君想う[056]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[107]
 ルグリラドはメディオンの帰宅を楽しみに待っていた。
 あまりにも楽しみで、帰宅日を絶対に自分に教えないよう、厳命するくらいに楽しみにしていた。帰宅予定日を聞いてしまうと、一日の遅れも我慢できないこともあるが、聞いたその日からメディオンの帰宅日を指折り数えて、他の事が手につかなくなることを自分自身で良く理解しているためだ。
 ちなみにメディオンは正式には「王城に帰宅する」ではないのだが、ルグリラドの感情としては幼い頃から共に育った従妹の姫が帰ってくるのは王城シャングリラなのである。
 テルロバールノルだけではなく、他の王家や皇帝領の全貴族中最大にして最高の居城を持つローグ公爵家だが、ルグリラドにとってはメディオンの別宅扱いであり、決して帰宅する場所ではない。

「ルグリラド様! いま帰りましたのじゃ!」
「おお! メディオン! 待ちかねたのじゃ!」

 メディオンの帰宅日は国王の命により秘密にされてはいたが、帝国上級士官学校の休暇開始は帝国全域に通知されるので、その日からルグリラドはメディオンの帰宅を待っていた。それでは秘密にする意味がないようにも思えるが【皆が知っているだけでルグリラドは認めていない】ので誰も何も言うことができない。
 要するにルグリラドのやせ我慢である。
 メディオンはルグリラドと再会の抱擁を交わし、
「父上は忙しいそうじゃ。今日の夕食は一緒にとる故、その際に帰宅の挨拶をするとよいぞ、メディオン。もちろん夕食も一緒じゃ」
「はい、ルグリラド様」
 もちろんテルロバールノル王はまったく忙しくはない。例え忙しかったとしても、ルグリラド一番のお気に入りで、実妹の愛娘からの挨拶を後回しにするなど「ありえない」

―― 父上。メディオンには儂のところに真っ先に来て欲しいのじゃあ
―― 解った、ルグリラド。儂は忙しいから、メディオンには帰宅したら一番にお主に会いに行くように命じておく
―― 嬉しいのじゃあ!
―― ……ルグリラド
―― なんでございますか? 父上
―― 実はなあ、メディオンが卑賤……いや下賤……いや狂人? それは違うか……いや、だがあいつらは狂人じゃからして……

 ルグリラドはメディオンと二人で暮らしていた館(王城内に館がある)へと行き、二人のお気に入りである、彫刻が並べられた庭を歩き、休憩所で腰を下ろした。
 道すがら聞いたのは、メディオンの学校生活。
 腰を下ろしたルグリラドは膝を付き合わせ、鼻の先が触れるほど顔を近づけて、長くけぶる睫を僅かにふるわせて、
「メディオンや」
「はい、ルグリラド様」
「お主、エヴェドリット貴族と仲良いとは本当か?」

―― 狂人? 狂人といえばエヴェドリットのことですか?
―― そうじゃ
―― メディオンと下郎がどうしたと

 父王から聞いた話が本当かどうかを尋ねた。
「あっ……」
 その時のルグリラドの気持ちは複雑であった。メディオンが下賤貴族(同属上級貴族以外はすべて下賤貴族認識)と仲良くしていると聞き驚いたものの、ルグリラド自身「婚約者よりも下位の男」に片思いをしているので、姉妹のように育ったメディオンに【もしかして、儂が悪い影響を与えてしまったのでは!】と落ち込んでいたのだ。
 ルグリラドの夫は未来の皇帝、現皇太子なので、彼以外に恋をすると漏れなく「婚約者よりも下位の男」であり、その下位の男が帝国の至宝ガルベージュス公爵だったりと、規模が大きく基準もかなり曖昧。
 もしも間違って現皇帝のルグリラドの気持ちが知られたとしたら、皇帝は彼女に詫びる。【お主の趣味は良いが、余の息子にはお主が必要だから、我慢して結婚してくれぬか】と言うレベルの男である。
「どうなんじゃ? メディオン」
 対するメディオンの初恋の相手は「……ナザールの子孫か」と顔で精々判断してもらえるくらい。もちろん容姿で開祖が解る時点で名門なのだが、名門であっても越えられない壁というものがある。
「仲は良いほうです。それは隠しはしませんのじゃ」
「そうなのか。詳しくは聞いておらぬが、そのエヴェドリットは何者じゃ」
「よくぞ聞いてくださいました! ルグリラド様。ケーリッヒリラ子爵と申しまして、フレディル侯爵家の第二子で、父にデルヴィアルス公子を持つ、ナザール・デルヴィアルスとよく似た十四歳ですのじゃ! あのガルベージュス公爵のたった一人の寮内付き人なのですのじゃあ」
 爵位を語ってばかりに感じられるが、テルロバールノル貴族はまずは爵位や家系や知り合いで「見る」ので、この説明は正しい。
「なんじゃと! ガルベージュスの付き人とな!」

※ ※ ※ ※ ※


「我とリュティト伯爵の関係、ロフイライシ公爵閣下にお話することは御座いません」
 子爵は背筋を伸ばし、短い言葉できっぱりと言った。
 バベィラはその言葉に満足した。
 最初から子爵が言い訳じみたことを言うとは思ってはいなかった。帝国上級士官学校では下から数えたほうが早い成績だが、入学できた時点で頭は良いことは証明されている。あとは世で頻繁に言われる、

―― 勉強が出来る人と賢い人は違う ――

 子爵がそれでは”ない”ことをバベィラは知りたかったのだ。「勉強も出来て、賢くもある」かどうか? そうであれば問題はない。
「よろしい。下手な言い訳をせぬところはお前の美徳だな、ケーリッヒリラ子爵」
 子爵はバベィラが設定したラインを越えた。
「ありがとうございます」
「ロヴィニア相手にそれが何処まで通じるかは”見物”だが、フィラメンティアングスは短い言葉でも切り込んでくるぞ。心しておけ」
 子爵たちがキーレンクレイカイムと接触しロヴィニア研修に行こうとしているのは、
「報告していないのに! どうして解ったんですか? バベィラ様」
「あの好色王子から連絡があったのだ、ゼフ」
 バベィラは既に連絡を受け知っていた。

※ ※ ※ ※ ※


―― エルエデスも一緒だけれど、研修を引き受けてもいいのか?
―― 構いはしません。……どうなさいました? フィラメンティアングス王子殿下
―― お前等、本当に相手に個人的な恨みを持たないんだな。殺したいくらいに興味はあるのに、面白いな
―― 殺しは楽しいものであって、恨みを晴らすものではありません
―― お前等って変わった思考だよな
―― そうですかな? フィラメンティアングス王子殿下
―― 「殺したいほど憎い」と「無関心」が負の感情の二強だろ。お前等はその二つがほとんど無い。それで聞きたいのだが、お前等は憎い相手に対してどんな感情を持つんだ?
―― 難しい質問ですね、フィラメンティアングス王子殿下
―― 難しいか?
―― ええ、難しいですとも
―― いままで機嫌を損ねるような真似をされたこともなければ、周囲の者が失敗したこともなかったか?
―― その答えは一つしか許されておらず、答えを出すことができたらエヴェドリット王になることが出来ると言われております
―― アシュ=アリラシュの残したあの言葉か。たしか「戦争の……」

※ ※ ※ ※ ※


「バベィラ様に粉をかけるとは、命知らずな王子殿下でいらっしゃいます」
「後ろに夫であるお前が立っているのにも関わらずな」
 宿敵夫婦の会話を聞きながら、エルエデスはキーレンクレイカイムのやたらと馴れ馴れしい喋り方を思い出した。
 だが喋り方も態度も、腹立たしいほどに馴れ馴れしいのだが、踏み込み辛さをエルエデスは感じていた。
「王子殿下の会話の間合いは広範囲ですからね。私たち程度の会話能力では太刀打ちできません」
 同じことを背後で聞いていたマーダドリシャ侯爵も指摘する。
「まあな。お前達もロヴィニアに研修に行く予定ではあろうが、好色王子の会話の間合いに囚われるなよ。あいつとまともに会話したら、お前達では勝ち目がない」
「でも会話しないと研修になりませんよ、バベィラ様」
「そうだなゼフ。だからまともに会話はするな、だが暴力でも脅すな。研修のことは追々で良いが、ケーリッヒリラ子爵」
「はい」
「お前の賢さを高く評価する。これからの付き合いなどに関し、我があれこれ言うのはお門違い故に最後に一つだけ言って黙る。間違ってローグの小娘孕ませたら我に言え。子宮を我が尾でぶち抜いて堕胎し、そのままテルロバールノル貴族最大武力と戦争させてもらう」
 バベィラは眼帯を外し眼窩の無い顔を晒して口を歪めて笑った。
 その表情、本気である ―― 誰もがそれを感じ取った。檻の中のサズラニックスも激しく暴れながら今度は自分の左眼球をえぐり出す。

 宇宙の平和の為ならば絶対手出しをしては行けない状況だが、エヴェドリットとしては行動に移して世間でいう所の最悪な事態を招かねばならぬのだろうかと……子爵は考えたが、すぐに頭を切り替えた。

―― ロフイライシ公とは関係のないことだから……問題は起こさないけどな

「ではケーリッヒリラ子爵、ネーサリーウス子爵と話をしてこい」
 バベィラに言われてフレディル侯爵家の二人は退出し部屋には、
「お前と向かいあって話をする日がくるとはなあ、ケディンベシュアム」
「お前と直接会う時は、殺し合いだとばかり思っていたがな、ロフイライシ」
 ”殺意もなにもないのに宿敵同士”と、
「バベィラ様とシセレード公女が普通に会話している姿を見る日がくるとは、このトストス感無量だね」
「”感無量”がすっごく軽いよ、トストス」
「正直確執とか解らないからね。バベィラ様、恨み言を並べるような御方ではいし、ヴァレンもそうじゃないからね」
「我は恨みはないからね。むしろ好きだよ」
「……両方?」
「うん、両方」
「さすがヴァレン」
 夫二名のなんとも奇妙な会話。
 それらを聞きながら”着陸してすぐのアレはカウントされないのかなあ”とケシュマリスタの二人は顔を見合わせ、サズラニックスが檻を叩く音が徐々に大きくなってゆく辺りに、危険を感じたが、部屋から出るわけにも行かないので黙って時が過ぎるのを、そして子爵が戻ってくるのを待っていた。

※ ※ ※ ※ ※


 部屋から出た子爵と兄のオルタフォルゼは、歩きながら用件を伝え、そして聞く。
「ローグ公女と会う際は、このカードで支払え」
 オルタフォルゼが子爵に差し出したカードの名義は紋様から父・イズカニディ伯爵の物であることは一目で解った。
「歳出管理か?」
「その意味も少しはあるのだろうが、母上も父君も然程……いや、まったく心配していない」
 十四歳の健康な少年がそれでいいのか? とも思う。誰よりも言われた本人がもっともそう思ったが、同時に両親は自分のことを良く理解しているなと受け取ったカードをズボンのポケットにねじ込み無言を貫く。
「ただな。あまり財力の差がある者同士が出歩くと”たかり”のように思われたり……」
「フレディル侯爵家としても見栄は張りたいところなんだろう? オルタフォルゼ」
「それが一番だな。それにしてもリュティト伯爵の財産は驚きだ。我が家の全財産以上の物を持っている」
「相手は王家と縁付くことも珍しくはない姫君だ。当然の持参金だろう……で、メッセンジャー代わりだけの為にきたわけではないのだろう? オルタフォルゼ」
「……」
「わざわざ罠を張って我を捕まえようとしたのだ。個人的な用件もあったのだろう?」
 到着後、子爵が逃亡した先にあった罠。
 子爵を捕らえようとしたのは事実だが、両親がバベィラに話しを通して公式依頼した内容を、裏で捕まえて話すようなことはない。そんなバベィラの顔を潰し、そのまま実家を破滅に導くような真似をする兄ではないことを子爵は理解している。
 そして質問しておきながら、

―― 時期からすると想像つくがな……

 子爵は想像が付いていた。
「エディルキュレセ、推理小説の書評を頼む」
「やはりそれか」
 この五年ほど子爵が引き受けていた「領地内の書評」の仕事が、本来仕事をしなくてはならない兄が受け持つことになった。そして兄は本が大嫌いである。
「言うなよ、エディルキュレセ。我も努力はしたんだ。努力の跡を見せてやる」
 オルタフォルゼが乗ってきた戦艦に乗り込み、部屋までついて行く。
 部屋には大層立派な《ページをめくる形式の》本が所狭しとおかれていた。普通の人間が書いた本はこの形式にはならない。
 子爵は本に近付き表面を手袋越しに指で撫でてから、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「……人造皮膚だな」
「そのくらいは自重した」
 その本は《紙》ではなく《皮》で出来ていた。人工的に作った人間の皮膚をなめして……という代物である。
「書くつもりはあったんだな」
「まあな。だが本当につまらん。恨みで人を殺すとか、復讐代行業だとか意味が解らん。”こんなヤツを殺して捕まるのは御免”だとか”殺すだけでは恨みは晴れない”だとか意味が本当に解らん。殺したいなら殺せばいいだろうが。捕まえにきたヤツも殺せば良いだろうが! 死ぬまで殺せばいいだろう。殺しても恨みが晴れないなら、晴れる方法を講じればいいだろう」
 子爵は本を書きわけて端末を立ち上げて、受賞作のあらすじに目を通して目頭を押さえ、
「解った引き受ける。少しは滞在するのか?」
 どう考えてもオルタフォルゼが解る話ではないことを読み取った。
 子爵も根本的なことは解らないのだが「人間の殺人に関する認識」を僅かばかり知っているので、表層的な書評はまとめることが出来るのだ。
「ヨルハ公爵閣下が許してくれるなら。あの時のヨルハ公爵閣下は本気だった」
「……まあ、急いでまとめるから少しは滞在してくれ。このまま返したら、あとでクレウに”シクのお兄さんとお話したかったのに”と残念がられて、連絡を取る羽目になりそうだからな」
「それとこの事は、母上には内緒な」
「解っている。我は好んで実家とは連絡は取らんから安心しろ」


 残念なことに、書評が子爵の手であることは両親にすぐにバレ、後日”お前を腹から出すのは十六年ぶりだ……そう母上に言われた”と、三ヶ月ほど行方不明であったオルタフォルゼから手紙が届き、子爵は再び目頭を押さえて溜息をついた。


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