君想う[052]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[103]
 子爵はホテルで一人バルコニーの椅子に座り夜景を眺めていた。

※ ※ ※ ※ ※


 人間の五感に恐怖を与えるホラーハウスは盛況であった。恐怖で倒れた人向けの治療室が地下にあり、そこから青ざめ足取りもおぼつかずに地上に出て来る人たちの姿は、行列に並んでいる人たちの恐怖をより一層煽る。
「エディルキュレセは怖いのは平気なのか?」
 その行列の脇を歩きながら、メディオンは組んでいる腕に力を込める。
 メディオンは怖いもの関係は苦手。本来であれば、このホラーハウスも『人間相手の陳腐なもの』と片頬を引きつらせて視界にも入れたくはない。
「我はこの種の本能的な恐怖に対しては、エヴェドリット基準で耐性があるから平気だ」

―― 強いところを見せるのじゃ!

 メディオンは子爵に良い所を見せたかった。ただの他属貴族ではなく”メディオン”を知って欲しい。その知ってもらえるのは、できれば良い所を知って欲しい――と。
 最初に良い所ばかりを見せると後が辛くなるとは言われるが、そんなのは長く生きた者たちの理屈。十二歳の姫君が、初恋相手に良い所以外を見せるなど考えるはずもない。
 何よりもメディオンは楽をしたいわけではない。
 彼女は園内パンフレットを見て、ホラーハウスに目を付けた。
 普段であれば有無を言わせず権力で即座に撤去させるくらいに嫌いだが、
『どれどれ』
 アトラクション概要に目を通すと「閉ざされた狂気の館。その館は狂った主の命により、増築が繰り返され、誰も逃げ出すことができなくなり、最後にはその館の主までが出られずに餓死した。(中略)連続猟奇殺人犯が住み着き……」と書かれていた。
『なんとエディルキュレセ向きな!』
 文字の装飾を省くと「薄暗い館に迷路が作成。所々に驚かす仕掛けあり」というアトラクション。
 怖い敵が追ってくる中、脱出するのは確かに子爵向きだが、まったくメディオン向きではない。
『……』
 エヴェドリットが相手を評価する時に使うものは強さ。このアトラクションは、エヴェドリット属に解り易く強さを見せるのには最適である……そうメディオンは考え、このアトラクションには必ず足を運ぶと固く心に決めていた。

「メディオン、怖いなら無理するな」
「平気じゃ! 平気なんじゃ!」
 腕に先程よりもしっかりとしがみつき、歩幅が狭くなっているメディオンを見れば、意識を読まなくてもどれ程怖いかすぐに解る。
「平気ならいいが。怖くてどうしようもなくなったら我の髪を引っ張ってくれ」
 子爵は自分の栗毛を一房掴みメディオンの前に差し出す。
「髪を引っ張る?」
「怖いと声なんて出ないだろ」
 そして手首に巻いてから握らせた。
「た、たしかに声など出んな。さすがエディルキュレセ、良く理解しておるわい」
「専門なんで」
「それで、髪を引っ張ったらどうなるのじゃ?」
「抱き上げて逃げるつもりだ」
 強い自分を見せるつもりであったメディオンの心は大きく動いたが、
「……そ、そこまで心配せんでもいいぞ! 儂はこのアトラクションを攻略してみせる!」
 そこは初志貫徹が信条のテルロバールノル一族、目先の可愛らしさよりも後々の尊敬を取った。
 もっともこのアトラクションでそんな尊敬が得られるかどうか? は不明だが、
「とにかく怖くてどうしようもなくなったら教えてくれ。アトラクション潰しで悪いが、仕組みとか説明して恐怖を和らげるから」
「お、おう!」
 入館前にメディオンの子爵に対する尊敬は上がった。
 ホラーハウスは恐怖を煽るために暗いのだが、上級貴族の二人にはまったく問題はない……はずなのだが、それらが苦手なメディオンには、はっきり見えるも相当に怖かった。
「……」
「……」
 子爵の腕に捕まり目を瞑り歩くメディオン。
 ”そこ段差になっている”などと言ったら目を閉じていることに気付いていることになり、メディオンのプライドに傷をつけることになるだろうと、子爵は上手く段差などを気付かせずに歩き続けた。

―― 怖いってこういうことか

 ホラーハウス自体に恐怖を感じることはないが、それを恐怖するメディオンの感情は当人も制御しきれないほどで、意識を遮断している子爵の肌に覆い被さる。それが不快か? と問われれば、子爵はそうでもなかった。むしろ初めて感じるこの類の恐怖に深く興味を持つっていたほど。
 腕にしがみつき、だが決して髪を引っ張ろうとしないメディオン。恐怖心を感じながら、人間には聞こえない音階を拾い歩く。
「メディオン。三分の二は過ぎたぞ。あと少しだ、頑張れ」
「そ、そうか……よく、わかるな」
「建物の大きさと先程までの迷路の造りに、あとは建築基準から換算してみた。違法建築の場合は我の読みは外れるが」
 自分の声の反響から材質などを予測して、壁の厚さなどを割出してみたりと、子爵は積極的に別のことを考えるようにしていた。恐怖はないが子爵は別のことで、必死だった。
 それはメディオンの怖さに震える表情が非常に可愛く見えてしまい、混乱していたのだ。メディオンは顔だけならば残酷の代名詞でもあるガウ=ライ。
 その顔が怯えているのに違和感を覚えることもなく、むしろ可愛いと感じてしまった自分に子爵は驚き本当に混乱していた。
 ホラーハウスに入る前に余裕を見せたので焦るわけにもいかず。もちろん焦っても問題はないのだが、理由が理由なので、できることなら知られたくはないと。普段は落ち着いて二十代に見られる子爵だが、実際は十四歳。一度気になると、そう簡単に頭から追い出せはしない。
「エディルキュレセ」
「どうした? メディオン」
「儂は怖くてしかたないのじゃが……同時にとても楽しいぞ!」
「そうか、それは良かった」
 メディオンは怖くて仕方ないのだが、子爵と一緒に歩いていられるだけで幸せで、だが怖くて仕方なくて逃げ出したく栗毛の髪を引っ張り抱えられて逃げたいとおもいつつ、こうやって歩いていたいとも思い……まさに複雑な心境というものであった。
 メディオンが館内を見ることは一度たりともなく、
「メディオン、出口だ」
「そうか」
 外に一歩踏み出し、降り注ぐ陽射しを肌で感じてメディオンはやっと目を開くことができた。
 やり遂げた表情で子爵を見上げるメディオンに、どういう表情を作るべきか子爵は悩んだが、
「やったな、メディオン」
「おう! エディルキュレセ! 儂はやったのじゃ!」
 出来る限り普通の、ホラーハウスに入る前の表情を作って”笑いかけた”

 すっかりと疲れ果て、ベンチに座り休憩していたメディオンと子爵の足元に、従者のオーランドリス伯爵が膝をついて頭を下げて、ローグ公爵からの伝言を二人に伝えた。
「……」
「仕方ないな、メディオン」
 子爵と同じホテルに泊まる! と伝えさせたのだが、ローグ公爵から許可が出ず、メディオンは帰宅を厳命されてしまった。
「……」
「途中まで散歩をかねて送るぞ。周辺地図を出せるか?」
「どうぞ」
 オーランドリス伯爵が取り出した地図を指し、散歩の終了ポイントを示した。
「ここに迎えが来るようにしてもらえるか」
「リュティト伯爵閣下がよろしいのでしたら」
「エディルキュレセが言ったところで良いぞ」
「畏まりました」
 子爵は立ち上がり先程メディオンに握られて壊れてしまったレーザー銃を外した手を差し出す。
「散歩しようか」
 メディオンはその手に手を乗せて立ち上がる。
「ああ」
 二人は腕を組んで遊園地を出て、無言のまま歩き続けた。
「……」
「……」
 どちらも「気分の上下が激しい自分」に困惑しつつ歩き、待ち合わせの公園へと入り”ぐるり”と一周することに。
「あ……」
「どうしたんじゃ? エディルキュレセ」
 足を止めて声を上げた子爵の視線をメディオンは追った。その先にいたのは、敷物を敷き座っている者たち。
 人々が通る側には手作りのさまざまな品物が置かれている。
「興味があるのか? エディルキュレセ」
「ああ」
「では一緒に見て歩こうではないか!」
「いいのか? メディオンが見る程の商品は……」
「解らんじゃろう! ペロシュレティンカンターラ・ヌビアのためしもあるしな!」

 見るからに大貴族が《ペロシュレティンカンターラ・ヌビア》の名を言いながら近付いてきた……それは露天で自作のアクセサリーを広げている者にとってはチャンスだが、そう上手くいきもしない。
 メディオンの目に止まるような作品はなかったが、
「これ一つもらっていくか」
 子爵の目に止まるものはいくつかあり、その一つ硝子細工の小さな猫の置物を購入した。
「どこが気にいったのじゃ? エディルキュレセ」
「この猫の尻尾の部分。尻尾の太さと曲線が我好みだ」
 黒い手袋に覆われた子爵の手のひらの上に乗る、やや青みを帯び硝子で作られた細身の猫。澄まして座っているように見えるその猫の尻尾に西日があたり輝いて、その曲線がより際立っていた。
「そういう所を見るのか。良かったな平民。エディルキュレセに褒めてもらえて」
 買ってもらった平民は敷物から下りて地面に直接座り、頭を大地に擦りつけた。
「良かったな、子爵」
「ああ」
 その場を離れた二人だが、子爵が何度も名残惜しそうに振り返る。
「どうしたのじゃ? もっと欲しいものがあるのならば買えばよかろう。荷物は儂が預かるぞ」
 メディオンがそう言い傍にいるオーランドリス伯爵に指示を出す。
「欲しいのもそうだが、楽しそうでな」
「なにがじゃ?」
「我はペロシュレティンカンターラ・ヌビアに憧れているから、こうやって自分で作ったものを広げて売るということをしてみたくて。それが大変なことも、売れなかったら食えないことも解っているがそれでも憧れる……今、あそこで店を開いている者たちが羨ましくて、ついつい振り返ってしまったのだ。ヌビア本人に聞かれたら”やればいいだろ。誰でもできることだ。理由を付けてしないだけだ”と素っ気なく言われるだろうな」
 ペロシュレティンカンターラ・ヌビアは歯に衣着せないことでも有名で、それを言えるだけの実力もあった。
「なるほど。エディルキュレセの憧れや夢は、なんか良いな! 儂は上手くは言えないがとても良い希望じゃとおもうぞ。人殺しや簒奪よりもずっといい! ……エヴェドリットとしては駄目なのかも知れんが、儂は……良いと思うのじゃ! 露天で小さなものを売るというのは、テルロバールノルとしては認められんが、儂個人としては良いと思う。個人では……その、良いと思う者も多いはずじゃよ」
 子どもの遊びである”お店屋さんごっこ”
 その遊びに似たものに憧れを持ち続ける貴族と、そんな遊びなどしたこともない大貴族。
「メディオン」
「なんじゃ?」
「謝る……いや謝るというか。その……テルロバールノルは頑固だったり杓子定規だったりと思い込んでいたのだが、意外とそうではないのだな。その……気付かせてくれて、ありがとう」
「きっ! 気にするな! 儂とてエヴェドリットは快楽殺人好きの気違いばかだりと思っておったから! その…………またな! 帰るぞ! 貴様! エディルキュレセ、ここでいいぞ! じゃあな! ホテルがどうであったか、寮で教えてくれなのじゃあ!」

 メディオンはそう言い手を少し振って、全速力で《迎えの馬車が待機しているのとは逆方向へと》駆け出していった。

「お待ち下さい! リュティト伯爵閣下」

 必死に追うオーランドリス伯爵をも見送り、子爵は猫の置物を手に持ち遊園地へと引き返して、敷地内のホテルに向かった。
 最上階の部屋へと入り、テーブルの上に置物を乗せマントを脱いでルームサービスを頼んだ。運ばれてきた食事をワゴンに乗せたままにさせ、給仕にチップを渡す。
 そして子爵は料理が載った皿と椅子を持ってバルコニーへと出て夜景を眺めた。


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