裏切り者の帰還[08]
「オルドファダン大会戦って覚えているか?」
「覚えてるさ。十五、六年前にあった大会戦だよな」
 俺が十歳でウエルダは八歳くらいの頃だろう。
「そうそう。あの時、帝国は公式には認めていないが、負けが込んでた」
 帝国はあれだけ負けたのだが、公式に負けたと認めてはいない。損害が大きかった ―― とは発表しているが。
 帝国の言い分というか、帝国の基本姿勢は異星人殲滅なので、その過程で大きく負けようが、最終的に勝てば良いので些細な負けの発表はしない。
 でも大きく勝った時は公式発表するけどさ。そこは兵士の士気の問題があるからなあ。
「そうだろうな。帝国上級士官学校在学生も前線送りになったんだ……ああ! その時のことなのか。ロフイライシ公爵が他人の機動装甲に乗って戦ったってのは」
 精密で高額な兵器・機動装甲だが、搭乗出来る人が非常に少ない。
 現在の帝国の総人口が三十八兆人で、帝国騎士は千人程度。搭乗できない三十八兆人々を帝国騎士千人が襲ったら滅亡させることができる ―― むかし同級生で帝国騎士の能力を有していた同級生が教えてくれた。
 その武力で前線を維持しており、帝国騎士がいなくなったら前線は壊滅。だから戦場では何を差し置いても帝国騎士を優先することが決まっている。
「そう。だから学内で噂を聞いたんだ」
「機動装甲が足りなくなる程だったのか。あれって、何よりも先に補充されるだろう」
「補給が完全に絶たれた。物資を作る惑星も壊滅させられたしな」
「……やっぱり負け戦って、あんまり知られたくないんだな」
「士気の問題もあるからさ」

 ちなみに滅亡させることができる ―― には続きがある。それを聞いていた侯爵が”こう”言った。
 ”あの男は三十八兆の人間を殺すよりも、千人を殺す方を優先する”
 リスカートーフォンらしいなと納得してしまった。
 その後みんなが話題に食いついて、最終的に人類滅亡後、残ったロフイライシ公爵と誰かが頂上決戦して、宇宙から生物が消えるということで決着が付いた。
 酷い決着の付け方だが、否定できないのが……。

 酒を飲みながら、ジベルボート伯爵の機動装甲の設計図を見ながら、だらだらと話をし、料理も酒も尽きたところで、
「迷惑かけるな」
 俺の口からするりと……。
「別に。気に病むなよ、ゾローデが考えたところで何もできないしさ」
 右目を閉じて俺を指さしてウエルダは笑った。
「そうなんだが」
「俺はお前の気分を軽くするために居るんだから、俺が原因で鬱屈とされると困るぞ」
 空になった缶を二つ片手で持ち、食料品置き場になっている部屋へと行き、炭酸水のボトルを四本ほど持ち戻ってきて、キャップを外して差し出してくる。
「じゃあ、お言葉に甘えて気にしないことにする」
「それがいい。そうだ、実は俺の家族がお祝いを言いたいと……見てくれるか?」
「もちろん」
 ウエルダは記録媒体をさし込み、再生ボタンに触れる。画面が空中に現れて、
『ゾローデさん、ご結婚おめでとうございます!』
 ウエルダと兄妹だと一目で分かる顔立ち ―― それは禁句というか、化粧をしても兄と似ていると言われるは屈辱で、言われた場合、後でウエルダが殴られるとか ―― ウエルダの妹のパールネが遊びに行った時出迎えてくれる笑顔で祝いを。
『王女さまとご結婚とのことで。よかったら、また遊びにきてくださいね』
 ウエルダと一目で姉弟だと分かる顔立ち ―― それを言うと妹と同じ…… ―― 姉のレクレトさんも祝いを。
『おめでとうございます』
 ご両親は居ずまいを正して深々と頭を下げて祝ってくれた。
 五人兄弟で全員がなんとなく、だが確実に似ている。両親のどちらかに似ているということはないが、どちらとも似ている。
 赤銅色を感じさせる肌色に、当人の思い通りにならない外はねになりやすい黒髪混じりの色が濃い金髪。目の色は左右同色で全員ライトブラウン。色彩も顔の造りと同じで兄弟を感じさせるが、一人一人濃淡が違う。でも並んでもらうとやはり家族だと ―― いい意味での血の繋がりを感じさせる。
 姉妹とご両親はウエルダの実家の居間で撮影していたのだが、次は場面が変わった。この部屋は……壁にあの映画女優のポスターが映し出されてるということは、弟のビエルントの部屋だな。
『ゾローデさん、うちの兄貴に女運を少しわけてやって!』
『ゾローデさん、うちの怖い妹たちに挟まれて悲惨な弟に愛いの手……うわあ! 来るなよ、勝手に部屋に入ってくるな! レクレト、パールネ!』
 映像を消して、
「この後兄貴と俺とビエルントは、姉ちゃんとパールネが行きたがってたレストランへ。もちろん支払いは俺たち」
 コーデントさん、ビエルント……お祝いありがとう。
「女の別腹ほど怖ろしいものはない」
 だがウエルダのことを任せてくれ! とは言えない。
 ウエルダ、女性の趣味が漠然としていて。なにせ「姉や妹とは違う女性」としか。どう違うのか? そこがはっきりとしない。
「そうだな」
 平民ではない女性、というわけではないらしいが。
「でも……良かったよ。兄弟みんな、お前と公爵令嬢との結婚は……バルネトラのほうに肩入れしてたからな」
 バルネトラはウエルダに会わせたこと……正確には”会ってもらった”ことがある。ウエルダはメインじゃなくて、レクレトさんとパールネに「この女性は大丈夫かな」と女性目線で見てもらった。
 前にエシケニエのことがあったので。
 あの時、俺やウエルダは違和感なかったんだが、俺とエシケニエが一緒にいるのを見かけたパールネが「あの女は駄目! ろくな女じゃない」とウエルダに言っていたのだそうだ。
 付き合い始めたばかりの俺に告げるわけにもいかず、黙っていた。
 その後、姉のレクレトさんと母上と女性陣だけで出かけている時に、エシケニエが一人で歩いているのを見かけてマローネクス家の女性全員が「あれは駄目」と。
 他人の恋人に文句つけて ―― 怖い姉妹に母親だと男兄弟同士、自分の彼女を紹介するときどうしような……等と話していたらしい。
 エシケニエと別れてから、理由を聞かれて、ウエルダにしては珍しいことを聞くなと思いながら、こっちも語れば楽になれるような気がしたので説明したところ「実は……」打ち明けられた。
 エシケニエが問題のある女だと見切った女性陣に、気付かなかったマローネクス家の男性陣は頭が上がらない ―― 元々、頭上がってなかったような気もするが ――
 バルネトラと付き合う時、エシケニエのことが頭を過ぎり、姉妹に会ってもらった。
 偶然を装って、ビュッフェ代は当然ながら俺持ちで。女性の別腹の本気を見たのは、あの時が初めて……。幸いバルネトラはレクレトさんやパールネから見ても問題なかった。
 二人に言わせるとエシケニエがおかしい女だと見抜けなかった方が”おかしい”とのこと。バルネトラは特別おかしいところがないだけで、私たちには分からないと、そんな大事な意見はもちろん無料ではもらえない。その時はレストランでランチを奢らせていただきました。
 バルネトラは姉妹とも仲良くなり、二人でウエルダの家に遊びに行ったこともある。
 だから二人とも俺とバルネトラが別れると聞いた時ショックを受けていた。が、相手が家名なしの公爵令嬢ではなく、王太子殿下となれば別だろう。
「ねえちゃん、公爵令嬢と結婚って聞いた時”ゾローデさんなら、もっと良い人と結婚できるはずなのに!”と言ってて、実際最高の御方と結婚になって喜んでたよ」
「そうか。そう言えば、別れ話とか令嬢との見合い話の愚痴をウエルダに聞いてもらうつもりだったんだが……」
「聞くけど、どうした? ゾローデ」
「今となってはテレーデアリア嬢にも感謝している」
「どうして?」
「少々こじれたとは言え、バルネトラとしっかりと別れる時間を持てたからな。逆にテレーデアリア嬢には悪いことをしたな。陛下より命じられてから、一切話をしていないし、この先もないだろう」
「公爵令嬢さまも、新しい婿、早く見つかるといいな」
「まあなあ。一応ご領主さまだからさ」
 レド公爵の一人娘テレーデアリア。
 家名のない貴族で、俺の父親が所持している領地がある惑星を統治しているの公爵だ。
 惑星内にいる末端の私生児が意外と成績良く、年の頃も二十一歳のテレーデアリア嬢と似合いだってことで選ばれた。惑星を統治している公爵から命じられたら、下級貴族には拒否権はない。
 知り合いたちを人質に取られたような感じもしたが……周囲に頼めば助けてもらえただろうけれども、結局のところ俺自身がその道を選んだ。
 奴隷のバルネトラよりも公爵令嬢のほうが良いと――認めるのは苦しいが、それは事実だ。
「なんかオランベルセ卿やバルデンズさんが言ってたんだが、お前の実家がある惑星、ケシュマリスタ王領直轄になるかもしれないって」

 現在はそんな小さな悩みを抱えてうじうじとしていられる状況ではないが。

「…………え?」
 俺の実家があるのは端っことは言え帝国領内。その惑星を一つケシュマリスタ王領にするって……できるのか? いや、待て過去にした御方はたしかにいた。
 帝星から見える範囲は全部帝国領に変えてしまった帝国宰相が。ただしそれは皇帝陛下のお望みであって……ゲルディバーダ公爵殿下なら出来るのか。
「王太子殿下が欲しいと言ったら、まず間違いなくできるって言ってた」
「そうか」
 ケシュマリスタ王や大皇陛下に”僕、欲しいの”などと言われるのだろうなあ。どこかの惑星と交換するのだとしたらいいが、ゲルディバーダ公爵殿下くらいになると領地が惑星一個なんて想像もしていない可能性が……レド公爵の唯一の領地である惑星なので、取り上げるだけは勘弁してください。
「ところでゾローデ、ちょっといいか」
「なんだ?」
「彼女の作り方教えてくれないか」
「どうした? ウエルダ」
「バルデンズさんが……」
 ウエルダからジベルボート伯爵にまつわる話を聞き……
「……彼女な」
 クレンベルセルス伯爵が「可愛い彼女! 恋愛、恋愛!」とウエルダを急かしているらしい。無理だと言いながら急かすとは。
 だがそれよりも……
「クレンベルセルス伯爵、細君と死別していたのか!」
 何時の間にそんなことに。結婚の祝いの品送ってないし、お悔やみも言ってない。
「知らなかったのか? ゾローデ」
「ああ……卒業後の挙式リストにはなかったような」
「そう言えば、上級は卒業直後から順々に偉い人から結婚していくって言ってたな」
「ああ。クレンベルセルス伯爵はリストに載ってなかったら、順番としては卒業半年以上経ってからだったんだろう。そこまでは分からないんだよな」
 頼っておきながら、こっちから何もしていないとか、恥ずかしいな。
「あまり気にしていないようだけど、やっぱ気になるよな」
 皇王族の結婚は完全に国が管理しているので、感情には結びつかないと言ってはいた。結婚後になにがしかの感情が生まれる場合もと。運が良ければ恋愛感情で、悪ければ憎悪だと。
 恋愛結婚であっても憎悪が沸き立つこともあれば、より一層好きになることもあるから、大差はないのかもしれないけれど。
 大急ぎでクレンベルセルス伯爵の個人情報にアクセスをする。
 俺は王族になったので、コード入力一回でどんな情報にもアクセスが可能……ずらずらと並ぶアクセス可能者名簿の名に圧倒される。
 皇帝陛下の個人情報までアクセスでき……今はクレンベルセルス伯爵だ!
「ああ。えっと、死別した細君は……知らない御方だなあ。俺が知っている皇王族は上級士官出の軍人が主だから。えっと……あっ!」
 細君はクランバーズ子爵。階級は戦死により二階級特進で准将。クレンベルセルス伯爵より三つ年上。
「どうした? ゾローデ」
 名前のところに「追加情報」と書かれた部分があったので何気なく触れてみたら、詳細が出てきた。
「フィラメンティアングス公爵殿下から、クランバーズ子爵についての報告書と処理が」
 署名からフィラメンティアングス公爵殿下が補足してくれたものだ。
 俺が気付いて調べることを予測していたのだろう。
「…………すげえ。これが抜かりなし! ってやつかぁ」
「だな」
 抜かりないのは分かるし、学校では隠されていなかったが……死んだ他人の奥さんのスリーサイズにホクロの位置に生理周期はどうかなあ。
 幼年学校なら細かく残っているだろうが、ブラのカップとか形とか。
 ロヴィニアの王子殿下にとっては重要なことで、クレンベルセルス伯爵も気にしないのだろうが。
 いや、でも凄いな。
「象牙色の肌に艶やかな栗毛。右目は蒼で、左目は黒。音域は低音第五番から高音第三番まで。血筋の源流は第五十三代皇帝ギェイルスマイフ陛下か」
 彼女に至るまでの血統と資産状況に購入品の全て。
『私のこの完璧なる仕事ぶりを、オランベルセにしっかりとアピールしておいてくれ! 私は出来る男だぞ! 金持ちだぞ!』
 ……最後のあたりはいかにもフィラメンティアングス公爵殿下だった。
「ゾローデ。殿下、リスカートーフォンも金が好きだと思ってんのかな?」
「いや、まさか……なあ」

 フィラメンティアングス公爵殿下。エヴェドリットは金では動きませんよ、強さですよ。リディッシュ先輩は強さ重視ではないようですが、金はもっと論外のような。
 ご存じで言っているのですよね……リディッシュ先輩に一応伝えておこう。
 後々問題になると困るからなあ。

 で、寝過ごしたわけだ。高官になったのだから、部下の見本になれるような生活態度を ―― 駄目な上官だなあ。

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