浮気・2
ロヴィニア王と王弟エーダリロクが食事をしている場に乱暴に連れてこられたのは、王妃バセレアダ。
黒絹のような髪が人目をひく、王妃として王のとなりに並んでも遜色ない容姿を持ったデラサハ公爵家出の姫。
ロヴィニア近衛兵に挟まれ、両手首を捕まれて引き摺られるように連れてこられた事に怒りを露わにする彼女に、兄弟二人は冷たい眼差しを向けた。
王と王妃の座についてから数える程しか会ったことのない王弟エーダリロクを前に、彼女は両手首の自由を奪われたままながら膝をつき挨拶をする。
エーダリロクは王妃を無視して食事を続け、王は彼女に話しかけながら食事を続ける。
「私がなぜこのような辱めを」
「浮気している王妃に辱めを与えるのは王の仕事だが」
夫である王が笑いながら王妃に語る。
体を硬直させて、王を見上げる王妃は心の底から驚いていた。
「お前のような世間知らずの浮気は、隠しおおせるものではない。今で八人目の男だな」
言いながら王は王妃に撮影していた映像を投げつける。
自分が他の男とセックスしているシーンが音とともに映し出される。
「お前が浮気するのは構わなかったが、もう終わりだ。お前の実家は破産した、浮気費用はもう出ない」
鼻先に突きつけられた自分が腰を振っている映像に顔を赤らめていた王妃は、王に視線を動かす。
「破産?」
「お前が浮気に使った金は全額実家から出ている。両親と一族にも逐一報告しているし、実物も見せてやった。両親は泣きながらみていたよ。公爵家というのは名誉を重んじるからな、折角王の妃となったのに男を取っ替え引っ替えして離婚されたら外聞も悪いということで、必死に支払っていたがついに財力が尽きた。理解できたか?」
化粧していても真っ青になったことがわかる表情を眺めながら、王はコーヒーを口に運ぶ。
「い、いつからご存じ……で」
「最初から。お前がこの先も浮気をしたいというのなら、まずは王妃の仕事をして稼ぐといい。今まで王妃の仕事をせずに、男に金を払って抱かれていた時間を仕事に費やしてもらおうか。簡単に金を稼ぐ方法は、王女を産むことだな。それなら得意であろう、さんざん他の男をくわえ込んできたのだから。とは言っても八人程度だが」
王の視線を受けて王妃は身を硬直させた。
『後のことはエーダリロクに任せる』と言い席を立った王と、残された王妃と王弟。
男女の仲に興味のないセゼナード公爵殿下に任せるのか……と周囲の者は思ったが、口に出しはしなかった。
「さてと、それでどうする?」
「セゼナード公爵殿下」
美しいと言って誰も異論を唱えない王妃バセレアダは、エーダリロクにすがるような視線を送る。
「浮気で覚えた視線かもしれないが、俺にそれやっても無理。人間に興味ないから」
王弟を誘惑することは誰が見ても不可能。
「それにさ、俺一応結婚してるし。あんたと俺の妃なら妃のほうが良い。顔はあんたの方が上だけどねえ。そんな事よりも、まずあんたがしなきゃならねえのは借金だ」
「借金?」
「おう。あんたさ王妃としての資金凍結されてんの。浮気相手に王家の金が流れるのを避ける為に、あんたの生活費その他全てが凍結されてんだよ。今までのあんたの生活は実家の資産だったが、それももう無理。この凍結を解除できるのは兄貴だけ。でもさ、解除して貰うにはあんたが王妃としてそれなりの行動を取らなきゃ無理だ。そのためには資金が必要になる、当座の生活費を借り入れるしかない」
王妃としての責務を果たせ。だが今までの行動により信用がおけないので、王妃としての活動資金は調達しろ。それがロヴィニア王の声なき指示だった。
「誰から借りる……ことが」
「俺だよ。一年分の生活費は身内ってことで、利子つけないで一括で貸してやる。この一年で結果が出せなかったら、俺があんたに渡した生活費が離婚の手切れ金になる。解ったか?」
王妃は小さなうめき声をあげながらも、椅子に座りコーヒーを飲んでいる王弟に向かって頷いた。
王妃はエーダリロクに “彼の処遇” を尋ねた。彼とは今の不倫相手。
「処刑されるだろうな」
エーダリロクの素っ気ない言葉に王妃は “彼を助けて欲しい” と懇願する。王妃の必死の表情と、手元にある兄から渡された計画書を見比べながら、エーダリロクは王妃の依頼を渋々引き受けた。
引き受けることが計画書に書かれているので、当然ながら引き受けなくてはならない。
これから己の眼前で繰り広げられる “予定” の惨状を予測しながら、エーダリロクは王妃を伴い不倫相手の元へと向かった。
― その男は私に対する復讐としてバセレアダと。そうだ、その男の恋人だった女が私の愛人だった女だ。過去形なのか? ああ過去だよ。向こうから自分を売ってきた、いい女だった。いい女を何故捨てたかって? それは…… ―
『不倫相手もかわいそうに。ここまで調べ上げられてるとは思ってもないだろうよ』
エーダリロクは兄から渡された計画書の委細の全てを天才的と称される頭脳に放り込んだ後、ガラス窓に映っている王妃の横顔に視線をうつした。
密会する予定だった場所へと王妃とともに出向き、男の真意を問いただす。
ロヴィニア王にばれた事に、男は覚悟を決めて王妃に自分は復讐のために近付いたのだと言い放つ。彼に惹かれていた王妃は、そんなのは嘘だと言ってすがる。二歩くらい離れた所から見ているエーダリロクには “意味のない言動の繰り返し” にしか感じられず、欠伸もでそうだったが我慢した。
男は王妃を散々ばかにして、手を上げたところでその手首を掴みねじり上げた。
「目の前で王妃が殴られるのを無視するワケにはいかないでね。それはそうと、あんた、別れた恋人に会いたい? 会いたいなら会わせてやるぞ」
エーダリロクの言葉に男の体は硬直し、そしてより一層力がこもる。
「それは……」
男は王妃を連れて、今は兄貴の愛人になっている女の屋敷へと向かった。
愛人は男と王妃を見て顔色を変え怒鳴りはじめた。
「貴女なんて! なんで貴女が! 浮気しているのに王妃の座に収まっていられるのよ!」
王妃に平手打ちを食らわせる。エーダリロクもまさか愛人が王妃を殴るとは思わなかったので呆気にとられた。
男二人を無視し、殴られた頬を手で押さえている王妃と、怒鳴りつける愛人。さすがに二度も殴らせるわけにはいかないエーダリロクは、呆気にとられながらも何とか愛人の身を確保した。
男がかつての恋人に声をかけても “貴方とはもう終わったこと” と素気なく返されるだけ。命がけで王妃に不倫を仕掛けた男は座り込んだ。かつて恋人だった女の心変わりを信じられない男と、
「私の方が、王のことを!」
ロヴィニア王への愛を王妃に向かって叫ぶ愛人と、言い返す事の出来ない王妃。
“どーすりゃいんだろー”
宇宙でもっとも男女の修羅場とは縁遠いところで生きてきた王子には、目の前で繰り広げられている事態を収拾するまでにかなりの時間を要した。
*********
“エーダリロクは天才だが賢くはない”
私に挿送を繰り返している最中に良く口にする言葉。
よっぽど敵視してるんだろうなあ……と思いながら、早く終わるように私も腰を動かす。
少し身をよじって顔をサイドテーブル側に向けると、シーゼルバイアの外した眼鏡が見えた。
リオンテがそんなことを考えながら、シーゼルバイアに体を開いていた。シーゼルバイアはリオンテの体に二度ほど精を放ち、三度目の行為を強要する。受け入れる箇所が痛いと訴えると、それならと後ろに無理矢理挿れようとする。
痛いと叫ぶリオンテの声を無視して、無理矢理差し込もうとするシーゼルバイアとの行為は、突然の来訪者により中断された。
「入るぞ」
声だけかけ了解を得ないで扉を開かせたのは金髪の公子。
「ジュシス公爵殿下!」
顔立ちが十六代皇帝オードストレヴに瓜二つのエヴェドリット王族は、箱を脇に抱えたままベッドの上で裸で重なり合っている二人のことなど全く気にせずに部屋に入り、テーブルの上に持ってきた箱を置く。
「邪魔をしたようだが、我にも用事がある。話が済んでからまたやってくれ」
王族らしく悪びれずに言い、リオンテの部屋のスツールに腰をかける。
「少しだけ待っていてください」
膣からあふれ出し、内腿を伝っている精液を洗い流しにリオンテはバスルームに消えた。
ごくありふれた平民の女の部屋で《王の子》ではなかったために “公子” と名乗る男と、《王妃の子》ではなかったために “庶子” としか名乗れない男は無言で視線を交わした。
「公爵殿下が何用で?」
リオンテとシーゼルバイアは “エーダリロクの側近” という同等の立場だが、仕事内容は大きく違う。リオンテはエーダリロクの大切にしている爬虫類の世話を全て任されており、シーゼルバイアはエーダリロクが王族としてしなくてはならない雑事をこなす。
「不思議そうな顔だが、リオンテもお前もダバイセスも同じ側近だろう? 我が誰に依頼しても良かろうが」
「もちろんですが」
普通貴族や王族は、シーゼルバイアかジュシス公爵の実弟にあたるライプレスト公爵ダバイセスを介してエーダリロクに連絡を取る。
「体面的に “個人” 依頼でなくてはいけないからな。我とて驚いている、貴様とリオンテに関係があるとはな。折角貴様の目を盗んで内密にエーダリロクに仕事を依頼しようと画策していたのに」
「私はこの場にはいなかった事になさるとよろしい。それにジュシス公爵が思っているような関係ではありませんよ」
「ほお、では恋人関係なのか?」
「……」
「我は肉体だけの関係だと判断したのだが、違うのか?」
「人の悪いお方だ」
互いを牽制しあっていると、体を洗ったリオンテが公子に対し失礼のない格好に着替えて現れた。
「リオンテ、これはエーダリロクの眼鏡にかなうか?」
ジュシス公爵はテーブルにおいた箱の蓋を開く。
「トルキスタンスキンクヤモリですか!」
雄と雌のヤモリが納められていた。
「そうだ。これはエーダリロクの眼鏡にかなうか?」
「はっ! はい! でもこの地球産のヤモリを何処で?」
トルキスタンスキンクヤモリは地球上に生息していたヤモリで、人類が宇宙へと飛び立った際に持ち出されたが、徐々にその数を減らしていった。
「クュレイ公爵の祖先が持っていたものだ。クュレイ公爵自身、エーダリロクほどではないが爬虫類好きであったので、自身の遺産を調べてトルキスタンスキンクヤモリの卵が冷凍保存されていることを知り孵化させることに成功、それをもらい受けた。どうだ? これはエーダリロクとの取引材料になるか?」
「なると思います! 王子に連絡いれますが、お話になりますか?」
トルキスタンスキンクヤモリを飼育する場所が必要なので、エーダリロクにどの惑星を使って良いかを尋ねるためにリオンテは直ぐに連絡をいれた。
『えー何作れっていうのーアシュレート』
ちょうど修羅場から解放され、急いで軍を率いて前線に向かっているエーダリロクはその映像を見て笑顔を隠さなかった。
「嬉しそうだなエーダリロク」
『でもクュレイ公爵が持ってるとは知らなかったな』
エーダリロクはリオンテに指示を出しながら、アシュレートと話し続ける。
「まあな、我も知らなかった。皇帝の正妃候補選別の際、身上調査をして初めて知った。お前はメーバリベユ侯爵ではなく、クュレイ公爵の娘と結婚した方が爬虫類好きの義父と仲良く過ごせたのではないか?」
畜生……陛下の正妃候補ってのは、二重だったのか。全く気付かなかった俺が馬鹿だが……道理で全員簡単に引き下がったワケだ
『…………いや、俺結婚する気ねえし。俺よりアシュレートの方が結婚しなきゃまずいだろうが。それで、何作るといいんだっけ?』