帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[50]
 今日は休日で、
「おっさん、今日お仕事お休みなんだ!」
「そうなの。だからおっさんと一緒に遊んでくれるかな?」
「おっさんと一緒にいられるの?」
「うん。今日一日ずっと一緒だよ」
 グラディウスはサウダライトと共に休暇を過ごし、リニアも休暇となった。
「部屋にばかり篭もっていないで、施設を存分に使いなさい。エステの方に連絡をいれておいたから息抜きしてきなさい」
 休暇を与えても部屋に篭もっていそうなリニアに、サウダライトは疲れをとるためにもと、リラクゼーションエステを予約しておいた。
 皇帝にそのように命じられたらリニアは拒否できるはずもない。
「グラディウスはおっさんと一緒。リニアとは夕食を一緒に食べようね」
「うん! わかった! リニア小母さんも遊んできてね!」
 グラディウスとサウダライトは庭にでて、特別通路へ。見送ったリニアは言われた通りに、エステへと向かった。
 サウダライトは善意―― あの子と四六時中一緒だと大変だろうねえ。私は楽しむだけだから平気だけどさ ――によっての行動だが、それだけではない部分も存在している。
 リニアの案内は、
「陛下より半日の案内を命じられました」
「あ、あの……」
「エシュゼオーン大公です」
 リニアにエシュゼオーン大公がついた。
 皇帝に近い大公が付きっきりという、恐縮程度では言い表せない状態になったリニア。だがこれにはある理由があった。
 リニアはグラディウスの小間使いとして有名だが、目立つわけではない。
 対するエシュゼオーン大公はとにかく目立つ。とくに愛妾区画という、様々な容姿が存在している空間では異質の美しさを誇り”目立つ”。
 本来の目的はもちろんエシュゼオーンを目立たせるのではなく、リニアの存在を目立たせること。
 リニアが部屋から出ている。そしてルサ男爵は今日は休みで、射撃の自主練習をしている。この二人が部屋にいないという条件が揃えば《誰か》が動き出す。
 この二人が同時にグラディウスの部屋にいない機会は多くはないのだ、好機を逃すわけにはいかない。

「来ましたか」

 罠としての好機を作った面々の一人、ゾフィアーネ大公は画面を眺め、予想通りの男が部屋へとやってきたのを確認した。
 部屋へとやってきたのはフォル男爵。
 基本警備をすり抜けて部屋へと入り込み、他の愛妾がグラディウスの私物を破壊することが出来るように、警備の抜け穴を作る。
「なかなかお上手ですね」
 ゾフィアーネ大公は危険物を設置しない限りは見逃さなくてはならない。足の長い皇王族用の足の長いスツールに座り、足を組んで画面に触れる。
 ただこの姿を一般人が見ると、部屋を映し出している画面にゾフィアーネ大公が触れて呟いているだけにしか見えない。
 フォル男爵は基本警備をすり抜けてやってきた。このすり抜けるは―― 画面に映らなない細工をした ――という意味を持つ。
 実際画面には誰一人として映っていない。
 だがそこに存在していないわけではない。存在しているのに、存在していないように見せているだけのこと。要するに機械とシステムを”弄った”のだ。
 まさかそのシステムに、直接リンクして部屋を監視している皇王族がいるなど、フォル男爵は思っても居なかった。
 ゾフィアーネ大公はほぼ全てのシステムと自分が直接リンクできる。人造人間の子孫である彼らにとって珍しい機能ではないが、彼はその中でも突出している。
 通常は機器と自らを物理的に繋がなくてはならないのだが、ゾフィアーネ大公は自らの手でそのシステムを稼働させる機器に触れるだけでリンクが可能。
 フォル男爵は自分とシステムを一時的に繋いで細工し、グラディウスの部屋へ忍び込み再度細工するのだが、それらをゾフィアーネ大公は苦もなく追うことができていた。

 このフォル男爵をおびき出すために、リニアをエシュゼオーン大公と共にエステへと向かわせたのだ。

「おっさん。なにするの?」
「おっさんの好きなスポーツに付き合ってくれる?」
 自分の周囲でなにが起きているのか解る筈もないグラディウスは、サウダライトと共に体育館へとやってきた。
 サウダライトは運動神経は人間と比べれば正に天才の域だが、同種の人造人間と比べると下位に属する。
「これ? なあに」
「バドミントンのラケットだよ」
 だが体を動かすのことは好きだった。
 その中でもとくにバドミントンが好きだ。
「鳥の羽がついてる!」
「それシャトルって言ってね、このガット……紐が張ってる部分で打つんだよ」
 言ってサウダライトはシャトルを持った左手を口の前あたりまで上げて離し、落下したシャトルをサーブの要領で打つ。もちろんグラディウスに見せるためなので速さはないが、的確にガットに当てたので、小気味よい音が適温に保たれている室内に響き渡った。
「すごい! いい音だ!」
「楽しそうでしょ」
 落下し手元に戻って来たシャトルを掴み、今度はグラディウスの前に持って来る。
「おっさんが落とすから、元気よくこれで打ってごらん」
「うん!」
 グラディウスが打ちやすいようにと落としたシャトルだったが、グラディウスは両手でラケットを持ち、体全体でラケットを振り下ろした。
 前屈みになっているグラディウス、床に叩き付けられたラケット。そして遅れて落下したシャトルの”こつん”という音。
「打てなかった」
「大丈夫だよ。最初から上手にできる人なんていないから。おっさんから習ってくれるか……」
「うわあああ! 凄い! おっさん凄い!」
 サウダライトが言い終わる前にグラディウスが声を上げた理由は、ラケットで床に落ちたシャトルを拾い上げた動作。
 手首の返しでフレームに乗せただけのことで、経験者なら出来る者も珍しくはないのだが、
「おっさん凄い!!」
「あ、いや。そう? そんなに尊敬の眼差しで見られると、おっさん照れちゃうよ」
 輝く藍色の瞳の向ける尊敬を一身に浴び、満更でもなかった。

 結局ラリーなどはなく、ガットにシャトルを当てる練習だけで予定していた時間が終わり、昼食を取って少し時間をおいた後、散歩を始めた。
 サウダライトが散歩道に選んだのは”一応”皇帝しか歩くことの出来ない区画。
「お水の音が聞こえてくるよ」
「もう少しで辿りつくよ」
 皇帝しか近寄ることのできない場所にグラディウスを連れてきたのは、もちろんエロいことするのが目的だ。
 手入れされ、光が差し込む林を抜けた先、
「湖?」
 グラディウスの視界に飛び込んできたのは湖。
 その湖に駆け足で近寄り、透き通った水の中に花。その凜とした美しさに手を伸ばしたグラディウスは、想像以上に水が冷たく驚き手を引っ込めた。
「綺麗な花でしょう。ウォーターヴァイオレットって言うんだよ」
「うん。でも冷たいよ」
「そのお花は温かいところでは駄目なんだって」
「そうなんだ……あそこに」
 グラディウスが指さしたのは湖の中心。
 この湖の中心には藤棚があり、改良されてずっと花が咲き続ける藤が棚を覆い隠している。その藤棚の下には一本の白いストックが植えられていた。
 ここまで整っていれば、大方の人は「賢帝の軍妃」の異名を持つ紫色の瞳の皇妃、ジオ・ヴィルーフィにまつわる場所だろうと見当がつくのだが、グラディウスは当然とも言うべきか、解らなかった。
 グラディウスが居るこの場所は、ジオが十六代皇帝オードストレヴと逢瀬を重ねた場所。真面目な皇帝と、節度ある家臣だった二人は、会うだけで肌を重ねるようなことはしなかった。
 そんな場所に連れてきて、グラディウスにエロいことしようとしたサウダライトだったのだが……
「あそこになにか見える?」
「紫色の目のお姉さんがいるよ」
「!……ほんと?」
 グラディウスが嬉しそうに指さした方角を観たサウダライトだったが、なにも見えない。
”私のほうが目が良い筈なんだけどなあ”
 グラディウスがあまりにも喜び手を振る姿と”紫色の目”という部分を聞き、
「じゃあ、行こうかグラディウス」
 すでに死去して二百年以上経っている軍妃の存在に恐怖して場所を変えることにした。
「あ、うん! またね! お姉さん」

 背後の冷たき湖から届く冷気。その首筋をなぞる冷気は、湖水だけではないような気がして、サウダライトは振り返ることができなかった。

「おっさ……うん……むにぃ……」
 その冷気にも敗北せず、軍妃の気配にもめげず、場所を変えてグラディウスに性行為を働いたサウダライト。それは執念にも似ているのかもしれない。
 グラディウスの部屋まで戻って来て、その庭で全裸になりグラディウスの胸を揉んで、足の間に指を入れて触り……最後までやった。
 傾き始めた日差しを感じながら、サウダライトは心ゆくまで満足していた。
 サウダライトの胡座に乗せられて、三つ編みが解けかけて微睡つつあるグラディウスも、幸せそうに笑っている。
「おっさん、大好き」
「おっさんもグラディウスのこと、大好きだよ」
「うれしいなあ」
 言いながらグラディウスは目を開き、サウダライトを見上げて首に抱きつく。
 その後服を拾い集めて部屋へと戻り、
「リニア小母さんまだ帰ってきてないね」
「そうだね」
 グラディウスは一人で入浴の用意をして、サウダライトの背中をいつも通り胸で洗い、サウダライトにあの部分を丹念に洗われて奇妙な嬌声「ぼげぇぇぇ」と声を上げたりと、余人はともかく二人としては楽しい時間を過ごした。


|| BACK || NEXT || INDEX ||
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.