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嘔吐≪前編≫・2
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「…………(エーダリロク、強く生きろ!)」

 俺の目の前でエーダリロクは捕獲された。途中に芸術的なまでに美しく、突破するのは困難ながら、装備が揃っていたら命を賭けて突破したくなる、そんな誘うような罠が仕掛けられていた。さすが俺の甥にしてエヴェドリット王。
「あの吝嗇王が金払ってまでして捕まえてくれって言ってきたからな」
 エヴェドリット王直属部隊の名は伊達じゃねえ。そしてトラップ部隊も。
 今のご時勢トラップ部隊があるのはエヴェドリット王家だけだ。トラップ部隊はあるが、視覚や機械を誤魔化すのが主で、こんな原始的な人間捕縛のノウハウが残ってるのはウチの王家だけだ。俺も結構得意だけど、ザセリアバの実弟ダバイセスもかなり上手い。死んだ俺の兄貴が得意だった……って俺の兄貴は四人。
 四人中三人既に死んでるから、ほとんど死んでるようなもんだが。
「そりゃー断れねえなあ。それにしても吝嗇王って……良いけどよ」
 陛下にご挨拶申し上げるためには正装させなきゃならねえから、金払って捕縛を依頼したんだろう。
「逃走の手助けはするなよ」
「知らねえ。隙があれば手助けするかもしれねえけど」
 軽く言い返すと、
「好きにしろ」
 自信満々に言い返す。こりゃ……ムリだな。
「それにしてもダバイセス、お前一応エーダリロクの側近だろが」
「そうなんですが、自分の家の王には逆らえませんよ」
 猿轡をかまされて、スマキにされたエーダリロクがエヴェドリットの大男五人に抱えられて連れて行かれる……助けるのも面倒だし、陛下にご報告だけなら我慢しろや。
 今日俺が捕獲されなかったって事は、セックスは無しなんだろう。初夜? って言うべきか……くっ……エーダリロクの初夜、涙でてきそうだ面白くて。エーダリロク、初めて観た時はグロテスクだと思うかもしれねえが、中々良いもんだぜ。っても、爬虫類……
「ま、良いけどな。じゃあな、ダバイセス……そうだ、エヴェドリット王少し話があるんだが」
「何だ? ビーレウスト。お前達は下がって良いぞ」
「下げるほどの話じゃねえが、今日の昼食会の料理の量はどうだった?」
「陛下との会食のことか。量は足りねえな」
「そうだろうと思ってな。何か胃が空腹を訴えてる音がするから、気になってよ。王の食事って意外と貧相なのか?」
「貧相というか、あの面子でゆっくりと長時間語らいながら食いたいと思うか? 陛下と二人きりならば良いが “皿に残ったソースもパンで拭い取る 洗ったかのごとき食いっぷりのランクレイマセルシュ” に “礼儀作法は完璧だが、なに食っても不味そうにみえるラティランクレンラセオ” に “料理の味に異常に煩い、何時も口に合わないで料理長を呼びつけて文句タラタラのカレンティンシス” と “それらを隙なく睨みつけているデウデシオン” だぞ? 飯くらい好きに食わせろ」
 ……文句、タラタラ……ね。
「そうかい。そりゃ食った気しねえな。胃が情けない音上げてるから、追加で何か食っておいたほうがいいかもな。じゃあな、エヴェドリット王」
「お前も必ず出席しろよ、ビーレウスト」
「はいはい」
「ダバイセスを迎えにやるからな」
「はいはい。帝君宮で大人しく待ってますぜ、王」
 出席しないわけにはいかないようだな。
 隙があればエーダリロクを助けようとは思うが、多分ムリだろう。今日挨拶をしたら、休む暇なくロヴィニア王国の首都へと直行して、そこでお披露目になるに違いない。
 ロヴィニア王は吝嗇だが、使い所には惜しげもなく投入してくるから……捕縛から首都への輸送、おそらく『警備』とかいう名目でザセリアバに金払っただろう。ただの吝嗇なら怖くはねえが、ロヴィニア王は使い所が上手くて厄介だ。
 帝君宮に戻る途中、廊下で俺を待っていた男に声をかけられた。
「よぉ、叔父様」
「アシュレート、お前も来てたのか?」
 アシュレート=アシュリーバ。
「来てたってか、我はセゼナード公爵の輸送担当者で呼びつけられた」
 ザセリアバ、アシュレート、ダバイセスは俺の一番上の兄と妃の間に生まれた子だ。王太子と王太子妃の子ってことになる。
 王太子だった兄貴は王太子のまま死んだんで、息子達は全員『王子』にはなってない。俺は親父が「エヴェドリット王」だったから「王子」だが、ザセリアバ、アシュレート、ダバイセスの三人は「王太子」の「息子」で扱いは「公子」
 ザセリアバだけは公子から、死んだ兄貴の王太子の座を継いで、俺の親父、ザセリアバにとっては祖父の地位を継いで王になったが、後の二人は「公子」のまま。
 親が玉座に就いたか、就かなかったかで、立場は少々違ってくる。アシュレートとダバイセスは、王子である俺やエーダリロクよりも立場が低いって事になってる。
 色々と複雑なんだっての。
 俺は「王子」の座しか持ってねえから、カルやエーダリロクみたいに「王子」と「王弟」の立場を両方持っているのに比べれば、やや格が低くなる。些細なことで高さが決まるのが貴族ってもんだ。皇族の実弟・実妹と弟・妹の立場の違いと似たようなもんだ。
「それにしても、本当に結婚して “ねえ” んだなあエーダリロク。良い女じゃねえかよ、メーバリベユ侯爵。顔は飛び抜けてるわけじゃねえが、手入れが行き届いた体と、磨きに磨き込んだ教養と知性。世間にも揉まれてきただけあって、そつもない。研究に没頭しちまう象牙の塔タイプのエーダリロクには持ってこいだと思うが」
「しみじみ言うなよ、アシュレート。そして、メーバリベユ侯爵が良い女なのは同意だが、エーダリロクにゃあ良い女に見えネエんだよ。爬虫類じゃねえからな」
「叔父様にゃあ、同情するぜ。エーダリロクに掘られた暁にはガゼロダイスと結婚だって……機雷を撒かれた海を泳ぐ方がどれほどマシか」
「本当にな。代わりにお前がもらえよ」
「残念ながら、我は結婚が決まった。そこら辺の貴族の女だ、ロヴィニア王族と取り替えるわけにもいかねえだろ?」
「まあ、な」
「我とそいつとの間に姫が生まれりゃ手柄だろうが、ムリな気がしてならねえな」
 大して興味のないアシュレートの妃の話と、俺の興味のある話を二、三してから別れた。陛下ご臨席のパーティーに出るならそれなりの格好していなけりゃならねえからな。

やれやれだ……

 陛下が臨席なさる際は大体が立食パーティー。
 陛下はお一人で座られて、ご挨拶を受けていらっしゃる……珍妙なお顔になっちまってますぜ、陛下。気持ち解らなくもありませんが……何せ、エヴェドリット王とロヴィニア王に両脇抱えられて陛下の前に出されてるからなエーダリロク。
 ……嫌がってるの、バレバレだろうが。
 陛下も声かけ辛そう……いや、かけ辛いだろう。
 メーバリベユ侯爵は嬉しそうに陛下と話しているが……あ、逃げようとしてたエーダリロクの足が踏まれた。いてえなあ、あれは。
 酒を飲まねえ俺は、微炭酸を口に運びながら、その様をみてた。
 正装すると格好はいいんだよな、エーダリロク。銀髪に白と青で彩られた着衣と怜悧な表情で、まさに「冴え冴えたる」姿なんだが……陛下の前で金の猿轡を噛まされ、必死に頭振ってる姿は冴え冴えしさの欠片もねえ。
 あ~あ、とか思いながら眺めてたら、
「デファイノス伯爵」
「シーゼルバイア、何か用か」
 エーダリロクの異母兄が近寄ってきた。
 精神感応が開通している相手、言い方を変えると俺の「我が永遠の友」
 こいつの母親が、俺の父方の従兄妹くらいにあたる。性豪だった前のロヴィニア王が愛人にしてこいつが生まれたと。
 エーダリロク、実兄弟は上二人だけだが、異母を含めると今でも十五人くらいいる。ロヴィニア王の即位の際に、色々あって異母兄弟達は半分くらい死んだはずなんだが、それでも十五人……十六人だったか? とにかく結構居る。
「別に用はありませんが。そんな顔しないでくださいよ。昔は貴方の側近でしたが、今はほらロヴィニア王に仕える身なので」
 シーゼルバイアは生き残ったヤツの一人だ。
 混乱期、俺の側に仕えててロヴィニア王が落ち着いたら、そっちについた。
 元々好きでもなんでもねえ思い入れもない相手だから、居なくなった所で何とも思いはしねえんだが、俺の側に来ちゃあ迂遠な言葉遣いで話しかけてくる。別に俺はコイツと話をしたいと思ったことなんざ、一度もねえが。
「眼鏡越しの眼見る分には、そういう事を言いたいようなカンジじゃねえな。俺に隠し事は出来ねえのに、わざわざ側に寄ってきて違うことをベラベラと。本当は何を言いたいんだ?」
「相変わらず厄介ですねえ」
 眼鏡のノーズパッドの部分を人差し指であげる。視力低下っていう概念自体が薄れつつある現在じゃあ、眼鏡はただの飾りだ。
 コイツの場合は、俺と目を合わせても内部を覗き、覗かれしないようにするためらしいが。俺の内部は恐ろしいそうだ、知らねえけどよ。俺に言わせれば、シーゼルバイアの内部のほうがよほど見たくねえ。
 庶子のコンプレックスだらけだ。
 キュラやザウディスとはまた違ったタイプのコンプレックス。
 いや、キュラやザウディスと比べたら怒られるな。あの二人は、私生児を経て苦労して庶子になったんだから。シーゼルバイアは親の腹の中にいたときから庶子証明を貰ってたんだから、二人とは比べられねえな。
 ロヴィニア王は愛人を多く持つが、庶子認定を簡単に出す。
 美人で綺麗な愛妾を多数抱える “コツ” なんだそうだ。確かに中に思いっきり出して、子どもが出来たら相応の扱いするって知られてりゃ、寄ってくるよな。男女逆でも然りだが。
「言わねえなら行くぞ」
 何て言うんだ?
 キュラの含みと違うんだよ。キュラは本当に解らない含みを持たせてきやがるが、こいつのは底が浅いから人殺しバカの俺でも直ぐに解る。
「大したことではないのですが。メーバリベユ侯爵のこと、セゼナード公爵は何か仰ってますか?」
 自分が思っているほど、こいつは頭が良くねえ。
 俺はこいつを見る時、多分見下してる。それが伝わるんだろうが、気にはならねえよ。
 庶子だから見下されてると勘違いされているようだが、俺はこいつが庶子だから見下してるわけじゃねえんだ。
「特になにも」
「やっぱり覚えてないでしょうかねえ」
「何のことだ」
「聞きたいですか?」
「じらすなら要らん」

 貴様が下衆だから見下してんだが、そこまでは覗けねえのか? 表層部に出てきてると思うんだが、貴様はそれほど俺の中を覗くのは怖いのか?

「じらすわけではありませんよ。メーバリベユ侯爵とセゼナード公爵は十一年前に会っているんですよ。それも一瞬などではなく、四日ほど一緒に過ごしていたのですけれども、やはりセゼナード公爵は思い出しませんか」
「十一年前に? あいつそれ程頭悪くないはずだがな」
「そうですね、時期としては帝君アメ=アヒニアンが亡くなられた後のこと。デファイノス伯爵と喧嘩をしたセゼナード公爵が宮殿を飛び出して行った先で出会ったんですよ」
「……続けろ」

『死ぬなんて言うな! そんな事を言うビーレウストなんて、大嫌いだ!』

 ……あの後な……一ヵ月半後にシャッケンバッハって名付けられた亀持ってご機嫌で宮殿に帰ってきた記憶しかねえが……え? ロマンスみたいなのあったのか。運命の出会いとかしてたのか? 

嘔吐≪前編・終≫


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