裏切り者の帰還[34]
 公爵の呟きは「もっとも」なものである。
 クレスタークの生家バーローズ公爵家とネストロア子爵の生家シセレード公爵家は、帝国建国以前より不仲である。
 正確に表現するとラウ=セン・バーローズとガウ=ライ・シセレードという二人の女性が、一人の男性を巡って争い、決着がつかぬまま二千年以上の時が経過した ―― であるが。
 開祖である二人の女性が欲した男というのがアシュ=アリラシュ・エヴェドリット。エヴェドリット王家の開祖にして、二代皇帝デセネアの夫であった人物である。
 一人の男をめぐっての争いなのか、その男を軸に据えれば永遠に戦い続けられると判断してのことなのかは不明だが、建国以前より不仲な二人は”それ”を良いことに、帝国に戦争を持ち込み続けていた。
 現在は異星人との交戦でなりを潜めている形となっているが、関係が修復したかと言えばそうでもない。
 帝国としてもエヴェドリットの双璧公爵家が講和するのは望んでいない。この両家が手を結べば、矛先は王家か帝国そのもの。帝国全土を巻き込む争いの火だねを作るよりならば、帝国の半分を犠牲にする ―― それが帝国の基本方針。
「王家になにかがあってからでは、困るからじゃよ」
 下手に手を取り合ったら危険な双璧公爵家を背負って立つ二人を前に、全貴族の頂点に立つ家の跡取りは、難しい表情のまま答えてやる。
「ハンヴェルもろとも死ぬんじゃ」
 ネストロア子爵はクレスタークが近くにいなければ、まだ貴族らしいものの、彼が近くにいると同調してしまうのか、言動が「そこら辺の兄ちゃん」になってしまう。
 もっとも221cmで140kg、帝国恐怖の代名詞といわれるアシュ=アリラシュ顔した男が、そこら辺にいるかどうかは別としてだが。
「皇太子を暗殺か。義父さま怖いなあ」
「呪われはともかく、王を暗殺した公爵家を続けさせる理由なんてあるのか?」
「お主に言われとうないわ、サロゼリス。シセレード家とて、何度も王家を脅かしたじゃろうが」
「俺達は、脅かしても問題ない一族だから。でもテルロバールノルはそういう感性じゃないだろ」
 エヴェドリット王国は”殺されたほうが悪い”とされる国で、王家も簒奪を明確に禁じていない。その結果《三十一番目の終わり》を引き起こし、三十八人の僭主のうち実に二十四人がエヴェドリット系という、まさに彼らの建国理念そのものとなった。
「デーケゼンは王を殺してはおらぬ」
 そんなエヴェドリットとは違い、通常の感性の基本 ―― 歯向かった場合処罰される ―― となっているテルロバールノル王家が、そこまでしてデーケゼン公爵家を残そうとするのか?
 テルロバールノル王国で名門ということもあるが、歴史の表面には出ていない理由があった。
「は?」
「うぃ?」
「ウキリベリスタル王を殺害したのは、帝国宰相の一派の者じゃ。貴様等聞いておらぬのか? 本当に知らぬのかえ。貴様等、儂を謀っておるのではないのかえ?」
 公爵は二人の襟首を掴み力を込めて持ち上げる。
「エヴェドリット、嘘つかない」
 ネストロア子爵が小さく首を振りながら、
「嘘つくのはロヴィニアダケー」
 同じくクレスタークも。
 二人のどうしようもない態度を見て、
「……カプテレンダはウキリベリスタル王を殺害した、で良いわ」
 公爵は手を離して部屋から去ろうと戸口へと向かい、
「そこまで喋ったなら、教えてくれよ」
「俺とお前の仲じゃないか、ハンヴェル」
 何を言われても無視して去っていった。

 ウキリベリスタルというのは、第三十六代皇帝の御代のテルロバールノル王である。

 二人きりになり、クレスタークは椅子の背もたれに背を預け足を組み、ネストロア子爵は背中を壁に預けて腕を組んだ。
「……で、サロゼリス。聞いたことあるか?」
 跡取り以外は知らないこと ―― ということもあるが、ネストロア子爵の兄シセレード公爵は戦闘の才能は優れているが、他のことに関しては常人に劣るため、公爵として覚えておかなくてはならない事は、優秀な弟であるネストロア子爵が習った。
 叛旗をひるがえす心配に関しては、別に問題にしてはいない。前述したように彼らは簒奪しても咎められない世界に存在しているからだ。
「ないな。クレスタークも聞いたことないんだろ?」
 クレスタークは父親から、公爵家を継ぐための書類や代々受け継がれた秘密文章などを渡されている。クレスターク本人の態度は曖昧だが、書類には目を通している。
「ああ。恐らく、俺たちの近い祖先は知らないんだろう」
「気になるよな」
「なるな」
 二人とも貴族としては甚だ怪しいが、賢さに関しては誰も異を唱えない。
「ウキリベリスタルを殺害した帝国宰相はパスパーダ大公か。あのレビュラ公爵の」
 パスパーダ大公デウデシオンという帝国宰相は、かなり名を残している。どちらかと言えば悪名で。
 それというのも彼は三十六代皇帝の庶子で、どういった手段を使ったのかは不明だが、十六歳の時に三歳の新皇帝の摂政となった。
 彼の父親は上級貴族(フォウレイト侯爵)ではあったが、中枢には何の力も持たない人物であった。なにより彼の父親は、彼が生まれる前に処刑されている。
 十六歳の摂政は十三人の父親が全員違う庶子弟と、正式な夫との間に産まれて皇位を継いだ幼帝をよく守った。庶子弟たち以外を敵視し、全てを敵に回し、皇帝より与えられた権力を持ち処分を繰り返し。
 そのような人物なので、ウキリベリスタル王殺害を命じたとしてもおかしくはない。だが、犯人がテルロバールノル貴族であるというのが”おかしい”
 帝国宰相パスパーダは身内以外は敵視した。どうしても王家に協力してもらわなくてはならない場合は、三十七代皇帝の父親の生家であるロヴィニア王家を頼った。
「当時テルロバールノル王家は四代続けて外戚王の座に収まることも出来ない状態だったから、どう考えても手を貸したりしないよな」
「それ以前の問題だろう、サロゼリス。あいつらは絶対、協力なんかしねえよ」
「巻き込まれたってことだろうな。ウキリベリスタルは馬鹿じゃなかったよな、クレスターク」
「頭は良かったようだが、馬鹿じゃないとは言えないな。グレイナドアの可能性もあるし」
 グレイナドアは帝国でも群を抜く賢い馬鹿である。
 そのあまりの頭脳明晰な馬鹿ぶりに、三王が彼の父親であるロヴィニア王に「軍人にはするな」と詰め寄ったほどの馬鹿である。
 身体能力は優れていないものの、体の頑丈さでは皇太子妃をも凌ぐ。頭脳だけであれば帝国でも稀な鋭利で冴え渡っている ―― 天才馬鹿で身分が高い者を軍人にすることは危険。それは太古の昔より言われていることである。
「それはないんじゃないか? そこまでの天才ではなかったようだし。同時代にエーダリロクが存在したせいかもしれないが」
 ウキリベリスタル王というのは賢く、また軍人でもあったのでグレイナドアに比肩するほどの馬鹿ではなかろうと、ネストロア子爵は椅子に座っているクレスタークに重ねながら否定する。

―― この時代、誰もがお前に比べられて劣る存在になるように

 この時代で名を残すのはクレスターク。後は彼を彩る存在でしかない。ネストロア子爵の妹、史上最強の帝国騎士オーランドリス伯爵の比較対照になり得る男。軍帝や現帝国宰相ゼルケネスなどとも肩を並べるが、彼らはどちらかというと前の時代の存在。 
「それだけじゃないだろな。息子がカルニスタミアってのも低く見られる要因だ。《次男はデキが良すぎた。エーダリロクが後を託したほどだからな》」
 クレスタークではない《人物》が言っている次男とは、当然カルニスタミアのこと。
 この王は《実兄》カレンティンシスから王位を奪った。テルロバールノルにしては珍しい、簒奪王である。カレンティンシスも悪い王ではなかったが、カルニスタミアはその名を王の旗艦に残されるほどの人物。彼と比べたら先王も先々王も分が悪い。
「息子がカルニスタミアで、エーダリロク。待てよ、クレスターク。ジャスィドバニオンだ。もしかしたら、ロヴィニア側で知っているかもしれないぞ。当時のジャスィドバニオンの息子はロヴィニア王家に婿入りしただろ」
 ”ジャスィドバニオン”という名は珍しいものではないので、過去にかなりの”ジャスィドバニオン”が存在する。その中で有名な者が数名 ―― 現在ガニュメデイーロは当然としてもう一人、エヴェドリット縁の”ジャスィドバニオン”が上げられる。 
「だが時代が合わないだろ。ウキリベリスタル王が殺害されたのは、やつらが入れ替わるより十年ちかく前だ」
 それが「入れ替わった」ジャスィドバニオン。
 ジャスィドバニオンとはエヴェドリット系僭主の一味で、帝星を襲撃した一人である。帝国は「とある事情」で彼らを欲し、帝国に存在していた”弱い”エヴェドリット系皇王族と彼らを入れ替えた。新しい人生を受け入れた彼らは、理由からも分かる通り誰もが強かった。その中でも彼は相当に強かったことと、彼の息子と娘が、特殊な人物と婚姻を結んだことにより、多くの者に記憶されることとなった。
 彼の息子は「ティスレーネ」として生まれたロヴィニア王族と結婚した。このティスレーネ、性別はないが、女性として登録されていたため婿を迎える運びとなった。
 娘はゴーベルジェルンスタ大公なる人物と結婚した。彼は三十七代皇帝の甥にあたる人物で、非常に「☆」な人物であった。なにが☆なのかというと、彼の墓に刻まれた名はハイネルズ☆ハイヴィアズ。☆の部分は本来は「=」エヴェドリット名特有のカランログ。
 墓だけならばまだしも、彼は成人後、公式書類もこれで通した。もちろん皇帝が許可した故の「☆」。この「☆」一つだけで、いまでもゴーベルジェルンスタ大公だと誰もが分かる程に浸透している。
 そんな彼の母親は、入れ替わりの際に重要な任を果たした。 
「手引きした女が犯人なのでは?」
「やたらと強い女がいたな」
 公式にはジルオーヌと名乗っていたが、僭主時代からの名はハネスト=ハーヴェネス。元僭主であった彼女は、自分よりも強い存在の前に膝を折った。
 その相手は「帝王ザロナティオン」
 いまオーランドリス伯爵の中に棲むザロナティオンを以前宿していた「セゼナード公爵エーダリロク」
「でも、それとデーケゼンがどう関係するんだ?」
 彼らは詳しく知っているのだが、それをデーケゼン公爵家とつなげるとなると”なにか”が足りない。
「デーケゼンに押しつけたんだろうな」
 クレスタークは内側で笑っているラードルストルバイアに事情を尋ねるが”それ”は笑ったまま答えようとはしない。
 内側に棲むそれは宿主の記憶を勝手に読むことができるのだが、逆はできない。ラードルストルバイアに尋ね、許可を得て初めて見ることが可能になる。
「黙って押しつけられるか? 帝国宰相と王は関係悪かっただろう」
「どうだろうなあ。だが殺していないのは事実なんだろな」
「で、テルロバールノル王も知っていたと」
 ネストロア子爵は偶にクレスタークが”おかしな言動”を取ることに気付いているが、詳細を聞くことはない。殴って聞きだそうとしたことは何度もあるが ――
「だが公表しなかった」
 殴り付けていると顔をのぞかせることがある”それ”
 だが”それ”が出てくると、若干クレスタークが弱くなるのが不満であった。類稀な戦闘センスが翳ることが、ネストロア子爵には許せなかった。聞いて答える男ではなし、暴力をふるえば脆さを見せる。彼らのみが感じるジレンマと、欲求の優先により……探る事はしなくなった。
「帝国宰相パスパーダの権力の前に破れた……って考えるのが妥当か」
 その頃の帝国宰相パスパーダはクレスタークのラードルストルバイアが言うところによると、現在の帝国宰相よりも才能は劣るが、皇帝が寄せる信頼は比べものにならないほど厚かった。
 信頼を得ていたパスパーダ大公は、皇帝の信頼に応え、最後に「皇太子(三十八代皇帝)とロガのことを頼む」と遺言を託されるほどであった。
 パスパーダ大公は皇帝の遺言を守るが、ある日突然消えた ―― 三十八代皇帝とその生母である奴隷皇太后を残して。
「それ以外は考えられないな」
 何にせよ、時代背景から考えるとパスパーダ大公を失墜させるのは不可能に近い。
「……」
 そこまで近付いたものの、
「……これ以上考えても無駄だな」

―― それで?

 その先を繋げることができない。そこに辿り着くために必要なものを自分たちが知らないことを理解した二人は、
「そうだな」
「じゃあ、新入りを食いにいかないか?」
「いいねえ」
 話題を打ち切り、運ばれてきた罪人たちを食いに向かった。

**********


 前線基地はいつも人員不足である。基地はいつも危険に晒され、機動装甲が避けたエネルギー砲がかすめ、影も形もなくなることも珍しくはない。
 出来る限り機械化するものの、どうしても人間の手が必要な部分がある。
 それらを補うのが、罪人――
 無期懲役から死刑の者たちはこの前線基地に送られ、死ぬまで働く。まともに働けば自由が得られるのならばまだしも、働いても死ぬまで自由になることができない。そんな場所で、人はまともに働くものなのだろうか?

 普通であれば働かない。

「サボってちゃ駄目だなあ」
「クレスタークが言うか」
 前線基地を支配しているのは戦争狂人の末裔。仕事をさぼっているのを見つけたら、問答無用で”食う”
 一思いに”さくり”と首を噛み千切り殺すことのできる彼らだが、
「…………」
「なんかびくびくしてるぞ。体が」
 わざと時間をかけて食い殺す。他の者たちが見ている前で。
「なあに泣いてるんだ、お前も人殺しが」
 人間は様々なものを恐れるが、その中でも一、二を競うほどの恐怖が”食われること”
 かつて人間がまだ無力であったころ、肉食獣に狩られ貪られる立場であったころの恐怖。
 それがここで”再現”される。
 ネストロア子爵が首に指をかけて声帯を潰し、クレスタークが背中から剥がしてゆく。
 初めて食べられる姿を見た新入りの死刑囚は、部屋の隅で震える。
 クレスタークは自分の口元を袖で拭い、彼らに近付き唇が耳朶を打つ位置へと持って行き、
「死ぬまで真面目に働くか、食われるか。運が悪ければ生き延びて、また食われる。前線は治療機器が発達しててな。下手に食い散らかされると死ねない」
 そう言い、耳朶を食いちぎる。
 クレスタークが新入りたちに注意事項を告げている最中、ネストロア子爵は”それ”に治療薬を飲ませ、快復剤を塗る。
「今日、明日までは持つ。明後日は知らない。勝手に殺すなよ」

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