グィネヴィア[38]
 少女の瑞々しいというよりは、若々しい足が大地を蹴り、跳ぶようにかける。

 オーランドリス伯爵はグレイナドアの案内のもと、近道をひた走る。
「多少の段差は平気だな!」
「上下、三百メートル、軽い」
「よし! 落下しろ!」
「分かった」
 グレイナドアは自分が走っていたときは、通常の通路を選んで進んでいたのだが「エヴェドリットは壁とか柱とか壊して走るものだ!」そんなことを思い出し、最短距離、要するに直進コースを走らせることにした。

 オーランドリス伯爵は「そのまま直進!」と言われ ―― グレイナドアが考えている通り、壁を破壊しひたすらつき進む。多少の段差などものともせず、上り坂が続こうとも駆け上がる足が疲れを訴えることなく、
「うおあああ!」
「頭に掴まる」
 落下した衝撃で上半身が跳ね上がったグレイナドアに、掴まれと指示を出し ―― オーランドリス伯爵がそのような指示を出すことは珍しく、彼女にそんな指示を出させるほどにグレイナドアは…… ――
「掴まった……前方に見える、あの六本の大きなドーリア柱の建物こそ、第三保管庫だ。いけ!」
「分かった」
 星がきらめく上衣をはためかせ、褐色の王子を肩車しながら、帝国最強騎士は帝国最強騎士となるべくつき進む。

 保管庫の前に立ったオーランドリス伯爵は膝を折ってグレイナドアを降ろし、正面の扉に両手を乗せた。
 白だけで作られた太古の昔の神殿に似たつくりの建物は、突如青白い光が走りだし、そして分厚い扉が大きな音を立てて下へと沈む。
「入る」
 オーランドリス伯爵が床を歩くと、その一歩一歩が光の波紋となり広がる。グレイナドアの足跡には、そのようなことは起こらない。
「おおおお! これがブランベルジェンカオリジンか! 美しいなあ」
「うん」
 保管庫の中にあったのは、純白で胸部に金で大きな水仙が描かれているブランベルジェンカオリジン。
 見上げるほどの機体(この機体は全長487m)その中程にある操縦室を目指し、オーランドリス伯爵は断崖絶壁を跳ね登るカモシカのよう跳んで行ったのだが、
「私も乗らせろ! 私を連れていけー!」
「分かった」
 両手を挙げて、万歳をするかのようにして叫ぶグレイナドアの要望を叶えるために引き返し、先程と同じように肩車をして再度跳び上がる。
「ほうっ! ほうっ! はうっ!」
 オーランドリス伯爵が跳び上がる都度、グレイナドアがかけ声とは違う、とても奇妙な声を上げるが、
「乗る」
 もちろん気にしなかった。
 オーランドリス伯爵は操縦室の扉に額を押しつけて目を閉じ、操縦室内部に「操縦室を開く」よう指示を出し、
「開いたぁ! おお! 噂は本当だったんだな!」
 黄金髪にしっかりと握っているグレイナドアは、数々の噂の一つを目の当たりにして、素直に喜んだ。

 普通の帝国騎士 ―― 帝国騎士である時点で、普通ではないのだが ―― は、このような方法で、操縦室の扉を開くことはできない。

「開く。乗る。動かす」
 喜んでいるグレイナドアをまず操縦室へと入れ、その後に彼女の玉座とも言うべき操縦席に腰を降ろして両手でレバーを握る。
 操縦室の扉が閉じられ、無数の計器が空間上に現れる。

「お……おお! おおおおおお! もう宇宙に居るではないかあ!」

 操縦席の透過装置が動くよりも早く、外部確認用の小さなモニターに映し出されている空間と星々に、グレイナドアは顔を近付けて叫ぶ。
 起動開始から一秒後、帝国最強騎士は帝星ヴィーナシアの周囲に浮かぶ、外敵排除用兵器の全てを破壊し、足元に狙うべき相手を補足し、機体よりも起動の遅い専用武器のエネルギー充填を開始する。
「透過装置稼働させてくれ!」
 機動装甲の足元に見える帝星にいる”鋭い人たち”がやっと異変に気付いた頃、グレイナドアは機動装甲からの景色を楽しもうと、動力を最大限に上げているオーランドリス伯爵に頼む。
「分かった」
 変則的な動きをしない帝星と、移動することのない大宮殿。目標である親王大公は移動するが、移動出来る範囲は異形化したため、大宮殿内の決められた区画から出ることはできない。
 それらの区画の全てを機動装甲のセンサーは網羅し、彼女たちがいまだ先程の会場にいることを伝える。
「おおおおお!」
「楽しい?」
「おお楽しいぞ! 宇宙船から見るのとはまったく違う。兄上が言っていた通り、格別だな!」
「イーファンラドケイ?」
「そうだ。兄上はお元気か!」
「元気で女装している」
 こんな世間話をしている間にも、専用エバタイユ砲にエネルギーが充填されてゆく。
「姉上もお元気か?」
「元気でお金数えてる」
「そうか! 二人ともお元気そうでなにより……」
 景色を楽しみ、兄姉の近況を聞いていたグレイナドアは、機体が大きく揺れたことに驚きオーランドリス伯爵の横顔を見つめる。
「ラスカティア」
「ラスカティア……トシュディアヲーシュ侯爵がどうした?」
「撃ってきた」
 帝星に存在する兵器でもっとも強いのがブランベルジェンカオリジン。そして次が、
『おい、カーサー』
「ラスカティア」
 オーランドリス伯爵のエバタイユ砲を撃ち抜いたトシュディアヲーシュ侯爵の銃・オルダンファルディーナ。
 操縦室内に画面が現れて、トシュディアヲーシュ侯爵が、いかにもエヴェドリットらしい語り口で”時間を稼ぐ”
『攻撃するのは構わんが、攻撃方法は拳にしろ。そのエバタイユ砲じゃあエネルギーを絞っても、ヒデェことになる。帝国軍は防衛装置を全部切ったから、アテにするな』
 その武器でどうするのか? 敵でありほぼ同族である侯爵はすぐに察しが付いた。
 オーランドリス伯爵が所持している武器の威力は絶大。
 破壊するためのみに存在するものなので、最小限にしたところで甚大な被害となる。
 だが帝星防衛装置を最大レベルに引き上げさせ、手持ちの武器の攻撃力を最小限に控えた撃ち抜けば、それほど大きな被害は出ない ―― 帝国の前線にして、帝国全領域を防衛する最強の兵器は、それらに関しての知識は常に最新であり豊富である。
「教えてくれて、ありがとう」
 現在、バーローズ公爵邸でウエルダがゾローデに、バーローズ公爵が皇帝に、バンディエールが帝国軍に連絡を入れている最中。
 彼らは必死に帝国防衛をしている。その理由は「シセレードに帝星攻略されてたまるか」……決して皇帝の身を案じたり、帝星の臣民の身の安全を確保しようとしているなどではない。
―― カーサー相手に話しで時間稼ぎは……
『どういたしまし……って、なんでそこにグレイナドアがいるんだ?』
 機動装甲に搭乗した最強騎士。それは戦うためだけに存在している故に、すぐに通信を切られるかと心配したのだが、意外過ぎる人物が搭乗していたことで、侯爵は本気で驚くも、すぐに”これは幸運だ”とばかりに話題をそちらに振った。
「どうしてだと! 貴様、知らんのか! 私と最強騎士は親友だ!」

 オーランドリス伯爵とグレイナドアの友情はこのときに生まれたと、グレイナドア ―― 次のヴェッティンスィアーン公爵にしてロヴィニア王 ―― は言っている。当のオーランドリス伯爵も拒否することなく。彼女の最後の時には「ジアノール、グレイナドアとずっと一緒に」と言い残したくらいに ――

『カーサー……いや、俺が言う筋合いじゃねえ……だが、やっぱり言っておく。トモダチエラビはシンチョウニナ』
 機動装甲に搭乗できる人間は好きではないし、敵対する公爵家の姫君だが、それとこれは別。人の道を踏み外していることにかけては、他者の追随を許さぬエヴェドリットだが、踏み外して良い道と悪い道がある。いまオーランドリス伯爵は、エヴェドリットでも通らないような道に踏み出していた。だがその道は、引き返すことができない道であり……上記の未来へと繋がってしまったのだが。
「お前良いこというな! トシュディアヲーシュ」
『あ?』
「そう。最強騎士は吟味して私と親友としたのだ! さすが天才、見る目がある」
 空気が読めず、嫌味は通じず、無駄に前向きで、溢れんばかりの才能と、それらを台無しにしてしまう馬鹿は、自信満々であった。
『あ、まあ、そうだな。天才だもんな。ところでカーサーどうしたんだ?』
 全ての方面において天才といわれる侯爵は、話の切り替えも上手かった。
「ケルレネス親王大公とクラバリアス親王大公がグレスの悪口いった」
『そうか。それじゃあ仕方ないな。ファティオラ様はお喜びになるだろうよ。俺が報告しておいてやるよ。じゃあ、頑張れよカーサー。そうそう、バラザーダル液入れて本気でいけよ』
「王子、死ぬ」
『そうだったな』

―― 俺としては殺して欲しかったんだが

 あまり引き留めると怪訝に思われるだろうと、侯爵はここで通信を切った。もちろん帝国の優秀な軍人たちが防衛体勢を整えるには充分な時間を稼いで。

**********


「ラスカティアさん。ゾローデに連絡とれました」
 通信を切った侯爵の元にゾローデに連絡を入れたウエルダが駆け寄ってきた。
「そうか。あとは帝国軍に任せておこう。シセレード家に対してバーローズ家が動くと、ろくなことにならんからな」
「あ、そうですか。銃、凄かったです! 構えてるラスカティアさんも、とっても格好良かったですよ!」
 先程オーランドリス伯爵のエバタイユ砲を撃ち抜いたオルダンファルディーナ。この銃もエバタイユ砲と同じく、エネルギーを充填するのに時間がかかる。
 機動装甲が大気圏外に出てから充填していたら、充填率はまだ10%にも満たない。だが侯爵はあのタイミングで撃つことができた。
 その理由は ―― 射撃には自信のある侯爵が、ウエルダにちょっと良い所見せようと銃を用意させたのだ。
 当初の目標は人工の有人惑星。話を振られたときウエルダは「……!」 内心焦ったが、居る場所がバーローズ公爵邸で、周囲にはエヴェドリットの上級貴族ばかり。
 止めるものは誰もおらず、むしろ的としては当然という流れですらあった。

―― なんだがよく分からないけど、ありがとうございます。オーランドリス伯爵

 用意が整い狙っていたとき、突如宇宙空間にブランベルジェンカオリジンが現れ、武器のエネルギー充填を開始したため、侯爵は事情は分からないが取り敢えず武器を撃ち抜いた。
 非常事態により搭乗したのだとしても、オーランドリス伯爵が得意とする攻撃用ビットがあれば、問題ないであろうということで。
 撃ち抜くことだけを考えれば、ビットのほうが楽なのだが、攻撃力が半端ではないので難しいエバタイユ砲のほうを撃ち抜き ―― バーローズ公爵邸は拍手喝采状態となった。
「……そ、そうか。あの、俺が銃を構える姿は……ま、まあ。アマデウスほどじゃないけど、まあ、結構、そ……あ、ありがとうな。もう一回撃つか? 次は最初の目標だった人工有人惑星を」
「いえいえ。それは。あの、ほらアレですよ。やっぱりラスカティアさんが撃つ相手は、強い相手がいいですよ。ただの有人惑星じゃあ、ラスカティアさんの顔つきが全然違って。本気の度合いが格好良さを。ラスカティアさんは、黙っていても格好いいですけど! でも射撃はまた今度、強敵を前にしたとき見せて下さい!」
「ああ、いいぞ」

 ウエルダはオーランドリス伯爵が現れたことに感謝したが、帝国軍本部の軍人たちは、

「あれはたしかに違法武器だが、よく充填していてくれたな」
「アーシュが平民中尉に見せるために用意させていたそうだ」
「平民中尉に感謝だな!」
「大尉に昇進させるべきだろう!」

 ウエルダに心より感謝していた。ウエルダ・マローネクス中尉、彼が大尉になる日も近い。

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