銀河帝国において警察とは軍の一部なので、警察官は全員が軍人である。
警察署でもっとも偉い署長は大佐、部下は以下の階級。その警察署を統括するのが軍の調査局となっている。
事件は軍人が捜査し、軍人が裁くような形なので、将校である彼らは警察の職務をも学ぶ。授業で知識を得ると同時に、実際の警察で仕事に直接触れる研修もある。
研修は本人の希望により配属が決められる。
希望は尊重されるが、原則として基本二人一組で希望者が二人に満たない場合は他の部署へと回される。
ヨルハ公爵とエルエデスは、
「この古い骨、食べていいのかな?」
「骨が食いたいのなら、もっと良いのを食え。ちなみに我は古骨は嫌いだ」
「……(エヴェドリット怖い)」
死体と語らう司法解剖局に。
ジベルボート伯爵とザイオンレヴィは、
「指紋……指紋……これで個人特定できるんですか! じっと手を見ちゃいましたよ!」
「僕とクレッシェッテンバティウの指紋、違うね。これが証拠ってやつかあ」
「……(指紋知らない? いや冗談だよね)」
証拠品を吟味する科学捜査局に。ちなみに子爵の本来の第一希望はここであった。がクロントフ侯爵の説得と貴族らしい工作(賄賂)攻勢などを受けて、
「ありがとう! ケーリッヒリラ子爵」
「感謝しなくていい。まったく知らないところに行くのも勉強になるからな」
二人で「未解決事件」を扱う一警察署の小さな部署へ。
※ ※ ※ ※ ※
刑事の仕事に怪我はつき物である。
一人の女性警官が職務中に運悪く流れ弾があたり、怪我で入院した。治療を終えた女性警官はすぐに復職した。
警察は慢性的に人手が足りないので、現場に行けなくても裏方で書類整理などを受け持とうと。彼女は警察になりたくて軍人になった、軍学校卒業生なので、軍から不足人員を補うためにと送り込まれてくる軍人警官とは違い警察業務に長けている。
復職の書類を署に送った彼女は、傷病休暇中にもかかわらず、書類を提出した翌日署長から呼び出された。
「まだ本調子ではないことは分かっているが、断り切れなかった」
署長の言葉に、ここに来るまでに同僚たちが教えてくれたことが本当であったことを知る。
『ディクスン・カー兵長。帝国上級士官学校研修生二名の監督官を命ずる』
「どうして私に」
運が悪い彼女は「監督官という名の召使い」に抜擢された。
この地位も名誉もある「あらゆ意味で」扱い辛い二名は、書類整理を希望しており、軍学校卒で書類整理をして体調を整えようとしていた彼女には逃げようがない。
「分からない。ともかく明日からお出でになる」
「……済みません、署長。クロントフ侯爵閣下は皇王族以外の血は?」
「純粋皇王族閣下だ」
クロントフ侯爵の源流は四代前の皇帝の妹にある。
「どうして純粋皇王族の侯爵閣下が、純粋エヴェドリットの子爵閣下と?」
「分からん」
己の運の悪さを嘆きながら、カー兵長は翌日制服を着て署長と共に警察署入り口前で朝から立って待っていた。
マントの色だけ違う上級士官学校の制服を着用した二人を敬礼して出迎え、署長室で挨拶をして、
「こちらがディクスン・カー兵長です」
署長より紹介されて、彼女は入り口でした敬礼を再度する。
「…………」
挨拶を受け取ったクロントフ侯爵はカー兵長の頭の天辺から足の先まで何度も見て、子爵のほうを振り返る。
「もしかして性別は見てなかったのか?」
「思い込みってやつだ……ああ、やっちゃった! 探偵にとって思い込みは命取りなのに!」
意味の解らない署長とカー兵長だが、無駄口など叩かない。
貴族相手に教えて下さいなど言えるはずもない。ただ黙って、そして話してくれることに希望を持つのみ。
説明ないまま、用意させた資料室の一角に作らせたデスクへと向かう。
「狭い所ですが」
総数五十兆人を越す純粋帝国軍人を指揮する立場となる貴族の執務室としては、貧相極まりないが、
「充分だ」
注文していた二人は気にすることもなかった。
「カー兵長。未解決事件はどのフロアに?」
兵長は画面を出し、指で示す。
「ここです」
現在地と未解決事件フロアの位置を確認したクロントフ侯爵は、挨拶や説明などせずに走り出す。
「クロントフ侯! 選んだ理由を説明……」
「ケーリッヒリラ子爵に任せた!」
徐々に遠ざかる彼の声を聞きながら”仕方ないか”と納得するも、なにも分かっていない状態の兵長をそのままにしておくわけにもいかないだろうと、説明を始める。
「やれやれ。えーとだな……怪我はもういいのか?」
兵長は二十八歳の独身女性。
軍学校の成績は「並」職務についてからの態度は真面目。優秀ではないが、こつこつと仕事をし、一匹狼的な所はない。
ショートカットで、髪にはあまり艶がない。
手入れすれば艶は出るだろうが、髪に時間をかけるよりは、趣味や仕事に時間を費やすタイプ。
特定の恋人も、一夜限りの相手もいない。
面白みのない人と取るか、趣味と仕事を楽しんでいる人と取るか? どちらで取られても、兵長は気にはしない。
「はい。後遺症もなにもありません」
「そうか。先ずは兵長が我々に選ばれた理由を説明しよう」
「はい」
「未解決事件の書類なんて、どの警察にもあるのに、わざわざこの署を選び、兵長を監督官にするように依頼したこと、不思議だったろう?」
「正直に申しますと”はい”です」
「クロントフ侯は未解決事件に興味を持っていて、研修中に探りたいと希望していた。そのため、まずは未解決事件を抱えている警察署に研修に行くことが決まった。監督官を務めることができる、軍学校の卒業生が在籍している警察署も捜す。正直、帝星にある全警察がこの条件を満たしていた」
「未解決事件を抱えている事、申し訳なく思っております」
「人員も資金も時間も限りがあるから……仕方ないとは言ってはいけないが、そういうものだろう。兵長たちは出来る範囲で最善を尽くしている」
「ありがとうございます」
帝国は領域が広大なため、逃げられると警察の権限では追跡不可能になることが多々ある。その為に軍が警察権を所持し、惑星から逃げた犯罪者は軍が追うことになっている。
”だから”犯罪者は惑星から出ないことが多い。
資金や人員、時間に限りがある警察と、全てが無制限な軍将校(クロントフ侯爵のような人)どちらを相手にするか? と聞かれたら、当然前者の警察を選ぶだろう。
「それでなにを基準に選ぼうか? となった時、クロントフ侯が兵長の名を見て……決めたのだ」
「私の名前、ですか?」
「我は知らなかったのだが、地球時代に”ディクスン・カー”という推理小説作家が存在したのだそうだ。今では名を聞くこともないが、かなり有名だったそうだ」
「は……は……はあ?」
「不可解だろうし、理解できないだろうし、納得できないだろうが、兵長が選ばれたのは、そのフルネームだ。それと署長室でクロントフ侯が驚いていたのは、ディクスン・カーは男性だったそうだ。そのことが頭にあった侯は、兵長の名前だけで勝手に男だと勘違いしていた……らしい」
「あ、はい。分かりました」
「理由を説明するかどうか悩んだ。下らない理由だと気分を害されては困るなと。だが兵長はそのような人柄でもないようだしな」
目に鮮やかな赤いマントの上級エヴェドリット貴族とは思えない穏やかさに、驚くと共に、勝手に”血の雨降らす人”だと思っていた自分を叱りつける。
「ありがとうございます」
「とにかく無理はしないようにな」
子爵は書類の不備がないかどうかを確認する作業をしながら、持ってきた菓子を勧め、昼食を勧める。
「街中で食べたいところなのだが、昼食時にリスカートーフォンがテーブルに座っていては営業妨害だからな。それに二人一組で行動するのが決まりだが、クロントフ侯は外出する間も惜しんで未解決事件に埋没だろうからな。あとおかしな原材料ではないから心配せずに食べてくれ」
「はい」
兵長の仕事は楽であった。
帝国上級士官学校に通うことができる頭脳の持ち主は、兵長の一度の説明で全てを理解し、淡々と書類の不備がないかどうかを確認してゆき、
「帰寮時間だ、クロントフ侯爵」
「ああああ! どうして帰寮時間などがあるのだ。ここに寝泊まりしたい! 一生ここから出ないで過ごしたい!」
「……夕食時間に遅れたら、来られなくなるんだから諦めろ」
夕食の時間に間に合わない……を三回繰り返すと、研修先に迷惑をかけているということで、没収となりこの研修の単位も落とすこととなる。
「分かっている! 分かってるが!」
クロントフ侯爵を連れて子爵は毎日、終業時間の三十分前に帰っていった。
「後片付けの時間込みで」
※ ※ ※ ※ ※
メディオンの研修はエシュゼオーン大公と組んで防犯講座を受けること。メディオンは一般的な犯罪がどのようなものか? はっきりと解らないので、これを機会にどのような行為が犯罪であるのかをしっかりと学ぶことにした。
「この行為は詐欺にあたり、犯罪行為に該当するのか。これでは、ロヴィニアは犯罪国家ということじゃな」
「エヴェドリットもそうなりますねーメディオン」
二大犯罪国家について語り合う、テルロバールノル王族の血を引く二人。
そしてテルロバールノル王子イデールマイスラその人は ――
「防犯には街中を綺麗にする。これに尽きます」
「そ、そうじゃが」
帝国の至宝ガルベージュス公爵と共に公共施設の掃除をしていた。街中の塵を拾い、目隠しになりそうな木の枝を伐採し、溢れそうになったゴミ箱を確認しては、業者を呼びつける。
帝国の軍警察は犯罪捜査よりも防犯に力を入れるように指示されている。
「貴方が防犯劇をするのが嫌だといったから、こうしてゾフィアーネ大公とヒレイディシャ男爵に代わってもらったのですよ」
イデールマイスラは気付いていなかったのだが、去年の死体になりきるミステリー劇は、今年の研修のための布石であったのだ。
文字が読めない奴隷たちの防犯意識を高めるために、解りやすく防犯劇をするのが帝国上級士官学校演劇部の伝統であった。
が、イデールマイスラは「儂は棺の中で動かなかっただけじゃ!」と劇に自信がなかったので、別の防犯に登録していた二人と代わってもらったのだ。
―― よろしいのですか? 殿下
―― 劇でなければ何でも良いのじゃ!
「そうなのじゃが……冷静になって考えればイヴィロディーグに劇なんぞ……」
鉄仮面で名高い彼は、疲れていようが、困り果てていようが、表情は変わらない。顔も髭を蓄えており威圧的。
「心配することないですよ、イデールマイスラ。ゾフィアーネ大公が言ってました、着ぐるみ劇にすると。ピンク色でちょっとデフォルメしたアルパカの可愛い着ぐるみ被って裏声出して、頑張ってることでしょう。さ! 次の掃除区域に行きますよ!」
―― 済まぬ、イヴィロディーグ
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