嘔吐≪前編≫・1
本日も俺とビーレウストは逃亡中。
走るなといわれている宮殿を全力疾走してる。最近会議に出ないとか叱られるが、会議に出ると終わった後出口に捕獲兵が待機してるから、出るに出られないんだよ!
元々大して真面目に出席はしてなかったが!
「あああ! もう!」
今日は夕方から夜にかけて、陛下がご臨席くださるパーティーがあって、その場で俺とメーバリベユ侯爵の『結婚を許可してありがとう御座いました』報告をだな!
結婚してねえ! 結婚してねえのに! 表面上の事実だけがぁぁ! 積み重なってゆく!
「右だ右に曲がれ! ビーレウスト!」
「お待ち下さい、殿下方!」
誰が止まるかボケ!
「待ってられるか、馬鹿野郎!」
普通は此処まで回避されてりゃ、侯爵の方に問題があるんじゃないか? とか思われるが、幸い侯爵は元陛下の正妃候補、何の問題もないことは周知の事実。そして俺は、爬虫類に生きているのが羞恥の事実。
誤字じゃねえよ、兄貴が『お前! 私にこれ以上恥をかかすなあ!』ってので……仕方ねえだろうが、事実なんだから。
ま、悪く言われるのは俺とビーレウストだけなんで、気にせずに逃げられるのが良い。
「どっちに向かう? エーダリロク」
できれば今日の陛下臨席のパーティーは避けたい! 陛下、俺と侯爵の結婚報告を受けたら絶対変な顔するだろうから。
どうしよう? って表情になるのは目に見えてるからなあ……あの方、人が良いから。そこをつけ込んで逃げてるんだから、俺は自分が性質悪いことくらいは理解している。
だからできれば御迷惑をおかけしないように、逃げるんだ!
結婚するっていう選択肢はねえぜ!
「こっちに確か、あまり使われてないトイレがあった。そこの窓から中庭に出られる」
兄貴が『こんな誰も使わない場所にあるトイレなんざ、維持費用が勿体ないから閉鎖してしまえ』って呟いてたからな。
いいじゃねえか兄貴。そういう人目につかない所でお后捕まえたのがサウダライト帝じゃねえか。目につかない所でいたぶられてるのが、カレティアだけどさ。
「トイレが外部と接してるって、防犯なってねえな」
外からの侵入を許す箇所に、最も無防備になる瞬間を迎える場所があるのは危険だよなあ。
「だからあんま使われてない。あ! あそこだ! あそこ。……どうした? ビーレウスト」
「誰か、居るぜ」
耳元に手をやって、少しばかし神経を集中しているらしい。
「掃除か?」
宮殿は目に見えない場所でも綺麗にしておくのが当然だからな。その掃除要員にかかる金が、あーでもねえこーでもねえって……言いたいことは解るんだが、叔父が婿に行った先の光熱費やら人件費やら水道費まで事細かに計算しなくても良くネエか?
細かい節約は自分の家と領域だけにしておこうぜ。唯でさえ宮殿じゃあ、吝嗇小舅って呼ばれてんだからよ。
「掃除じゃねえな、むしろ汚してるみてえだ。吐いてる」
「……ま、いっか」
掃除頑張ってくれ。
それにしても誰だよ、こんな人気のねえところで。
「邪魔するぜ!」
吐いてたのは、
「貴様等」
カレティア様でいらっしゃいましたとさ……何してんだ。二日酔いかなんか……あれか。そうなるだろうな……ああ! それ所じゃねえや!
「お怒りはどうでもいいが、今俺達を追ってくる奴等がいるから適当に誤魔化してくださいませ」
「頼みましたぜ、王様」
カレティアを外に出して、二人で隠れた。
カレティアは俺達を追ってきた奴等を追っ払ってくれるだろう。此処で吐いてたのは、知られたくねえだろうからな。吐いてること自体もあるが、注意するには越した事はねえよなあ。両性具有は異常なほど食が細いのが特徴にある。
食は細くても食欲は人並みだから厄介だ。慢性的な飢餓状態で、それが両性具有の神経に多大な負担を与えてる。大人になりゃ、食べれる量を解ってるから我慢できるが……少しでも許容量を誤ると吐く。
ザウディンダルも、少量だがよく吐く。ちょっとでもオーバーすると体が拒否反応でも起こしてるのか? ってくらいに吐かせる。
吐くぐらいじゃあ普通は疑わないが、隠している方としては些細なことでも隠したがるだろうな。
近付いてきた足音、
「王子!」
「何だ、貴様等」
声に何事もないように、返すカレティアの声。
ついさっきまで涙目になって吐いてたヤツと同じとは思えねえ。切り替えの早いってか、慣れてるっていうかそこら辺は王様だ。領収書前に奇声上げてる兄貴も、直ぐに謁見顔になれるしな。兄貴、謁見の間で人が入れ替わってる間が勿体ないからって、脇に小型端末置いて領収書に目通すのやめろよ。
先月に比べて今月の電気使用量が0.5kwh多いからって、眉間と首筋に青筋立てる様は王様とは思えない。零細企業の事務員でも、そこまでしねえと思う。兄貴の恐ろしいまでの節約と豪腕にかかれば、零細企業も一年で大企業になること間違いナシだ、国営傘下だろうが。
「テルロバールノル王殿下!」
「失礼いたしました」
膝をついて頭を下げてるんだろう。布の重なる音なんかで俺でもわかる。
「何をしておるの」
「セゼナード公爵殿下とイデスア公爵殿下を探しております」
「此処にはおらぬ。頭を下げている暇があったら追え。ロヴィニア王もエヴェドリット王も失態には厳しかろう、儂も他の王のことを言えた義理ではないがな」
「し、失礼させていただきます!」
遠ざかってゆく足音と、まるで気にしていないかのようにトイレに戻ってくるカレティア。
「ごほっ! ……行ったぞ。貴様等……」
かなり切羽詰ったご様子だ。
「感謝してる、感謝してるから、此処でゲロ吐いてたことは秘密にしておきますから。なあ、ビーレウスト」
「エーダリロク、感謝のついでだ、背後から両脇に手回して立たせろ」
「了解」
俺はビーレウストに言われたとおり、カレティアの両脇から手を通した。よく顔なんかを殴るときの補助みてえなのだ。
「なっ! 何を!」
体を離したがる……ああ、腰骨が特徴的なんだったか? 俺にはよく解らないが、わざわざ『同性』なのに体を離そうとするのが怪しいっちゃあ怪しいが、カレティアの性格からすりゃあ、別におかしくもねえような。
警戒し過ぎてるんだろう、他人はそれ程疑っちゃあいねえが、他人の視線が全て信じられねえに違いない。
ビーレウストは手をひらき、
「後はひかねえが、胃の中のものは全部出てくるぜ」
下から軽く当てた。
軽くっても、体を抑えてる俺にも軽く衝撃が来るくらいだから、直接食らった方はかなりのもんだろうよ。
そのまんま、思いっきり吐き始めた。足元もまずいから、一段落するまで支えておいて、ビーレウストが周囲の音を拾う。
今日、四大公爵は陛下とご一緒に昼食会だったはずだ。コースで出てくる料理、少し残すくらいなら構いはしねえが、陛下の前で下手に残すわけにもいかねえし、何時も一緒にお食事とってやがる他の王の手前、毎回大量に残せないだろうし……何時も食って吐いてんのかね?
勿体ねえなあ……兄貴は両性具有を隠していたって事よりも、隠していた弊害でゲロ吐いてること知った時の方が怒り出しそうだ。
俺の実家はバイキング形式で料理を皿にとって、それを食いきれなかった時どれ程怒られるか。俺はフライドポテト一本残したら、石の上に正座させられて五時間説教食らった。ザウの兄貴達は色々言ってもザウには優しいよなあ。両性具有だからってこともあるんだろうが……もしかして俺の実家、厳しいんだろうか?
でもエヴェドリットも似たようなもんだし、気のせいだな。
そんなこと考えてたら、カレティアの口からはもう胃液くらいしかでてこなくなった。まわしてた手を外すと、自分で体を押さえて此方を睨み上げる。
涙と鼻水と涎と、胃液も口の端からこぼれてる状態だが、迫力はある。まさしく有無言わせぬってやつだ。さすがテルロバールノル王。
「それでは失礼いたします」
「ありがとございました、テルロバールノル王」
そう言って、トイレの窓から二人で逃走。
怒鳴ってくることはなかった。怒る気力もなかったのかも知れねえが、吐いて楽になったんじゃないかね。
その場を後にして、人気のない中庭をフラフラと歩いてると、突然ビーレウストが呟いた。
「あった」
「何がだ? ビーレウスト」
「小指の先に子宮の感触があった。大人ってよりか、思春期前の女の腹にありそうな大きさだ。未発達の子宮だろうな」
誰とはさすがに言えねえが、
「さすが、あの厚い服と筋肉の上から殴って解るんだ」
本当にあるのか。
「まあな。何百人と殴ってるからな」
「女、子供も容赦なしだし」
「女、子供に容赦していいのは古い昔だけだ。俺の実家の歴代の女なんざ、手加減できるヤツのほうが少ねえ」
「エヴェドリットはなあ」
エヴェドリット女は怪力が多いからな