帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[155]
 ケーリッヒリラ子爵が帝星に到着すると、皇帝の警備担当指揮をしている顔見知りのシルバレーデ公爵が出迎えに現れた。
「警備についてくれるんだってな」
「何が?」
 ザイオンレヴィから瑠璃の館へと向かう途中、これまでのあらましを聞き、

 在学中からこうなる運命だったんだろうと、ケーリッヒリラ子爵は半分は諦めた。

 そしてもう半分は諦めずに、責任者を変更してくれないかとガルベージュスに頼むも、華麗なまで誤魔化されてしまい、そのままなし崩しに。
 何度目かのお願いも見事なまでかわされ、どうしようかと思いながら執務室を去ろうとしたケーリッヒリラ子爵の背に、
「振り返らなくてよい」
 何時もとは違うが「おそらく本当の顔だろう」威圧感を持った声が掛けられた。
 鋭いのではなく、全体を押さえつける迫力。
 大声ではなく、口調が荒いわけでもない。
「……」
 皇帝の地位にもっとも近かった皇王族の男。この男が皇帝であれば、世界はまた違っただろうと―― 未来の人々 ――誰しもが思った男。
「最後の少女グラディウスに仕えることは、アディヅレインディン公爵を開放することになる。意味は解らずとも仕えられるな? ケーリッヒリラ」
「御意」
 マルティルディの開放がなんであるのか? ケーリッヒリラ子爵には解らない。

「あの重責の終着点のような御方が開放されるって……」

 少なくとも今の自分の地位ですら持て余し気味のケーリッヒリラ子爵にとって、少しでも気が楽になるのだとしたら、それに協力できるのだとしたら、
「おじ様。硝子細工みせて!」
「はいよ。おまちあれ」
 帝国の一端を担う一人としてできる限りのことはするべきだろうと。

※ ※ ※ ※ ※


 証拠はないが、ガルベージュスは皇帝になる意志があったという記述が残っている
 暗黒時代の混乱期に偶然見つかったものだ
 彼が皇帝になろうとしていたこと。そして皇帝になるのを辞めた理由
 証拠もないのに、記録が信用されたのは、理由が衝撃であり「誰も考えなかった理由」であったために、信憑性が増した
 理由は「ザウデード侯爵グラディウスがケシュマリスタ王と仲が良かったから」
 詳細はなかった
 同時代で皇帝の座を獲る際に協力する相手、エシュゼオーン大公かゾフィアーネ大公のどちらか、もしくは両方に送ったものだから、詳細に書く必要はなかったものと考えられる

 ケシュマリスタ王が帝后を気にいっていたのではなく、帝后がケシュマリスタ王を気に入っていた

 この記述のある頃のケシュマリスタ王はマルティルディ。ガルベージュスが皇帝になろうとした時、立ちはだかる強大な存在
 ガルベージュスはマルティルディを殺害したくはなかったのか? それすらもはっきりはしないが、

―― あてしはまるてぃるでぃ様が大好き。まるてぃるでぃ様を虐めるやつは、あてしがゆるさないんだから ――

 帝后が存在しなければ、マルティルディはおらず、暗黒時代は初期で芽を摘み取られたのではないかと ―― 記録を見つけたものは、その様に理解した。発見した男の名は「シャロセルテ」

※ ※ ※ ※ ※


 サウダライトはグラディウスを寵妃にしたことに後悔はない、
「グラディウス」
「なあに、おっさん」
「おっぱい、もみ……」
「グラディウス! 遊びに来たわよ」
「ジュラス!」
 ジュラスが侍女頭になったことにも文句はない。
 何せマルティルディが決めたことだ。だが……
―― 好き勝手できなくなっちゃったなあ。あと少し待つといいのだけど……やっぱりやりたいよね ――
 年齢的にまずいことを知りつつも「その背徳感もまた」と、処刑されても文句なしの言葉を呟きながら、日々エロ行為。
 隙を見て合間を縫って、上手く監視をかわして……そんな言葉を思い浮かべながら、睨むエンディラン侯爵に、
「やあ、あいかわらず元気だね、エンディラン」
「ありがとうございます。陛下も相変わらずエロお元気そうでなによりです」
「うん、そうだね。確かに私はエロ元気だね」
 少々ずれた大人の余裕で話しかける。
 そんな毎日を過ごしつつ、グラディウスは正妃たちと面会して勉強し、驢馬と共に出かけては勉強し、両性具有リュバリエリュシュスとの交流を深めて、自らを「グレス」と呼んでくれと言って歩いたり。

「なかなかエロいことができない」

 ガンダーラ2599世に阻まれたりと、中々に苦労の毎日を送っていた。

※ ※ ※ ※ ※


 姉のイダ王に「寵妃のような娘をみつけてこい」と命令されていたキーレンクレイカイムは、寵妃が正妃との対面を終えたと聞き、詳細を求めて妹の元へとやってきた。一応、断片的な情報”可愛くない” ”頭悪い” ”もっさもっさ”から用意した娘たちを連れて。
「だーかーら、こういう有り触れた馬鹿じゃなくて、もっと違う方向に馬鹿なんだよ! 解るか? 兄よ」
「馬鹿が広範囲すぎて解らんっての、イレスルキュラン」
 「馬鹿」と一言で括られるが、その中身は複雑だ。
 キーレンクレイカイムは他にも”区画に学校がなかった”という情報を発見し「学校に通っていない農村の娘」を用意したのだが、
「だーかーら。馬鹿なんだっての」
「馬鹿、馬鹿言ってもわからんての!」
「だーかーらー、馬鹿以外言いようが無いとあれ程姉王にも言ったのに! はっきり言って無理だっての!」
 娘たちを一目見て、妹正妃イレスルキュランは首を振り”無駄”と言い切った。
 一目みて解る馬鹿さ加減とはどういものだ? キーレンクレイカイムは頭を悩ませながらも、
「パーティー後なら確実に解るんだけどなあ。お前主催で寵妃を集めてパーティーしろよ」
 まだ諦めてはいなかった。
「あー無理」
 即座に否定する。
「何でだよ」
「私が開くといったら、間違い無くあのデルシも主催すると言うだろうし、ルグリラドも黙ってはいない。おそらく三人が主催になるから、準備も大変なことになる」
「お前、そんなにデルシ=デベルシュやルグリラドと仲良かったか?」
「悪いからだ。だが、あいつらは寵妃グラディウス・オベラを気に入っている。まあ、私も気に入ってはいるがな……ぶほっ!」
 そしてイレスルキュランはまた《あれ》を思い出し、吹き出した。
「なにをしてるんだ、イレスルキュラン」
 言った後、キーレンクレイカイムはワイン片手に大きなエビフライを口に運ぶ。
「な、なんでもないわ。それでだ、兄よ。今日用意した、そこに並んでいるような娘達とグレスは全く違……ぶほっっう!」
「お前なにやってんだよ、本当に」
 思い出して吹き出しが止まらない妹王女に ”やれやれ” と思いながら視線を遠くに向けた時、
「ぼっはぁぁぁぁ!」
 キーレンクレイカイムは妹王女など比にならない勢いで吹き出した。

 彼の視線の先にはグラディウスが居たのは言うまでもない。

 その後イダ王もグラディウスと直接会い「同じ者を用意するのは不可能だ」となり、寵妃探しの件は一端終了することになった。
「これこそ百聞は一見にしかずというものか」
「そうですなあ、姉上」
 姉王と弟王子はグラディウスと別れたあと脱力しつつ、自らの屋敷へと戻った。

「パーティーか。グラディウス……ぶほぅ! ……ではなく、子供は喜ぶかもしれないな」
 後日グラディウスが、弁償の品として持って来た自作の鈴蘭入りのベゼラを見て、イレスルキュランは思い立ち、面倒を承知でパーティーを開くことにした。

 予想通り、他の二人も名乗りを上げたので、寵妃相手には最大規模の物となる。

※ ※ ※ ※ ※


 正妃主催で寵妃を「呼んでやる」パーティーは、まずパーティーが行われることを告知することから始まる。
 告知するだけで、招待状は正妃の側からは出さない。
 寵妃たちが自ら正妃に「参加したい」と申し出る必要がある。当然ながら簡単に直接会える相手ではない。方々に手をつくして、やっとの思いでお目通りかない参加したい旨を書いた手紙を差し出す。
 それらを正妃の侍女がトレイに載せ、その後正妃が目を通してとなる。
 特に今回は主催者が三名で、寵妃たちとは別の王家に属しているので、誰がどの王家に依頼するかで勢力図なども見ることができる。
「ディウライバン大公殿下」
 正妃になる際に帝国における軍職をすべて返上したデルシ=デベルシュだが、皇帝の死去から新皇帝誕生まで、事態が事態だったために、引き継ぎもろくにできぬままだった。その為、いまでも引き継ぎのために軍部に出向き、引き継ぎをしたり、意見を求められた場合は「軍人正妃として」答えることなどをしていた。
 引退したといえども、前皇帝の皇太子時代から帝国軍に籍を置いていた実力者の王女は、そう簡単にはお役御免とはならない。
「なんだ?」
 軍部では当然個室など持っていないが、オープンスペースにデルシ=デベルシュが座れば、その瞬間にそのスペースは彼女の空間となり、連れてきた部下たちが、それに見合った動きをする。
「フィラメンティアングス公爵殿下が面会を」
「通せ」
 ロヴィニア王国軍の総帥は、軍服ではなく私服でやってきた。
「何用だ? ”でかい乳男さま”よ」
 その格好に軍事関係の話題ではないことを理解して、デルシ=デベルシュは茶化して話しかける。
「ははは”おおきいおきちゃきちゃま”に是非ともお願いがあって」
 ”でかい乳男さま”と呼びかけられたキーレンクレイカイムも”相変わらず話が早くて良い”とばかりに、砕けて空いている椅子を指さして”座ってもいいか?”を尋ねる。
「なんだ?」
 腕を組んで頷き、デルシ=デベルシュ自身も背もたれに体を預けて足を組む。仕事中のデルシ=デベルシュはこんな態度はとらない。
「パーティーの招待状が欲しい」
「なぜ我に求める。妹正妃に頼めば良かろう」
「それがですな。妹に頼んだところ”兄は柱の影で着衣バックで腰振るから駄目だ。間違ってグレスが見たら困るから来んな”と。思い当たる節はありますし、しないとも言い切れないので”そんなことはない”とも言えず」
 少しは悪びれろといった感じの内容だが、悪びれるキーレンクレイカイムなどデルシ=デベルシュですら想像がつかない。
「ルグリラドは?」
「一応頼んでみたのですが―― なぜ貴様のような破廉恥を、この儂が招待せねばならぬのじゃ。貴様のような”ふぁれんちぃ”を何故! 存在そのものが破廉恥すぎて、破廉恥め。ぬぉ! 帰れ”ふぁれんてぃ” この高貴なる儂ともぎもぎが存在する空間に貴様のような”ふぁれんてぃぃ!”は要らぬ ―― 額に血管を浮かせながら破廉恥連呼されてきましたとも」
 声色を変えて「破廉恥」に異様なまでに力をこめて語る姿に、周囲にいるルグリラドを知る物全てが、笑いを堪えるのに必死だった。

 あまりにも容易に想像ができてしまったので。

「それでは仕方ないな。では我の仕事を引き受けることを条件に招待状をくれてやろう」
「はい、なんでしょう?」
「マルティルディに招待状を届けてくるように」
「畏まりました。ところでグラディウスの扱いだが、壇上から……」
 その後キーレンクレイカイムは生来のイベント仕切り上手を発揮し、配置の数々を打ち合わせ、
「それじゃあ、二人にも知らせておきますので」
 デルシ=デベルシュが顧問として会議に参加する三十分前に話をまとめ、去っていった。

「ロヴィニア軍人を純粋に軍人としては欲しいとは思わぬが、事務処理能力の高さは評価に値するな」


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