帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[48]
 三人が持ち込んだ「手紙」は受け付けられた。

※ ※ ※ ※ ※


「ロメララーララーラが侍女頭かあ」
 その頃、夜に急な会合が入ったサウダライトは、
「なにか困ることでも」
 息子ザイオンレヴィと「寵妃グラディウス」に関する打ち合わせをしていた。寵妃の住む区画の警備はザイオンレヴィが担当しているので、話をしておく必要があった。
 普通の皇帝の場合は王側が整えてくれるのだが、サウダライトの場合はマルティルディの意思に従うために周囲を整える必要があった。
 周辺警備などの知識はあるが、はっきり言って門外漢なのでザイオンレヴィとガルベージュスに完全に任せている。
「困ることだらけだよ」
 だが警備は警備するだけが警備ではない。
 配置される召使いなどの身辺調査から持ち物の確認まで、すべてが警備の範囲内。そちらの方はサウダライトも得意なので話を聞いて指示をだそうとしたのだが、最初から難問にぶちあたることになった。
「マルティルディ様の決定ですから」
「もちろん受け入れるけれども、その場合フェルガーデをどうしようかなあ」
「あ……」
 寵妃兼皇帝お気に入りで、なおかつマルティルディが名前を覚えている平民の侍女頭。羨望の眼差しで見つめられるとともに、背後に付いている家が自分たちの送り込んだ寵妃にもなにがしかの権利を与えて欲しいと言い寄ってくるのは確実。
 今現在ですらマルティルディが平民の少女の居る館を訪ねると断言したため、多くの者たちから”お前の愛妾が寵妃になったら館に訪問する権利をくれ”と詰め寄ってくる状態。
「他の貴族はともかく、サルヴェチュローゼンは扱いに注意を払う必要があるからねえ」
「はあ……陛下……いいえ父上」
「なんだい?」
「なぜ父上はそれ程までにカロラティアン伯爵を警戒するのですか? ジベルボード伯が言うような良い人ではないことは理解しておりますが、父上は警戒し過ぎではありませんか?」
「ああ、そうか。お前知らなかったか……良い機会だ教えておこう。マルティルディ様のお父上ことエリュカディレイス王太子殿下。あの御方がクーデターを起こし現王ラウフィメフライヌ殿下から実権を奪い取った」
「それは聞いています。僕が二歳くらいの時ですよね」
「そうだね。その際に最も活躍したのがサルヴェチュローゼンなんだよ」
「あの人は軍人ですし、父上と違って殺害や処刑にはなんら躊躇いのない人ですからね」
「まあねえ。そりゃ良いんだよ、それ自体は私には関係無いし。でもね……「彼」が首謀者なんだよ。王太子殿下は軍事クーデターを起こすつもりはなかった。それを唆し、計画を立案したのが彼なのさ」
「……」
「そりゃあエリュカディレイス王太子殿下もマルティルディ様のお父上と解る”ご性格”ではあったが、あの方は実権を取ろうという気はなかったようだ。亡くなられてしまったから、本当のところはもう解らないけどね」
「カロラティアン伯爵に何の利益があって?」
「さあねえ。でもまあ結構良い利権を得るつもりではあった”ようだ”よ」
「”ようだ”……ということは、別に利益は得ていないということですよね」
「そうだね。そこで私が呼ばれたのさ。エリュカディレイス王太子殿下はサルヴェチュローゼンを警戒して。私に希望の書類を見せて、なにを欲しているのかを探り出せと命じられたのだよ。怖かったねえ。だってほら、書類を渡されたってことはクーデターの一員じゃないか。いや私は怖いから目を通していないけどさ。なにせ目を通して訴えたとしてもあのラウフィメフライヌ王殿下じゃあ聞き入れてくださらないだろうし、下手したら殺されるかもしれない。かと言ってエリュカディレイス王太子殿下が勝つという確証もないし。サルヴェチュローゼンを牽制し過ぎても殺されると、八方もなかったがともかく八方塞がり状態」
「よく生き延びましたね」
「まあねえ。あの頃はシャイランサバルト帝が君臨なさってたから、お任せしたのさ」
 ”皇帝”とはそのような存在でなくては《ならない》のだ。

※ ※ ※ ※ ※


「申し訳ありませんね。子供を産まない僕の実妹で」
「それは ”また” の機会に話そう」
「ですが陛下。太陽の破壊者はその制御方法、完全に残ってはいないと……」
「エリュカディレイス」
「はい。なんですか?」
「ロターヌの真髄、そなたに教えてやろう」
「ロターヌの?」
「そうだ。マルティルディが両性具有を産んだらどうなるか、を。この身をもって知っている余が教えてやろう。エターナも知らず、ベルレーも知らなかった事を」
「……」
「謎など興味はないか。ではもう一つの条件と選ばせてやろう。そなたが祖父であるラウフィメフライヌ王に対して使った ”あれ”。そなた亡きあとに ”あれ” がマルティルディに牙を剥かぬよう監視してやろうか。どちらが良い? エリュカディレイス」
「両方」
「よろしい。その代わり、これ以上テルロバールノルを挑発するなよ」
「御意」

 《真実》 と 《己亡き後の王女の治世安定》 を前にしてエリュカディレイスも引き下がった。

※ ※ ※ ※ ※


「現在は使用できない調停方法というわけですね」
 以前は王を掣肘し、反逆の意思がある貴族の頭を抑え付ける皇帝は存在したが、今の皇帝にそれらの権力はない。
「そうだ」
 シャイランサバルト帝がどのようにしてカロラティアン伯爵を押さえ込んだのか? サウダライトはつい最近まで知らなかった。
 知ったのは即位し、シャイランサバルト帝の親友であり腹心であったデルシ=デベルシュと会話をするようになってから。
 もちろん今まで会話をしていたがそれは「王女」と「貴族」という立場であり、「皇帝」と「皇后」という立場ではないので、話題に上らなかったのだ。
 デルシ=デベルシュはカロラティアン伯爵をいまだ危険な男と見なし、サウダライトに男の望んだことなどを教えてやった。

―― 私になにをお望みですか? デルシ=デベルシュ殿下
―― 貴様の好きなようにせい、ダグリオライゼ

 サウダライトは考えた結果、当事者であるマルティルディに包み隠さずに伝え、これがカロラティアン伯爵が不興を買う原因へと繋がった。
 こうなることは解っていたサウダライトは、彼からの機嫌取りなし報告を受け、それを何事もなかったかのようにマルティルディの元へともってゆく。
 普通に言えば”面の皮が厚い”であろうが、この横着さがマルティルディに重用されるところであった。
「解りました。それでは今後の方針は教えていただきたい。父上としてではなく、皇帝としてカロラティアン伯爵をどのようにしようとお考えなのか」
「そうだねえ……現状維持ってところだね」
「それは考えなんですか?」
「まあまあ。サルヴェチュローゼンが焦っているところからも解るように、彼に与えられた”猶予期間”はあと僅かだ」
「猶予期間?」
「うん。猶予期間内は今まで通りに接すると良い。私はサルヴェチュローゼンの逃げ道を用意しておくから」
 追い詰められたカロラティアン伯爵が武力に訴えないようにするために、逃げ道を確保する必要がある。その逃げ道こそが、現在離婚している妃・フェルガーデ。
「わかりました」
「失礼します」
 あまり他人には聞かれたくはない会話を打ち切り、声の主に、
「入ってきていいよ、ゾフィアーネ大公」
 サウダライトは入室許可を出す。
 開かれた扉から単純に表現するなら「踊りながら」複雑に表現してみると「珍妙な動き」でゾフィアーネ大公が入室してきた。
 礼儀作法自体にはおかしいことはなく、歩き方も奇妙だが礼儀に則っているため注意のしようがない。礼儀に則った歩き方というのは、皇帝の前では足音はない方が良いということで、華麗なまでにすり足。動きは滑らかな方がいいということで、全身を動かしてまさに体全てで滑らかさを表現。着衣はみだりに動かさないようにということで、それに見合った滑らか仕様。鬼才の動きは鬼才を見た人にしか解らない、それが鬼才。
「お届けものにございます」
 凛々しく強く賢く血筋も良い男の滑らか過ぎる動き。
 同期で見慣れてもよいほどにこの動きを見ているザイオンレヴィなのだが、どうしても慣れることができなかった。
 自分の同じ色合いで、マルティルディのように緩やかに大きく波打つ長髪と、鋭くはなく涼しげな目元。顔のパーツは大きいものはないが、近衛兵の必須条件である表情の華やかさには問題はない。
 そして……
「グラディウスからの手紙か!」
「それでは失礼いたします」
 不必要なことは一切言わずに去りゆくその足の長さ。
「いやー彼本当に足長いよねえ……あ、ごめんな。ザイオンレヴィ」
 近衛兵は容姿も重要な項目。それは顔だけではなく身長から手足の長さまで一定の”もの”を求められる。
「それは昔のことです! 今はもう120pありますよ!」
 足の長さは120p以上と決まっている。
 ザイオンレヴィは今でこそ股下は120p以上あるが、上級士官学校卒業時は118pしかなくマルティルディに「えー容姿のケシュマリスタなのに、なにその足の短さ」と叱られたことがあった。
 成長が遅いタイプのザイオンレヴィなので仕方ないと言えば仕方ないのだが……そんな所は考慮してもらえない。
 ちなみに現在120pは越えたが「120プラス何p」なのかは、はっきりと言わない。聞いて欲しくはない部分というものだ。
 もちろん足が短いのとは程遠い、バランスの取れた容姿だが、そんなのは帝国には腐るほど居るので、結局の所規定の長さを得なくては何とも居心地が悪いのだ。
「あーむきにならくて良いから、良いから。おや、時間だな。私は昼食にするが、お前はどうする? ザイオンレヴィ」
「僕はロメララーララーラの所に行きますので」
「そうか。じゃあね」
 退出したザイオンレヴィを見送ったあと、サウダライトは手紙が入っている箱に手を置きながら、溜息混じりに呟いた。
「マルティルディ様、なにもうちの息子でなくとも……」

―― あそこに閉じ込められているのが《僕のザンダマイアス》
―― 名前などはお考えでしょうか? エリュカディレイス様
―― もちろんだ、ダグリオライゼ。《僕のザンダマイアス》名前はマルティルディ
―― お美しい御方なのでしょうな
―― 僕の娘だから当然だろ、ダグリオライゼ
―― そうでしたね。愚問でした
―― だからさ、閉じ込められているほうがいいんだ。リュバリエリュシュスのような目に遭わせたくないしさ

「リュバリエリュシュスさま……貴方様に手をかけるなど、とてもできません」

|| BACK || NEXT || INDEX ||
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.