりに御座います
ただお手紙をいただき恥じているだけの報告ではいけませんので
よい機会だと奴隷市場へと足を伸ばして参りました
世間知らずのわたしめには、何処を向いても刺激が強く
目のやり場に困ってしまいました

髭のお話ですが、わたしめはヌーシュザードに会ったこともなく、メフルザード公のご尊顔を拝したことも御座いませぬが
公柱の覚え目出度きバームダードはヌーシュザードを見たことがあり、メフルザード公のご尊顔を拝したことがあるとのことで、聞いてみましたところ
やはりメフルザード公の髭のほうがご立派だと申しておりました
そして公柱が幼かった頃に、メフルザード公の髭を掴んで登ろうとしたという話を聞かせてもらいました

その時のお姿を拝見いたしたかったものです


公柱の護衛を務めるカスラーなる中将軍について
幾つかの話を聞きましたが
それは立派な人物のようですね
武勇は言うに及ばず、兵站に関してはペルセアにおいて
余人を持って替えがたしと言われる将だとか
正直彼について話を聞くまで「兵站」というものを存じませんでした
兵士は戦って勝てば良いだけかと思っておりましたが
それだけでは戦争しても勝てないと

非才なわたしめが言うのもおかしいですが、カスラー中将軍について聞き
公柱のお供を務めるには足る人物と知り、安心しております
同時にわたしめが武術に長けていたら
公柱のお供をすることができたのではないか
本来であればペルセア王族たるわたしめが
公柱のお供を務めるべきではなかったのか
思わずにはいられませぬ


公柱は魔の山へと向かわれるのですね
魔王はとても狡猾であると聞いております
神の子である公柱に害なすことなど出来ぬとは思いますが
どうかご無事で