帝国上級士官学校は週二日休みがある。
補習や追試、クラブ活動にあてられる他に、貴族として過ごす日に使われることが多い。
人体調理部部員三名の休日の予定は、
「明日はシクと一緒にザイオンレヴィの応援にいってきます! その次の日は予定ないです」
「反重力ソーサーレースがあるんだそうだ」
子爵とジベルボート伯爵は半強制的に反重力ソーサーレース部の応援に行くことになっていた。ザイオンレヴィが誘ったのではなくジーディヴィフォ大公が誘いにきたので、子爵は断り切れなかったのだ。
「そうか。我も先約がなかったら行きたかったな」
断り切れそうなヨルハ公爵だが、断るつもりがないのでこの場合子爵の味方にはならない。
「明日はカロシニア公爵に定期報告にあがるんだろ」
ヨルハ公爵はデルシに会って学校生活を報告しなくてはならず、一緒に行くことはできない。《応援に行ってくる》と聞いた時、ヨルハ公爵がとても行きたそうな表情を作ったのだが、デルシへの報告を誰かに代わってもらうわけにはいかないので、諦めて行ってこいと子爵が骨と皮だけの肩を叩いて慰めてやる。
「エルエデス様と一緒に行くんですか?」
「ああ。別々に行くとデルシ様のご迷惑になるからな」
エルエデスは最初”誰が一緒に行くか!”と叫んだものの、別々に行ってデルシに面会時間を取って貰うのは迷惑だとヨルハ公爵が説得し、一緒に行くことになった。
「そうだ、ヴァレンにシク。よかったら僕の家に泊まりませんか? 寮まで戻るの面倒でしょう」
寮と帝星は大宮殿便しかなく、何時の便に乗るのかを事前申請しておく必要がある。
「二日目の最終便でどうでしょう?」
「いいのか?」
「お邪魔させてもらうか」
子爵もヨルハ公爵もジベルボート伯爵と同じように上級貴族の当主だが《同じ》ではない。ヨルハ公爵は必ず主であるバーローズ公爵家から配偶者を得るという決まりがあり、貴族街に館を持つ上級独立貴族だが、特殊な支配構図のためバーローズ公爵家にすべてを委ねることも可能。
子爵は上級貴族ではあるが《独立》はしていない。
フレディル侯爵家はヨルハ公爵家同様「上級独立貴族」で貴族街に館を持っている。《ケーリッヒリラ子爵》はフレディル侯爵家の傘下であり、独立した一つの家ではないので帝星貴族街に館を持ってはおらず、これはザイオンレヴィも同じ。ギュネ子爵はイネス公爵家に属しており、子爵と同じく帝星に館を構えることはない。帝星の領地の関係上、どうしてもこのようになる。子爵やザイオンレヴィが帝星に滞在する際は、実家が構えた館に戻るか、大宮殿の己が属する区画の部屋に入る。
その子爵だが、実家が見合いを大大的に売り出していることを知り、絶対に実家の館には近付かないことを決意して、ジベルボート伯爵もヨルハ公爵もその事は知っている。
《売り出している》というのは言葉通りで、見合い用の履歴書を売り出している。
見合い用に履歴書を有料で配るのはごく一般的。料金はその家の格と当人の経歴に見合うもので、子爵の履歴書は貴族としては高額な部類に入っている。
もちろん配布されたものを鵜呑みにするわけには行かないのも事実。
顔を三割増しに格好良く加工していたり、経歴に色を付けていたり。犯罪歴などは消されているので、独自に調査する必要もある。調査というのは大体が、知り合いに聞くこと。どれ程知り合いを持っているかで精度が変わる。
この見合いの履歴書を知る切欠になったのはメディオン。
憎からず思っている相手のことを知りたそうにしているが、具体的な方法に気付かないメディオンにヒレイディシャ男爵が購入して渡してやったのだ。
『メディオン。ケーリッヒリラのことだが』
『なんじゃ? それは』
『ケーリッヒリラの見合い用履歴書じゃが』
『イヴィロディーグ……なぜ貴様が?』
『子爵のことを知っておく必要があると思って手配した。儂等は他属と交流がないから、見合い用の履歴書がもっとも効率良いと思ってな……読むか?』
『確かにそうじゃな』
『その手はなんだ? メディオン』
『儂に寄越せといっておるのじゃよ。男が男の見合い履歴書を保管しておるなぞ”ぞっと”するわい』
『そうだな』
そうして履歴書に目を通したメディオンが子爵に”半流体硝子細工が趣味なのじゃな”と声をかけてきたことで発覚した。
―― 一言くらい声をかけてくれても……そりゃあ、家長の一存だけで出せる情報だが
見合いする当人の意志など考慮されず、勝手に出されても文句はいえない。
その履歴書に目を通した子爵は、趣味も経歴に載せられていることに驚いた。
自分としては隠したい趣味ではないのだが、親としては隠したがっているとばかり考えていたからだ。
―― 見合いに有利な特技や趣味ではないのに……
ただ見合いの履歴書が出ているので、帰宅すればそのまま多対一の見合いに突入するのは確実。帝国の全情報システムに侵入できる《ライフラ・プラト》能力を所持しているゾフィアーネ大公に調べてもらった所(ライフラ・プラト所持者はシステム侵入をしても罰せられることはない)既に八十三枚ほど売れ、見合い申し込みが六十件もあったと教えられ、女性は好きだが能力の関係上独身を貫きたい子爵としては避けたい状況。
長期休暇の際には実家に顔を出そうかと考えていた子爵だが撤回し、卒業まで戻らない決意をした。
「リュティト伯爵。頼みがあるのだが」
「なんじゃ? ケーリッヒリラ子爵」
「金を払うから、我の履歴書更新されたら購入してくれないか? 両親に知られたくないが、何を書かれているか知りたいので」
ゾフィアーネ大公に頼めば購入履歴なしで手に入るのだが、彼に頻繁に頼むのは躊躇われ、同じクラブに籍を置くヒレイディシャ男爵からも食事を運ぶ最中”止めた方がいいだろう”と忠告され、その上代案まで提示された。
その代案こそが、メディオンに購入を依頼すること。
「おう! 引き受けてやろうではないか! じゃが、料金は要らぬ。履歴書は儂が持っておるかからな」
「ああ。だが本当にいいのか? 我が購入する分には資産のループで済むが、リュティト伯爵が購入すると無駄な出費になるぞ」
「儂の個人総資産は子爵の実家の総資産を凌駕しとるわ。そんな些細なことを心配するな」
子爵に《子爵の》見合い用履歴書を依頼され、堂々と購入できるようになったメディオンは、
「子爵に頼まれたのじゃ。頼まれたのじゃから仕方あるまい」
せずとも良いのにヒレイディシャ男爵に笑顔で言い訳をする。
「そうじゃな」
そのメディオンの休日はと言うと正装し、同じように正装しているマルファーアリネスバルレークことゾフィアーネ大公と大宮殿の一画で話しをしていた。正確にはゾフィアーネ大公”だけ”が話しているのだが。
「そんな顔なさらないでください。ただでさえ恐いガウ=ライ・シセレード顔がより一層深みと言いますか厚みと言いますか凄みと言いますか、そういう表現し辛いものが増して、私が震えてしまうではありませんか」
ガニュメデイーロとしてではなく、一皇王族としての正装。
兄であるジーディヴィフォ大公の銀髪よりも色が柔らな頭髪は、穏やかな優しさを感じさせるが、
「ぬしが震えるとは思えんのじゃが」
「気温の変化には強いですけれどね。陛下のお側で鳥肌を立てるわけにはいかないので」
「ぬしは粟立たぬ肌の持ち主であろうが」
喋る彼の前にはその穏やかさなど消え去ってしまう。
「いやあ、真の恐怖を感じたら鳥肌立つと思いますよ。真の恐怖ってどんなものか解りませんけど」
「……」
この男が真の恐怖を感じるのはどのようなときであろうか? メディオンは考えようとしたが止めた。この底知れぬ男の心をのぞき込むなど、自殺行為に等しいと感じ取ったからだ。
理解し合えないこの二人が大宮殿で二人きりで向かい合っている理由は「見合い」
メディオンの父ローグ公爵は娘の希望を聞き入れず、格の合う相手と結婚させたいと考えていた。そこで選ばれたのがゾフィアーネ大公。
血筋と格、才能に容姿。そして大宮殿に住んでいるという条件を満たしていた、婚約者のいない男性がゾフィアーネ大公しかいなかったのだ。
「そんな顔なさらないで。嫌でも私とこうやって会っていれば次の人を捜すことも、横やりを入れてくる人もいませんから」
「たしかにそうじゃが……儂はぬしと話すこともないし……」
―― 反重力ソーサーレース部の応援とやらに行きたかった。イヴィロディーグが教えてくれたというのに……
※ ※ ※ ※ ※
「学校生活はどうだ? エルエデス」
デルシまずエルエデスに会うことにした。
「楽しくやっております」
「そうか。それ以外の報告は?」
「とくにありません」
理由はエルエデスの報告が簡素ですぐに終わること。そしてもう一つ、
「ベリフオン公爵」
「はい」
「詳しいことはベリフオン公爵が説明する。隣の部屋へと移れ。帰る時もヨルハ公爵と一緒にな」
「はい」
秘密裏に会わせる相手が出来たため。
「さて、二人の話が終わるまで私と一緒にいていただきましょうか、エルエデス」
大宮殿の部屋としては殺風景で、何一つない。大理石で覆われただけの部屋でベリフオン公爵が告げる。
「私はシセレード公爵の夫になるよう、陛下より命じられた。意味は解るね? エルエデス」
「……」
帝国上級士官学校五年の首席ベリフオン公爵。彼を夫に”くれてやる”ということは、皇帝が本気である証。
「陛下のご意志に添えるよう、私と此処で簒奪について話合おう」
切望しているシセレード公爵の座に近付いた証拠でもあるが、同時に遠ざかっても行くも物を感じた。
「解った」
「そうそう。イルギ公爵家の跡取りだが、先に産んでも構わないよ。その方が段取りよく進むが、どうする?」
※ ※ ※ ※ ※
「デルシ様、お久しぶりです」
エルエデスの次に部屋に入ってきたヨルハ公爵は、いつも通りに椅子に座り、いつも通りに両手でグラスを持ち冷えた薔薇水を飲む。
「そうだな、ゼフ。だがお前は毎日報告書を上げているから、久しぶりという気はせんな」
「あははははは。でもちゃんと読んで下さってるんですか!」
「読まぬ報告書を上げさせるような趣味はない。問題なく過ごせているようだな」
「楽し過ぎるのが問題かもしれません」
「贅沢な問題だな。今度は部員のケーリッヒリラ子爵とジベルボート伯爵を伴ってきてもよいぞ」
「そうしたかったのですけれど、今日二人はギュネ子爵の応援に行きました」
「ギュネ……ああ、イネスの小童か。あれとも顔見知りになったか」
ザイオンレヴィは現皇帝の実妹の孫で、マルティルディのお気に入りの玩具として有名なので、ある程度のことは知っている。
「はい!」
「入学目的であった友達作り、上手くいっているようだな」
ヨルハ公爵が帝国上級士官学校に入学した理由は《友達作り》
黙っているだけでエヴェドリット軍の重鎮になることができる、双璧公爵家当主の子飼いが欲しかったのは、王国内では手に入らない《友達》
それを欲して最難関の試験を易々と乗り越えてヨルハ公爵はやってきた。
「もう目標達成できてしまいましたよ。機会があったら檻にいれたサズラニックスにも会わせたいのです」
「そうだな、その機会は我が作ろうではないか。だがもっと欲を出してたくさん友人を作れ。皇王族たちもお前の良い友人となるであろう」
「……」
「どうした? ゼフ」
グラスを置きストローで氷をかき混ぜ、顔を上げず視線を合わせないでヨルハ公爵が話し出す。
「デルシ様、自意識過剰かもしれないんですが……その、笑わないでくださいよ」
デルシ相手に顔を見ないで話したことのないヨルハ公爵の動きにデルシはやや身構えた。狂人というのは、予期せぬ動きをする。
「お前が自意識過剰とは珍しいな。どうした? なんでも言え」
「エルエデス、我のこと好きなのかな……って。ああ! 言ってしまった、恥ずかしい」
―― 大した物だ
「なにが恥ずかしいのだ? ゼフ」
ある意味、本当にデルシの予期せぬ動きを取ったヨルハ公爵。白い絵の具を塗ったような顔に、水を大量に含んだ赤絵の具が落ちたかのように、ぽつんと円が頬に描かれる。長い事ヨルハ公爵を見てきたデルシでも初めて目にする《照れ》
「我のこと好きだなんて。普通は勘違いだろうと思うでしょう」
「お前は強かろう」
「ガルベージュス公爵のほうが強いですよ。実際エルエデスの前で負けました」
「言われてみればそうだが……ゼフ、お前の質問に答えよう。エルエデスはお前のことを気に入っていると言っていた。好きとはさすがに言えぬから《気に入っている》といったのであろう。我の言葉を鵜呑みにするも、自分で確認するも好きにせよ」
「……はい!」
―― まったく……エルエデスが諦める切欠になる様なところが、ないに等しいではないか。容姿も慣れれば苦にならぬしなあ
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