偽りの花の名[11]
 テルロバールノル王が帰られてから今度はエヴェドリット王と二人きりで話をすることに。テルロバールノル王の時とは違い、ゲルディバーダ公爵殿下が”僕だってゾローデと話したいのに! みんなで邪魔して、ひどい!”気分を害されてしまった。
 話をしたいと言っていただけるのは、とてもありがたいのだが、エヴェドリット王もすぐに出立なされるので断ることも……俺が断ることはできないんだけどな。
「グレス、ちょっとおいで」
「なに? ヴァレドシーア」
 ケシュマリスタ王はベタな贈り物を持っている。緑系統の大きめなチェック柄の包装紙につつまれた四角い箱が上品な金色のリボンで飾り立てられている。
「ちょっとしたお話」
 両手で差し出すようにして、ゲルディバーダ公爵殿下を誘う。
「……少しだけだよ。エレス、僕がヴァレドシーアと話をしている間に帰ってよね! 絶対帰れよ! 僕のゾローデなんだからね!」
 ケシュマリスタ王が時間を作ってくださった。
 それにしてもゲルディバーダ公爵殿下、恐い物なしだなあ。
「グレスに嫌われると困るので、時間が来たら途中でも帰るが……先程のニヴェローネスの話だが、ニヴェローネスはむしろ悪いことはしていない。表情からすると、お前もそう感じ取ったようだな」
 泥を被るのとは違うが、なんだろうなあ……悪いという感じは受けなかった。
 ”悪い人はいない。皆良いと信じて行動している”とも言わないし、テルロバールノル王のお人柄だって分からないが、あの方の責任ではないような気がする。
「判断する材料がないので、保留にしていただけです」
 だがテルロバールノル王自らがそのように言われたのだ。否定することはできない。 
「ボリファーネストは我と同い年で、我よりも早くに即位した。当時王太子であった我に、王となるには何ができた方がいい……などと、よく助言してくれた。我にとってただ一人の友人であった。たった一人の友人とその妃であったハヴァレターシャには世話になった。いまでも感謝している。ボリファーネストはニヴェローネスが言う通り、ほぼ完璧だった。ヴァレドシーアのこと以外は完璧な男だった。我は友人のその弱さがあったから仲良くなれた」

「ヴァレドシーアに関する責任は、我が背負うべきだ。我はニヴェローネスよりも以前から、そして近くで友人がそうしているのを見ていたのだから。むしろニヴェローネスには責任などない。我もロヴィニア王も先代テルロバールノル王も皇帝も、そして大皇も帝国宰相もボリファーネストがしていることを知っていた。それで善政が敷かれるのであれば、王家が安定するのであれば誰も何も言わぬ。王族の命数は王が決めるものだからな」

「ニヴェローネスが先代王から位を奪った……簒奪ではなく強制退位を用いたが、言葉はともかくニヴェローネスが王位を奪った理由は帝国の為だ。ニヴェローネスが十六歳の時、オルドファダン大会戦が起こった。負けが込んでおり、先代王は援軍を渋ってな。出さなかったわけではないが、足りなかった。手元には充分な軍備がありながら」

「ニヴェローネスは王国軍を帝国防衛に向かわせるために、王となるしかなかった。決意したニヴェローネスの元にケシュマリスタ王と王妃が事故死した知らせが届き、ニヴェローネスは王となった。あれは言う”一ヶ月早く行動を起こしていたら、今日の事態は避けられた”と。ボリファーネストとハヴァレターシャが死ぬことは避けられなかったであろうが、既に王となっていたならば、もっと早くにヴァレドシーアの元へ駆けつけることができたと」
「まさか、テルロバールノル王は強制退位とオルドファダン大会戦への出兵と、ケシュマリスタ王を守るための援軍派遣を同時に行ったのですか?」
「そうだ。ヴァレドシーアとグレスを連れて帝国へと赴き、アルカルターヴァ公爵位を授かり、またケスヴァーンターン公爵位を授かるよう手はずを整え、ケシュマリスタ王国を安定させてテルロバールノル王国へと戻り、オルドファダン大会戦の陣頭指揮を執った」
「その間、テルロバールノル王国は?」
「完全に掌握してから国を後にした。テルロバールノル王だ、故国を疎かになどしない」

 当時十六歳かあ……十六歳の頃の俺なんて、学校でのんびりと気ままに、たまにちょっと厳しめな学生生活送ってたよなあ。

「我もヴァレドシーアも王の器ではないし支配者でもなければ、為政者でもない。ニヴェローネスは完全なる統治者だ。皇帝もたまに漏らす”テルロバールノル王が皇帝であればな”と。帝国宰相が答える”あれが皇帝では私の出番どころか、私の命もないだろう”とな」
「エレス、まだいたの!」
 ゲルディバーダ公爵殿下が、側近のお三方と共に戻ってこられた。
「僕だってゾローデと話したいのに!」
 今日のゲルディバーダ公爵殿下の格好は昨日とはうって変わってケシュマリスタ軍服。足首近くまである長い上着は腰が高い位置に設定されており、高い襟が立っているのが特徴的。上着はスリット状になっており、その間からのぞくほっそりとした足は真っ白なぴったりしているスラックスと、膝が隠れる長さの黒い軍靴。
 マントはそれほど長くはなく黒地に緑抜きの朝顔が左端に一つ描かれている。
 ……お顔がお顔なので、あまり似合わない。恐らく似合っているのだろうが、このお姿が王家の軍服ってのは違和感がある。黄金で秋桜が描かれた黒いマントに、白い軍服、それも曹長の格好なら違和感ないどころか”ご命令を! 陛下”と心の中で興奮してしま……だから駄目なのか。
「もう帰るから安心してくれ。それではな、グレス」
 ゲルディバーダ公爵殿下の額にキスをして立ち去られた。お見送りなくては……思ったのだが、トシュディアヲーシュ侯爵が要らないと手を振り、デオシターフェィン伯爵がさりげなくゲルディバーダ公爵殿下を指さして片目を瞑る。

―― ご機嫌を取るように

 とのことだろう。
「お話、ありがとうございました」
 赤と黒が鮮やかなマントに隠れた背中に感謝を述べて、俺は肘を軽く決めてくださっているゲルディバーダ公爵殿下に向き直った。
「やっとゲルディバーダ公爵殿下とお話できますね」
「本当にね。年寄りって話長いよね」
「……は、はははは」
 年寄りがエヴェドリット王だけを指しているのであれば……良くはないが、テルロバールノル王まで指していると、俺はゲルディバーダ公爵殿下よりもテルロバールノル王の方が年齢は近いので……十五、六歳の少女から見たら二十越えたら”おっさん”かもな。
「ゾローデは明日帰っちゃうのにさあ」
「え?」
 ”また”このパターンか。いや、俺もそろそろ慣れたほうがいいな。
「知らなかったの?」
 間に流れた空気から、俺が知らなかったことを感じ取られたゲルディバーダ公爵殿下は、ほんの少しだけ頬を膨らませてから”ごめんね”といった表情で聞いてくる。
 これに関して嘘をつくと、後々面倒が起こりそうなので、正直に答えることにしよう。
「はい」
 ケシュマリスタ王が言わないようにと命じたら、従うしかないのは分かるのだが……まあいいや。俺で遊んで気分が晴れるならお好きにさせておきましょう。
「今度ヴァレドシーアに文句言っておくから! それでね、ゾローデは明日帝星に帰るんだよ。忙し過ぎるよね」
 忙しいといえば忙しいですね。ですが予定さえ知らせてくださっていたら問題はないのですが……。
「あのね、ゾローデ。髪切って短髪にしよう。ゾローデは帽子が似合うよ」
「あ……はい」
 髪型に深い思い入れはないので、短くしろと言われるのでしたら短くしますが、帽子に生花を差さなくてはならないのが少々面倒といいますか。
「どうしたの? ゾローデ」
「帽子のしきたりについて、あまり詳しくないので」
「心配しなくていいよ。専門職を用意しておいたから。儀典省から六人派遣させるから安心して」
 なに呆けてたんだ。王族が自分で花を準備するなんて、あり得ない話でした。
 エリート部署に配属されている方、六名もですか。俺の帽子飾りのためだけに六名も……俺、王の婿だもんな。
「もう確定しているのでしょうか?」
「うん! さっき連絡した。プーに頼んだから大丈夫」
 帝国副宰相が動いたのなら確実だ。
「あっ! プーってね、サキュラキュロプスのこと。ロヴィニアの王子で帝国副宰相してるザロナティオン侯爵なの」
 ザロナティオンって帝王ザロナティオンだよね三十二代皇帝……皇族爵位のことか。
 ロヴィニア出の皇帝でギディスタイルプフ公爵殿下同様、ロヴィニアらしい容姿の御方だったな。
「ギディスタイルプフ公爵殿下のことですね」
「そうそう。でもその爵位と名前面倒でしょ! だからザロナティオン侯爵サクラでいいよ。プーでも良いけどね」

 同一人物を指し示しているとは思えない名前の変わりぶり。そしてプーは危険過ぎる。

「それでね、これがね」
 ケープを羽織って椅子に座らされて……ゲルディバーダ公爵殿下は先程ケシュマリスタ王から貰った箱の蓋をあけて中身を見せてくれた。
「髪を短く切る機械なんだって! 誰にでも上手にできる道具なんだって。これを使って僕が切ってあげるよ。似合う髪型にしてあげるね」
 ゲルディバーダ公爵殿下の手に握られている髪を切る道具。手の中で動かされる度に”バリバリ”という音が響く。その音は切るというよりは刈るといった方が正しいような。
 ゲルディバーダ公爵殿下の手が頭に乗り、額の中心にその道具があてられた。バリバリという音と共に”ばさっ”という音が。

 そしてゲルディバーダ公爵殿下の叫び声。

 見た目があまりにもシュスターなのでケシュマリスタ王女というイメージが沸かなかったのだが、声のお美しさはさすがケシュマリスタ。大きな叫び声なのだが、すぐ傍で聞いていても耳が痛くなるようなことはない。それでいながら通りがよく、
「どうなさいました? ファティオラさ……ゾローデ?」
 エヴェドリット王の見送りに向かっていたトシュディアヲーシュ侯爵たちが引き返してきたほど。
 ……で、引き返してきたトシュディアヲーシュ侯爵が俺の姿を見て、絶句しながら”予想範囲内だけどな”みたいな顔になった。
「ビシュミエラ様、思い切りがよいのがビシュミエラ様の良い所ですが、ちょっと思い切り良すぎますよ」
「ちがうもん! ジャセルセルセ違うんだから! 僕、ゾローデのこと格好良くするつもりだったの!」
「ゾローデ卿は短髪が似合う雰囲気ですが、短髪過ぎるのではないかと儂は考える次第でありますのじゃ……」
 イルトリヒーティー大公が視線を合わせようとしない。
「ゾローデ、見えてないだろうけど、頭のど真ん中に大通りできてるぜ」
 トシュディアヲーシュ侯爵は指で”幅”を作り自分の頭に”こんなんができてるぞ”とばかりに手を動かす。
「風の感じ方の違いで、何となく分かる」
 あと脇に落ちている髪の量でも……。
「違うもん! エバカインみたいな髪型にするつもりだったの!」
 エバカイン……エバカイン……あの御方ですか。ですがあの御方、地肌が見えるほど短くはなかったような。
「ファティオラ様、良いこと教えてあげますよ。これ頑張っても丸坊主ぎりぎり回避、よくて五分刈り。エバカインの髪型にはどうやってもなりませんよ」
「そんなこと分かってるって、ラスカティア! 髪を元に戻して! そしてもう一回僕が切る!」
 ゲルディバーダ公爵殿下が手に握っている道具をひっきりなしに動かし、バリバリという音がまた響きわたる。
「ビシュミエラ様、提案があります」
「なんだよ、ジャセルセルセ」
「このまま切り方を練習なさってはいかがですか? 元に戻すのは簡単ですが、また同じ事繰り返したら恥ずかしいでしょう」
「ジャセルセルセの案は良いと思います。儂の頭を練習に貸すのは構いませぬが、髪質や頭の形は個人により差があります故に、切りたい本人で練習するのが一番ですのじゃ」
 それが最善の策だろう。
「……」
「気にせず切ってください、ゲルディバーダ公爵殿下」
 ”いい?”と言われているような気がしたので……もちろん、構いませんとも。俺の髪の毛くらい好き勝手にして下さい。
「練習なんだからね!」
 こうして俺の髪の毛は全て廃墟の上に舞い降りた――
「見事な丸坊主だな、ゾローデ」
「主、頭の形良いのう」
「顎のラインも露わになると、より一層格好いいね」
 鏡で見た自分の姿は、見事なまでに丸坊主。俺の額の生え際って、こんな感じだったんだ――新しい自分を発見したような気持ちに。
「……」
「どうなさいました? ゲルディバーダ公爵殿下」
「結構似合うよ。そのままじゃ嫌?」
 俺はそんなに自分の髪型にこだわりはないし、なによりゲルディバーダ公爵殿下が気に入って下さったのなら。
「いいえ。これで良いのでしたらこのまま帽子を被りたいと思います」
 それに俺、ゼルデガラテア大公みたいに可愛い顔してないから、あの御方と同じ髪型は似合わないだろう。
「グレスさま。帽子お届けにまいりました。お花も持って来ましたよ」
 ジベルボート伯爵はマントと同じく黒地に紫の帽子。前側に緩い山型の鍔があり、両耳のあたりまである。鍔がなくなりベルトが回されている部分から片眼鏡を飾るような銀色の鎖が垂れている。帽子はほとんど高さがなく。乗せているだけといった感じ。
「朝顔は挿すのに向かないんだよね」
「そうですねぇーグレスさま」
 仰りながら硝子ケースから様々な花を取り出して、飾るために設置されたベルト部分にさし込んで行かれる。
 ゲルディバーダ公爵殿下がお気に召したのは、
「これが似合うね。これに決定」
「そうですね」
 薄いピンク色の秋桜。……よりによって秋桜ですか。秋桜はちょっと……。白の秋桜は皇帝陛下を指し示すくらいですし。色違いは皇王族を表すものですから。
「ファティオラ様の夫ですから、もう少し色が薄く秋桜でも良かったかもしれませんね」
「ラスカティアが言う通り、そうは思ったんだけどさ、ゾローデはそこまで白に近い秋桜が似合う顔立ちじゃないんだよね」
 ゲルディバーダ公爵殿下はお似合いになるだろうな、白い秋桜。
「似合う、似合わないで考えますと、これが最良でしょうな」
「でしょ! ジャセルセルセ」
「ですがやはり格に合った色を使うべきではないかと、儂は進言させていただきますのじゃ」
「んー……ニヴェローネスの前に出る時は、もうちょっと色を薄くする、でいいかな?」
「儂はお勧めしませんがのう」

 相手や場所によって挿す花を変えることで、概ね決着がついた。俺は関知せず、専門の者に任せきりにすることになるが。

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