グィネヴィア[30]
「ふふふ〜ふふん〜」
機嫌良く腰を動かすグレイナドアの表情は余裕に満ち溢れている。
「……」
そんな鼻歌交じりに挿入を繰り返すグレイナドアの下にいるジアノールは、自分の顔の脇に置かれている褐色の手のひらを”ぼうっ”と眺めていた。
切り揃えられ磨かれた形良く艶やかな爪。ほっそりとしているが、けっして頼りないわけではなく、男らしさを感じさせる指。
―― 料金以上ですよ……追加料金払うことになるのか……
**********
一発で終わるものだとばかり思っていたジアノールは、グレイナドアに身を預け、素直に自分の精を吐き出した。
正常位のため、自分の精液がグレイナドアの褐色の肌を汚してしまい ―― いつのまにか上半身までグレイナドアは裸になっていたので、洋服を汚すことは避けられたが ―― ジアノールはいたたまれなかった。
それ以上にいたたまれなかったのは、グレイナドアが達していないこと。
「あの、もう、充分です……」
自分のそこが緩いと ―― 緩かろうが締まりが悪かろうが、通常であれば金を支払っているので、気になどしないのだが、
「抜けばいいんだな! よし」
若い王子が自分の内側で達しなかったことが、非常に決まりわるかった。
「んぁ……」
硬度を持ったままの性器が、達した直後で敏感な内側を、優しく撫でるようにして引き抜かれ、それに反応するようにジアノールが声を漏らす。前線基地近辺で買った男娼は、全てジアノールの中に放ち果てていたので初めての経験で、声を我慢することができなかったのだ。
「るるる〜るるるるる〜」
性器が反り返っているとは、到底思えないグレイナドアが気が抜けたようなメロディーを口ずさむ中、ジアノールは気怠い体を起こした。
”早く帰らなくては”という急く気持ちを抑え、失礼ないようにとベッドから降りる。
「どうした?」
ベッドの上で胡座をかいて、枕元に用意されていた甘ったるい香りのする液体を飲んでいるグレイナドアに頭を下げて、
「ありがとうございました」
急いでジアノールは帰ろうとした。
「……は?」
ジアノールの言葉の意味が分からないグレイナドアは首を傾げる。
「帰りますので」
「え、なんで?」
体内からグレイナドアの精液が零れてきそうになる感触に焦りながら、
「すっきりしましたので」
ベッドからゆっくりと、グレイナドアから目を逸らさずに離れる。それはまるで、凶暴な肉食動物と遭遇してしまった人間が逃げるかのような動き。
「またまた! 遠慮しなくていいんだぞ」
「遠慮など」
確かにグレイナドアのセックスは気持ちが良かった。
帝国の高級男娼はどうかは知らないが、ジアノールが今まで抱かれた男娼の誰よりも上手く、そして体に馴染んだ。
「お前、若いだろう? たしか、二十代前半」
肌もそうだが、性器が怖いほど完璧にジアノールの内側を埋めた。いままで感じたことのないもの。遠慮なく入り込んで来るのに、収まりがよい。
「二十二歳です」
「二十二歳が一回で満足はないだろう」
「いえ、あの、俺はロヴィニアじゃないんで」
じりじりと遠ざかっていた足が止まり、冷や汗が噴き出してくる。
「いや、ロヴィニアじゃなくても一回はない。男娼を買いに行くくらいなんだから、淡泊ってことはないだろう」
「え、まあ……」
先程ジアノールが汚してしまった、引き締まったグレイナドアの腹筋に触れそうなほど、性器は反り返っているのだが、
「それにあれは一回の料金じゃないだろう」
声も喋り方も普通。表情に苦しげな所もなく。
「いやあ……帝国でも、その、まあ物価高いようで」
「ぼったくりなんじゃないのか?」
「いえ……まあ、その、納得の料金なので」
「へえ。でも一回料金じゃないよな!」
「……はい」
話を逸らすことができなかったジアノールは諦めて頷く。
「ですが、王族特別料金ということで」
どれほどの高級男娼であろうとも、王子以上の料金を付けてはいけない! ……と、上手く逃げたつもりだったのだが、
「帝国騎士は前線で大変だからな。特別割引料金だ」
―― そんな特別割引は……
逃げられそうになかった。
「あの……ロヴィニア王族の特別割引とか、ほんと、怖いんで……」
「怖がらせてしまったか。だが一回はないだろう。なっ!」
褐色の肌に、やたらと白い歯。一向に萎える気配のない性器。
―― 王子をその気にさせて、一度きりで帰るわけには……いや、やりたかったら幾らでも相手は手に入る立場だし、なにより場所が場所…………はぁ、まさか大宮殿で寝てしまうとは
ベッドから降りたグレイナドアが近付き、優しくジアノールの肩を抱く。
「さあ。今夜は特別だ! お前が満足するまで、この私が付き合ってやろう」
「そんな! 恐れ多い……」
ずるずるとベッドに引き戻されるジアノールは、自分でも分からないのだが、両手を交差させて胸を覆い隠しながら頭を振る。
「照れなくていいぞ。お前、照れるような顔立ちでもないし。いや、照れたかったら照れろ。どんな行動を取っても良いぞ」
またもやベッドサイドに押し倒されて、
「ひぃ!」
穿たれ、その部分を突き上げるようにして中心へと移動させられた。
「前戯なしだと、単調になり易いから体位と挿入方法で変化をつけないとなあ」
「あっ……ああ……ぅあ……」
―― そんな変化……や……きもち、いい……
**********
ジアノールがグレイナドアに乗られている頃、イルトリヒーティー大公は試験勉強に励んでいた。
「…………」
元々頭が良く、努力家でもある彼は入学は確実。あとはヨルハ公爵と同じく、何位で入学を果たすかが問題。
「眩しい……満月か」
試験対策本から目を上げ、月明かりに照らされている庭へと目をやった。
久しぶりに戻って来た大宮殿。アーチバーデ城の崩れた庭とは違い、完璧に整えられた庭の美しさと懐かしさに、散策しようと椅子から腰を上げて中庭へと出た。
「計算され尽くされた廃墟城はたしかに見事なのじゃが、儂はやはり手入れされたと分かる庭が好きじゃなあ」
夜風に当たりながら庭を歩き ――
「……ん?」
薔薇が咲き誇る空中庭園で付近で人影を見つけ、イルトリヒーティー大公は思わず薔薇の生垣に身を潜めた。
何故自分が身を潜めてしまったのだろうか?
生垣からそれを窺うと、月明かりの下で微笑みながらくるくると回って踊りながら、薔薇の花を手折り、集めているレティンニアヌがいた。
この辺りはテルロバールノル系の皇王族が住む場所なので、エヴェドリット王女であるレティンニアヌがいるのは些か奇妙なことなのだが、
「……」
楽しそうに棘のある薔薇を折り、何本も腕に抱きしめているレティンニアヌに、イルトリヒーティー大公は声をかけられないでいた。
「ウエルダ喜んでくれるっかなあ。ラスカティア、ちゃんと寝てるかなあ。初めてのお泊まり、興奮気味で……マローネクスの人たち、綺麗って言ってくれるかなあ」
誰にも聞き取れないだろうと、王女は呟いていた ―― その内容を聞き、王女がここで摘んだ薔薇を贈り物にしようとしていることにイルトリヒーティー大公は気付いた。
―― これは贈答用の花では……ああ、指示できぬのであったな
イルトリヒーティー大公には普通に聞こえているが、他の者たちには聞き取ることができないことを思い出す。
「バンディエールが言う通り、ここの薔薇綺麗だなあ」
―― ジーディヴィフォが教えたのか……どれ、儂が通訳してやるから、贈答用ではない花を摘むのをやめさせて
生垣を揺らし、
「ヴェルヘッセや」
イルトリヒーティー大公が現れると、先程まで笑っていた王女の顔が強ばり、そして……逃げられた。
「なっ……」
あまりの逃げ足の早さにイルトリヒーティー大公は何もできず、しばらく硬直したまま。少しして王女がいた場所へと行く。
王女は焦っていたので ―― 花を摘んで良い場所ではないことは知っている ―― 逃げる際に何本かの薔薇の花を落としていた。
それらを拾い集めて、
「逃げられるとは思わんかった」
それも顔を強ばらせ全力で。
だが怒りなどはなかったので、これから王女の元を訪問して……と考えたものの、
「いきなり儂が訪問するのも……はあ。なんじゃろうなあ」
なぜか訪れ辛く、また手紙を認める気持ちにもなれず、月明かりの下で置いて行かれた薔薇の花を数本持ち、深い溜息をついて、結局何もせずに夜を過ごした。
**********
「なに……なかに出して……ください? 何回も? いいぞ」
自分だけ散々イカされたジアノールだが、グレイナドアは止めるような気配はなく、快感がが支配し続ける下半身に浮かされながら、
―― 王子が疲れない限り、終わらない……
収まる気配が全くないグレイナドアを疲労させるべく、ジアノールは懇願したのだが……快感が首の下まで支配し、指先で軽く触られるだけで腰がはねるほど全身が敏感になったにも関わらず、
「ふふふ〜ふふん〜」
グレイナドアは元気で、最初と変わらない状態であった。ジアノールの精はとうにつきているが、快感は途切れることがない。
そして置かれたグレイナドアの手指。
顔を少しずらしてその褐色の指を舐める。
「ふふ〜!」
グレイナドアが驚き、抽挿を止め舐められた手を持ち上げて、指を確認する。
「あの……」
「お前、口の中は普通か。口内が凶器みたいなヤツがいるからなあ。ん? どうした……そうか、口が寂しいのか! よし、中に出したら次は口に入れてやるからな! 待ってろ。どれどれ、お前の口内は」
そんなつもりはなかったジアノールだが、では何故舐めてしまったのか? と聞かれると答えられないので、口内をグレイナドアの指で蹂躙されるままにする。
グレイナドア本人は、蹂躙というよりも下調べの意味で、口内に危険がないか? また、口内のどこが感じやすいかを、その形の良い爪が飾る指で丹念に調べる。
抽挿しながら、それとは全く別の動きで口内から快感を引き出す指。
ジアノールはグレイナドアが疲れるまで離してもらえないと考え ―― それは正しいのだが、性行為でグレイナドアを疲れさせるのは至難の業。
「おい! 新しいベッド用意しておけ」
乱れ湿ったシーツとジアノールの上で、グレイナドアは元気そのものであった。
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