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混凝土(コンクリート)棺・3 - 少年残像≪後編≫
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 血に酔い正気を失ったビーレウストは弱体化したが、ジュカテイアス一派が用意した兵士達は容易に殺すことはできなかった。
 殴られ切られて、致命傷にはならない箇所を撃たれながらもビーレウストはシーゼルバイアの元へと確かに近づく。
 彼女はリオンテが用意した服に急いで着替えて、再びその有様を見る。
「なぜデファイノス伯爵をここに投入したのでしょうね」
 想像よりも強い《弱体化した》ビーレウストに、不条理な苛立ちを感じながらも、まだ余裕をとりつくろう。
「貴女は知らないようですからお教えしますと、この手の性質をもつエヴェドリットは定期的に人殺しや破壊行為をさせてやらないと発狂するそうだ。通常状態でも狂っているような男だがな」
 吐き捨てるようにシーゼルバイアは言う。
 シーゼルバイアが不機嫌になるほどに、彼女は落ち着きを取り戻す。彼女が王族として、そして『セゼナード公爵の妃』として、もっとも直視し理解しなくてはならないのは、このデファイノス伯爵の姿。
 彼女にはデファイノス伯爵を拒否する権限はない。彼女がこの姿の伯爵を拒否するということは『セゼナード公爵の妃』の座から降りることに他ならない。
 ロヴィニア王は彼女にデファイノス伯爵の真の姿を見せ、覚悟を決めるかそれとも弟と別れて王太子と再婚するかを選ばせるつもりであった。賢い彼女はそのことを理解して、目の前の正気を失った王子を見つめ続ける。
「シーゼルバイア様! 艦隊が!」
 背後から聞こえる怒号を彼女は無視し、人々の砕け散った赤い空気を吸いこみながら、敵を原始的に殴り殺し突き進むデファイノス伯爵を見つめ続ける。
「艦隊が一隻も映らないのは何故だ?」
『降伏を受け入れる用意はあるぞ』
「カルニスタミア!」
『全艦沈めさせてもらった。残るはお前の陣地である基地のみだ。暴れ出したビーレウストを止められるのは儂だけだ、早めに降伏しろ』
 シーゼルバイアとカルニスタミアの会話を聞きながら、彼女は覚悟を決めた。
 あの状態の “エヴェドリット” が目的地にたどり着いた時に起こす出来事はただ一つ “同族食い”
 正気を失っている伯爵がこの場にたどり着いた時、間違って自分を食べるかもしれない。それに対する覚悟と、もう一つの覚悟。
「ライハ公爵め!」
 目の前でシーゼルバイアが食べられた時、目を背けずに最後まで見届ける。
 王族ともなれば処刑に並ばねばならぬ時もある。そして王族が並ぶ必要のある処刑は、自らの肉親や親族。彼女は自ら処刑を命じたことは未だない。
 いずれかは処刑を命じる日が来るだろうと思いながら、今まで命じずに済んでいた。
 生き物を殺したことはある。貴族の嗜みとして狩猟を父から学ばされた際に、確かに動物の生命を絶った。
 だが今、自分の目の前で起こるだろう《惨劇》はそれの比ではない。殺される、いや自らが生きたまま食べられるのは嫌だが、他人が生きたまま食べられるのを直視するのも避けたい、それが彼女の偽らざる本心だった。
 歩み寄る伯爵の足音が聞こえるわけではないが、心臓の音は高鳴りその恐怖を彼女に刻み込む。
 同時に彼女は本心を包み込み、来る状況に備える。
「殺せ! やつを殺せ!」
 扉をたたく音と同時に叫ぶシーゼルバイアの焦った声に、彼女はゆっくりと立ち上がり部屋の隅にいるリオンテの前に立つ。
「あの、公爵妃殿下」
「黙ってなさい」
 エーダリロクが言った通り、僭主狩りには『王族以外の者』を巻き込むのは彼女も良しとしない。自ら望んで僭主一党に与した者と、リオンテは違うと彼女は判断した。この判断が間違っていて、背にかばったリオンテに撃たれ殺されたとしても彼女は納得できる。
 判断の間違いで死ぬ覚悟、それはデオシターフェィン伯爵家の当主を継いだその日から背負った責任。
 人をかばわぬ方が生きやすいが、自らよりも下の階級に属する者を守らない上級貴族の当主など必要はない。力任せに開かれた扉と同時に起こる一斉射撃。
 彼女はその光と音の中、自らが望んだ地位が決して安寧なる物ではないことを実感した。血と絶命は僅かな時間で終わった、周囲を取り囲んでいた兵士達は伯爵に殺害され、残るはシーゼルバイアのみ。
 すると突然シーゼルバイアは銃と眼鏡を捨て目を閉じる手を当てる。
 負傷により足を引き摺るようにして近寄る伯爵と、必死に何かをしようとしているシーゼルバイア。伯爵が彼に近付き手を振り上げた時、彼は手を下ろして目を開き、正気を失っている伯爵を見据えた。
 伯爵の動きは止まり、彼女の方を振り返る。
「そ、そっちだ! そっちが僭主に与した者達だ!」
「!」
 あまりのことに彼女は失念していたが、シーゼルバイアと伯爵は精神感応が開通している。シーゼルバイアはそれを使い、偽りの敵を伯爵に伝えた。
 言葉は伝わらない状態の伯爵だが、混乱している脳に直接情報を送られ、真偽を確かめる事もせずに目標を変えた。
 ずるり、ずるりと近寄ってくる伯爵と逃げだそうとしているシーゼルバイア。
 彼女は動けないまま、目の前に立った伯爵を見上げる。
「……」
 もっとも新しい神話である《銀狂の帝王ザロナティオン》を思わせる伯爵に、彼女はマントの端を掴み深々と礼をする。
「お待ちしておりました、デファイノス伯爵殿下。必ず助けにくるとの言葉、このセゼナード公爵の妃である ナサニエルパウダ・マイゼンハイレ・バウルベーシュレイド 信じておりました」
 振り上げられた手の影が映る床を見つめながら、彼女は早口にもならず声を震わせることもなく言い切り顔を上げる。
「私はセゼナード公爵の妃。僭主などに与する愚かな女ではありません」
 伯爵は振り上げていた手を、彼女の肩越しにのばす。背後にいるリオンテも、僭主に与したとシーゼルバイアが伝えたためだ。それは本当のことではあるが、彼女は太くしっかりとした血にまみれている手を掴み伯爵を制する。
「背後にいるものが僭主に与したとしても、デファイノス伯爵殿下が処罰することはできません。この者は私の夫であるセゼナード公爵の部下です。彼女の処分はセゼナード公爵にしか許されないはずです。僭主一派に下った証拠があるのは、あのシーゼルバイアのみ。彼女が僭主に下った証拠、私はこの作戦の立案者であるロヴィニア王より提示されていません。よって私はデファイノス伯爵殿下に殺すのをやめてくださいと言うのです」
 言い終えて彼女は伯爵を見つめ続ける。
 部屋から逃げだすのが成功しかけたシーゼルバイアの足音に、伯爵が反応して駆け出してゆく。
「くるなぁぁぁ!」
 シーゼルバイアが捨てた眼鏡を踏み壊しながら、伯爵は疾走しシーゼルバイアの足首をつかんで床に叩きつけてのし掛かる。
 そして両腕を腹に乗せて、指で腹を引き裂き吹き出す血の中に顔を埋めた。
 内蔵に噛みつかれたシーゼルバイアは絶叫し、自分の腹の中に埋まっている顔を殴るが殴られている方は全く無視している。
 伯爵はシーゼルバイアの腹から顔を上げた。口に内臓をくわえたまま、食われた相手の顔を凝視する。次の瞬間シーゼルバイアは狂ったように叫ぶ!
「やめろ! やめろ! 私を食べていることを、私に伝えるな!」
 伯爵は腕を突っ込み内臓を引き出しながら、シーゼルバイアを見つめ続けそして口に運ぶ。
「やめろ! やめろ! 私の味など、私は味わいたく! うわあ!」
 シーゼルバイアは必死に自分の舌をかきむしる。その有様を彼女は意識が遠退きながらも視線をそらすことなく見つめた。


空舞わぬ純白の翼持つ銀狂の帝王



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