偽りの花の名[07]
「お騒がせいたしました」
 それでどうなったかと言うと、俺は客間らしいところに通されて、ゲルディバーダ公爵殿下がお出でになるのを待つことになりました。
「い、いいえ」
 俺の相手をしてくれているのは男性貴族。動きの一つ一つに隙がない、まさに上級貴族。
 銀髪よりも白髪に近いのだが、僅かに色が混じり仄かな茶色が光沢と相俟って和らげな髪色を作り出している。でも容姿は真逆というか、これで髪色がきつかったら、きつくない性格でも誤解されるだろうなと思う程、厳しい顔立ちの御方だ。
「あの人の悪戯好きには困ったものです」
 帝国の上級貴族は容姿や声なんかでは性別は判別できないが、この御方は男性だろう。……そういえば、この仄かな茶色で光沢のある髪って、どこかで聞いたような。誰だったっけかなあ……。
「いえ、あの……その」
「ファティオラ様、ゲルディバーダ公爵殿下のことを勘違いしないでくださいね。あの大泣きはヴィオーヴ侯爵殿下に対しての涙ではありません。それに関してはご本人から説明がありますので」
「あ、はい」
「ヴィオーヴ侯爵殿下は慣れておられないようなので、私のほうから自己紹介をさせていただきます」
「あ、そうでした。済みません。名前を教えてください」
 俺のほうが身分高いから、促さなくてはならない立場だった。
「私はシラルーロ子爵ネディルドバードルグ……そのご表情とお気持ち、よく解ります。私がヴァレドシーア様の愛人のネロです」
 世の中に出て表情とか取り繕うのとか上手くなったつもりだったんだが、すっかりばれてるよ。恥ずかしいなあ。
「あ、その……よろしくお願いします」
 ―― あの人の悪戯好きには困ったものです ―― ”あの人”はケシュマリスタ王をさすのだから……こんなに親しく呼んでいる時点で気付くべきだろう。
「こちらこそ」
 凛々しい御方だ。雰囲気が男性的で、本当に男らしくて……考えるな、ゾローデ! ジベルボート伯爵が言ったことは忘れるんだ! シラルーロ子爵が女性役だってのは、聞かなかったことに!
「大事が済みましたら、またお話でもしましょう。ゲルディバーダ公爵殿下の用意も調ったようなので、私は退出させていただきます。それでは」
 ケシュマリスタ王城は扉らしい扉がない廃墟造り。どこからでも入ることができて、どこからでも出て行くことができるような作りだが、さすがはテルロバールノル貴族、出入り口らしいところから出ていった。
 それにしても、あの方がケシュマリスタ王の愛人とは。
 驚かされ……
「ゾローデ」
 俺、びくっとした。普通に名前を呼ばれただけなのに、背筋に電流というか……シラルーロ子爵が出て行ったアーチ状の空間から、ゲルディバーダ公爵殿下が顔を覗かせていらっしゃる。
「はい、なんでしょう殿下」
「入っていい?」
 入って良いもなにも、ここはゲルディバーダ公爵殿下のご自宅ですので。俺に許可を求めるのは間違っていると思うのですが。
「はい」
 入り口まで近付き、頭を下げてお出迎えをさせていただいた。
 ゲルディバーダ公爵殿下は先程とは違い、女性特有の洋服であるドレスを着用されている。ハイネックで長袖、上半身は体にぴったりとした作り。下半身は控え目な広がりと、容赦無い長さ。裾は恐らく三メートルくらい。
 ドレスはほぼ隙間無く刺繍が施されている。白の朝顔と緑の葉、そして縁取りは金。首を飾っているネックレスが、とても目立つ。真珠とダイヤモンドとエメラルドまではケシュマリスタなので解るのだが、赤い石に緋色の石、そして薄い水色のような石までネックレスに埋め込まれている。さりげなく散りばめられているんじゃなくて、しっかりと飾りとして存在している。
「飲み物とお菓子!」
 色褪せた布が張られているソファーに腰を下ろされたゲルディバーダ公爵殿下は、まずはそのように命じられる。
「ゾローデ、座って」
「畏まりました」
 ご命令を頂いたので、俺は向かい側のソファーに、
「なんでそっちに座るの? 僕の隣だよ」
 ……ではなかったようです。
「申し訳ございません」
 ゲルディバーダ公爵殿下の隣に座るなど恐れ多いのだが、ご命令を無視するなど俺にできるわけがない。
 マントを抱えて隣に腰を下ろすと、体を近づけてきて、手を握りしめられた。
 性的には問題ないが、迫力的に問題が。……頑張れ、俺!
「あのね、ゾローデ。僕がさっきね泣いたのは、勘違いしないで欲しいんだけど、君がいやなんじゃなくて……恥ずかしかったの」
「?」
「お婿さんの前であんな子供っぽい行動取っちゃったし、洋服だって、ただの部屋着で。夫になる人に初めて会うときは、綺麗な格好で会いたかったのに! みんな秘密にしてさあ! 酷いよねー」
「あーあれ、部屋着だったんですか」
 部屋着って……あれ部屋着だったんだ。人前に出る格好じゃなかったってことか。……皇王族と寮で一緒に暮らしたことあるが、あのクラスの洋服を普段着にしている皇王族は居なかった。
 さすが次のケシュマリスタ王。
「恥ずかしくて恥ずかしくて。化粧だってしてなかったし。酷いよ、みんな!」
 ゲルディバーダ公爵殿下と共にやってきて、遠巻きにこっちを見ている、一目で上級貴族と分かる方々……あ、いた! トシュディアヲーシュ侯爵! 彼を含む三人が困った顔してます。解ってたけど言えなかったんだろうな。
「ねえねえ、ゾローデ」
「なんでしょう?」
「ゾローデは僕のこと、どれだけ知ってるの? 君が知っている僕のこと、全部教えて」
 皇帝顔のケシュマリスタ王太子殿下に、この口調で言われたら、何でも喋るしかないでしょうね。包み隠さず、全部語らせていただきます。
「それでは。少々ぶっきらぼうになるかもしれませんが、ご容赦ください。ケシュマリスタ王太子、ゲルディバーダ公爵リベイラ=ラーサー・フォン・ファティオラ・ティファティフォン・エイス・ヴィー・ティスレーネ殿下」
 俺名前間違ってないよな! 殿下は帝国でも稀な七個の名前を持つ御方。一つ一つが短いから覚えやすいと言えば覚えやすいが。俺なんて全名前が「ゾローデ・ビフォルト・ベロニア」だけれども。
「他には?」
「年齢は十五歳。父上は先代ケシュマリスタ王ボリファーネスト殿下、母上はハヴァレターシャ皇女殿下。父方の祖母は先々代ケシュマリスタ王ロマテデロヴァットリア殿下、祖父がジュレイデス親王大公殿下」
 読んだだけでも圧倒されたが、ご本人を前にしてこうして語っていると、教室で歴史の教科書を読み上げているかのようだ。
「殿下なんて付けなくてもいいよ。鬱陶しいから。大体みんな殿下だし」
「あ、はい。それでは……母方の祖父が第五十七代皇帝、現大皇ナイトヒュスカ陛下」
「アウグスレイタにも尊称なんていらないよ」
 さすがに大皇陛下には尊称を付けたいのですが、許していただけないものでしょうか……っても、言うこと聞くべきだよな。
「あ、アウグスレイタってナイトヒュスカの第一名だよ」
「存じております。あまり馴染みはありませんが」
 俺はよほど困った顔をしてたのだろう。ゲルディバーダ公爵殿下、これでも帝国臣民の一員ですので陛下のお名前は存じ上げております。
「そっか。アウグスレイタは、やっぱり有名なんだ」
「はい、軍帝の名はいまだ健在です。それで母方の祖母がエレノシーア皇后。両祖父の母君が第五十六代トゥーヴェ帝。ジュレイデス親王大公のお父上は……」
 ちゃんと言えてるな、俺。
「ずるい!」
「え?」
 頬を膨らませて眉にやや険を作り俺の方を睨んでくる。
「ずるい! 僕、ゾローデのこと全然知らないのに、ゾローデは僕のことたくさん知ってる。ずるい! ずるいー。やだー。僕、ゾローデのこと知りたい! 教えて!」
 ゲルディバーダ公爵殿下については、容姿は解らなくとも、ご家族のことは隠しようもないわけで……
「は、はい」
 幼児のように足と手をばたばたさせているゲルディバーダ公爵殿下に落ち着いていただくべく、俺の身の上を説明するとしよう。
 取り立てて面白い人生じゃないが、お知らせする義務もあるだろうし。
「俺はゾローデ・ビフォルト・ベロニアと言います。名から解る通り下級貴族と奴隷の間に産まれた私生児です。父は下級貴族サトゾーレといい、母は奴隷でアンミュリエ。父には正妻との間に俺と同い年の子がおります、名はアヴィリヴィスで兄にあたります」
「それで、お祖父さまとかお祖母さまは!」
「父方の祖父母は既にありませんが、母方には祖父母が存命です。じいさん……祖父の名はウィール、祖母の名はメディ。俺は祖父のウィールに似ています」
 俺の血統説明終わった! 終わるの早すぎるだろ……。でも一般人ならこんなものか。
「ゾローデは学校に通ったことある?」
 きらきらとした眼差しで見つめられ……そうか、ゲルディバーダ公爵殿下は学校に通ったことないのか。
「はい。帝国上級士官学校卒です」
「年は幾つ?」
「二十五歳になります」
「じゃあ、ラスカティアのこと知ってる?」
 勿論知っておりますとも。部屋の隅に居ますしね。
「同期でした。トシュディアヲーシュ侯爵は首席、俺は平々凡々たる成績でしたが」
 バーローズ公爵家の第三子は他者の追随を許さない飛び抜けて優秀な御方でした。
「そうなの! ラスカティアたち来なさい!」
「よろしいのですか? ビシュミエラ様。さきほど”二度と近付くな!”とお怒りだったでしょう」
 知っていて伝えなかったこと叱られたのか……大変だなあ。ゲルディバーダ公爵殿下の気持ちはよく解るけれども。
「いいの! 早くこないと僕、本当に怒るよ!」
 離れたところにいた三人は苦笑を浮かべ、こちらへとやってきた。
「殿下、お呼びと」
「ラスカティア、ゾローデのこと知っている?」
「存じておりますとも。同期で貴族出ではないのは彼だけでしたので。俺なんぞより、ずっと目立っておりました」
 うそ、うそ。トシュディアヲーシュ侯爵のほうがずっと目立ってたから。
 俺なんて号令とかけ声とマスゲームのなかで、良い具合に埋没してた自信ある。
「そうなんだ。そうだ、ゾローデに僕の側近紹介するね。でもラスカティアの紹介は要らないよね」
「俺の説明は必要ないですよ」
 そんなに俺、トシュディアヲーシュ侯爵について詳しいわけじゃないんだが……必要な場合はあとで聞くことにしよう。
「こっちの癖の強い灰色髪がデオシターフェィン伯爵ジャセルセルセ。ロヴィニア貴族の一人。メーバリベユ侯爵家って知ってる?」
 トシュディアヲーシュ侯爵の右側に立っている、背の高い男性はロヴィニアか。そんなに人相悪くはないが……いやいや、べつにロヴィニアだから人相悪いと言うわけではなく!
「存じております」
 現在に機動装甲の原型を作ったセゼナード公爵殿下のお妃が継いでいた家だ。
「よかったね、ジャセルセルセ。ゾローデが知っててくれたよ。ジャセルセルセはメーバリベユ侯爵の跡取りなんだ」
「本当に嬉しゅうございます」
「軍人の間では、セゼナード公爵殿下の妃の家として有名だからな」
 さすがトシュディアヲーシュ侯爵、よく解っていらっしゃる。その流れがなかったら、俺はうっすらと覚えていないはずだ。
「それでね、こっちのつやつや栗毛がイルトリヒーティー大公ベルトリトメゾーレ。テルロバールノル王族系の皇王族だよ」
 今度はトシュディアヲーシュ侯爵の左側に立っている人が頭を下げた。
 見るからに貴族ではなく皇王族です、イルトリヒーティー大公。
 どこがどう違うのか? ウエルダに”よく見分けつくな”と感心されるが ―― 帝国上級士官学校に通うと、上級貴族、王族、皇王族の見分けはつくようになる。

 似て非なる者 ―― うん、本当に似て非なる者なんだ。

 煌びやかな血筋の方が溢れんばかりにいるよ。もっとも優れた血筋というか、煌びやかな血筋の持ち主はゲルディバーダ公爵殿下けれども、普通に生活していたらまず会うことない御方だな。
 ……で、このお二人、女性なのだろうか? 男性なのだろうか? そこを聞きたいのだが……。そこが凄く重要なのですが。ゲルディバーダ公爵殿下そこを教えていただけませんでしょうか?

「グレスさま! あなたの美少女が帰ってきました!」

 軽やかな足音と共に現れたのはジベルボート伯爵。室内が華やぐというか、一気に帝国上級士官学校的な雰囲気に。
「お帰り、キャス!」
 両手を広げたゲルディバーダ公爵殿下の胸へと飛び込み、互いに顔を見つめ合い、なにかを確認しあっていた。
「グレスさま、僕のこと裏切ってませんね」
「裏切ってないよ。君こそ、僕のこと裏切ってないようだね」
 ”裏切り”について……なんだろう、裏切りって。

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