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王子と侯爵・1
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 癖の強い銀髪と、灰色と緋色の瞳。口は少々大きめで、鼻はやや低い感じもするが、別に特別低いわけでもない。口の大きさも下品さなど感じさせない。むしろ生気を感じさせる、艶のあるものだ。
 確りと化粧を施した顔。
 成人貴族が化粧なしで人前に出るのは “礼儀知らず” なのは誰でも知っている。そのしっかりと施された化粧も上手い。何より俺は『化粧をしていない素顔が好き』とかいうタイプじゃない。自分を美しく見せる方法を知り、努力を怠らない女の方が好きだ。
 大体、化粧をしていない素顔が好きってヤツは面食いも良い所だろうが。
 顔の悪い相手の努力を認めないその姿勢は、俺は嫌いだな。元の顔が並であっても、努力して美しくなった女の方が俺は好きだ。
 そりゃまあ、俺の目の前にいる女は化粧をとっても美人だろうよ。この化粧栄えする顔を見りゃ疑う余地もねえ。
 身体全体に女特有の肉付き、胸は大きく、隠れてはいるがウェストやヒップのラインも女の匂いを立ち上らせているんだろう。
 着ている洋服の色使いと型からして、俺の家門に属する侯爵家の当主。
 侯爵家の当主の女は立ってる。俺と実兄はテーブル挟んで座っている。実兄は王だし俺は王子だから当然なんだがな。
「メーバリベユ侯爵 ナサニエルパウダ・マイゼンハイレ・バウルベーシュレイド。お前の婚約者だ、エーダリロク」
「断る!」


 テーブルに両手を叩きつけて、さっさと立ち上がる。部屋を出て行こうと思ったが……兄貴の直属の兵士達が取り囲みやがった。振り切れねえ訳でもねえが、確実に振り切れるっている自信もない。カルニスやビーレウストなら確実に振り切れるだろうが、俺はなあ。
「お前に断る権限などない、エーダリロク! 大体、帝国の現状と貴様の階級を考えれば、これ以上の良縁はない! だから結婚しろ!」
 後ろから何時もの如く命令口調で。
 実際の所、命令だから命令口調で構いはしないが。
「いーやーだーねー」
「黙れ、エーダリロク! 二十一歳の貴様に十八歳のメーバリベユ侯爵! これ以上の良縁は無い! むしろ私が欲しいくらいだ!」
「じゃあ、お前様が結婚しなされ、ロヴィニア王。それで全ての問題が解決いたしますわい、はいはい」
 確かに兄貴の妃・バセレアダはメーバリベユ侯爵よりも……劣るのか? 劣るんだろうな、こう言って所を見ると。兄嫁の生家はデラサハ公爵家の……
「やーかーまーしーいーわー。皇帝陛下のお妃候補にまでなった侯爵が直々にお前を貰いたいと言って来たんだ! 行け! この爬虫類小僧が!」
 爬虫類小僧って、爬虫類は良いが二十一歳の王子に向かって「小僧」はねえだろ? 「小僧」は。それによ、
「つーか、お妃候補を潰したのもお前さん達でござーましょーが。皇帝の継承権問題と利害関係の絡みで潰して、結局お前さん達の王女を年の離れた正妃に推すって。じゃあ、最初からこんな手間のかかる “皇帝陛下のお妃候補選出” なんてせにゃ良かったでしょーが」
 自分達で選んでおきながら、自分達で潰してるんだから世話ねえったらありゃしねえ。
 ケシュマリスタは人造人間の繁殖能力の低さから、傍系から出す事も多々あったが、この多産系で有名なロヴィニアまで「王女なし」だから……恐るべし、ザロナティオンだよな。ロヴィニア系の帝王だが……なんつーか、繁殖力の強さが逆方向に働いたカンジだよなあ。これもロヴィニアの強さなのかねえ。
「うるさぁい! 仕方なかろうが! 陛下のお妃候補から降りる条件が貴様との結婚だ! さあ! 兄の為に結婚しろ!」
「待て、それはどういった条件だ?」
「言葉通りだ! メーバリベユ侯爵は、ロヴィニア代表で皇帝陛下のお妃候補として宮殿にあがったが、潰させてもらった! その条件が貴様との結婚だ!」
「ロヴィニア代表で? ……あと一歩で皇后ってトコまで行ったって訳?」
 陛下の父君は俺達の叔父。でもって陛下の母君の母は俺達の大叔母……だから、目の前にいる化粧栄えする綺麗な女は後宮の力関係上、妃になれりゃ「皇后」の座に最も近かった筈だ。ありゃりゃりゃりゃ……
「そうだ! それを潰した以上! 婿くらいは我が家から出してやる! だからお前が行け!」
「あんた様の息子にしなされや、兄」
「言われなくとも! 最初に提示したのは私の息子だが、メーバリベユ侯爵が貴様が良いと言ったのだ! さあ! 行け! 婿に行け!」
「それも本当かどうか。自分の息子は可愛いからねえ。陛下との結婚潰す程度の家柄の女にくれてやりたくなかったんじゃないの? あんたもさあ、陛下のお妃候補潰されたんだから、このロヴィニア王妃の後釜に座るくらい言えば? 王妃変える位なら普通にやるよ、この王様サマは」
 あ、思い出した! 思い出した! メーバリベユ侯爵家は金持ちだ! そりゃ俺の実家に比べりゃ貧乏だが……つか、現時点でロヴィニアは銀河で最も金持ちだからな、皇帝陛下よりも金持ちだぜ。
 それでメーバリベユ侯爵家は割合金持ちだった! 俺達ロヴィニアは元は商人、ソレもかなり悪徳商人が元だから「金持ち=偉い 若しくは 凄い」っていう認識が、未だに高いのね。そうそう、デラサハ公爵家は貧乏だった。血筋は良いが貧乏だったから、それで兄貴はバセレアダをお妃にしたんだった。
 うん、金で買ってきた! ってのが正しいな。
 別に珍しい事じゃねえけどさ、お決まりのように恋仲だった男がいたとかいうのも聞いたが、その男のほうが売り飛ばすのに乗り気だったっていうから、仕方ないよな。
 あーそれでいったら、王妃変わればマズイだろうねえ。
 王女を産んでからの離婚なら、莫大な慰謝料貰えるだろうけど、跡取り王子しか産んでねえしなあ。確か結婚証明書に「王女を産まないでの離婚は、支度金全額返還」とか「他の愛人に娘が出来たら、即離婚。慰謝料なし」とか、かなり傲慢なでケチな事を書いてたような。ウチの実家らしいなあ、そう思って読んだ記憶が。……まあ、良いけど。
「ロヴィニア王殿下。セゼナード公爵殿下とお話してもよろしいでしょうか?」
 それまで、黙って微笑み浮かべてたメーバリベユ侯爵が初めて口を開いた。
 言葉遣いは丁寧だが、やたらと語気の強い、気の強そうな声! 絶対強い! 俺は気の強い女は嫌いじゃないけどな。
「構わぬ」
「それでは。セゼナード公爵殿下、初めましてメーバリベユ侯爵ナサニエルパウダでございます。殿下、私は正妃の座には多少未練はありますが、ロヴィニア王妃の座には興味はございません事よ。皇帝陛下の正妃でしたら、他にもお妃が三人いまして責任分担も出来ますが、ロヴィニア王妃は一人で全重圧を背負わなければならないでしょう? それは御免こうむりたいですわ。そんな立場よりでしたらセゼナード公爵殿下と同じく、人生を楽しみたいのです。ロヴィニア王妃となって、王女を身篭れずロヴィニア王に疎まれるくらいでしたら、責任感の無いご勝手に生きている、ロヴィニア王も放逐したいと常々お考えのロヴィニア王子である貴方様を婿として迎えて、私は私で自由気ままなメーバリベユ侯爵当主として生きたいのですわ。私の婿になり、好きになされればよろしいですよ、セゼナード公爵殿下」

 スゲー散々な言われ様だぜ、俺

 さすが、皇帝陛下のお妃候補に選ばれるだけの事はある。あのぼんくら……じゃなくて、ぼんやりしてる陛下にゃ、このくらい厳しい女の方が良いんだろうからな。……んーでも陛下、こんなの四人も貰ったら疲れるだろうなあ。
 結婚が “お” 潰れに “お” なられて、“お” ヨロシカッタデスナーヘイカー。そのあおりで俺は死にそうですよ。
「せっかく、メーバリベユ侯爵が言ったのだ。行け! というか、婚約は成立した。むしろ結婚も成立させてくるぞ」
「やめれー!」
 王族の結婚なんて、王が勝手に決めるもんだがよ。
「喧しいわ。お前は、婚約が成立した。実家に帰ってくるな、メーバリベユ侯爵と仲良く過ごせ。そして……」
 そこまで言うと、兄貴は俺の傍まで近寄ってきて、髪を鷲掴みにして、
「準王女でも構わぬ公爵姫を作れ。お前の娘なら現時点でトップクラスだ。陛下の皇后に必ずしてやるから、作ってこい」
「ってか、あんたサマ、ソレが狙いでいらっしゃるのでしょうが」
「当たり前だ! 王家の死活問題! 年がら年中遊び歩いている貴様が唯一できる王族としての仕事! 幸い、メーバリベユ侯爵は、そこら辺のことは確りと理解している娘だ! 全く問題はない。がっつり確り貪るように、小僧らしく何度も擦り切れ、曜日も忘れ腰骨が骨折する程やってこい!」
「待て、ロヴィニア王!」

そんなこんなでロヴィニア王子エーダリロク(二十一歳)と、メーバリベユ侯爵ナサニエルパウダ(十八歳)の婚約は整いましたとさ。

だが結婚するのは、しばらく先のこと

皇帝陛下が御成婚なされた翌年ですので、現時点から六年後となります

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