君想う[087]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[138]
 メディオンが何に照れているのか? 子爵は解らなかったが、照れを問い質してはいけないだろうと、話題を変えることにした。
「メディオン」
「な、な、なんじゃ」
「エルエデスの襲撃犯について聞きたいのだが」
「おう! 何でも聞いてくれ! なのじゃ」
 兎のバーディンクレナーデについて触れてくれるな! と、メディオンは身を乗り出し子爵の質問に答える姿勢をとる。

 子爵は部屋に入った時点で、自分が送った兎の縫いぐるみがベッドにあることは気付いていたが、さほど奇妙には思っていなかった。
 メディオンの私室を訪問するのはこれが初めてではない。過去、何度か訪問した際に兎の縫いぐるみの場所はことごとく違っていた。いま子爵が座っている椅子に座っていたり、ドレッサーの前に座っていたり、ある時は絨毯の真ん中にいたりと。
 なので今回ベッドの枕元に座っていても、すんなりと受け入れた。

「襲撃犯が誰か解るか?」
「済まぬ、それは解らぬのじゃ。テルロバールノル貴族ならば完璧なのじゃが、その……」
 選民の中の選民。帝国全貴族の頂点に立つ大貴族の姫にとって、傭兵国家の貴族、それも友人エルエデスを害するような立場にいる相手など知るはずもない。
「凄いな」
「なにが?」
「我は同属貴族全員を覚えてはいない。さすがメディオンだ」
「そ、そうか? そうでもないぞ! いや、褒めてくれたのは嬉しいが……あ、ありがたいが、まあその……で! エルエデスを襲撃した下郎の特徴じゃがな!」
 ”貴族ならば当然”という意識と”他属は違うという知識”に”子爵に褒められて嬉しい”という幸せな気持ちが合わさって、やはり顔が赤くなる。
「肩幅とか解るか?」
「肩幅?」
「肩幅と髪の色合いが解れば」
「肩幅か? 肩幅は結構あった。じゃが思えば背は高くはなかった。髪の色はエヴェドリット黒髪でな……こ、こう」
 メディオンは立ち上がり最後僅かに見ただけの襲撃者の動きを真似て見せる。
 両手を大きく広げる右手は拳、左手は開いたまま。
「肘がとっても印象的であった。こう……儂には再現し辛いのじゃが、肘で拳を回転させていたように見えた。その腕の動きをかいくぐり、エルエデスが殴り飛ばし、次にガルベージュス公爵と交戦し、最後に捉えられて”死”の発動により死んだ」
「解った」
「解ったのかえ!」
「メディオンが動きを再現してくれたから解った。その背格好で右手だけ拳を作り、その拳を肘から回転させるように攻撃し、エルエデスの襲撃犯に選ばれるくらいに強くて、シセレード公爵家の傘下となればディアノランシーという男だ……えっと男だった?」
「男じゃな、あれ……とは言うものの、エヴェドリットは女と男の境が曖昧というか、下手すると女の方が大きいというか……」
「そうだな。だが恐らくディアノランシーだ。強く、恐い者知らずという名の狂人系だ」
「狂人系……ヨルハのような?」
「ちょっと違う」
「違うのかえ?」
「説明すると滑稽なんだが、ヴァレンは天才型狂人で、ディアノランシーは普通の狂人。確かに強いんだが努力型とでもいうのか。とにかくヴァレンとは違うタイプの狂人だ」
「なんとなく解る気がする。ガルベージュス公爵もヨルハも戦闘の天才じゃが、その性質はまったく違うからのう」
「そうそう、そんな感じだ。ガルベージュス公爵が持つ戦闘の才は機械や理論に近くて、ヴァレンの持つ戦闘能力は本能その物だからな」

※ ※ ※ ※ ※


「ディアノランシー。戦って死ぬとは思っていたが……本人は満足して死んだであろうな」
 死体を検分しながらデルシは側にいるエルエデスに語りかけるでもなく呟く。
「……」
「遅くなりました」
 死体置き場へとやって来たのはベリフオン公爵。
「来たか。クロスティンクロイダ」
 デルシは出迎えの言葉で、
「なんで貴様が来るんだ? ベリフオン」
 エルエデスは”去れ”と言わんばかりの口調で問い質す。
「エルエデス。私は検死官の資格も持っているのですよ。ほら君、今研修中だろ? 私も君と同じく検死研修をしてそのまま補講で検死官の資格を取ったのだよ」
「……」
「ガルベージュス公爵が寿命を削り取った死体は、検死しても何も解らないんですけどね。形式ってヤツですよ。ちなみに彼ってマヨネーズとケチャップ、どっちが好きだったのかね」
 顔見知りで自分を殺害しにきた死体にむける眼差しよりも、ベリフオン公爵に向ける眼差しのほうが厳しいのはエルエデスの性格上の問題だけではない。
「エルエデス」
「はい。デルシ様」
「今回の襲撃は無かったことにする」
 デルシの言う「無かったこと」は襲撃事件を有耶無耶にするのとは違う。
「はい」
 エルエデスも想像は付いていた。
 主催者である皇太子が直々に招待した主賓格であるエルエデスが居ることは誰もが知っている。よって、いくらディアノランシーが正式な招待状を持っていたとしても、正式にシセレード公爵家の配下である彼を通せばどうなるのか? 火を見るよりも明らかであり、そうしない為に、招待状があろうとも、入場を拒否するべきであったのだ。
 招待状を持っていたディアノランシー本人も会場に通され、驚いたことだろう――同時に彼は、帝国の真意に気付き、最後にガルベージュス公爵に挑みかかった。

―― 会場外、入り口付近で襲いかかる予定だったのだが

 ガルベージュス公爵が「会場内で暴れて下さい」と彼を通し、彼はガルベージュス公爵がエンディラン侯爵に一方的に罵られているように見えるが楽しい時間を過ごすのを待ち、攻撃に転じた。

「ガルデーフォ公爵の動きを止めるためです」
「解っている。今回の襲撃が明るみに出なければ、シセレードは誰も罰しようがない。その事がリスリデスの簒奪の始まりになるのは確実だ」
「私がもう少し才能豊かであれば良かったのですが、ガルデーフォ公爵の蠢動は些か厄介でしてね」
「策のスタートラインはリスリデスが爵位を奪ってから、だな?」
「はい」
「解った」
「クロスティンクロイダ、報告書、及び死体の返却までお前に任せる。良いな」
「畏まりました、デルシ様」
「では戻るぞ。エルエデス」

 軍の死体置き場からデルシの執務室へと帰る途中、

「デルシ様。エルエデス!」
 ヨルハ公爵が腕を振りながら近寄って来た。
「どうしたのだ? ゼフ」
「エルエデスを迎えに来ました! それで、ディアノランシーは誰が殺したんですか!」
 ヨルハ公爵は下手な嘘を付くこともなく、
「ガルベージュスだ」
「やっぱり」
 デルシの返答でこの先どうなるか? も大方解った。
「エルエデス」
「はい、デルシ様」
「ゼフと寮へ戻れ」
「……畏まりました」
 ”ばいばい! デルシ様”肩が外れるのではないか? と言う程に腕を振るヨルハ公爵を引っ張りながら、エルエデスは帰途についた。

「エルエデス。彼、強かった?」
「まあまあ。バベィラから聞いていたんだな?」
 《ディアノランシーは誰が殺したんですか!》襲撃犯の名は外にはまだ漏れておらず、他者が彼について今後語る時には、彼は会場ではない場所で死んでいたことになると決まっている。
「うん! いいな、我も殺したかった」
「お前がディアノランシーを殺したら面倒になるだろうが」
 《ガルベージュスだ》《やっぱり》それはリスリデスが簒奪開始を目指し歩き出したという答えであり、ヨルハ公爵はそのことをバベィラに報告しなくてはならない。
「でも、きっと、バーローズ公爵は許してくれる」
「まあな。バーローズはお前に甘いからな。それと……」
「それと、なに? エルエデス」
「迎えにきてくれて、ありがとう。ゼフ」

 二人の楽しげな後ろ姿を見ながら、デルシは一人溜息をついた。

※ ※ ※ ※ ※


「そうそう、そんな感じだ。ガルベージュス公爵が持つ戦闘の才は機械や理論に近くて、ヴァレンの持つ戦闘能力は本能その物だからな」
「理性ではないのか?」
「エヴェドリットで理性ってのは人を殺さないことを指すんだ」
「理解するのは難しいが、なんとなく解るわい……あのな、エディルキュレセ。答えたくなければ拒否してくれて構わぬのじゃが……エディルキュレセはロターヌ=エターナの力をどう思っておる? 嫌か? そうではないか? のどちらかで答えてくれるだけで良いのじゃが……」
 メディオンの質問に子爵は少しばかり考えて、いままで語ったことのない理由を口にした。
「好き嫌いというのではなく……我の感覚的な問題なのだ。感傷的過ぎるのかもしれないと、自分でも不安になるからあまり語ったことはない……だから、内緒にしてくれるか?」
「おお。もちろん!」
「相手の思考を読む時、気持ちも付随してくるんだが、この気持ちがなあ……相手の大事な気持ちをかすめ取っているようで嫌なんだ。情報は良いんだが、情報を奪った相手が大事にしている感情を奪ってしまうことが。この感情を返すことができるのなら良いなと思うし、我慢もできるが。その人にとって大事な気持ちを、その感情を大切にできない自分が持つことが、そんな事はないだろうが、相手の大事な気持ちが目減りしてしまうのではないかと。大事な感情は減らないだろうが、それでも誰かにとって大事な気持ちを返せないことが、奪ってしまうだけということが……嫌だな」

※ ※ ※ ※ ※


―― 貴方なら完璧に再現できるでしょう、ザナデウ
―― なんの話だ? ジュラス
―― グラディウスが言ってたブランコのこと。記憶を読めば完璧に作れるでしょう
―― それはな。恐らく完璧に覚えていることだろう
―― じゃあ!
―― いつまで経っても鮮明に覚えているような、忘れられない大事な思い出は触れたくない

 その記憶は鮮明であった
 楡の木。その枝、葉。木漏れ日
 頑丈なロープ。腰をかけている板も楡
 背を押され青空を望み
 薄い靴底が地面とこすれ、砂の音がする
 親のものを手直しした、少々大きめな服。その袖口をくすぐる風

「とうちゃん! 楽しいよ! 次は……」

―― 貴方って良い人よね。真面目でも悪い人はいるけれど、貴方は本当に良い人よ。エヴェドリットとしては真面目じゃないけれどね

※ ※ ※ ※ ※


「……」
 メディオンは子爵の答えに何も言うことができなかった。
「どうした? メディオン」
 だが言わずにいることは出来ないと、彼女は考えて全てを伝えた。
「エディルキュレセ。儂はお主が答えてくれたことに対して何も言えぬ。それは正に言葉に出来ぬということじゃ。お主が今、儂の感情を読んでくれるのであれば全てが解決するのじゃが、それはお主がその能力を嫌うことになる。今の儂の感情は外に出してはならぬものじゃ」

 答えは、そしてその感情とは――

 知りたいと子爵は手を伸ばしかけたが止めた。
 メディオンにとって大事な気持ちを奪うわけにはいかない。それが自分に関することであっても。自分に関することだからこそ。

「ありがとう」
 メディオンの答えが優しいものであることだけは、
「こちらこそ」
 その表情ではっきりと解った。

 子爵はそれで満足しなくてはならない。子爵はこの時、初めて自分の力を”使わないように葛藤する”という感情を知った。


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