ルサ男爵はグラディウスの資産管理を行っていた。
　当初は一人で仕事をするように命じられていたが、その仕事ぶりが認められ、最近では手伝ってもらっても良いことになっていた。ルサ男爵の性格上「手伝ってください」と言うはずもなければ、思いつきもしないだろうと――

「いつみても凄いもんですね」
「そりゃ、そうだろケルディナ。寵妃殿の館運営費だ」
「分かっていても、ついつい。ガラードもそうだろ？」

　ケルディナ、ガラード両中尉がケーリッヒリラ子爵に命じられ手伝いにやってきていた。警備なのに館の管理費や交際費管理に借り出されるのは、仕事以外ではあるが、まったく違うわけでもない。
　交際費の流れによって、訪問者がある。それを事前に頭に入れておくのも大事。
　館の管理費も、どこで破損があったか？　どのような破損だったのか？　修理は完璧か？　この金額で正しいのか？　などを確認しなくてはならない。
　それにこの二人は帝国貴族。グラディウスほどの資産は持っていないが、貴族である以上、規模が違うだけで金の流れはほぼ同じ。なので充分手伝うことができる。

　標準的な帝国貴族の二人からすると、莫大な資産を持つ寵妃。だが大貴族には遠く及ばない。寵妃といえば大貴族が選ばれるもので、当座の金を貰ってもあまりにはした金で気付かない。そくらいの資産がなければ寵妃としてはやっていけない。
　その中でグラディウスのかなり珍しい存在で、生活は基本的に寵妃に与えられた分で執り行われているが例外はある。
　一つはケシュマリスタの大貴族ジュラス。寵妃が貰う総資産程度では三日も雇われてくれれば感謝しなくてはならないくらい程の立場だが、ジュラスは侍女頭としての給料など一切貰っていない。一緒に食事をするだけで大満足なので、そんなこと考えた事もない。
　もう一つはケーリッヒリラ子爵。
　大貴族であることもそうだが、帝国上級士官学校卒業生を帝国軍人。成績はさほど良くなかろうが、そんなことは問題にはならない。
　彼は皇帝直々に任命しなければ動かせない、まさに選ばれた人間である。

　そうは見えないとしても。

　三人がいつも通り仕事をしていると、配達人が多数やってきた。
「随分多くないか？」
「そうだな」
　ケルディナとガラードが配達人を確認し、中身も確認して、ルサ男爵の仕事部屋へと運び込む。
「これは？」　
「配達人曰く、アディヅレインディン公爵殿下の誕生日プレゼントを贈る為でしょう」
「？」
　支配者の誕生日とグラディウスの元へと送られてくる手紙が結びつかないルサ男爵は、首を傾げながら一通の「家臣用」の手紙の封を開けた。
　内容に目を通し、送られて来た手紙の差出人を確認して、ケーリッヒリラ子爵に協力を求める。
　珍しくルサ男爵から協力を要請されたケーリッヒリラ子爵は、嫌な顔一つせず部屋へとやってきて、彼にこの手紙の意味を説明し、そして兄と従姉弟からの手紙を見つけ、深い溜息をついた。
「どうしますか？」
「身内をこう言うのもおかしいが、我の親戚クラスとなるとルサ男爵では対処できないだろう。我が陛下と話をしてくる。贈り主のリストを作ってくれ。それ以外は気にしなくていい」

　近々、マルティルディの誕生日がある。（公式誕生日）
　本人は「王じゃないから祝わなくてもいいよ」とは言っているが、それを額面通りに受け取る貴族はいない。
　贈り物を用意して受け取ってもらう。
　マルティルディほどの権力者ともなれば、誰もが贈り物をして気を引きたがる。だが誰もが自由に贈れるわけではない。
　贈るためには、贈り物をして良いか？　と伺いを立てて、許可してもらいリストに載らなくてはならない。そのリストに載るのも難しい。
　リストを作るのはサウダライト。皇帝になる前から任されており、皇帝となってからも当然の如くリスト作成に精を出していた。
　サウダライトは現在皇帝。お飾りと言われるが、それでも皇帝である。
　リストに加えてもらうために面会しなくてはならないが、簡単に会える相手ではない。マルティルディに贈り物をするために、皇帝と直接面会して交渉し許可を得る……帝国の現在の状況そのままとも言える。

「失礼します。陛下」
「ケーリッヒリラ子爵、どうしたんだい？　君から昼食に誘って欲しいだなんて、珍しいね」
　職務をこなしつつ、マルティルディの誕生日リストを作成しつつ、贈り物に不備がないよう確認してと、忙しい日々を送っているサウダライトの元に、事情を知っているケーリッヒリラ子爵が昼食の申し込んできたのだ、重大なことがあるのだろうと、大急ぎでサウダライトは用意をさせた。
　子爵は引かれた椅子に腰を下ろして、サウダライトと向かい合う。
「ルリエ・オベラ殿に関することです」
「君がわざわざ来るからにはそうだろうね。それも貴族として」
　普通の業務報告であれば、こんなことはしない。このような状況で面会を申し込んだのは、サウダライトが言う通り　――
　食前酒を口に運びながら、子爵は兄と親戚の手紙を差し出した。

「ルリエ・オベラ殿の元に、連名でマルティルディ殿下へ贈り物をしたいとの申し出が多数届いております。我の親族からですら」

　皇帝に会えずリストに名を載せられない者はどうするのか？　贈り物ができる立場の人を捜して、連名にしてもらい贈り物をする。
　次期大貴族の当主であっても、当主でなければ皇帝には会うことができない。
「……あ、そっか」
「はい」
　例の一つとして持って来た子爵の親類の手紙を開き、サウダライトは一人”うん、うん”と言いながら目を通す。
　スープを口に運び、子爵は手紙を脇に置いたサウダライトに尋ねた。
「陛下らしくありませんね」
「そう……だろうね」
　子爵はサウダライトがすでに手を回し、グラディウスの元にこんな誘いの手紙が来るなど思ってもいなかった。
　滲み出るエロ臭さと、抑えきれないロヴィニアとはまた違う胡散臭さに包まれているが、仕事、取りわけ事務処理能力には優れている。
　なによりリスト作りと、それにあぶれた者たちがどのような行動をとるのか？　誰よりも知っている筈なのに、この状況。
　言われたサウダライトはパンをちぎろうとした手をとめて、子爵に理由を説明した。
「すっかりと忘れていたよ」
「え？」
「マルティルディ様のお誕生日を忘れたわけじゃないよ。あのねえ、私はあの子を驚かせようと思ったんだ。マルティルディ様はあの子からの誕生日プレゼントは、リストに載せていなくても受け取ってくれるだろう」
「はい」
「だから、前日くらいに”明日、マルティルディ様のお誕生日なんだよ”と教えたら、あの子はあの藍色の大きな瞳を更に見開き”ほぇほぇでぃさまのおたんじょうび！”と驚くはずだ」
　グラディウスを知っている者なら、誰でも容易に想像がつくその姿。
「それでさあ”おっさん！　おくりものを！　ほぇほぇでぃさまに、たんじょうびのおくりものを！”って言うだろうね。でも前日だから用意できるのは、手の込んだものじゃない。だけどあの子が心を込めて頭を捻って選んだ贈り物だ。そして翌日、私と一緒にあの子はマルティルディ様の所へとプレゼントを届けにゆく。どすどすと足音を立て、不格好な三つ編みを揺らし。満面の笑みで”ほぇほぇでぃさま、たんじょうびぷれぜんとです！”と。そしてあの子はマルティルディ様の前で、いつも通り”べちゃ”と転ぶんだ。でもプレゼントは必死に守る。そこにマルティルディ様が近付き、プレゼントを受け取ってくださり、こう言うだろう　――　君なんて不細工なんだろう。でも、あまりにも不細工だから許してあげるよ。そしてプレゼントも受け取ってあげる。なにをそんなに笑っているんだい？　ああ、君は本当に馬鹿で不細工だね。仕方ないおいで。ご馳走があるよ。ああ、もちろん僕のためのご馳走さ。でも君にもあげるよ。さあ、おいでよ　――　そしてあの子はマルティルディ様の前でもぎもぎと料理を食べて、また不細工と言われるだろう」
　子爵はサウダライトの話を聞きながら俯いた。笑撃耐性が低く、グラディウスの行動を把握している彼は、今の話を聞いて脳裏に見事なまでにグラディウスを再現してしまい、最後のもぎもぎで笑いがこみ上げてきてしまい、必死に堪えるために俯いたのだ。

――　想像だから耐えられる。本人を前にしたら、絶対に耐えられん……

「こんな感じで、私はあの子に誕生日を教えるつもりがなくて、二人で驚かせようと思ったのだが、よくよく考えたらあの子、マルティルディ様のお気に入りだもんね。連名希望が来て当然だ」
　子爵は笑いを鋭い牙で噛み砕き、何でも飲み込める胃に無理矢理押し込む。
「送られて来た手紙のリストをルサに作らせております。相手が相手なので、ルサには断れないと思いますので。ジュラスにでも依頼をしてください」
「うわ。君、結構えぐいこと提案するね。ジュラスに頼んだら、最低でも死者五人は出るよ。君のお兄さんとか死んじゃってもいいのかね？」
「兄と従姉弟たちは我が説得いたします」
　兄が死んだり、父の実家の次期当主候補が死んだりすると、子爵が跡を継がなくてはならなくなるので、それは絶対に避けなくてはならない。
「そうだ。君のお兄さんと従姉弟たち、あの子と連名でマルティルディ様に贈るといいよ」
「陛下？」
「駄目だって言うより、決めたほうが収まる」
「ですが……」
「君の親族なら、文句はあっても誰も異論は唱えられないさ。帝国軍人に無理を言って寵妃の館の専任警備してもらってるんだ。偶には便宜を図らないとね。私の為だと思って引き受けてくれないかね」
「そういうことでしたら」
　食事中にグラディウスと連名で贈るのはネーサリーウス子爵オルタフォルゼ、ソーホス侯爵オランジェレタ、ヒネッセ伯爵ノースラダスタの三名に決定と通達を出し、贈り物についてアドバイスをした。
「それと陛下」
「なんだね」
「ルリエ・オベラ殿の性質からしますと、ルサ男爵やリニアにも誘いをかけそうなのですが。あの二人は指示していなければ断るでしょう」
「そうだね。そこは好きにやらせておいてあげてくれ。あとのことは、私が上手くとりなすよ。あの子が楽しく、そこだけ頼むね」
「では引き受けるように伝えておきます。念の為に館の者全員に」
「それがいいね」
　食事を終えて帰った子爵がいなくなった席で、サウダライトは、
「もう一杯、コーヒーくれないかね」
「畏まりました」
　運ばれてきた三杯目のコーヒーを見つめながら、自分らしくない失態に幸せを感じる。
「おっさん、グレスを喜ばせようと思って、いつになく失敗しちゃったよ……いやあ、楽しいね」


　その頃グラディウスは、干し草が詰まった袋にイレスルキュランと共に跨って、べちょりと転がり落ちていた。