帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[01]
 古来人類は、女性に年齢を尋ねる事を無礼なこととした。
 現在僕たちは、女性であろうが男性であろうが年齢を尋ねる事はほとんどない。無礼などではなく、必要が無いからだ。惑星間の年齢誤差を考えれば、無意味に等しい。
 だから僕も、父の寵妃の年齢を事細かに調べる事はなかった。
 十五歳にしては幼すぎるような気もするが ”こういう十五歳もいる” と言われてしまえば、何も言い返す事ができない。
 寵妃の住んでいた惑星の水準と、生い立ちからすると否定することは躊躇われた。
「グ、グレス。どうしたのかな?」
「おっさん! 寒くない?」
 個人の性質も大きい。
 それらを考えれば、十五歳に見えない行動をとったとしても……疑うのは失礼にあたるだろう。何れは親王大公を産む相手だ。
「平気だよ。優しいな、グレスは」
 ほぇほぇ……ではなくマルティルディ殿下は、この寵妃に皇太子を産ませようとしている様な気がする。
 僕はマルティルディ殿下に重用されているが、ある一点で全く何も教えて貰えない。
「違うよ! あてしが、これを握ってたからおっさん脱いでトイレに行ったんでしょ!」
「あ、う、あ、うん」
 もうじき十六歳となる寵妃グラディウス・オベラをマルティルディ殿下が望んでいるのなら、僕はそれに従う。
「目が覚めた時、おっさんがいなくて少し寂しかったけど、これがあったから平気!」
 僕がこの少女に対して、なにかを思うことはない。

「だって! おっさんくさいんだもん!」

 訂正! 訂正! 大至急訂正! いつも何かを思う! しょっちゅう笑いを! 笑いを!
 隣に立っているエディルキュレセのやつ! 額の血管切ってる場合か! ああ! そう言えばお前は笑撃耐性テストの成績悪かったよな! あれは対戦相手が強敵過ぎたせいで悪かったと思ったんだが、純粋に笑撃耐性低いのか? 
 だが同情するよ、笑撃耐性テスト対戦相手オートランダムで二十回連続でガルベージュスは死ぬわ……

 今はそんな事を話している場合じゃないぃ!

「連れて行け」
 指示を受け取った部下も鼻穴広がって、歯茎見えて! その表情、マルティルディ殿下に晒したら、間違い無く処分されるぞ!
 両脇から部下に肩を貸してもらったエディルキュレセが立ち去り、一息つきたいのだが……
「え、あ。おっさんくさい?」
 聞き返すな父! ここは空気を読んで、これ以上の被害拡大を阻止しっ!
「うん! おっさんくさい! すごっく、おっさんくさい!」
 ぎりっ! と自分の奥歯が軋む音がした。

 ……なんとなくほぇ……じゃなくてマルティルディ殿下が気に入る理由が解るような、解りたくもないような。

 そんな騒ぎもあったが、無事に飛行船は着陸して、父である皇帝は寵妃と一緒に出迎えて 《くださった》 正妃達と昼食をとることに。
 父は全く持って必要ではないのだが、寵妃の言葉はほとんど訳解ら……稀に、そう稀に! 解らないんだ! と言っておく! とにかくその場にいた者の通訳が必要になる。
 何時もはルサ男爵を使っているが、今回は同行させなかったので必然的に父が同席することに。幸い……ではなくて、残念なことに僕はまだ寵妃の言葉を上手く翻訳できない。
「おっさんとおきしゃきしゃまでお食事楽しみだ!」
「そうだね」
 父は白目を剥いている。
 剥かなくても、その目は濁っているだろう。死んだ魚の瞳のほうがまだマシだというくらいに。
「我に何を見たのか教えてくれよ。さあ、我が連れて行ってやろう」
「わーい! でかいおきちゃきちゃま! ありがと!」
 そう言って軽々と寵妃に肩車をしてやるデルシ=デベルシュ皇后。
 前皇帝の友人にして身辺警護だった、ガルベージュス級の強さを誇る彼女。
「昼食は川魚をメインにしたものだ。私が骨をとってやるからな。隣に座ると良いぞ」
「川魚?! あてし大好き! でかいお乳のおきしゃきしゃま!」
 胸の美しいイレスルキュラン后殿下。
 胸だけではなく顔も勿論知的で美しい……彼女と寵妃が並ぶと、知的さと対極というのが良く解る、ような気がする。
「儂は別に聞きたいわけではないが……ほれ、貴様が昨日乗っていた船を撮影したものじゃ。不細工な貴様の顔が容赦なく映っておる。他にも映っているが、見せられぬ有様じゃ。儂が処分してやる」
「あてしの顔だ。これ、もらって良いの?! 嬉しいなあ。睫のおきしゃきしゃま! ありがとう」
 もう一人の后殿下ルグリラド王女。
 マルティルディ殿下の義理姉にあたり、非常に仲が悪い。
 だが彼女の双子の弟イデールマイスラと、仲が良かったとは聞かないが……。
 何にせよ正妃達は父から寵妃を取り上げて、楽しそうに歩き出した。
 その後を、疲れ果てた ”おっさんくさい” 皇帝は付き従っている。まあ、どうでもいい。僕はこれから、奥歯の治療に向かわねば。

 治療終了後、
「おっさんくさい……採用なのか」
 一足先に治療を終えていたエディルキュレセに伝えると、溜息混じりにそう言った後、笑い出した。
 見た目や態度はリスカートーフォンの雰囲気が少ない男だが、笑い声が ”咆吼” に近いところは、リスカートーフォンらしい。
 一頻り笑った後、テーブルに俯せになり、
「ひぃー。死ぬ、絶対死ぬ。言われたら、反射的に笑う、笑ってしまう! 仕事続ける自信ねえ!」
 肩どころか全身を震わせて、とても楽しそうに叫んだ。
 だが辞めるつもりはないらしい。エディルキュレセも寵妃との仕事を嫌っていないからな。
 一息ついていると、ルサ男爵から知らせが入った。
 ”リニア・セルヒ・イーデルラ・マドウを妊娠させた”
 笑っていたエディルキュレセも、すぐに表情を引き締めて聞き返す。
 ルサ男爵は判断を下す能力が低い。低くなるように育てたのだから、当然なのだが。
 エディルキュレセが、
「こちらで判断を下す。それまでは、何もするな。いいな、勝手に決めるなよ」
 念を押して通信を切った。
「……どうする?」
「どうするも。あの小間使いは確か結婚している筈だ。夫が離婚に応じないらしい」
「でも喜ぶだろうな」
 エディルキュレセは ”誰が” とは言わなかったが、誰のことなのかは解った。
「陛下と寵妃殿に連絡を入れてくれ。僕はマルティルディ殿下に連絡を届けてくる。もちろん、陛下より先にな」
 エディルキュレセに見送られ、僕はマルティルディ殿下の元へと向かった。
 何時ものマルティルディ殿下なら 《殺せ》 と言って終わりだろう。だが今回は違うような気がする。

 何だろう、この不確かさは。マルティルディ殿下と僕との間には存在しなかったものだ。何時の間にこの不確かさが生まれたのであろう。

「休憩時間に相応しい話題を持って来たんだろうな」
 マルティルディ殿下は王達との会議中だった。
 《ケシュマリスタ王代理》 の立場にあるマルティルディ殿下だが、その権力は絶大。
「頭を休めるには丁度いい話題かと」
「早く言えよ」
「寵妃殿の保育係……じゃなくてルサ男爵が、寵妃殿の飼育係……じゃなくて小間使いのリニアを妊娠させました」
 マルティルディ殿下は表情を変えずに、
「確かに休憩には相応しい、下らない話だな。それで、グレスは知っているのか?」
「いいえ、まだ。まずはマルティルディ殿下に報告を」

 マルティルディ殿下は頷き会議に戻られ、僕は報告を受け取った父と寵妃殿の邸へと向かった。
 とても喜んでいた。
 行き先不透明で困惑している小間使いよりも、喜んでいる。
 大きな藍色の瞳は、喜びで細められて見る事は出来ないが。
「あてしのことお姉ちゃん! お姉ちゃん!」
 その寵妃の姿を眺めている父の表情は……胡散臭い。何故だろう? 父が寵妃に向ける視線は何時もエロを感じさせ、表情もなんか情事の前の雰囲気を……。
 そんな事を考えていたら父に呼ばれ、近付くと小声で、
「上手く便宜図ってくれ、ザイオンレヴィ」
 この便宜とは、戸籍に手を加えるなどではなく ”マルティルディ殿下に許可を” という意味だ。
 それから少しして、足を運ばれたマルティルディ殿下は寵妃の喜びように、
「馬鹿らしい喜び方だ」
 そう言われた。
「十親等には皇王族系第七親等待遇で伯爵をくれてやろう。下級貴族はケシュマリスタの子爵をくれてやる。後は任せたぞザイオンレヴィ」
「御意」

 これで全てが 《決まった》

 リニア・セルヒ・イーデルラ・マドウという三十三歳になった下級貴族の女性は、十九歳で結婚し二十歳で娘を産んでいる。
 寵妃によく仕えるのは、別れた子供と重ねている面も大きいのだろう。
 貴族というのは下級であっても、容易には離婚できない。
 事細かな条項が書かれた婚姻契約書というのが足枷になる。
 だが夫婦は完全に破綻して、婚姻契約書に生まれてきた子供の事を盛り込んでいなかったので、他者からの通報により末端ながら貴族庁の職員が入り、子供の教育に悪いと判断を下し、娘を施設へと移した。
 娘は父親が母親リニアへ暴力をふるう様を思い出し、保護されてからもひどく怯えていた。
 結果 《再生プログラム》 という名の 《記憶抹消》 を行われ、全く違う星系に住んでいる下級貴族の 《遠縁の娘》 として、別の下級貴族に引き取られた。
 もちろん、引き取った彼は 《本当に遠縁の娘》 と信じているし、実際に 《遠縁の娘》 ではある。源流がたどれないくらいの遠縁。
 現在イセリアルネ、娘の名だが、そのイセリアルネは引き取られた貴族の元で幸せに暮らしているようだった。
 本当はリニアの夫と同じくイセリアルネも殺害してしまったほうが良いのだが……。
 イセリアルネに対して行おうと思っている処遇を告げると、案の定、
「甘い男だな」
 言われた。
「ご気分を害したのでしたら、全て殺害してまいります」
 言ってはみたものの、この件に関してだけだが、マルティルディ殿下は僕の策を採用してくれると信じていた。
 この根拠のない自信、身を滅ぼしかねないと思うが……それはそれで良い。
「下らない」
 言われたが、書類に許可を下さった。
 頭を踏みつけられようが、顔を蹴られようが気にはならない。
 許可を持ち、父の元へと向かいマルティルディ殿下が認めた 《これから》 の設計書を差し出し ”謹慎しろと言われた” ことを告げる。
「あまりマルティルディ殿下の気分を害することをするなよ。いくらお前がマルティルディ殿下に気に入られているとはいえ……今日ベル公爵殿下が帝星に到着なさるそうだ。早く邸へと戻れ」
 父は後でゆっくりと目を通すと言って、僕に邸へ帰るように促す。

 邸に帰る途中、帝星の空にベル公爵殿下の旗艦を見つけた。

 ”この男が僕の夫さ”

 シュスター・ベルレーによく似た容姿と、逆配置の瞳を持つ殿下。



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