君想う[008]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[59]
 ガルベージュス公爵とヨルハ公爵が互いを見る。
 誰かが指揮を執っているのかと錯覚してしまうくらいに、
「ガルベージュス! ガルベージュス!」
 一糸乱れぬ「ガルベージュス」のコール。
 ヨルハ公爵を応援するものは誰もいない。ただこれはガルベージュス公爵を贔屓しているのではなく、ヨルハ公爵に気分よく戦ってもらう為。
「……この敵地で孤立している感覚! 最高だ」
 ヨルハ公爵は”周囲に誰一人として味方が居ない時、もっともその実力を発揮できる”と叙爵される際に、書類に記入しており、彼がヨルハ公爵になった経緯を鑑みれば、信用できるものでもあった。
「ガルベージュス! ガルベージュス!」
 最高の舞台であるかどうかは不明だが、最高の気分で最強の相手と戦って貰おうと彼らは声を張り上げ続ける。
 互いに拳を作り腕を伸ばし、指が一本入る程度の隙間を保ったまま、両者に向けられている「声」を聞きながら二人は同時に動いた。
 勢いよく踏み込み、伸ばしていなかった側の拳を放つ。
 両者の拳が激突した時、誰もが聞いたことのない音が修練所に響きわたった。
「初めてみたな」
 数多くの決闘を見てきた鬼の執事、フェルディラディエル公爵の呟きに、周囲が振り返る。ガルベージュスコールは一斉に収まり、
「あの青い光りと震動、そして人間には聞こえない域の音の正体をご存じなのですか?」
 三年の首席ジーディヴィフォ大公が尋ねる。
「死の相殺というものだ。理論的には可能だが色々な条件がかみ合わなければ……だが、やってのけたようだな」
 同種の力を同量、同速度で同じ物理的な力で接触した結果が、滅多なことでは大合唱を止めない皇王族たちの声をも止める現象が引き起こされた。
「再生破壊能力は同じですからね」
 攻撃連携の妙手が、一撃で手を止めて間合いを取り、
「その様だ。面白かったが、殴り合いにはならん。あとは使わないでもらおうか」
「わかりました。さあ、純粋な殴り合いでいきましょう!」
 ガルベージュス公爵はマントを止めているビスごと無理矢理外し投げ捨てる。同じくヨルハ公爵もマントを引き剥がし投げ捨てて、両者飛び上がり激突した。

※ ※ ※ ※ ※


 その時ケーリッヒリラ子爵は? と言うと、ゾフィアーネ大公が指示を出して作らせた、人が手を繋いで作るアーチに誘導されて通り抜け、
「夕食の用意、お願いします!」
 ゾフィアーネ大公に背後から予定をこなすように指示を受けて、立ち止まり振り返って、
「解りました」
 返事をしてアーチを抜けて振り返り、ガルベージュス公爵と良い戦いを繰り広げているヨルハ公爵の方を眺める。
「いくか、ケーリッヒリラ」
「ヒレイディシャ男爵」
 先にギャラリーから抜けていた、食事当番のイヴィロディーグに声をかけられて、思わず驚きの声を上げた。
「公爵殿下は?」
「ゾフィアーネに任せた”お任せください。この敗者の美酒を捧げますとも”だそうだ」

―― 敗者の美酒って……

 色々と思うところのあった子爵だが、考えるだけ無駄だろうと輸送艦に乗り込み、近くの衛星へと食事を取りに向かい、スープやパンなどが入っているケースを二人で倉庫へと積み込む。二百人分の食事(それもフルコース)を二人で運び込む。
「子爵」
「はい?」
 普段は無言で作業をしているイヴィロディーグに声をかけられ、
「強いな」
「いいえ」
 ”話題はこれしかないだろうな”と、返事をする。
「殿下に攻撃をしていたが、傷つけるつもりはなかった……のだな」
「はい」
「間違って傷つけるとは考えなかったか?」
「それは自信がありましたから。傷をつけたら、ヨルハが嘆きますし」
「自信とは?」
「ベル公爵殿下はヨルハの攻撃を受け止めてしまうため、動きが止まりますので。そこを狙って斬りかかるだけですから」
「棒立ちというわけか」
「ヨルハ相手ですと、そうなりますね」
 食事を運び込み確認をしてもらい、二人は寮へと戻るために座席へ。子爵は、放送部の存在を思い出し、寮内放送にキーを合わせると、大歓声と大歓声なみに興奮した、まったく実況にならない実況が、いまだに続いているガルベージュス公爵とヨルハ公爵の戦いを流していた。
「先程の話だが、殿下は貴様の攻撃を避けていた……避けられるように攻撃したということか?」
「はい。わざと視界に入って、避けてもらいました」
「……腹を割れとは言わぬが、なにが目的であった?」
「ガルベージュス公爵閣下からリュティト伯爵に足りないものを見せるようにと。セヒュローマドニク公爵殿下の側近としての護衛の”しかた”のことかと」
 隠す必要はないので、子爵はすぐに説明をした。
 なによりこの無表情な男爵は、見た目よりもずっと性格が良い人だと、子爵は食事を運ぶ作業の間の付き合いで解ったからだ。
「なるほど。確かに……ルグリラド殿下は殿下と違い強くはないからな。儂は自分よりも強い殿下に”逃げてください”と言うだけで良いのじゃが、メディオンはそうはいかぬからな……して、どうにかなりそうか?」
「我は”足りないこと”を解ってもらうために戦っただけですので。あとはガルベージュス公爵閣下がどうにかなさるのではないでしょうか?」
「ガルベージュスな……」
「どうなさいました?」
「天才は凡人に教えることなど出来ぬと言われているが、あの男は天才でありながら誰にでも等しく、解り易く完全に物事を教えることができる」
「真の天才ってやつかと」
「真の”大”天才と言うべきじゃろう。たしかに……」

―― ルグリラド殿下がお気に召すのも解る

「どうなさいました?」
「なんでもない。到着じゃ」
 二人は食事を配膳当番に渡し、食事以外の食料を一学年のオープンスペースに補給しに行くのだが、
「軽くシャワーでも浴びてくるべきだな。その格好で食事は執事の攻撃対象になる」
 メディオンとの戦闘からずっとそのままの格好だった子爵は言われて、
「あ、では終わってから急いで」
「携帯食の補給は儂一人でできる。早く用意を整えてくるがいい」
「それでは頼みます」
 身支度を調えに急いで部屋へと戻り、緊張の食堂へと戻った。

 ガルベージュス公爵とヨルハ公爵の勝負の結果は……

「今日の夕食は女皇殿下の好きな白身魚のムニエルですか」
「ガルベージュス公爵閣下もお好きでしょう」
「そうですね。運動のあとの食事の美味しいこと」
 何時も通りのガルベージュス公爵が席に着いていた。先程まで激しい戦闘を繰り広げていたとは全く感じさせない態度。
「私の分、差し上げますよガルベージュス公爵閣下」
「一人だけから貰うのはあまり」
「では閣下の勝利を祝う全員から貰えばよろしい。閣下ならば食べることができるでしょう」
 こちらも何時もと変わらぬ、ガニュメデイーロの正装。即ち腰布。彼だけが許された格好だが、
―― 許されなくて良かったと……思う。もちろんガニュメデイーロになんて、なれはしないが
 子爵としては進んでしたい格好ではなかった。
「ガルベージュス公爵にはヨルハ公爵の分をくれてやる」
 勝者ガルベージュス公爵に好物を「どうぞ、どうぞ」と持ち寄りそうな皇王族たちを割り、食堂にはいないヨルハ公爵の分を皿に盛りつけ最強の執事・フェルディラディエル公爵が差し出す。
 今日の夕食にはヨルハ公爵の他、イデールマイスラもメディオンも欠席であった。食事は無断欠席はできず、有り触れた理由では(例・追試験の勉強など)食事を欠席することは許されない。
―― ゾフィアーネ大公が理由を提出したんだろうな。あんな格好だけど……格好はいいか
 ゾフィアーネ大公は六年間、食事はいつも腰布一枚で過ごした。
 それ以外でも腰布一枚で過ごしていれば気にはならないのだろうが、寮では食事以外は普通に服を着ているので、なぜか非常に目立つ……ような気が、子爵はしていた。他の皇王族は慣れているために、誰も違和感を覚えることはなかった。
 唯一同じ感性であったイヴィロディーグが、

『なぜ公衆浴場に行く時、しっかりと着込んでから向かうのじゃ……』

 呟いたのを一度聞いただけで、他の人たちは何一つ疑問を持ちはしなかった。

 緊張に次ぐ緊張の連続である食事が終了し、後片付け当番でもある子爵が立ち上がると、
「ケーリッヒリラ子爵」
「はい!」
 フェルディラディエル公爵が軍人の号令その物で声をかけてきた。
「そろそろ修練所を片付けたいそうだが、まだヨルハ公爵が寝っ転がって邪魔で掃除ができないそうだ。回収しておけ」
「では後片付けのあとに」
「行って良い。後片付けは私がしておく」
「はい」
 子爵はヨルハ公爵に関して怪我その物はあまり心配していなかったが、気が大きく触れてたら留年するかもしれないな……と気にしていたのだが、修練所に放置されたままと聞き、
―― 病院の方に強制収容されてないってことは、精神は無事だな
 ”よかった、よかった”と胸を撫で下ろした。
「ケーリッヒリラ子爵」
「ジベルボート伯爵?」
 修練所へとむかう途中、
「修練所へ?」
「ご一緒してもいいでしょうか?」
 ジベルボート伯爵に声をかけられた。
「それは構わないが、どうした?」
「いやーご迷惑をおかけしてしまいました……と、ギュネ子爵に代わって……じゃなくて、先ずはお詫びを。婚約者がヨルハ公爵の菓子を嫌ったのがこの戦いの理由と聞き、非常にご心痛てか……まあそんな感じで。本当は急いでお詫びしたかったようなのですが、食後急いでまたお手紙を認めに。マルティルディ様へのお手紙なので、すべてを差し置く必要があるので。そうしないと、イネス公爵家ごと破壊される可能性が」
「気にするな。それにヨルハは楽しんだんだ。むしろ拒否してもらえて良かったとすら思っているだろう」
 そんな話をしながら修練所に到着すると、掃除用具を手にした先程のギャラリーたちが子爵に笑顔を向け労ってくれた。
「楽しかったな」
「また機会があれば!」
「掃除は任せろ!」
「この清掃部に!」
 ”色々な部活があるんだな……”と、子爵は呆気に取られつつ頷き、中央で仰向けになっているヨルハ公爵に近付く。
「おお! シク」
 足音を聞いてヨルハ公爵が、元気に声を上げる。
「後片付けしてくれるそうだから、部屋に戻るぞ」
「解った。手を貸してくれ。やっぱりここは倒れた友を助け起こすべきであろう」
 子爵は言われるだろうと思っていたのであらかじめ意識して《障壁》を作っており、その希望をか叶えてやるために片手を差し出す。
「ほら、早く起き上がれ」
 髪が更に乱れたヨルハ公爵は笑顔を浮かべて手を掴む。
「あの! 僕も手を貸していいですか!」
「ほぉ、お前は……美少年その物の顔立ち! ジベルボート伯爵だな」
「はい! 子どもの頃から紅顔の美少年と言われて、この先もずっと言われて年寄りになっても言われ続ける悲しい定めのジベルボート伯爵クレッシェッテンバティウです!」
 ジベルボート伯爵の手も借りて立ち上がったヨルハ公爵は、子爵と伯爵を見比べて、少し距離を取り伯爵に《こっちに来い》と手招きする。伯爵はその意図を理解してヨルハ公爵に近付き、二人で子爵のほうを指さして”わかり合った者同士”の頷きをする。
「……なんだ? 二人とも」
 二人とも容姿のことを普段は気にしてはいないが、まったく気にしていないわけではない。
「羨ましいなと思いまして。良いですよね美形って。年取ってもこの美少年顔って……もう少し大人びたいものです」
「絵の具色じゃなくて、肌色が良かった。肌色なら何色でも良かった」
「……邪魔だから行くぞ」
 子爵は二人を連れて修練所を後にした。


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