グィネヴィア[22]
なぜリディッシュのお兄さんは、明日の顔合わせに同席出来ないのか?
デルヴィアルス公爵家が独立系貴族という立場を取っているので、あまりバーローズ公爵家と縁が深いところを強調したくはないため両方に関わりのある人物は見送られることとなった。
それならば、バーローズ公爵家と婚姻を結ばなければいいのでは? 言われそうだが、独立を維持するためには、ある程度の譲歩や駆け引きは必要。
”我が家は独立系だから近づくな!”と、頑なに関係を拒めば独立が保てるというものでもない。
しっかりと関係を築いて、同等か近い立場であることを相手に認識させて、初めて独立が保たれるのである。
それでも元々は義理兄だったユシュリアの頼みを聞き入れ、ラスカティアは同行を許可した。
「菓子だ。食え」
「ありがとうございます」
貴族は生家や生まれ順などで、順列が分かりやすいので楽なのだが――平民はそう簡単にはいかない。
「帝星で評判のモカトルテというやつだ」
貴族とは違い、勢力図などどこにもないからだ。
家督争いや、それに類する係累同士の付き合いなど一切ない。
「もしかして、予約して実際手に入るまで三ヶ月はかかる、あの店ですか? ラスカティアさん」
そのため、自ら情報を集めて分析する必要がある。
「そんなに時間がかかるとは知らんが、そうなんじゃないか……なのか? マシュティ」
「そうです。貴族枠で買い付けましたよ、トシュディアヲーシュ侯爵」
侯爵はゾローデからマローネクス家の話を聞き、先に贈り物をする相手は女性陣だと判断。そして好まれる贈り物を購入履歴から分析し、先ずは帝星で評判の菓子をマシュティに命じて用意させた。
「ふーん。まあいい、食え。姉や妹や、母親も……どうして母親が席を外すんだ?」
―― おや、母親は嫌いなのか? マズイな
そそくさと席を外した母親 ―― お茶の用意をしようと席を外したのだが、侯爵のような貴族の認識では、出された菓子が嫌いだと見なされる ―― に、穴埋めで違う贈り物を! と、命じようとした所、
「お茶、持ってこようとしてるんですよ。あのーその、我が家には給仕とかいないんで」
ウエルダが最近の生活を思い出し、侯爵がなにを言わんとしているのかを理解して、事情を説明する。
「あ、そうなのか。嫌いではないんだな?」
「このお菓子ですか? 大好きですよ……いや、食ったことないですけど、大好きなタイプです」
「それならいい……そうか、母親が茶を淹れるのか。そうか、そうか」
侯爵の母親はシセレード公女。そんなことをするような女性ではない。
近くの雑貨店で買った茶葉で淹れた物をウエルダが差し出した。
「高いお茶は飲み慣れてると思うんで、近所の雑貨屋のオリジナルブレンドってのを」
「ありがたくいただく。貰うぞ、母親」
侯爵は首を僅かに傾げるようにして頷き、彼の手には小さいカップ――同じく雑貨屋で購入してきた大振りのマグカップ――の取手に指を通して口元へと運んだ。
「はい。侯爵閣下」
「……基本の茶葉は、帝星で一番手に入りやすいロヴィニアの茶葉だな。っと、このレモンピールも多分ロヴィニア……あ、この……大体ロヴィニア産だが、この隠し味のように少しだけ配合されている茶葉は、エヴェドリット産だな。どこだ?」
―― すげえ! 大貴族さまは、そんな事まで分かる……ああ! そこまで分かってしまうのなら、エヴェドリット産の茶葉を用意しておけば良かったんだー!
ウエルダは貴族らしい態度のラスカティアに、感動し尊敬し、少々慌てた。
「調べましょうか?」
何時になく饒舌で、昨日から興奮状態が続き白目の色が濃い灰色となっている侯爵に、自分を売り込み続けていマシュティは、すぐに反応を示したが拒否され、
「いらねえよ。さあ、食え……それにしても」
食えと言われたので、ウエルダ以外の家族は全員菓子を食べ始めた。
「どうしました? ラスカティアさん」
「いやあ。母親が淹れた茶というのが面白くてな」
「ラスカティアさんのお母さん……いでっ、いや間違っただけパールネ。あの、ラスカティアさんの母君は、シセレード公爵家の方でしたよね」
大貴族に向かって”お母さん”などと言うのは失礼だと、隣に座っていたパールネがウエルダの足を思い切り踏んだのだ。
無論侯爵たちは気付いていたが、軽い殴り合いで頭が吹っ飛ぶこともある一族、それを見ても軽いコンタクトであろうと解釈し、気にも止めなかった。
「死んだあれは、たしかにそうだ」
―― パールネ、何時になくお上品に食ってる、変だなあ……し、死んだ、あれ……なの。そういえばエヴェドリットは死んだ人にはあまり興味がないとか、なんだとか
「あのーやっぱり貴族ですから、お茶淹れたりしないんですね」
「淹れるやつは淹れる。キルヒャーのところで、エゼンジェリスタがコーヒー淹れてただろう」
「あ、そう言えば……」
あの時ウエルダは隣に座ったイズカニディ伯爵の目の前にあった山盛りのマドレーヌと、麦部にまつわる上流階級の本気があまりに印象深く、皇太子妃自らのコーヒーのことは、あまり覚えてはいなかった。普通であればかなりの印象に残る出来事なのだが、皇太子の語る麦部とチョコの物語は、それを遙かに上回った。
「ローグの孫娘で皇太子妃が客相手に淹れるんだから、貴族も茶くらい淹れるんだろうよ。俺たちみたいな粗野な連中は淹れないだけで。そう考えると、お前の実家は上品だな」
「ぼはっ……上品もなにも。いや、その」
由緒正しき、上品と縁遠い平民であるウエルダは、思わず噎せてしまった。
「嫌味でもなんでもないぞ、ウエルダ」
「それは分かりますけど。でも侯爵が粗野とか」
「貴族王様なんかに言わせると、粗野で下品で乱暴で粗忽で、おおよそ貴族らしくねえようだ。悔しいことに、あいつの所作は俺なんかが見ても優雅で気品に満ち溢れていらっしゃる。ウエルダの兄、貴族王ってのはローグ公爵の息子ヒュリアネデキュア公爵のことだ」
何の事だろう? 不思議そうにしていたウエルダの兄に気付き、
「ご説明、ありがとうございます」
「ヒュリアネデキュア公爵には貴族王って言うなよ。言ったら俺もお前も叱られるからな、ウエルダの兄」
説明と全く持って不必要な注意をしてやった。
「ラスカティアさん、俺の家族がヒュリアネデキュア公爵閣下に会うことなんて、ないですから」
「注意だけはしておいた方がな。万が一、なにかあった時、呟き兼ねないからな。貴族王言いたくなる雰囲気なんだよ、あいつは」
「確かにそうですが」
「だろう。そう言えば、ウエルダ。さっき俺の母親のこと話してたな。俺の母親は戦死だが、ウエルダが思っているような戦死じゃない。戦った相手はサロゼリスだ」
「え、は? サロゼリスさんとは、あのネストロア子爵閣下、ですか?」
「そう。確かに戦死なんだが、戦争の種類はシセレード公爵家の家督争い。その二年ほど前にシセレード公爵ロスタリオールが戦死したから、爵位が欲しくなって争って負けた」
「あー……でもその場合は、現シセレード公爵と争いになるのでは?」
「フェリストフィーアはあの通りだから、理解してなかった。”叔母さんがなんかしてるよ”程度。だからサロゼリスが。でもまあ、実際に手を下したのは、兄貴だけどな」
「兄貴って……あの……クレスターク卿ですか?」
家族に”絶対にお兄さんの名前は出さないように”と言っていたウエルダだったが、自分が振った話題で触れてはいけない危険な名前を口にせざる得なくなった。
「気にするなウエルダ。今日の俺は機嫌がいいから、あいつの名前が出たくらい平気だ。今日の俺はあいつを正当に評価して、弟として称賛してやってもいい」
茶を飲み終えたカップをテーブルに置き、白目が非常に濃い灰色のまま、尖っているわけではないのだが、鋭さが隠しきれない歯を見せて、なんだか今にも人を殺しそうな笑顔で、事情を知っている者からすると不穏極まりないというか、明日宇宙が崩壊しそうなことを言いだした。
「機嫌良すぎて、帝星征服するとか言い出すなよ、ラスカティア」
髭面で見た目が老けているものの、ラスカティアよりも年下のバンディエールが、呆れたように合いの手を挟む。
「やるってなら、協力するけどな」
ユシュリアは俯いたまま、楽しそうに答えた。顔を下げたのは、侯爵の台詞が楽しくて思わず顔から笑みがこぼれそうになったため、下を向いたのだ。出来る男ユシュリアは、同じ間違いはしない。そして本気である。
「我とて止めはしねえよ、ユシュリア。むしろ、一緒にやっちまいそうだから言うなよって諭したんだ。で、やるのか! ラスカティア」
話が想像を絶する勢いで逸れ、帝星が征服されるのも間近――
「やりたいのは山々だが、今日はウエルダの家に泊まらなくちゃならないからな」
洒落にならない人たちが、洒落に台詞をそれはそれは怖ろしい笑顔で。
「そ、そうですよ侯爵。俺たち家族、侯爵が泊まって下さるの、とっても楽しみにしてましたし、俺も侯爵のご実家に泊まるのすごい楽しみなんで、今回は見送ってくださると嬉しいなあ……あ、あはははは」
「そうか。じゃあ今回は見送るよ、ウエルダ。帝国め、命拾いしやがったな」
侯爵の白目はすでに漆黒状態になっており――判別できる貴族たちは、侯爵は本気だったんだなーと解釈したが、実際は違う。侯爵自身気付いていないが、理由は”それ”ではない。
「さすが帝国軍人だな。やるなあ、ウエルダ。ラスカティアも帝国軍人だけどな」
「身を挺して帝国を守るのが、帝国軍人だもんね。格好いいね。弟をよろしく」
二人の【征服しそびれた】エヴェドリット貴族から額を人差し指で突かれながら、帝国軍中尉ウエルダ・マローネクスは、モカトルテを食い、オリジナルブレンドティーをすすりながら、単身で帝星を守り抜いた。
帝国の前線はオーランドリス伯爵と共にあり。帝星にオーランドリス伯爵がいる、即ちここが前線。そして、たしかに帝星は前線であった
「そうだ、話が逸れて悪かったな。兄貴が母を殺した理由は、兄貴の言葉を借りて言うと”俺、照れ屋だから、職場に母がいると照れちゃうんだよ”なんだとさ。シセレード公爵になっちまうと、前線基地管理者としてずっと一緒にいることになるだろう。それが嫌だったらしい」
「あー……」
それが親を殺す理由になるのかどうか?
ウエルダには分かりかねたが、貴族には貴族の考え方があることは理解しているので、是非は問わなかった。
「他にも色々あったんだろうが、当時子供だった俺には分からなかったし【ちょっと】仲悪いから、こういう話題には触れないできたから分からないけど、そんなところだ」
実際は敗北者について聞く気持ちなど起きなかったというのが正しい。
だがそれを言うと、人間に引かれることを知っているので、侯爵は上手く言葉を誤魔化した。
「教えてくださって、ありがとうございます」
ウエルダはというと”侯爵も当時は十一歳。詳しいことは知らないってのは本当だろう”と、非常に人間らしい解釈で、場がまとまった。
「いや。あ、全員食い終わったか。あのな……ウエルダ、お前の家族ってシアの映像を見ても大丈夫か?」
「大丈夫だと思いますよ」
ウエルダの家族は特別ホラー系が好きなわけではないが、特段に恐がりでもない。
「そうか。じゃあ、実はなシアが”妻も同行していいはず!”と。一緒に来たいと喚いたんだ。幸いってか、情けない話だが俺以外の貴族側近は、寡夫のバルキーニはさておき、二人とも結婚してないどころか婚約者もいない始末だ。それを上手く引き合いに出して、今回は流したんだが……あいつ、来年から帝星近くに滞在することになるだろう。で、キャスのヤツと仲良くて……泊まりに来たいって言うと思うんだ」
「あ、はい」
実際ジベルボート伯爵は「僕よりも先に、あのホモが泊まるなんて! ウエルダさんの貞操がああ!」と、叫び、絶対に後日連泊してやるんだ! と宣言していた。ちなみに同じく聞かされたイズカニディ伯爵は無言となり、事態をどのように打開すべきかを悩み、ふらふら歩いている所、デオシターフェィン伯爵に呼び止められ、テルロバールノル王は全て知っていることを聞かされ……バーローズ公爵邸の修理に借り出されていた。
内臓とともに譲歩を引きずり出した侯爵は、実家の一つを容赦無く破壊し、明日までに直すよう傍若無人に父公爵に告げて家を出てウエルダの実家へと向かったのだ。そしてイズカニディ伯爵が呼び出され”俺の専門は迷路であって、住宅ではないのだが”言いながらも、必死に修繕中である。
「だから映像を見て、慣れてもらえたらなと……どうした? ウエルダ」
「ラスカティアさんって、良いお兄さんですね」
「いや、まあ……言われたことないから、照れるな。でも、これは兄としての領分というか、まあ兄としての……なんだろう」
ウエルダの父と兄と弟は、紹介されないまま放置されているエヴェドリット王女さまを、そろそろ紹介して欲しいなと思ったが、言える立場でもないので黙っていた。
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