Open Menu
大天使・1
戻る目次進む
「おめでとうございます、セゼナード公爵殿下」
「これでロヴィニアも安泰ですな、王」
 その他色々と俺の上を素通りしてゆく祝辞。
「…………」
 てめーら、この王族用の特注拘束服を着て、自白に用いられる拘束椅子に座らされて、口には相変わらず “沈黙は金” を表すための金の猿轡をかまされて、
「エーダリロク、次はイサノド伯爵だぜ」
 エヴェドリットの公子で、ザセリアバ王の実弟アシュレートが隣に立ってずっと喉元に剣を突きつけている状態で、
「殿下の御成婚、ロヴィニア属の者すべてが喜んでおります」
 平然と祝辞を述べてゆくなああ!!
 メーバリベユ侯爵は他の貴族女性から挨拶を受けてる。ロヴィニアじゃあ王妃のバセレアダに次ぐ地位になったわけだし、王妃よりも、
「ロヴィニアの女としては頂点にあるといっても良い」
 兄貴の評価も好感度も高い。
 確かにバセレアダより実力あるもんな。……それにしても今の俺のこの状況、
「そのようなことはございません。私はあくまでも公爵妃にして侯爵。家臣としての立場を忘れることは決してないことを此処で明言しておきます」
 ふふふ……俺、結婚してんだなあ。今更ながら……
「エーダリロク、騒がないなら猿轡とって何か口に放り込んでやるがどうする? 無駄口叩いたら、即座に頬串刺しな」
 騒がないよ……騒がないから、首を必死に縦にふった。
「解った、外す。それにしてもお前も、諦めて妃を抱けばいいだろう」
「それに関しちゃ答えねえ」
「どうして?」
「無駄口言うなって言ったのそっちだぜ、アシュレート。食いやすくて温かいもの、甘いのじゃないのがいい」
 首をがっくりと落として、自分の膝を見る。太股から膝までがっちりとスイ繊維で編まれた布が巻き付いて……大体さ、スイ繊維ったら戦艦の窓とかに使う繊維だろう。俺を拘束するのに……
「ウチの家じゃあ、拘束布は全部これだからな。かなり高いんだが、お前のところのお兄様はご本気でいらっしゃったようでザセリアバの言い値で買ったぜ」
 兄貴金払ったのかよ、何時も軍装備整えるの嫌がるくせに……それも値切らないで。値切らない兄貴なんて兄貴じゃねえよ!
「そんなに結婚させてえのかよ」
「諦めろよ。男は諦めが肝心だぜ」
「いやだー」
 俺は最後の最後まで悪あがきをするんだ! しなきゃならねんだよ!
 ビーレウストの尻穴犯すなんて嫌だ! その結果、ビーレウストがガゼロダイスと結婚するなんてもっと嫌だ! そんな事になったあわせる顔がない!
「お待たせいたしました、公爵殿下」
「げっ……メーバリベユ侯爵」
 トレイには蒸篭、蓋をとると湯気とおいしそうな香りが。小龍包か……た、確かに食べたい、でも!
「さあ、食べさせてあげますわ。お口をあけてくださいませ、公爵殿下」
 ふーふー息を吹きかけて口元に運んでくれているのはメーバリベユ侯爵。公衆の面前で食わせられているところを見られたら、もう言い訳できない!
 実際の所、どうやってももう申し開きは出来ないんだが。でも最後の砦である『陛下』が俺とビーレウストに騙されているから何とかなりそう……ってか、陛下ごめんなさい!
 この恩はいつか返させていただきます! 多分、きっと、おそらく! そんな日が来るとは思えませんが、その時が来たら気合いれてお返しいたしますから! その日まで騙されててください!
「悩む必要はございませんわ。そういえばロヴィニア王がこういえば食べてくれるといっておりましたわね “これを残したら、どんな折檻が待っているか解っているのだろうな。いい小豆が届いておるぞ” さあ、どうぞ。あなた」
 蒸篭の中にある小龍包は四個。何時も四個なんて簡単に食えるけれども……これをこの場でメーバリベユ侯爵に食わせてもらったら、もらったら……でも折檻もいやぁぁぁ! 小豆って! 小豆の折檻って! 小豆八億個を塗りの菜箸で隣の皿に移す作業はいやぁぁぁ!(三年前に経験済み)
 そして蒸篭から漂ってくる香り。空腹の胃が食わせろとキューと鳴ってる。ああ、目の前には小龍包……香りが鼻腔をそして脳を刺激して、その湯気の向こう側にいるメーバリベユ侯爵さえ見えなくなるような……実際は見えてるけれど。
「はむっ」
 俺は王の権力と小龍包の湯気に屈した。沸き起こる拍手を無視して、俺は口を動かす。美味しい、美味しいよお。
 昨日の晩から何も食わせてもらってなかったから。俺が悪いんだけどさ、ほら食ってると当然生理現象が起こるだろう? それを訴えて用を足している隙に逃げることを防ぐ為に、最初から食わせないでおくってのは、基本中の基本。
 逃げる素振りを見せすぎた俺が悪いんだけれども、腹は減った。
「お腹が空いていらっしゃるようですわね」
 そりゃまあ、こんだけがっつけばそうとしか映らないだろうさ。
 あーもっと食べたい……
「追加してもいいか?」
「ならばルームサービスを取ればいい」
「あっ! 兄貴!」
 何時の間に! ルームサービスって? 王城じゃあルームサービスって言わないよな。
「さあ、二人で仲良くホテルの一室で夜を過ごすといい。ジュシス公爵 “それ” をホテルへ運んでくれ」
 アシュレートのヤツ部屋まで着いてくるのか! そしてホテルって! ホテルって!
 うぉぉ! 味方一人もなしじゃねえか! 王城なら何人か逃げ出す手助けしてくれるアテがあったのに! それも潰すのか! さすが兄貴! さすが策謀のロヴィニア王!! うわぁぁぁん!
「それでは王、退出させていただきます」
「メーバリベユよ……ゆっくりと、がっつりと、そしてばっちりと突っ込んでこい。あれは拘束したままで搾り取るが最適だ。ぎゅっぎゅっとな」
「ご期待に添えるよう、頑張って来たいとおもっております」

 何の話だ!! 兄貴ぃぃ!

 で、まあ……最上クラスの部屋に、
「俺はこのままなのか? アシュレート」
「取ったら逃げるだろう?」
 メーバリベユ侯爵と俺とアシュレートの三人でいる。部屋の内装なんてこの際どうでもいい、
「メーバリベユ侯爵」
「ナサニエルパウダと呼んでください。でなければルームサービスとって差し上げなくてよ」

ご飯食べさせてください……

「ナサニエルパウダ、口に運びやすいものを何品か注文してくれ。それと水飲ませてくれ」
 もう食べさせてもらうことは前提なんだな。だってさ、メーバリベユ侯爵俺にナプキンで前掛けを……。
「畏まりましたわ」
 メーバリベユ侯爵はメニューを見ながら何品目かをポンポンと押していった。あ、水餃子が入ってる。俺好きなんだよなあ、水餃子。
「お前の好きな食い物知ってる、良い女じゃねえかよ」
 確かに水餃子、パエリア、コーンポタージュ、メカジキのトマトソテー……どれも俺の好きな物ばかりだ。そうアシュレートは言うけれど、今の俺は……
「水餃子……水餃子……」
 早く食いたいんだ!
「うぉぉ! 腹減った、早くぅ!」
「逃げる素振りさえ見せなけりゃ、普通のメシ食えてたってのに」
 やれやれ、といった顔でアシュレートに見下ろされる。そりゃそうなんだが、
「注文が届くまでの間、これでも食べてましょうか。ジュシス公爵殿下もよろしければどうぞ。パーティー会場のサンドイッチの詰め合わせです。全種類詰めさせました、それとワインを三本ほど運ばせましたので。先ずはこれで喉を潤してください」
 会場からワインも持って来たらしい。
「行儀悪いが、ボトルのままいただこう」
 アシュレートはコルク引っこ抜いてボトルから直飲みしつつ、サンドイッチに手伸ばし始めた。
「さあどうぞ」
 サーモンのサンドイッチを口元に運ばれて噛み付くように食った。今まで食べたサンドイッチの中では最も美味しく感じたのは仕方ないことだろう。そして何より、
「二十四時間ぶりに飲んだ水は美味い」
 水が美味かった。氷がはいっただけの水だが、美味しい。喉を鳴らして水を飲むなんて久しぶりだった、本当の美味い! 細胞の一つ一つが生き返ってくる!
「逃げようとなさらなければよろしかったのに。次はきゅうりのサンドイッチですよ、はいあーん」
「はいあーん。はむ……」
 しまったぁぁ! ワイン飲んでるアシュレートの顔が苦笑いを!
「どうみても、バカ新婚夫婦だぜ、エーダリロク」
 つられただけだぁぁ! つられただけなんだぁぁ!
「馬鹿で結構ですわ、ジュシス公爵殿下。はい、ワインですよ」


戻る目次進む
▲top