63

 次々とエヴェドリット艦隊がこの帝星上空に集結してきている。集結した戦艦は一つも帝星に着陸しないが、機動装甲だけは次々とこの宮殿の周囲に着陸してきた。
 空色と白の機動装甲から降りてきた黒髪の男、テクスタード。
 銀河大帝国皇帝の容姿を完全に兼ね備えた唯一人。その男とハーフポートがいざこざを起こしたが、それ以外は何の問題もない。
 降りてこない艦隊、敵の兵士の略奪も暴行もなにもない冷え切った帝星で、余はインバルトボルグとジルニオンの決闘が明日の夕方行われる事を王国中に告げた。
 明日の夕方、宵の明星(一番星を指す言葉)が見える時、この国が終わる事を表明したも同じである。
 侵略がこれ程静かなものだとは思わなかった。殆どの人間を追い払った宮殿で、リドリーと共にジルニオンに引き渡す書類を作成している。
 リドリーには『皇后陛下のお傍に』とは言われたものの、後回しにしていた。そうしているうちに、アグスティンが困った顔で現れた。
 あのベルライハ公爵がインバルトに求婚したと。アグスティンとメセアが助けたくてやった事だったようだが、結果は、
「皇后陛下は断りました」
 それをはっきりと現す為に夕顔が必要だと。至急手配してアグスティンに届けさせた。
 皇帝の秋桜、ケシュマリスタの朝顔、ロヴィニアの鈴蘭、テルロバールノルの蒲公英、そしてエヴェドリットの夕顔。この五種類は、王国であれば温室で必ず育てている。数々の儀礼に使われる伝統の花。
 丸一日かけて提出する書類を作成し、現れたジルニオンに渡した。あの男は受け取ったそれを観るわけでもなく、余の腕を掴むと「インバルトボルグの前髪を寄越せ」と言ってきた。
「命令か?」
「当然、命令」
 本人は全く力を入れていないつもりだろうが、余に振り払う事は不可能である。この男と本当に剣を合わせるつもりなのか?
「あれの前髪に何の価値がある」
「あるなら寄越せ。処分したのか?」
「答えなければ?」
「窓の外を観てみろ」
 上空に飛び上がっている……
「機動装甲!」
 銃口をこちらに向けて構えている。
「ベルライハ公だ。照準はレンペレード館」
「きさ……」
 目的も真意も敗北者には問いただせぬ事なのだろうが、
「ベルライハ公、照準を合わせろ。タイルスラ砲、充填開始しろ」
 男の声に銃口の先に紫色の光が集まり始める。
「やめろっ! 渡す……此処にはない。皇后の館から繋がる“外”にある」
「あの部屋にか。ベルライハ公、後は手筈通りだ」
 銃口から紫色の光が消えたが、照準は合ったまま。それどころか対遠距離戦闘用ビットを無数に飛散させて、宮殿の周囲を囲む。死角がない所ではない、一瞬にしてこの帝星を破壊できる……。
「取りに行ってくる。待っているがいい、クレスターク=ジルニオン十六世」
「ジルニオン=バランタオンでいいぜ。今、戦争してねぇからよ。征服しちまったからな。それと俺も付いていく、ちょろまかされたら困るからなぁ」
 ジルニオンと共にレンペレード館に向かい、インバルトの挨拶を交わす。
 室内にはハーフポート伯と大帝国の遺児テクスタード。この二人を交えてインバルトは明日の決闘用の正装の合わせをしていた。
「おう、良い子にしてたか、インバルト」
 着実に決闘の準備は進んでいるようで、使用武器の選別を行い始めている。
「ええ、ジオもお元気そうで。先ほど機動装甲が飛び立って、空中で停止して何かしてますね。何処かで暴動でも起きたのでしょうか?」
 あれはお前達を狙っていたものだ。
「いや、ただ居ること見せないと暴動が起きるからな、牽制だ。アレだと解りやすいだろ、俺達が居るって。そうそう、インバルト。後で機動装甲に乗せてやろう」
「本当ですの!」
 人類が作り上げた最高の戦闘機械、伝説の兵器。選ばれた者のみが乗る事ができる、破壊の化身。
「模擬戦も体験させてやろう。準備しておけ、テクスタード」
「はい。模擬はどの程度で想定ですか? ランク・レクストで?」
「お前、乗ってる姫さん殺す気か? ランク・フォーダーでいい」
 二人とインバルトを置いて、長い通路をジルニオンと歩く。
 公営住宅に出て、あの時の菓子箱に入ったままにしておいた髪を渡した。ジルニオンは蓋を開くと、髪の毛をスキャンし情報を送った。数秒後、返答がきた。……送った相手は空中で停止しているベルライハ公爵にちがいない。
 あの戦闘機は機能も充実している……だが、
「五本ほど足りないが、そのくらいは許してやるか」
「何故それ程まで皇后の髪に執着する」
 何故此処まで執着する? 四大貴族の末裔は大帝国の血を引いている者に、これ程までに執着するものなのか?
「お前がインバルトに執着するのと同じ理由だと思っておけよ」
「インバ……」
 先ほどもだが、この男はインバルトボルグの事をインバルトと呼んだ。
「俺の事ジオって呼んで良いぞ、って言ってやったら嬉しそうに自分の事インバルトで良いですってさ。可愛いモンだなぁ、お前に似なくて良かった良かった」
 余よりは話しやすいのであろう。侵略者の王の方が、自らを処刑する相手の方が話しやすいとは……
「似る訳があるまい」
 あれにとっては『余』も『侵略王』も同じか……ああ、同じだから腹が立つのか。
「そうだよな。一滴も血が繋がってないんだからよ。アグスティンとインバルトは十八分の一程度は繋がってるが、お前は全くだもんなぁ」
 余はあれから国を取り上げて「生かして」使い、この男はあれから国を取り上げて「殺して」使う。
「それがどうしたと言うのだ?」
 知られないで済むとは思っていない。それがインバルトの耳に入ったとしても……それを阻止する力を、余は既に持ち合わせていない。
「そういえばお前、インバルトと結婚式すらしてねぇえんだってな。他人の子身篭った女と結婚した俺でも結婚式くらい挙げたぞ。インバルトの紅蓮の髪とアイボリーのウェディングドレスは良く似合っただろうにな」
「貴様に関係あるまい」
「インバルトは俺のベルライハの求婚を断ったわけだが、お前それほど良い男にも見えねえんだけどな。性格はもちろん身体、顔、才能、血筋どれか一つでもベルライハに勝ってるモノあるか? ねぇよなぁ」
 それは認めよう。
 そして誰よりも余が尋ねたい、ベルライハの手を取れば生き延びる事が出来たのにも関わらず、何故頑ななまでに拒否したのか?
 お前は“俺”に何を求めているのだ? インバルト。
「その男はお前の物であろうが、全て」
 『俺のベルライハ』か……『余のインバルト』とは口にできぬが、本当に堂々としたものだ。
「付いて来い、ラディスラーオ」
 言いながらジルニオンは室内から“外”へと出て行った。菓子箱を持ったまま、私とジルニオンはファドル・クバートの家の傍に来た。
 内装が見える、そして……
「ダンドローバーのモノだった男だってな。あれは長くねぇだろ」
 窓から覗き見た姿、
「確かに」
 あの状態では長く生きてはいられまい。
「お前、インバルトが死んだらあの状態になれるか?」
「……ならぬよ。調べているのだろう、私とインバルトがそれ程の仲でない事を」
 余はインバルトが死んで生き延びたとしても、そのまま生きていくだろう。殺されるかもしれないが、自分から死ぬ事を選ぶ事も、壁を一つ隔てた向こう側に居る男のように自我を失う事もないだろう。
「つれない男だな。インバルトはお前の為に命を懸けるってのになぁ。それで思うわけだ、結局貴様にとってあの娘は何だったんだ? ヴァルカを従わせる物か? 優越感に浸る為の道具か? 血筋が欲しいだけの肉か? それとも性処理道具か?」
「何度も言うが、貴様に関係なかろう」
「大いにある。俺は生娘と決闘する趣味はない、この世に生まれたからには快楽の一つや二つ感じさせてから殺してやる。なあ、ラディスラーオ? お前はインバルトを抱いたか? 突っ込んだかどうかを聞いてる訳じゃねえぞ。あれが女として快楽を得たかどうかを聞いてるんだ」
 余はインバルトにそれらを求めた事は無い。快楽を求める女の痴態を嫌う余にとって、それは観たくもない事だ。だからインバルトに屈辱や冷たさを与えた事はあっても、快楽を与えた事はないだろう。
「あろうが無かろうが関係あるまい? 貴様には何もできまい?」
 だが同性愛者として有名なこの王は言った。
「俺は女をいかせるのも上手いぜ。操縦室で試してみるかな」
 この男には娘がいる、そして妻も“いた”。
「貴様……いい加減にしろ……」
 余が殺されるのは構わない、だが……
「それ以上! 口を開くなっ!」

 インバルトの事を口にするな!

 余はその時、誰よりも愚かだった。
 あの男に対して握り拳を作り殴りかかった……刹那、余の体は地中に半分埋まっていた。
「リドリーだったか?」
 煙管を燻らせながら、髪の毛の入っている箱を腕に挟みつつ、もう片方の腕には余の足首。足首を掴れて、地面に叩きつけられた……らしい。全く解らなかった、ただ痛みは正直だ。体に起こった事を直ぐに届ける。
「ぁ……がっ……」
 アーロンに顔を殴られた痛み所ではない。全身が焼かれているような。
「脊椎に細かくヒビ入れておいたから、結構痛むと思うぞ。さぁて、中にはいってグラショウを呼ぶか。ほらほら、助けを呼ばないと死ぬぞラディスラーオ。お前が死んだら皇后は俺が自由にしちまうぞ、ほーら助け呼んで」
 家の中にある通信機のボタンを押す、何処で調べたのかリドリーの直通番号を押して「おい、お前の主がほれ」と耳元にそれを近付けてきた。
「がっ……っ……リド、リー……今すぐ公営住宅……に来い。外まわ、りでだ」
「よく出来ました。それじゃあ俺は先に帰ってインバルトと宇宙遊泳楽しんでくるんで。じゃぁな」
 あの男は去っていった。
「ぁぁぁ……ああああー!」
 激痛に叫べばいいのか! この不甲斐なさに叫べばいいのか! 何の才もない身を呪う為に叫べば良いのか!  痛みで意識だけははっきりと、だから叫ばずにはいられなかった。
 勝てるわけなかろう! あの男に殴りかかって勝てるわけなかろうが! 俺はそれほど愚かになったか!
 惨めなのには慣れていたつもりだが、今の……今が最も惨めだ……
 リドリーに救出され、宮殿のに戻る途中それは空に飛び上がった。
 大空に上ってゆく赤と白、それに続いて空色と白の機動装甲。
「陛下!」
 窓を力なく殴りつけ、
「貴様は……貴様は何でも持っているだろうが! 正統なる血筋も! 美神と謳われるその容姿も! 大帝国四王家の玉座も! 史上最強の機動装甲を操縦する才も、ともに宇宙を滅ぼせるであろう分身たる人物も! 美しい実の娘も! 何もかも! その上、俺からインバルトまで……あぁ……」
 口から零れ落ちてくる血の赤さが疎ましかった。エヴェドリットの赤。
「やめてくれ……ジルニオン……」
 過去にインバルトを暴行しようとした俺が言う権利はないだろうが、やめてくれ! やめてくれ!
「明日お前が殺すまでは……」
 インバルトは俺の……赤く染まった掌が、インバルトの髪を一房掴んだかのようで、握りしめて。

俺は宇宙にインバルトを取り返しに行く事すら……できない。ただ、見上げるだけ

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