メディオンが本日連れて歩いている従者はオーランドリス伯爵といい、子爵と同程度の上級貴族である。
絶叫系アトラクションを楽しみ昼食時間となったので、予約している店へと二人は入った。個室で運ばれて来る料理を口に運びながら会話する。
話は学校から離れた内容で、主に領地にいたころの話。
「じゃあ平民を見たのは今日が初めてだったのか」
「そうじゃ」
メディオンは生まれが大貴族で育ちは王城、進学先が皇王族たちが集う場所のため、平民たちを間近で見たのは今日が初めてであった。存在そのものは知っていたが、それに興味を持つことはなかった。
メディオンが特別なわけではなく、上級貴族ともなれば平民など一生目にせずに終えることも珍しくはない。特にテルロバールノル貴族となればその傾向は強い。
「エディルキュレセは見たことあるのか?」
「……近くにはいたからな」
「良ければ聞きたいのじゃが」
僅かな沈黙を不思議に思ったメディオンだが、平民と貴族というものを理解しきれていない彼女はその沈黙がなにを意味していたのか? 解りはしなかった。そして子爵は、嘘をつかずに全てを話すことにした。
「我が初めて見た平民は召使いの子だったな。子といっても我よりも五つくらい年上。もちろん近くにいた召使いではなく、召使いたちが住む区画で大人しくしていたのだが、我が家は警備を抜けて出歩くことを教える家柄なんで、我はその教えに忠実に従い召使いたちが住んでいる区画へと辿り着いた。そこで平民に出会った」
子爵が七歳のころで、相手の少女は十二歳。
「五つ年上? 男か? 女か」
ちょうど今のメディオンと同い年。
「女だ。恥ずかしい話だが、その年上の人間平民の女に憧れたものだ。いまにして思えば初恋というものだろう」
―― あの頃は十二歳の少女は随分と大人に見えたが、年を越すとそうでもないことが解るなあ
「……」
「ただ彼女は半年ほどでいなくなった」
「どうして?」
「怖かったそうだ。いつか殺されるのではないかと恐怖し、家族で辞めていった」
「……」
「我が頻繁にやって来て話しかけてくるのが、この上なく怖かったそうだ。害意を持ったこともなければ、怖ろしい話をした覚えもないが……まあ、両親が仕えている館の息子となればその性質はなあ。お陰で平民に接する際に注意しなくてはならないことを学べたから良かった……とは思っているが、それでも思い出すと懐かしさと共に少し言い表しがたい痛みを感じるな」
子爵は本当に楽しかった。
だが相手は楽しくはなかった。それどころか恐怖していた。
当時の子爵はそれに気付くことはなかった。彼女の前では人を殺したこともなければ、なにかを傷つけたこともない。
だが子爵はやはりエヴェドリット貴族で、その動きや空気が平民の少女には耐えられなかった。それは貴族である彼らには決して解らない、何をせずとも与えてしまう恐怖。
「まあ、その……貴族は貴族と語り合うのが良いのじゃ! 平民と語り合うのも悪くはないであろうが、やはり貴族同士で語り合うほうが……良いと思うのじゃ! その平民女も人を見る目があれば、エディルキュレセが怖ろしい男ではないことを理解できたであろうに。そして貴族を知る良き機会であったというのに、惜しいことをしたものじゃな!」
”儂はなにを言っておるのじゃ?”メディオンは言いながらそう思ったものの、
「……」
「どうしたのじゃ? エディルキュレセ」
「いや……ありがとうな、メディオン」
子爵に感謝されて、顔に血が上り赤くなりかけ、それに気付いて俯き手が止まっていた料理にフォークを突き刺した。
※ ※ ※ ※ ※
子爵がメディオンとデートしている頃、エルエデスはホラー映画同好会に顔を出し、ジベルボート伯爵はザイオンレヴィと共にケシュマリスタ貴族の会合に参加し、ヨルハ公爵は一人談話室で本を読んでいた。
椅子に深く腰をかけて大判の美術史を読んでいたヨルハ公爵に覆い被さる影。
「ヨルハ公爵、話したいことがあるのだが、時間はあるだろうか?」
ヨルハ公爵が顔をあげると、緩くウェーブがかかった艶の少ない白髪と、血色の良さが感じられない白い肌。端正ではあるが繊細ではない顔、右目に片眼鏡をかけた、ミステリー同好会会員である同期生が立っていた。
「いいぞ、クロントフ侯爵」
ヨルハ公爵は本を閉じてテーブルに乗せ、クロントフ侯爵は椅子を引き近づけて座る。
「実はヨルハ公爵と人体調理部部員の手先の器用さを見込んで頼みがある」
「なんだ?」
「例の船上ミステリーツアーの飾り付けを依頼したいんだ」
「クロントフ侯爵も製作に携わっていたのか」
「ああ。私がシナリオを書いたんだ。ミステリー同好会の会員として」
「じゃあ飾り付けにも色々と拘りがあるんだ!」
「そうなんだ。様々なクラブの活動内容と作成した品を見させてもらい、君たち人体調理部が最も私の希望通りの飾りを作ってくれそうなので」
「そこまで言われたら! ……と言いたいところだが、我一人だけで決められない。みんなで話合って引き受けるかどうかを決めさせてもらいたいのだが、それでもいいか?」
「もちろん。これが飾りの内容だ。これを読んで話合って決めてくれ」
ヨルハ公爵はクロントフ侯爵から手渡された書類にざっと目を通し”楽しそうだな”と感じ自分としては引き受けたいなと考えた。
―― みんなも同じ考えだったらいいな
「ところでヨルハ公爵、子爵について聞きたいのだが」
「シクについて?」
※ ※ ※ ※ ※
少しばかり沈みかけるような話題もあったが、話題を変えて二人は楽しく食事を終わらせ、最後となるデザート、バニラアイスのキャラメルソースがけを口に運んでいた。
「そうじゃ。閉園までいるのはいいとして、エディルキュレセは今日はどうするのじゃ? 閉園までおったら、寮には戻れんじゃろう」
二人は今日、当初は午後六時には引き上げる予定であったが、急遽閉園時間まで滞在して楽しむことにしたのだが、そうなると子爵が帰寮できないことにメディオンは気付いた。
「気にする必要はない。もともとこのチケット特典の遊園地内のホテルに泊まる予定だったからな」
チケットには園内ホテルのスウィート宿泊が付属していた。
「そうじゃったのか……じゃあ、儂も泊まって行こうかな!」
「え?」
「駄目かのう? エディルキュレセ」
「いいや。ただ不自由かもしれないぞ? いくら一流ホテルとは言え、民間レベルだからな。ローグ公爵邸や王城シャングリラと比べるとやはり過ごし辛いと思うが」
この二つと比べられるのは、宇宙には大宮殿くらいしか残っていない。
「平気じゃよ! 寮での生活で随分と慣れたからな」
「それならばいいが」
「儂は今度から自宅にあまり戻らぬことに決めたのじゃ。公爵邸に戻ると、自分で出来るようになったことを休日の二日で忘れてしまうからのう」
「ローグ公爵閣下が悲しまれるのではないか?」
「それはないじゃろうが……そうであったとしても、子離れの良い機会じゃ!」
こうは言ったメディオンだが、そう簡単に邸に戻らない生活となはらず、四年生までは月に二度は公爵邸へと帰る生活が続いた。
すっかりと腕を組み、組まれが板についたメディオンと子爵は、次々にアトラクションに乗り込む。たまに子爵の腕を覆うレーザー銃が重量オーバーになり外してオーランドリス伯爵に持っていてもらったりなどし、とにかく遊び歩いた。
二人乗りのメリーゴーランドは当然メディオンが前に乗り子爵が後ろ。簡単な手綱のようなものが付属している玩具の馬だが”貴族が乗ると動き出しそうだ”と、誰もが納得する優雅さを見せつける。
どれほどはしゃいでも貴族らしく、乗り物に乗る時は子爵がエスコートし、メディオンの脚の動きや裾捌きは、一朝一夕でできるようなものではなく、話し方も上品で途中で菓子を立ち食いしても、
「この黄色い粒はなんじゃ?」
「ポップコーンだそうだ。乾燥させたトウモロコシを油で炒ったものらしい。本来の色は白っぽいらしいが、味には影響のない黄色を付着させているそうだ」
「エディルキュレセは物知りじゃな!」
「褒めてもらってありがたいが、前回来た時に店員に尋ねただけだ。我もこれが気になってな」
会話は貴族らしく、ポップコーンを食べる姿も上品である。
―― ガウ=ライ顔だが……やっぱり性格が違うと、まったく違う顔に見えるな
子爵の遺伝子に刻まれ、恐怖と代名詞として教え込まれた一人「ガウ=ライ・シセレード」と瓜二つでありながら、映像には存在しない可愛らしい笑顔を浮かべるメディオン。
「どうしたんじゃ? エディルキュレセ。儂の顔になにか塵でもついておるか?」
子爵が持ってくれているカップから一粒ずつポップコーンを口に運んでいたメディオンは、顔を見られていることに気付き慌てて頬を触り、脇に控えているオーランドリス伯爵に無言で問う。
聞かれた伯爵は無言で”そんなことはありません”と首を振って伝えた。
「塵なんてついいていない。顔をちょっと見てしまったのは、ガウ=ライと別人なのは当然だが表情が違うとまったく違うものだなと思ってな」
「そうか。エディルキュレセにしてみれば、儂の顔は興味があるじゃろうな」
言いながらメディオンは子爵の手を掴み、自分の頬に手のひらを触れさせた。
「……」
「……」
「……」
「ああ! エディルキュレセ、済まん!」
「いや、大丈夫だ! メディオン。あと、意識はその遮断してたから、そんな楽しい気持ちなんて伝わって……ああああ!」
焦って思わずポップコーンの入っていたコップを投げ捨てて、子爵は両手で否定して、メディオンは自分の両頬を手で押さえて目を固く閉じる。
「……お、落としたからもう一度ポップコーン買うか?」
「そ、そうじゃな。こ、今度は変わった味付けのを買おうではないか! ハ、ハバネロというのがあったな! 買おうではないか!」
※ ※ ※ ※ ※
ヨルハ公爵に子爵のことを尋ねたクロントフ侯爵。彼は子爵こそは自分が受けたい研修を受けてくれるのではないか? と期待してその人となりを尋ねたのだ。
「二年の研修……ああ、警察研修か」
五年の研修とは別に、二年に警察研修というものがある。
帝国は警察も軍の一部なので、その頂点に立つ彼らは警察機構のことについても学んでおかなくてはならない。
ただこの研修は学校側でほとんど用意してくれるので、希望部署を第一から第五まで書いて提出するだけで良い。
「そうだ」
「だが警察研修は好きな部署に行けるだろう、カスティエータ」
クロントフ侯爵、名はカスティエータと言い、ごく有り触れた皇王族である。
「そうでもないんだよ、ゼフ=ゼキ。警察署の研修は基本二人一組だから、第一希望が一人きりだと別のところに回されてしまうんだ」
「カスティエータが希望する部署は、希望者が少ないのか?」
「その通り。ちなみにゼフ=ゼキは何処に行くつもりだ?」
「検死を扱う部署にするつもりだが」
「そっちはやはり人気があるんだよ。あとは科学捜査班とかねえ」
「解り易くていいからね」
部署を選ぶ際には単位を取りやすいものを選ぶ。それは当然のことで、検死や科学捜査などは「実技」や「確認テスト」などが用意されていて、形がはっきりと見えるので点数をもらいやすい。
逆に点数を貰い辛いものはというと、
「実は私は迷宮入りした事件の再捜査を」
結果が出ない警察実習No.1の座を守り続ける【迷宮入り事件】
ミステリー同好会会員を毎年留年の危機に追い込む、危険な香りが漂う研修。
「シクを留年の危機にさらしたくはないよ」
「いや、待ってくれ、違うんだ!」
「なにが?」
「私は迷宮入り事件を調べたい。その部署は別に書類整理という仕事もある。こっちは書類をファイルすることで結果が明かに出るから点数はもらいやすいんだ」
「……書類整理はシク向きだと?」
「彼向きというか、この学年で書類整理が最も向いているのは彼だと! そして彼さえ同じ部署に希望を提出してくれたら、迷宮入り事件が! 迷宮入り事……っ!」
熱く語っていたクロントフ侯爵の頭を軽く小突き、エルエデスが現れた。
「なんの話をしているのだ? ゼフ」
エルエデスにとっては軽い小突きだが、クロントフ侯爵は悶えるほどの痛み。その彼を脇目に、状況を尋ねる。
「うーんとね……迷宮入り事件を調査するために、シクに力を貸して欲しいって」
「迷宮入り事件なんぞ、卒業後に好きなだけ探偵をすればいいだろうが。大体お前はそれが希望で帝国上級士官学校に入学したんだろう? ミステリーマニア」
クロントフ侯爵は本当にミステリー好きで、卒業後は未解決事件を見て過ごすつもりであった。貴族や皇王族は数々の特権を生まれながらに持っているが、捜査権はその特権には含まれてはいない。
調査書類を独自に入手し、探偵として一人で調査するためには、最低でも帝国軍人になる必要がある。クロントフ侯爵はその特権を得るために、努力して入学したのは有名であった。
「ミステリーマニアは機会があったら、いつだってミステリーに触れたいんだ! 未解決事件ってのはさあ……」
その後二人は部屋へと戻り、さきほどクロントフ侯爵が熱く語ったミステリー映画を見ることに。
ミステリーというのも、結構人死が多く、それがあり得ないくらに残酷で、非常に作り物めいており。
「エルエデス、手が痛い……たたたた」
「……」
※ ※ ※ ※ ※
「エディルキュレセ、次はホラーハウスに入ろう!」
「ああ。ところで、メディオンは恐がりか?」
「儂は恐がりではないぞ……本当に恐がりではないんじゃからな!」
「そうか。我は恐がりではないので、驚いたり恐がらなくても怒ったりしないでくれよ」
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