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嘔吐≪後編≫・2
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 兄貴が腹下してるって言われてもなあ、が本当なら放っておくわけにもいかんじゃろうし。
 今日はビーレウストは監視が強いから、あまり女のところにも行きたくはないんじゃろうし……明日からガゼロダイスの攻撃が激しくなりそうだな。だが、ビーレウストにガゼロダイスと結婚したらどうだ? とはとても言えない。
 鬘も被ってない状態だと……まあ、いい。
「テルロバールノル」
 兄貴をこの場から連れ出すか。
「何だ、ライハ公爵」
「まだ挨拶などが残っておられますかな」
 顔色が悪いのは何時もの事だから気にはならねえが、確かに具合悪そうだ。言われてみれば、ではあるが。
「儂に用があるのか」
「屋敷に戻ってから話を聞いていただきたく思っております。儂は先に戻りますが、その事を少しは気に留めておいてくだされば」
 兄貴のことだ、体調云々を言えば絶対に下がらないだろう。
「用はない。陛下に退出のご挨拶に伺う。来い」
 この儂と共に退出するとは、よほど体調が優れぬのであろうな。
「はい」
 儂は兄貴に従い、陛下に退出の挨拶を申し上げその場を後にし車に同乗する。


 王は大変なものだとも知っておる。父王が死んだ後、兄貴に信用されずにケシュマリスタに送られた際には王の座を狙ってやろうかと思いもした。
 成長してそれも収まったのだが、最近その感情が再びわき上がってきた。
 兄貴のザウディンダルに対する態度だ。貴族を統括している兄貴がザウディンダルに対し悪意を露わにする事と、両性具有に対する認識とでザウディンダルに対して暴行未遂が日常茶飯事になってきている。
 それにケシュマリスタ王と結託し陛下の地位を脅かしかねぬ気配も感じられる。兄貴にザウディンダルに対して少しだけで良いから軟化した態度をとってもらうためには、儂が離れればよいのだろうが、儂が離れたところで暴行されなくなるわけではない。
 必ず仕掛けてくる奴等がいる。……ハセティリアン公爵が見張っているであろうが、姿を現すわけにはいかないので威嚇にはならんしな。その点儂は、ザウディンダルに手を出そうとしたのを次から次と殺したので、傍に居るだけで近寄らなくはなってきた。
 だが、王子は限界がある。王がザウディンダルに手を伸ばしてきたら……兄貴を殺して王の座を獲るか? ただそうなると、領地に必ず帰らねばならぬ。両性具有は基本帝国領から ”持ち出し禁止” だ。
 当然テルロバールノル領に連れて帰るわけにはいかねえし……でも、獲れねえわけでもねえしな。
 表面上は真面目に装うのも簡単だ……ザウディンダルと一時的に別れて国軍に軍籍を置き、働けば二年くらいで国軍は掌握できるだろうしよ。
 兄貴を排除すりゃあ、ラティランに対抗できる力も得ることができるし、悪かねえが……今の段階で武力で獲るのはちょっとまずいか。兄貴が何か失態をするか、体調を崩すかしてくれりゃあそこから……


「用とは何だ」
 まさか兄貴から儂に声をかけてくるとは思わなかった。
「特にない」
「何だと?」
「具合が悪そうだったから屋敷に戻るように勧めた。体調が悪かろう、早く退出した方がよいと言って聞くような貴方ではありませんのでな」
 顔が一瞬にして引きつったが、直ぐに元に戻した。
「体調など悪くは……貴様、先ほどテラスでイデスア公爵と話をしておったな。ヤツから何を吹き込まれた!」
 普通、吹き込まれたと言うか?
 ビーレウストも嫌いなの……兄貴の性格からすれば、規律を守らぬ貴族は全て嫌いそうだが。
「声を荒げなさるな。本当に体調が優れないようですな、冷や汗をかかれてまで怒る必要もないでしょう。デファイノス伯爵は、貴方の臓器の音が煩いから連れて帰れと。伯爵の耳が良いのはご存知でしょう」
 耳がいいというのではなく、聴覚に超機能が付随しているのだが……あの能力を高めて接続できるようになれば真祖の赤になると……
「本当にそれだけか?」
「はい。何か不都合な点でも?」

 気のせいなのだろうが、稀に兄貴とザウディンダルが重なる時がある。全く似ていない二人なのだが。

「……」
 体調が悪いのは本当のようだな。
 目を閉じて自分の体を抱くようにして背もたれに体を預け、若干震えている。車内の温度は兄貴が健康な状態のとき、最も快適に感じる温度に設定しているはずだ。それよりも、着衣自体に温度調節機能がついているのだから……体の内側から寒いのであれば仕方のないことか。
「寒いのですか」
「貴様には関係のないことだ」
 確かに関係はないんじゃが……会話が続かんなあ。
「室温を上げるように命じましょうか」
「要らぬ」
「それ程不調を他者に気取られたくはないものか。両……これを」
 マントをはずして兄貴に差し出すと、それを乱暴に受け取り包まった。
「礼なんぞ言わぬからな」
 [両性具有のようだな]と言うところであった。言ったが最後、殺されかねん。
 ザウディンダルもよく体調不良になるが、それを人に言うのを嫌がる。体が弱いというのを人に知られたくない一心から。
 両性具有は体調不良になることが多いからな。兄貴は知らんが……体調不良だけは確かだ。
「欲しくはございませんのでご安心を。到着するまでの間、休まれた方が良いのでは」
「儂に触るなよ」
「はい」
 目を閉じた兄貴から視線を移し、ライトアップされた流れる宮殿を何と無しに見ていた。ガラスに映る兄貴は頭を落としているが、子どもの頃憧れた金髪の隙間からのぞく顔を遠慮なく眺める。直接見ていれば叱られるだろうが、ガラスに映ったものであれば……気付かれねば叱られまい。
 それにしても、黙っておれば美しい顔なんじゃがなあ。
 口開けば……黙っておればエターナの如き美しさを持っておるんだが。とは言うても、他の三王と同じ顔で一番弱いからそう見えるのかも知れぬが。
 さて悪寒感じる程、腹を下しているのか……帰ってからも穏便に済ますべきじゃろな。怒鳴られている最中に腹圧がかかり過ぎて、もれようものなら……ちょっと試したいと思ったが、やめておくか。


 殺して玉座を奪いたいと思うことは多々あるが、
『これが欲しいのか? カルニスタミア』
『うん、兄様』
『あげるよ。ほら』
『ありがと! 兄様!』
 兄貴を殺すことは出来るが、そうなれば頻繁にあの時のことを思い出すのだろうな……思うだけだが。殺せば真実がわかるであろうか?


 止まった風景と、出迎えの者が並んだのを確認して儂は兄貴の肩に手を伸ばす。
「テルロバールノル……起きてください、テルロバールノル」
「……もう着いたか」
 頭を振るいながら、億劫そうに瞼を開く。儂はマントを受け取り腕にかけ、
「此処からでしたら儂の部屋の方が近いので」
 それだけ言うと、ドアを自ら開き兄貴が出てくるのを待った。

 ……まさか来るとは思わなんだ……

 余程体調が悪いのか、正面玄関から近い儂の部屋に入ってきた。儂の部屋といっても、テルロバールノル王の屋敷じゃから全て兄貴の物でもあるが。
「プネモスを呼べ」
「畏まりました」
 兄貴の側近中の側近、ローグ公爵プネモスを儂の部屋に呼び寄せる。兄貴といえば具合が悪いらしく、トイレに入って吐き出した。
 下痢ではなかったのか? それとも両方か? 上と下から出てるとなると脱水症状が。それよりも、一応声をかけておくか。どうせ拒否されるだろうが、
「テルロバールノル。背中をさすってもよろしいか」
「入ってくるな! プネモスを連れてこい!」
 まあ……構いはしませんがな。
「それでは」
 部屋の前に立って、プネモスを待っていると召使を十名ほど引き連れてやってきた。兄貴の服やら香料やら色々運んできたらしい。
「ライハ公爵殿下!」
「ローグ、どうした」
「いいえ。ライハ公爵殿下が久しぶりに戻ってきてくださったので嬉しくて」
「そうか。どうしてお前は付いてこなかったのだ」
「テルロバールノル王の体調が優れないのは存じておりましたので、屋敷で万全の準備をしておりました。王はあの通り、体調不良を人に気取られるのを嫌われますので」
「行く前から具合が悪かったのか?」
「はい。それで王のご様子は」
「プネモスだけ呼んでおる。後の者は荷物を置いて戻れ、儂が運んでおくのでな。何かあったら直ぐに呼ぶ」
 プネモスは大急ぎで部屋にはいって、直ぐに兄貴がいる所がわかったようだ。
 嘔吐と下痢なあ……精神的なものなら儂なのだろうか? 儂だけではないような気もするが、もしかしたらラティランから陛下に対する簒奪の協力を求められて。胃が壊れるほど悩むような性格でもなさそうだ……考えても仕方なかろう。
 精神的な嘔吐ならば、ザウディンダルが好む味付けの水あたりが最も良かろう。材料を運ばせて作っておくか。
 その後、落ち着いたらしく着替えてベッドに横になって直ぐに眠りについた。眠るというか意識を失ったような物であろう。
「薬は?」
「王は飲むのを嫌いますので」
「お前も苦労するな、プネモス」
「そんな事はございません」
 真面目な男で、兄貴に誠心誠意仕えている物だから、年よりも老けて見える。
「お前は今日は下がれ。何かあったら直ぐに呼ぶから、それまで体を休めておくがいい。後は儂が見ておく」
 プネモスに「眠っているお体に触れますと、ライハ公爵殿下でもただでは済みませんので! それだけはお気をつけを」と言って下がっていった。
 レモングラス味の水を用意して、椅子をベッドの傍に置き座り本を読んで夜を明かすことにする。静かな部屋にページをめくる音と、兄貴の呼吸音だけが聞こえる。時間としては二時間ほど経った頃、兄貴が目を覚まし体を起こした。
「……」
「喉でも渇かれましたか?」
 グラスに注いだ水を差し出すと、少々此方を睨みながら聞いてくる。
「ずっとそこに居たのか?」
「はい」
 それ以上何も言わずに、水を飲み再び横になった。
「貴様も何処か別の部屋で休んでいいぞ、カルニスタミア」
「眠くはないので、お気になさらぬように。吐き気は収まりましたか?」
「ああ」

 儂は兄貴を殺して玉座奪いたいとは思いながらも、早く良くなればいいとも思う……全く、あんたがラティランのようだったら良かったのにな。そうだったら儂は既に殺されているだろうが、思いっきり牙を剥く事もできただろうに


嘔吐≪後編≫-終


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