裏切り者の帰還[07]
 泣いている殿下をあやす、といったら失礼だろうが、侯爵と一緒に宥めすかしていると、いつの間にか眠られてしまった。
 あどけない寝顔を前に起こすのも忍びないので、俺の寝室を明け渡し、殿下にはそのまま眠ってもらうことにした。
 廊下に控えていた警備に事情を告げて、侯爵と共に部屋を後にする。
「……」
「……」
「俺と一緒に寝るか?」
 侯爵と一緒に寝るのは。本当に良い人なのですが、寝顔も格好良いんですよ、怖いだけで。ええ、怖いだけで。
「ありがたいですけれども、殿下と寝るのを拒否してアーシュと寝たとなると、あとが怖いといいますか」
 殿下と一緒に寝たいとは思いませんが、ゲルディバーダ公爵殿下の許可が下ったら、寝るのはやぶさかではありません。
「そうだな。だが戦艦は貴賓室とかないからな」
 必要ない客人を乗せる余裕はないので、原則として空いている部屋というのはない。帰りは”戦死者”が出て空きはあるが、行きは人を詰め込んでいるので、一般兵士の居住区でも満杯だ。俺の部屋で眠ったエイディクレアス公爵殿下の部屋は空いているわけだが、交換し借りたとしても寝られる気がしない。
「ウエルダの部屋に行ってきます」
 侯爵と同室は問題がありそうだが、ウエルダとなら大丈夫だろう。
「そうか…………それがいいだろう」
 間がちょっと気になったが……なんだろうな?
「でもこうして元帥専用旗艦内をアーシュと歩いていると、学生時代に戻ったような気分になりますね」
 元帥講習の際にこのタイプの旗艦に乗ったなあ。一生乗ることはない……そこまでは楽観視はしていなかったが。
 できることなら俺程度の身分の者が元帥の部下として、旗艦に搭乗することになるほど戦死者がでないことを願っていた。俺が元帥旗艦に乗るとなれば、戦況が悪化し退引きならない事態に陥っているだろうと。
 ……そんな予想をしていたのだが、特に問題もなく、通常戦況状態下で元帥の幕僚長として旗艦に搭乗し、司令官とカードゲームをしながら前線へ。
「そうだな。本来ならお前は前線へ送られることなく一生過ごす筈だったのにな」
「ええ」
 侯爵は足を止めて俺の腕を掴む。逞しい指が腕に食い込んでくる。
「お前が思っているような理由ではない、ゾローデ」
「はい?」
「お前を前線に送らなかったのは、教官職がいなくなると次代育成に支障をきたす。それを防ぐためだ」
「……」
「お前のように何処にも属していないヤツは、手柄を上げる必要がないだろう。だから前線送りにしなくていい。俺たちは戦争で目に見える功績をあげて、他勢力を牽制する仕事があるから前線を希望するが、他勢力との絡みがあって……な」
「そうですね」
 まさか俺が教官職を望まれていたとは。士官学校で修行を積ませていたのか? でも俺に上級士官学校の教官はとても務まらないような気がする。
「お前が前線に出る必要はない。必要な階級を得たら、あとは後方でファティオラ様と仲良くしてくれてりゃあいい。戦争は俺に任せておけ」
 ”はい”と素直に言いたくなる。なにせ侯爵は艦隊戦も白兵戦も抜群で、俺が口出しする必要なんてないから。でも……
「偶にはご一緒させてくださいよ。上級出の名が泣きます」
 半奴隷上がりの王婿に唯一できることは戦争ですし、後方でのんびりと暮らしているのは性に合うとは思うが、それではやっていけないだろう。
「そう言うと思ったがな」
 侯爵が笑顔 ―― 口の端が鋭角的に上がり、何者も見逃さないような目が細められ、初見の時は怒らせてしまったのか! と、勘違いしたのだが ―― で軽く抱きしめてきた。侯爵はなにかあると、軽く人を抱きしめるタイプ。
 失礼ながら顔に似合わず人懐っこいというか……顔と声と体つきがもう少し怖くなかったら、とても親しみやすいのだが、上記の三つがなくなった侯爵というのも……怖い。そろそろ怖い言い過ぎだな。侯爵から怖さを抜いたら格好良い。そしてこの怖さはエヴェドリット貴族の気品とも言える。そうだ侯爵は格好良い!
「ええ」
 この場合は抱き返すのが礼儀。背中に手のひらを乗せるようにして抱きしめる。
―― 相変わらず、すごい体だ
 服の上からも分かる筋肉に圧倒される。覚えてはいるのだが、触る都度驚かされる。同時に同性同士なので、ここまで体格に差があると、劣等感は覚える。
 半奴隷がエヴェドリットやベルレーヌと体格を競うのは身の程知らずだとは分かっていても。
 腕を解き廊下を歩き出す。
 殿下の乗る旗艦は豪華で宇宙船に乗っているということを忘れるほど。音が響かない絨毯が敷かれた広く天井が高い廊下。上級貴族は軒並み身長はニメートルを越えているので、天井は当然高く作られる。これに関しては嬉しい。俺も身長が205cmほどあるので、一般階級施設だと頭を打つ。
 上級士官学校は天井が基本5mの高さがあったので、頭上を気にする必要がなく嬉しかった。
 大宮殿も同じく……王族や皇族は230cmの人とかいるし、彼らの居住区なのだから天井も高く取られるのは当然だろうな。
「ゾローデ」
 侯爵はウエルダの部屋まで護衛してくださるとか。侯爵と一緒に歩いていると、まず誰にも襲われる気はしないな。
「なんですか? アーシュ」
「さっきのことだが……あの、歌詞が間違っているというのだが」
「あ、はい。あれ、自分でもどうしてそんなことを呟いてしまったのか……」
「ヴァレドシーア様から藍凪の少女を聞かされたのだろう」
「タイトルは分かりませんが、驢馬に乗った少女が……という歌なら」
「タイトル言わなかったのか。ヴァレドシーア様らしいと言えば」
 ここに来て、初めてタイトル知ったよ。藍凪の少女か。
「あの……っ!」
 侯爵の顔がこわ……怖いとはもう言わないと決めたのだが、それ以外に今の侯爵を評する言葉がない。そしてこれは完全に、クレスターク卿のことを考えている時の顔だ。
 侯爵は眉間に皺が寄るとか、歯軋りをするとか、目を剥くとか、そんな分かり易い怒りの表情とはならない。内側から湧き出す殺意の量が増えるというのが最も適切だと思う。殺意など見えはしないのだが感覚として。
「疑問は色々あるだろうが、全て我の兄クレスターク=ハイラムが語るであろう。それまで……」

 そんなにお嫌いでしたら思うこともしなくていいのですよ、侯爵。

 俺の心臓や周囲の精神に影響が及ぶので、学生時代の話題を出して気を逸らし、ウエルダの部屋近くで別れた。
「ありがとうございました、アーシュ」
「出歩く時は、俺やリディッシュに声をかけろ。面倒であろうが、護衛は必要だ」
「はい」
 幕僚長の側近であるウエルダは少尉にも関わらず、将校クラスの私室を与えられている。ウエルダは『ゾローデの部屋の隅でいいんですが』と言ったのだが、リディッシュ先輩が『ゾローデの部屋には高級将校が次々と訪れることになるから、逆に気が休まらないぞ』そう説得してくれ、自分専用の私室を受け取った。
 この会話の間に『僕の部屋にきちゃいますぅ? 美少女、ウエルダさんなら大歓迎です。僕のベッド温めてください』という発言と、それに間髪入れずに侯爵が殴り倒すという、ケシュマリスタ王国では日常茶飯事を初めて見ることになったが。
 侯爵が手加減しているのは分かるのですが、細めの美少女を殴り倒す様は、そうであっても……。親愛の情を表しているとかだったりするのかも知れませんが、もうちょっと……。
「ウエルダ」
 入り口のモニターに触れ声をかけると、すぐにウエルダから応答が。
「どうした、ゾローデ。寝たんじゃなかったのか?」
 もう眠っているかと思ったのだが、ウエルダは起きていた。
「色々あって寝そびれてさ」
「そうか。入れよ」
 扉が開かれて部屋へ入ると、ウエルダは着換えた形跡もなかった。
「ウエルダこそ、寝てなかったのか?」
「ああ。寝る前にちょっと勉強して気付いたらこの時間だ」
 机に並ぶ本のタイトルに目を通すと、
「邪魔した……teaの歴史か」
 学生時代に読んだ、見覚えのある本のタイトルがずらりと並んでいた。
「ああ。ゾローデ、俺に付き合ってなにか食わないか。勉強したら腹へって仕方ない」
「お願いする」
 一人部屋に残った俺は”teaの歴史”を手に取り開く。
 必死に読み、覚え、実習の際にフロントコネクタを運んだ記憶が ――
「レトルトのフルコース」
「おおー」
 従卒に命じれば手の込んだ料理から、銘酒まですぐに揃えてくれるが、ここはやっぱり食い慣れた品々で。
 軍支給の酒とクラッカーと燻製肉。
 燻製肉は塊のままで、食べる時に自分でナイフで削ぐ。
「舌が肥えて食えなくなるかと思ってたが、そんなことはなかった。やっぱり長年の味覚だな」
「そうだよな。でもゾローデ、上級士官学校時代はずっと飯、フルコースだったんだろ?」
「夕食はな。昼は簡単に食べられる物をつまみながら議論。朝食は各国の郷土料理の数々を」
「役に立って良かったな」
「本当にな。ところでteaの歴史なんか読んで、どうしたんだ?」
「ジベルボート伯爵が機動装甲の基本整備を教えてくれるって言うんで、歴史くらいは知っておこうかなと」
「基本でも機動装甲の整備は大変だぞ」
「だろうなあ」
 機動装甲は基本構造以外は千差万別。搭乗者の能力に合わせてカスタマイズされる訳だが、それがもう難しい。帝国騎士は自分の機動装甲を維持管理する義務がある。だからどの帝国騎士も奴隷を機動装甲専用整備士に育て上げる。
 帝国騎士はほとんどが上級貴族。稀に一般階級から現れることもあるが、その場合「一代限りの貴族」とされ、整備士も帝国から派遣される。
 この一代貴族の元に派遣される整備士は帝国上級士官学校生で、一代貴族の奴隷所持は認められない。
 俺も基本的な整備はできる。一代貴族帝国騎士の元へと派遣されたら、その他の詳しいことを学び整備をしていたことだろうが、根本的に俺は慣習的条件が満たないでこの部門に派遣されることはない。
「部品の数が多いこともあるが、基本フレーム以外は共通性がなくてな。俺が受けた授業は、当日に十人一組でチームを作って設計図を渡されて機動装甲を作るってやつでさ、基本部品を取って来てから、設計図通りに加工して、基盤を組んでと。本当にフレームだけだから、内部部品から組んでいくわけで。十人で五日かかって一体仕上げる授業だったが、徹夜につぐ徹夜。自分一人なら赤点でも追試でもいいんだが、チーム組むとそうも言ってられないだろう。足を引っぱりたくないから、頑張ったなあ」
 機動装甲は一体につき、奴隷であれば二百五十人、卒業生であれば二人の整備士がつく。数が違い過ぎるが、これは卒業生が個人所有の奴隷を持参で向かうので、整備士総数は同じだ。俺が一代貴族の機動装甲整備士に選ばれないことが確実だったのは、奴隷を所有していないからだ。
「そりゃ大変だ。ジベルボート伯爵の機体はこれだって、特徴とか分かるか?」
 映し出された機体は割と見慣れた物。基本フレームに基本装備。
「これは万能型だな。これは整備は楽だが……あくまでも特化型に比べてな」
 帝国騎士は「中将相当の武力」とされ、騎士に任じられると同時に中将位も受けるほどの強さで”普通”
 ジベルボート伯爵は特化型ではなく万能型、または基礎型と呼ばれるタイプで、目新しい能力はお持ちではないから、機体のカスタマイズもそんなにはない。とは言っても強いけどな。

 それにしても帝国軍少尉(二十三歳)の側近が帝国軍中将(十三歳)でいいのかなあ?

「特化型ってそんなに?」
「ああ。特化型は兵器も特殊だからな。ジベルボート伯爵は基本武器を全部使える機体だが、特化型だと基本武器すら使えないことがある。ミサイルも全部専用って人もいる」
「へえ……あの、トシュディアヲーシュ侯爵のお兄さんとか?」
「あの方は特化の中でも別格だな」
「そうなのか」
「特化ってのは大きく分けると二つ。遠距離戦闘型と近距離戦闘型に分類される。遠距離戦闘型に最も優れているのがオーランドリス伯爵。次点がロフイライシ公爵なんだが、近距離戦闘型はロフイライシ公爵のほうが優れており、オーランドリス伯爵は四番手くらいなのだとか」
 四番手とは言っても千人ちょっといる帝国騎士の中の四番目なわけだから、純粋に凄い。
「四番手?」
「近距離戦闘型はオーランドリス伯爵の兄シセレード公爵だ」
「ってことは、オーランドリス伯爵の遠距離戦闘機能は桁違いってことだよな」
「そういうこと。オーランドリス伯爵は現前線の三分の二をカバーできる攻撃ビットを操りつつ”四番手”の近距離戦闘をこなせるそうだ」
「帝国最強騎士って、漠然と強いイメージしかなかったが、そういうモンなんだな」
 帝国騎士の能力情報は一般開示されていないから、ウエルダが知らなくて当然。
 俺は学校で習って……エシケニエ、これを知りたがってたが、一般開示されていないのだから下手に触れたら大変なことになると。
 大体なんで俺が帝国騎士本部に潜入して情報をお前に流さなくてはならないんだよ。帝国騎士本部に務めることは出来ただろうが……本当に変なことしてないことを願う。
「ああ。それでロフイライシ公爵はオーランドリス伯爵の機体以外ならどの機体にでも搭乗し、戦うことができる。戦闘能力が落ちることはない……とはいっても、ロフイライシ公爵専用機よりも劣っている機体で出るわけだから戦果は落ちるが」
「あれ? 機動装甲って本人以外はなんとかって液が合わないから駄目だって」
「バラーザダル液な。あれはもちろん本人専用のを注入するよ。アレは本人専用以外のを注入すると死ぬからな。でも噂じゃあバラーザダル液が注入されていない別人の機体でも、ガウセオイド級空母落としたらしいぞ」
「うわ……なんだ、それ」
 俺も初めて聞いた時は驚いたよ。
 それが行われたのがオルドファダン大会戦の時だったと聞いて納得したが。


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