グィネヴィア[42]
昨日まで話すことなどなかった二人だが、
「……でどうだろうな?」
「婚約相手としては納得いかぬが、エキリュコルメイに婚約祝いを贈るのは賛成じゃ。そして主の提案にも賛成じゃ。良いことを思いつくのう」
気付けば酒を飲みながら、オーランドリス伯爵への婚約祝いについて話すまでになっていた。
「まあな。ココ出来がいいからな」
人差し指で自分のこめかみを軽く叩くグレイナドアに、
「そうじゃのう」
イルトリヒーティー大公は突っ込んだりはしなかった。
彼は耐えることのできる男である。
二人は明日の大雑把な予定を立ててから別れ ――
「大公閣下、トシュディアヲーシュ侯爵より手紙が」
イルトリヒーティー大公が部屋へと戻ると、侯爵から「昨晩のレティンニアヌ王女の行動についての詫び」が書かれた手紙が、幾つかの品と共に届いた。
手紙には王女については書かれておらず、また手紙を代筆している真の理由にも触れられてはおらず、
「……」
非常に貴族めいたものであった。
何一つ間違いなく、文句の付けようがない手紙を前に、
「はあぁ……」
”何故か”イルトリヒーティー大公の口から、大きな溜息が漏れた。
―― 儂、それほど怖い顔しておったのか。二度と顔を会わせないようにするので、許して欲しいと言っていた……と書かれるほど
「はあ……」
自分たちテルロバールノルが人にあまり好かれる性質ではないことは分かっているイルトリヒーティー大公だが、この時ばかりは堪えた ―― その理由については自覚はないが。
**********
「お前たち、なにをしている?」
グレイナドアが部屋へと戻ると、家令が「側近の方々が寝室で遊んでいらっしゃいます」と、とても控え目な報告を受け”何をして遊んでいるのだろう?”と、興味津々で扉を開けさせたら目に飛び込んできた光景 ―― ベッドに押さえ付けられているジアノールと、上に乗って軽く性的に悪戯している美しい女たち ―― が理解できず、わりとのんびりと問い質しながらベッドへと近づいた。
「……泣かせたら駄目だろう」
ジアノールが泣いているのを見て、グレイナドアは”こいつら怖いからな。免疫のないこいつなら泣いても仕方ないな”と、可哀想なジアノールに僅かばかり同情して、三人を追い払うように手を振る。
「食事を口に運んであげてただけよ」
「はい、あーん……とね」
「ふぅふぅもしてあげたんだけど」
悪びれない女たちと、真実を言えない ―― 昨晩から今朝にかけてグレイナドアに与えられた快感がまだ残っている ―― ジアノール。
「お前たちは美しいが、怖いからな。さあ、帰れ」
「分かりました。じゃあね、ジアノールとやら」
「また会おうなあ」
「失礼しますわ」
三人は充分遊んだので、素直に引き下がり、ベッドの上で着衣が乱れ、肌を上気させて泣いているジアノールと、ほろ酔いのグレイナドアが残された。
「怖い思いをさせたな」
グレイナドアはベッドに腰掛け、ジアノールの頭を優しく撫でてやる。
「いえ、あの、帰ります」
触られたら大変なことになると、ジアノールは急いで起き上がったのだが、そのまま抱きしめられてしまった。
「震えているではないか」
彼女たちが怖くて震えたのは事実。だが、このまま流されてしまったら、昨日の二の舞になってしまう。ジアノールは、それだけは避けたかった。
「あの、本当に、その。ご心配なく。帰りま……」
「詫びとして一緒に寝てやろう。なにせあの三人は、私の側近だからな!」
「あの……」
「なあに、震えているお前に手出しはしない。ただ一緒のベッドで寝るだけだ」
「ですから……」
「気にするな! 寝るだけだ!」
「あの」
「一緒に寝よう!」
「……」
「抱き枕は、生きてるヤツがいい!」
「かしこまりました」
抱かれることはない ―― ということで、召使いたちから憐れみの眼差しと同情を一身に浴び、それはそれは丁寧に、まるで腫れ物を扱うかのようにして身支度をされ、同じベッドに入った
「トステオン侯爵ラベンパルペス閣下、ですか?」
湯上がりにシンプルなデザインの濃い青色のパジャマを着たグレイナドアと、同じデザインで色違いのパジャマを着せられたジアノールが、ベッドの天板に背を預けながら話をする。
―― なんで空色のパジャマを着せられたんだ……これは、遠回しに脱げということなのか?
オーランドリス伯爵の婿については気になるが、自分が着ているパジャマの色も気になるジアノール。
だがここで脱いだら取り返しが付かないことになるだろうと判断して、王家の色のパジャマに耐えて横になった。
「……」
”眠い”と言って横になったグレイナドアは、その言葉に嘘はなかったようで、すぐに眠りにつき、ジアノールの耳に規則正しい寝息が聞こえてきた。
これは好機だ ―― ジアノールはグレイナドアが眠っている間に退室しようと考えており、静かに身を捩って離れ……ることができなかった。
すでにパジャマの端をかなりの力で握られていた。
パジャマはシンプルなデザインではあったが、衣の裾がやたらと長く、握られたことに気付くことができなかった。
”どうしたものか?”とジアノールが悩もうとすると、眠っているグレイナドアに引っぱられ ―― 言った通り、抱き枕扱いされることとなった。
腕と足でしっかりと固定され、耳元にはグレイナドアの唇。
「……ひぃ……あ……」
寝息を立てていた唇は、ジアノールの耳朶に触れると”本能だ”と言わんばかりに、耳朶を甘噛みし始めた。
傍目で見ていると「余程美味しいのだろう」と言いたくなるほど、グレイナドアはジアノールの耳朶に噛みつき、舌で舐め上げ、唇で触れる。
それらに再度快感を呼び覚まされたジアノールは、逃げようとするのだが……叶わず。それどころかグレイナドアの手が伸びてきて、熱を持ち始めていた男性器を服越しに掴まれ、ゆるゆるとした刺激を与えられる。
「殿下!」
起こそうと、唯一自由になる口で、大声で叫ぶも、眠っているグレイナドアには届かず。
耳から頬、首にかけて舌と唇で愛撫され、片手で布越しに男性器、もう片手は直接乳首をつまみ快感を引き出す。
「殿下……」
もう我慢できない ―― そう思った時、グレイナドアの手や唇はぴたりと止まった。
「え……」
”止めて欲しい”のは事実だが、この状態で止められると困るのも事実。
苦しいほどに張り詰めた男性器と、快感に粟立った肌、それに荒く熱の篭もった吐息。この状態になったら、自分の手でいった方が楽なのだが、グレイナドアの手足はそれを阻止するかのようにまとわりつき、”あと少し”というとこで、ジアノールの手は己自身に届かなかった。
それでもしばらく放置され、ある程度熱が引き、胸を撫で下ろすジアノール ―― それを見計らったかのように、眠っているグレイナドアは「寝ぼけた前戯」を再開する。
「殿下! 殿下、起きてください」
ジアノールは先程と同じように声を上げ、体を捻り必死に抵抗するのだが、グレイナドアの拘束は強く、性的快楽は容赦なく、ほどなくして、すすり泣くような快感の声を漏らし……
「また……だ」
先程と同じく「次の刺激で終わる」というところで止められ、疲れと哀しみを含んだ甘い吐息を漏らす。
―― 殿下が目覚めるまで、これが繰り返されるのか……朝まで持つか?
与えられる快感の大きさに、明日まで正気でいられるか? 自信のなくなったジアノール。そして突如、なにかが壁を壊して飛び込んできた。
その壁を壊した黒い影。床にぶつかった時の音 ―― ジアノールは覚えがあった。貴族や王族が強く叩き付けられた時の音。それも、かなり強いエヴェドリット系の者たちが、容赦無く体を真っ二つに切った時に聞こえる音。
―― なんだ?
大きなベッドの中心で、体を拘束されているジアノールは、少しだけ動く首を浮かせてみたものの、残念ながら見えなかった。
「殿下。なにかが、部屋にいますよ」
「……」
気持ち良く深い眠りを満喫しているグレイナドアに、ジアノールの声は聞こえなかった。
そうしていると、床を這い回る音がし始めた。明かに肉が臓器を引きずりながら、這いずる ――
「…………」
それはベッドに手をかけて、ずるりずるりとよじ登ってきた。乳房の辺りから斜めに切られ、腕一本しかない、顔に青筋が浮いている異形 ―― クラバリアス親王大公である。
「!!!!」
彼女がなぜこのような姿になっているのか? どころか、彼女が何者なのかもジアノールには分からない。
ただ分かることは、それが途轍もなく悍ましいものであること。
「殿下! 殿下ぁ!」
必死で叫ぶのだが、グレイナドアは気付いてくれない……それどころか、愛撫を再開。
「でん……か。おやめ……だれか……」
体よりも長い舌を出して這い寄ってくる異形と、眠ったまま前戯寸止めを繰り返す王子……に挟まれた僭主の末裔ジアノール。
―― 助けて! 御大! ひ……近づいてくる、近づいて
クラバリアス親王大公はジアノールの間近までやってくると、腕を伸ばして僅かしかない体を持ち上げて、ジアノールを覗き込んだ。
そのおぞましい姿に悲鳴を上げて気を失うことができたらよかったのだが、それで気を失えるほどジアノールは柔弱な男でもなく。
クラバリアス親王大公はジアノールからグレイナドアに視線を移し……
「これは、下手に触ると危険だな……ではな、僭主め」
グレイナドアを見てそのままベッドを横切り、不快な音を立てながら部屋を出ていった。
そして翌朝 ――
「おはよ……どうした? お前」
グレイナドアは自分の腕の中で、快感に喘いでいるジアノールを見て心底驚き、
「……」
「抱きしめられて、興奮したのか。では一回、やっておこうか!」
とろとろになっているジアノールを楽にしてやるべく(この状況を作ったのはグレイナドアなのだが)抱いたところ、
「……!」
一晩中じらされたジアノールは、体が望みに望んでいた刺激に、意識を飛ばした。
「もう、いったのか。我慢させたな……この変な液体の跡はなんだ?」
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