46

「仲直りして良かったですわ」
 そう、カミラ……いや皇后陛下に言われれると頷くしかない。
「ご心配をかけて申し訳ございませんでした」
 驚きも通り過ぎて、呆れるわけにもいかなくて、どうにでもなれ! というのが正直な気持ちだが。
 デイヴィットがダンドローバー公だったって所で相当疲れた。
 アグスティンが大公だと聞いた時点で、現実から逃避した。
 カミラが皇后陛下だと知った時点で……全てを放棄した。二年前、常識的な事は知らないけれども、貴族の事は詳しい特に伝承などには詳しい……確かにそう説明されていたけれども。
 確かに一般的なことは知らないだろうさ。
 宮殿でデイヴィットが帰ってくるまで部屋で待っていた際、リガルドさんから延々と主デイヴィットの放埓ぶりを聞かされた。
 貴族の中では1.2を争う大貴族だったり、世渡り上手だったりと。基本的に出世には興味がない……のではなく、出世に興味を持っていないように見せかけて生き延びた、というのが正しいのだそうだ。
「陛下、私が作ったのですが。お味の方はいかがでしょうか」
「平気だ」
 あの皇帝陛下が存在する以上、あの皇帝以上の血筋で皇帝に匹敵……それ以上かもしれない有能さを持つ大貴族でもあるデイヴィットは、あからさまに出世欲を表に出す訳にはいかなかったらしい。まあ、それを良い事に自分の力量なら簡単にこなせる仕事ばかりをして遊んでいたようだが。
 八年前、政変が起きた際にデイヴィットは二十五で貴族統括庁の幹部だったそうだ。ちなみにダンドローバー公は現在貴族統括庁の長官だが……こんな所で、こんな事していていいのだろうか?
 皇帝がインバルトボルグ皇后を手中に収めて直ぐに連絡を寄越したのが、デイヴィットだったという。
『反乱を起す貴族を選べ』
 反乱を『起しそう』なのではなく『起こす』貴族。危険分子は全て羅列しろと言ってきたんだそうだ。あの頃既に有能なのは知られていたので、そんな連絡が行ったんだろうけれど。
 デイヴィットは自分の名前も入れたリストを皇帝に提出したんだそうだ。
 殆どの貴族は殺されたけれども、デイヴィットは生き延びた。生き延びてこの八年間軍務に付かされないでいる。“ヴァルカ総督とデイヴィット様が手を組むのを嫌っている”皇帝の判断の判断らしいけど。
「ファドル」
「いかがなさいました、皇后陛下」
「少しは美味しいと言って下さいましたわ」
「それは、良かったですね」
 皇帝がデイヴィットを殺さないのはその有能さ。でも殺そうと思うのはその有能さと血筋。
 意外と綱渡りで生きている男なんだなあ……少しだけ
「疲れたりしないか?」
「ファドルの顔見てるだけで平気」
「何言ってるんだか」

少しだけ優しくしてやろうかなあ……と思ったりした。今思えば、もっともっと優しく出来たのに……なあ。

*



 あのまま火つけたら一瞬で瓦解間違いなしの薪を組み直して、楽しそうに火の周囲で遊んでる皆から少し離れた所に一人佇んでおられる
「皇帝陛下、お話が」
 声をかけた。まあ、楽しそうに皆と一緒にキャンプファイアー囲まれても怖いが。
「何用だ」
「近日中にエヴェドリットが動くのではないかと」
「可能性は高い」
 眠っていた『反逆の王家』がそろそろ牙を剥きそうだ。何も今その眠りから醒めなくてもいいだろう……って言いたいが、向こうには向こうの理由があるからな。
 だから……あのまま俺のこと嫌いになってくれたら良かったのになあ、ファドル。
 あの国が来たら確実にお別れだ。
「お願いがございます」
「言ってみろ」
「“その際”はこのダンドローバー・デ・デイヴィットをカッフェルセス要塞の主任に任命していただきたい」
『反逆の王家』側から攻めて来る際の最終防衛線・カッフェルセス要塞。此処を破られたら王国は陥落する。
 八年前、仲間とは言わないが同階級の貴族達を選び処刑に加担した俺は、今度は処刑されるだろう。その程度の覚悟は出来ている。
 負ける戦争に出るのは嫌だが、攻められれば勝てない、それだけだ。それは確かだった。
 それでも俺は赴く、ファドル……
「“その際”には考えておこう。ニーヴェルガとベルライハが激突し、ベルライハが勝てば策もあるが……楽しんで参ったらどうだ。火の周りで手を繋いでるのの何が楽しいのか余には解かりかねるが」
 嫌いになってくれないか? 今更言っても遅いんだが……だが嫌われたら堪えるだろうな、そして必死に機嫌を治してもらおうとするだろう。
「陛下を呼びに来たのですよ。皇后陛下と手を取って歩かれてください」
 ゴメンな……謝りようもないけれど
「チッ……」
「陛下、舌打ちなど」
 覚悟だけは決まってる、それは変わらない。好き勝手に生きているリガルドによく言われたが、確かにその通り。
 別にお前を泣かせるために、必死になって毎日家に通った訳でもないんだが……だが剣は振り上げられている、もうあとは降ろされるだけ。
 せめてお前が長生きしてくれるように、戦争を短期間で終わらせる……戦争になる事もないだろうが。
 ただ侵略されるだけになるだろうが、それでもお前にまで徴兵が出されないように……自分勝手に兵士を使って、負けてくるよ。

backnovels' indexnext