グィネヴィア[29]
 食事は個室。楕円形のテーブルの曲線側に座り、向かい合い運ばれて来る料理を無言で食べる。
 本当に無言のまま。
「……」
「……」
 料理の味は申し分なかったが、二人とも何も語らず。
 だがイルトリヒーティー大公は、これではいけないと理解している。
 自分が心配していたトシュディアヲーシュ侯爵が、普通に平民ウエルダと親交を深めていたので ―― 白目が黒目になっていたのは気になったが ―― 焦っていた。
―― 儂が大人にならねばな
「フィラメンティアングスや」
「なんだ」
「これから出かけようではないか」
 親交を深めることは出来ずとも、意思疎通くらいは出来るようになっておかねば、この先の仕事で困るし、なにより”意志疎通ができるようになれ”と命じられたのだから、それに沿って動かなくてはならない。
「どこへ?」
「帝国上級士官学校の学生の行きつけのバーじゃ」
 酒が入れば気安くなるとは言わないが、場所が何時もと違うところならば、少しは異なる気持ちで接することができるような――イルトリヒーティー大公はそんな気がしていた。
「そんな所、あるのか?」
「あるのじゃよ。店主は皇王族じゃ」
「へえー。じゃあ行くか」
「待て」
「なんだ?」
「徒歩で行くぞ」
「なんで?」
「そのバーには、休みの在校生はもちろん、卒業生も足繁く通っておるのじゃ」
「そうなのか! 知らなかった」
「主は軍人ではないからのう」
「そうだな」
「それでな。馬車でバーに乗り付けるような者はおらぬのじゃ。儂はトシュディアヲーシュに、デオシターフェィンと共に連れていかれたのじゃが、徒歩であった」
「慣習か?」
「そのようじゃ」
 帝国上級士官学校の生徒が、乗り物で大挙すると交通が麻痺してしまうので、徒歩で通うのが嗜みとなっている。
「じゃあ徒歩で行くか。ちょっと楽しみだな!」
「どうして」
「私は帝星滞在中は大宮殿から出ることは滅多にないからだ!」

―― 馬鹿じゃからのう……不憫なやつじゃ

 二人はここから徒歩で行くことにした。
 お付きの者たちは出来ることなら、二人だけで出歩いて欲しくないのだが、拒否する権限もなどない。なによりこの二人、明確な危険がないので、危険を訴えることもできないのだ。
 イルトリヒーティー大公は暴力事件など起こしたことはない。
 またかなりの強さを誇る。戦う能力を持ち合わせていないグレイナドアを守りつつ、自らの身を守ることも可能。
 グレイナドアは想像を絶する馬鹿だが、いつ何時も馬鹿なわけではない。恋愛さえ絡まなければ頭脳明晰。強くはないがひ弱でもなく、見た目は鋭く凛々しく逞しい男。

 お付きの者たちに出来るのは、格好が目立ち過ぎるので――

「格好いいか!」
 黒の長いフードを着用して、白やら空色やら緋色やらを隠すことに。
「なかなか似合っておるぞ、フィラメンティアングス」
「お前もいい感じだぞ、イルトリヒーティー」
 色彩を隠すことに成功したが、その体格や雰囲気は隠すことはできず ―― 十七歳と十九歳は、初めて単独でバーへと向かった。

 ……のだが、結局辿り着くことはできなかった。

「ここは何処じゃ?」
 帝星の光と影の境目。黄昏の空間とでも言うべき場所に二人は立っていた。
「迷ったのか? イルトリヒーティー」
 周囲を見回し、
「その様じゃ……なんじゃ?」
 全く見覚えのない場所であることを確認して、素直に間違いを認めた
「お前があまりにも素直に間違いを認めたから、驚いたのだ。テルロバールノルは間違いを認めない性格だろう」
 グレイナドアが言う通り、テルロバールノルは間違いを認めない者が多い。
 そんな中でイルトリヒーティー大公は、間違いを認めることができる珍しい存在であった。この辺りは、彼のもう一つの系統、皇王族の血と育ちが関係している。テルロバールノル王は、彼のこの性質を高く評価しており、ゲルディバーダ公爵が皇帝となった際の婿候補に、彼を送り込んだのだ。年の頃が合う、弟王子がテルロバールノルに存在するにも関わらず。
「間違いを認めることくらいできる……済まぬのう。どうも儂は、方向感覚が悪くてのう。方向音痴というほどではないのじゃが……」
 街に出ても目的地まで案内されることが普通の彼らは、単独で辿り着けない者が多い。
「気にするな! 帝国上級士官学校生が通っていたバーなら、今度”私の”リディッシュに連れてきてもらえばいい!」
「……たしかにあの御仁は、普通の道路などは間違わぬじゃろうな」
 ”私のリディッシュ”が気になったが、そこを触るほどイルトリヒーティー大公は愚かな男ではない。
「今日は諦めて、大宮殿へと戻るとするか」
「そうじゃな。意地を張っても仕方ないしのう」
 二人は白亜の大宮殿を目指してつき進んだ。道を一切選ばずに、ひたすらに大宮殿を目指した。
 その結果、通常であれば通らないような場所を通り抜け、意外な人物と遭遇することとなった。
「……なにをしておるのじゃ?」
 普通ではない雰囲気 ―― 光と影の境目に相応しい ―― 醸し出している男性に手紙を差し出しているジアノール。
 声をかけられたジアノールは黒いフードを目深に被った二人が、何者なのか? 分からなかったが、喋り方や動きで大貴族に類する人物であることだけは理解した。
「クレスタークの紋章じゃないか!」
 封筒のロフイライシ公爵紋を目敏く見つけたグレイナドアが声を張り上げた。
「お主、本当に何をしておるのじゃ?」

 フードを脱ぎ捨てたグレイナドアを見た相手の男は、建物の中へと逃げ込んだ。

**********


 ジアノールは同性愛者で、性質は抱かれる方。そんな彼には特定の相手はいない。
「一見さんお断りの高級男娼なあ」
 往来で騒がれると迷惑だろうと言うことで、ジアノールは二人を連れて大宮殿へと引き返した。
「はい。ロフイライシ公爵は俺の趣味を知っていますので……その……」
 事情など説明せずに逃げたかったジアノールだが、騒がれても困るので事情を説明することにした。性的嗜好に関しては隠してはいないが、帝星で大っぴらにするものでもない。
「男娼が趣味なのか?」
「趣味といいますか。特定の相手が欲しいわけではなくて……誰でもいいというのが本音です」
 グレイナドアの実兄ポルペーゼ公爵に”男の趣味が悪い”と言われるのは、これが原因。ジアノールは、抱いてくれるのであれば本当にどんな男でもいい。
 ただし、前線基地の大貴族は恐れ多くて拒否している。それと百年以上前に袂を分かった同族の子孫、ヒュレノールは生理的に受け付けない。その結果、男娼を買って過ごす。
「ならば同僚でもよかろうて……」
 イルトリヒーティー大公が、袖口の緋色に触れながら”知っておるじゃろう?”と促す。それは当然ヒュリアネデキュア公爵のことで、
「あの、その御方はちょっと……その……」
 ジアノールも知ってはいる。
 クレスタークにヒュリアネデキュア公爵を勧められたこともあったのだが、住む世界が違い過ぎるしあまり近寄りたくない相手なので、それは丁重にご辞退申し上げた。
 そんなクレスタークが書いた紹介状を、じっと見つめていたグレイナドアが勢いよく顔を上げて、
「悪いことしたな!」
 まずは謝った。彼は馬鹿で箱入り息子だが、性的なことに関しての知識は豊富である。トシュディアヲーシュ侯爵よりもちょっとマシなイルトリヒーティー大公とは比べものにならないほど、経験豊富であり、
「え、あ? いいえ。お二人がロフイライシ公爵に証言してくだされば。帝星で有名な男娼とか、気後れするというか……紹介状頂いた手前、訪問しないと悪いかなと。買いに行ったということを証言していただけると」
「そうか。だが、やりたかったんだろう?」
 人生においてセックスがいかに必要なのか? よく理解している。
「……え、まあ……」
「男娼に払う金は?」
「ここに」
 金額を知りたいのだろうか? と、クレスタークに言われた額よりも少々多目の硬貨を入れた袋をズボンのポケットから取り出し、袋の口を開いて見せる。中を無遠慮にのぞき込んだグレイナドアは、その袋を毟り取り、
「よし! 私がやってやろう!」
 それはそれは良い笑顔を浮かべて宣言した。
「はい?」
「なにを言っておるのじゃ? フィラメンティアングス」
「金の分、抱くって。安心しろ、私は初心者じゃない。この年にしては経験もあるし、持って生まれた才能もある! 任せろ!」
「……」
 男性経験の有る無しを言われたら、イルトリヒーティー大公は口を挟むことができない。
「あの。ありがたいのですが」
 突然”抱いてやる”と言われたジアノールは、どうやって断ろうかと必死に考えるのだが――
「じゃあな! イルトリヒーティー。明日の朝食のときにまた会おう!」
「…………朝食は七時半じゃ。主も同席したくば同席せい、ジアノールや。それではな」
「あの、その!」
 そこに救いの手など存在しなかった。
 やや呆れ気味に、そして ―― 男娼買うよりよりならば、よかろうて。金を貰った以上、悪いようにはせんじゃろうしなあ ―― とても彼らしい考えで立ち去った。
「金の分はやるから安心しろって」
 呆然としているジアノールの隣で、グレイナドアが服を脱ぎ始める。普通の貴族は着脱を召し使いに命じるのだが、性的に襲うことを得意とするロヴィニア王家は、自力で脱げる者が多い。
「そうではなく……お気持ちだけで結構ですから」
 マントを外し、ズボンを下着ごと下げる。文官なのに無駄に引き締まった褐色の脚と、男の色気がある腰のライン。
「金は返さんぞ!」
「お金は納めてくださって結構ですので」
「何もしないで金を貰うのは、ロヴィニアの法律に反するんだからな!」
「あの……」
「お前を抱いて、お前を気持ち良くすればいいのだろう? 任せておけ!」
「あの、その……」
 下半身だけ脱いだグレイナドアはジアノールを担ぎ上げ、大股で寝室へと向かった。
「降ろしてください、殿下」
「金もらったから、気にするな!」
 ジアノールは帝国騎士としては強いが、身体能力はグレイナドアと同程度。戦いのセンスは若干上回るが、
「殿下! あの、お世話になっている、殿下の兄君と姉君に、申し訳が……」
 王子の顔面を殴れるような性格でもない。
「金払ったって言えば、問題ないって」

 そしてなにより、ロヴィニアは上手かった。あいつらとベッドの上で戦ったら負ける ―― エヴェドリットにすら言われるくらいに。

「暴れるなよ」
 大きく柔らかいベッドに降ろされ、マウントを取られ ―― 性器丸出しのグレイナドアが腰の上に跨っている状態 ―― ”あわあわ”しているジアノールの洋服に手をかけて、ゆっくりとボタンを外す。
「殿下」
「洋服、弁償するの嫌だからな!」
 胸元を露わにさせて、グレイナドアがゆっくりと愛撫を開始する。
―― 王子さまに相手されたとか……終わらせよう!
 引いてもらえないのならば、即終了させようと、胸元の柔らかな唇の感触を遠ざけるために頭を押して、
「前戯はいいんで、入れてください。そういうのが、好きなんです」
 早々に終わらせることにした。
「……そうか! 分かった。で、挿入はどういうのが好みだ!」
 だがそれはジアノールの考えであって、グレイナドアの考えではない。
「え?」
「最大値にして挿入されたいか? 挿入してから内部で大きくして欲しいのか? それと時間はどのくらいがいい? 最長で抽挿四時間くらい継続できるぞ。普通は一時間くらいだよな」
「え、あの……その……普通で、……その、挿入方法は殿下の、見立てで……」
 とんでもない化け物が自分の上に乗っていることにジアノールは気付き、無意識に逃げようと体が動くのだが、その動きがグレイナドア本人も気付かない、ロヴィニアの狩猟本能に火を付けた。
「分かった! じゃあ入れるな!」
 淫靡や背徳とは縁遠い、軽く始まった行為だが、ジアノールは死ぬ思いをすることとなる。
「やめ……でんか、もう、むり……」
「遠慮するな! お前のここから、いい感じに零れているじゃないか。指先で触ると歓喜に震えてるぞ。体位を変更に、おい! 尿道用の責具、初心者用持ってこい。男娼はここを開発しないのか? 駄目だなあ。後ろだけじゃなくてなあ……じゃあ膝の裏や脇の下も開発されてないのか。おい、ジアノール……あれ? もういった。感じやすいんだな」

 ”やつら”の”これ”に関する体力は、ほぼ無限 ――

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