グィネヴィア[08]
 ウエルダは急ぎ準備を整えて、サベルス男爵が運転する車へと乗り込み大宮殿へと急いだ。
 上流階級内での勢力図ではなく、平民の感覚からすると、ゲルディバーダ公爵を待たせることもそうだが、ナイトヒュスカ大皇を待たせるなど出来るはずもない。
 なにせ後者は元皇帝。それも偉大な功績を残した人物。彼を待たせるなど臣民として――
「ウエルダさんの今日の予定は、グレスさまに会ってから、新しい少尉の制服に着換えて、皇帝陛下と会ってお話。堅苦しい謁見方式じゃないですから、気楽にどうぞ。陛下は良い人ですよぅ」
「キャス……は会ったことあるのかな?」
 心の中で”さん”付けしながら。
「ありますよぅ。僕、帝国騎士ですから! 帝国騎士叙任式典の時にお会いしたことあるんですぅ」
 帝国騎士の任命は基本、帝星で行われる。唯一の例外は奴隷階級にあって発見された者――彼らは現地へ直接送り込まれ、帝国最強騎士が任命する形となっている。
 階級社会である帝国ゆえに、なにも知らぬ者たちは「そうだろうな」と流すが、実際は元僭主を帝星に立ち入らせたくないための処置である。
 一機で帝星を易々と落とすことができる武器を操れる”元僭主”を皇帝に近寄らせるわけにはいかない。

 そういった意味で、ジアノールは破格の扱いとも言える。

「凄いな」
「はい! 陛下は皇太子殿下と、明かに親子です。とっても人がよくて、話し易いです。隣に目つきが悪い喧嘩皇子と呼ばれたエロジジイが控えてますけど、そっちはグレイナドア殿下がどうにかしてくれると思いますんで」
「……」
 皇帝の隣に居る――その時点で、ウエルダは誰のことを言っているのか分かったが、続く形容に”どうしたものか?”と困った。
 皇帝の隣にいる目つきが悪い……それは帝国宰相ゼルケネス親王大公。
「えっと、それは、帝国宰相殿下のことかな?」
「そうですよぅ。あんなのエロジジイでいいんです」
 ウエルダは帝国宰相の女性関係が派手だと聞いたことはない――それは、隠されているのでも、ウエルダが貴族ゴシップに興味がないのでもなく、帝国宰相の見た目も血筋もロヴィニア王家筋のため、愛人が千人どころか万人いたところで、当たり前過ぎて話題にならないだけのこと。
 これだけの権力者で愛人一人も持っていない状態であったなら、逆に噂となっていたことだろう。ゾローデが「人妻を奪うのを好む」ことを小耳に挟んだのは、学生生活を送っていたころ、寮で誰かが話しているのを聞いた為。
「聞いたことないけれど、やっぱり女性関係派手なんだ」
 想像が事実であっただけのことで、そこになんら感情は含まれない。
「はい! あとすっごく喧嘩っ早いそうです。昔は……と但し書きがつきますけど、ナイトヒュスカ大皇陛下が仰ってましたから、間違いないですよぅ」
「腕力で? 口喧嘩とかじゃなくて?」
 ロヴィニア王家は二枚舌は標準装備。巧者ともなると、二十枚くらいあるんじゃないか? 言われるくらい。
 ちなみに上手に嘘をつくには、九の真実と一の嘘を混ぜると良いと言われる。だから、超一流の嘘をつくために、ロヴィニアは真実を追い求めると言われるくらいに、嘘をつくことに執念を燃やす。
「あの見た目から分かるとおり、口ももの凄く上手いですよぅ。でも腕力使う喧嘩も強いんだそうです。ナイトヒュスカ大皇陛下は別格として、五十六代陛下が産んだ親王大公の中で最も強かったそうです。大皇陛下の足元には及ばなかったけれど、リスカートーフォン公爵家の粛清にも一役買ったって言うくらいですから。それと帝国騎士の能力も持ってますよぅ」
 軍事国家で三十年以上、帝国宰相の座に就いているのは、内政の能力だけではない。
「えーと」
 風景を眺める余裕なく、ウエルダは隣に座っているジベルボート伯爵を見つめ……対処方法を聞きたいのだが”なんの”対処方法を聞いていいのか? 見当すら付けられないでいた。
 勉強における躓き「どこが分からないのか分からない」の、人間関係バージョンとも言えよう。
「大丈夫ですよ、ウエルダ少尉。帝国宰相殿下は大皇陛下に嫌われることしませんし、大皇陛下は僕らの王太子殿下に嫌われることしないんで! 問題ないです! ちょっと嫌味言われる程度でしょうけれど、心を強く持てば問題ないです。その程度で心が折れたら……あ、僕、前方注意して車を走らせます……」

 サベルス男爵がなにを言いたかったのか、ウエルダは気付いたが、知らぬふりをして、次に移ることにした。

「ケシュマリスタ王に会う際の注意事項とかある?」
「ありません。注意しても無駄です。そういう人ですから。でもグレスさまに嫌われることを極度に恐れてますから、これといった悪戯はしてこないでしょう。カロラティアン伯爵もいるから大丈夫じゃないかな? あんまり役に立ちませんけどね、副王さま」
 直属の上司にたいし酷い言い方だが、ウエルダは聞き流した素振りで次に進む。
「あーロヴィニア王は?」
「ごめんなさいですぅ。ぼくロヴィニア王のこと詳しく知らないんですよぅ。ロヴィニアは副宰相、女装帝国騎士王子と馬鹿王子が有名で、あとは……テルロバールノル王の旦那さんも、エヴェドリット王の奥さんもロヴィニア王の子供ですけど。僕の中じゃあ影薄い王様ですね」
「そうか、ありがとう。じゃあ……あの、テルロバールノル王は?」
「会う価値がある御方ですよ。テルロバールノル王に直接会ったあと、ヒュリアネデキュア公爵に会うと、気さくで仲良くやれそうな錯覚をするくらいに王者です」
 皇帝と二王を語る際には、いつも会話を交わすのと変わらない態度であったジベルボート伯爵が、しっかりと背筋を伸ばし、膝に手を置き、語尾に変化を持たせることなくウエルダをまっすぐに見て。
「……」
「テルロバールノル王は凄いですよ。僕も王様ってどんなものなのか? よく分からなかったんですよ。最初にエゼンジェリスタに会ってローグ公爵一門も普通の御姫様だと、次にカロラティアン伯爵の奥さまになったテルロバールノル王の妹君を見て、これならテルロバールノル王も余裕、余裕! なんて気持ち、直接会ったら一瞬で吹き飛びました」
「十六歳で王位を奪い、帝国宰相と渡り合った実力は、まさに天性の王器が成せる業かと」
 ハンドルを握っているサベルス男爵も、姿勢を正してジベルボート伯爵の意見を後押しする。先程までの評価とはあまりに違い、ウエルダの気持ちも引き締まってくる。
「……あのさ、俺、その辺り詳しくないんだけど、大丈夫かな?」
「テルロバールノル王が王位を奪った辺りですか?」
「ああ」
 現テルロバールノル王は父王を幽閉し王位を奪った――それ故、平民はこれらに関してあまり触れない。
 治世そのものは、格段に良くなったので、テルロバールノル王国の国民は詳細を知ろうとはせず。前の王のことなど忘れ、現王の治世に満足し日々を真面目に過ごしている。
「要らないと思います。あと、僕もそれに関してはそんなに詳しくないんですよ。詳しいとしたら……トシュディアヲーシュ侯爵かなあ。あいつ、なんでも知ってるんですよね。あいつのお兄さんのクレスタークが少しは関わっているから、そこから情報流れてくるらしくて」
「へえ……仲悪いって聞いたけど」
―― キャスとも仲悪いですけど……
 サベルス男爵は、ミラーで後ろの席にいる二人の表情をうかがいながら、車はやっと大宮殿へと入った。
「あれは仲が悪いんじゃなくて、正しい劣等感の表れですよ」
「正しい?」
「僕たちなんかは、比較もされないということです。クレスタークと比較されるというだけで、充分優秀だということです。そして劣等感を覚えることが出来るというのは、トシュディアヲーシュ侯爵は現実を見て、決して諦めないでいる証拠。トシュディアヲーシュ侯爵が不機嫌になることを、周囲が容認しているのは、彼が有能で嫉妬するに値する才能を持っていることを、認めているからになりません。身の程知らずだったら、みんな注意しますよ。クレスタークに対し、劣等感を持つことが許されるだけの才能……でしょうね。あ、到着場所です」
 最後のエヴェドリット王の話を聞きそびれたウエルダだったが、
―― ジベルボート伯爵は、トシュディアヲーシュ侯爵のこと認めてるのか。でも才能で……うん、貴族だもんな
 ジベルボート伯爵の意見を聞けたことと、クレスタークの並外れた才能を知ることが出来て満足していた。
「こっちです!」
 車を降りたジベルボート伯爵とサベルス男爵は、ウエルダを休憩スペースの一つへと案内して、
「じゃあ、僕たちはこれで。また後で!」
「失礼します」
「どうも、ありがとう」
 去っていった――
 テーブルと椅子が用意されているのだが、どうも座る気にはなれず、ウロウロとしているウエルダ。
「見つけた!」
 軽やで弾むような声が聞こえ、そちらのほうを振り返る。
「……」
「ウエルダ・マローネクス。僕、ゾローデの妻、グレスだよ!」

―― 皇帝陛下だ。シュスター・ベルレーだ。シュスター・シュスタークだ……うわああ

 それは禁句である――と誰も教えていなかったが、運良くウエルダは、その言葉を言うことはなかった。

**********


「意外だった」
「なにが?」
 ジベルボート伯爵とサベルス男爵は、ナイトヒュスカ大皇が到着する予定の宇宙港へと向かって居た。到着予定時間に、ゲルディバーダ公爵がやって来るかどうかは分からないが、必ず迎えには来るので、名のあるケシュマリスタ貴族たちは、未来の王に恭順を誓っていることを、明らかな形で大皇に表すために並ぶ――大皇は目が見えないのだが。
「キャスがトシュディアヲーシュ侯爵のことを、そう思っていたなんて」
 テルロバールノル王に対する意見は同じだが、普段”侯爵キライ”と言って憚らない彼女が、ウエルダに対して悪いことを言わなかったことに、サベルス男爵は少し感動していた。
「嘘に決まってるだろ」
「え……嘘なの?」
「うん。あんな風に当たり障りなく、ちょっと良い人ぶると、ウエルダさんに信頼されるだろうって計算してのことだよ」
「……」
―― そういう人でした……何回騙されたら……僕は……
「サンレストアサーファも騙せたんだから、ウエルダさんは確実に騙されてくれたよねー」
 ウエルダは完璧に騙されている。
「分からないよ、ウエルダさんは年上だから、キャスに騙されたフリしてくれただけかもよ。もしくは信用してトシュディアヲーシュ侯爵に”キャスさん、良い人ですよ。侯爵のこともキライじゃなさそうです”とか言うかも」
 だが念の為にサベルス男爵は注意を促す。
「うっ……」
 ジベルボート伯爵はウエルダのことを軽んじてはいない。
 軽んじたり、蔑んだりしているのであれば、あの場面で「侯爵のこと大好きなんですよ」と、あからさまで分かり易い嘘を言う。
「お姉さんと妹さんがいるんでしょ? そういう人って、女性の嘘見抜くの得意らしいよ」
「……ばれたら”ホントのこと”にするからいいや!」
「いいの? トシュディアヲーシュ侯爵のこと、認めるの?」
「仕方ないよ。あいつ、強いし有能だし、なんかバーローズ公爵になりそうだし。積極的に仲良くはしないけどね」
―― トシュディアヲーシュ侯爵も同意見じゃないかな……
 皇帝や帝国宰相らが大皇の到着を待っている宇宙港へ到着し、二人は末席ながらも最前列に並んだ。

**********


―― ゾローデ、髪がまた短く……刈られ……でこ、ぼこ……まだ、ら……あの。美形ってすげえ。俺がこうなったら、笑うしかないけど、ゾローデは余裕で格好良い。これがケシュマリスタの美貌ってやつかあ
 ウエルダと約半日ぶりにゾローデと再会し、その変わり果てた頭部を確認するも、あえて話題にはしなかった。
 二人きりならば触れるが、目の前には、
「仲良くしてね」
「もったい無いお言葉」
 皇帝然したゲルディバーダ公爵。
「気楽に言いなよ。……違うね、気軽に話しかけろ。命令なんだからね」
「は、はい!」
 四人がけの丸テーブルを一緒に囲み、高級な重みのある椅子に腰を下ろし、話しかけられるウエルダ。
「ねえねえ。ゾローデってどんなセンセイだったの?」
「えっと……来た時は、格好良いなって。話してみても、格好よくて」
「いや、言われたことないぞ、ウエルダ」
「教官褒めまくったら、試験の点数に手心を加えて下さいって頼んで……るようなもんだろ!」
 丁寧な言葉使いにしようかと思ったが、普通に喋るよう命じられた以上、冷や汗が噴き出そうが胃の辺りが痛みだそうが”普通の喋り方”をするしかない。
「そんなことしないし」
「若くて格好よかったから、これで生徒が騒いだら、もてない年上独身教官にいちゃもん付けられるんじゃないかって、俺たち良い生徒だから、教官のこと、心配してたんだぜ」
「そりゃ、どうも」
 ウエルダとゾローデは普通――ではない会話をして、ゲルディバーダ公爵をうかがう。

―― いまの話題、お気に召しただろうか?

 ゲルディバーダ公爵はアイスコーヒーをグラスの半分まで飲み、
「もっと話して! ゾローデのこと、ぜんぶ! ウエルダのこともぜんぶ!」
 ストローから唇を離し、皇帝の笑みを持って命じた。

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