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 此処から出て行ったのは二十年近く前になる。


「心臓止まるかと思いましたよ」
 無事帰宅できた事に心底安堵した。帰宅後三日くらいは、まだ何か起こるのではないか? と不安が続いたが。
「そう怒るなって。お前ヒタヒタと怒るから怖いんだよ」
 嵐の中心にいた主・デイヴィット様は、何時もの如く適当な態度に戻られている。
「怖くない怒り方でしたら、全く意味がないと思いますが? 違いますか?」
 事なきを得て無事に帰宅し、その後ファドルの家に説得に向かう公爵に釘を指した。
 全く、今回は無事に済んだから良かったものの……
「そうだけどな。だが少しあの二人の仲が前進して良かっただろ」
「あのような方向に前進されても、ちっとも良くありません! リドリーにも散々言われましたよ」
「悪い悪い。だが、あの方向に前進させたのは陛下が悪い」
「はっきりと言われますね」
「お前も悪いと思ってるだろ? リガルド」
「悪いとは思います」
「ちゃんと注意してきたよ。“陛下の皇后に対する行為に失望いたしました”と。退出前に言ってきたから安心しろ」
 安心できますか?!
「……あの……少しは保身などをお考えになられて下さいよ」
「お前、俺の性格解かってるだろ? その位なら平気だ。あの人は根は陰険だが、皇后の事に関しては臆病だから平気だろ」
 皇族を軒並み殺害した人ですよ? 現在も死刑執行確定から三日以内に執行させる人ですよ? 秘密警察で何人貴族が暗殺されたと? ご存知でしょうが……
「ですが……まあ」
 私が言っても無駄なんだろうな。こういう人なのは、良く知ってますよ。
 保身とかあまり考えない、だから度胸が良すぎて困る人。嫌いではありませんよ、仕えやすい……とも思いませんが。
「何にせよ、もっと落ち着いてください」
「無茶言うな。俺は好き勝手に生きるのが身上だからな」

本当に貴方はそういう方です、デイヴィット様

*


「グラショウ参事官。病院から報告が届いております」
 届けられた報告書を見て、ため息をつく。身寄りのない男が衰弱死した……衰弱するような年齢ではないが、死んでしまったものは仕方あるまい。
 殆どの病は治るが、精神的な病は『確実に治せる』という事はない。
 その死亡報告書を大公と伯爵に転送する。大公は苦労するであろう伯爵は特に問題はない筈。
 私はその遺体を受け取って、辺境惑星の治安維持をも兼ねて埋葬するべき場所へと向かった。
 こんな手間を掛けてやる相手でもなければ、誰も手間隙を掛けろと私に命じたわけでもない。生前の親交など無いに等しい。ただ、私がしたい……とも違うか。
 恐らくアイツが生きていれば、同じ事をしたはずだと……それだけだ。無論アイツに頼まれた訳ではないが……たまには休みたい。
 それだけで、それ以上理由を求めないで欲しい。
「此処に来るのは初めてだな。ダンドローバー領には何度か遊びに行った事はあったが」

*


「休暇……勿論、幾らでもお取ください!」
 陛下が『休暇』を取られるといわれたのは、アーロンの私兵が宮殿から撤退して一週間が過ぎた日だった。
「幾らも要らぬ。デイヴィットがダンドローバー領に招待しおった……皇后同伴で。行かぬ訳にもいくまい、ヴァルカを説得し、アーロンを押さえられる男の誘いを断るのは得策ではない」
 四十二日間アーロンの私兵は宮殿に居座り、その間アーロンは皇后陛下に剣術を教えていた。
 儀礼用の動きなどから、実践的な動きまで。非の打ち所のない貴公子は、非の打ち所の無い態度で皇后陛下に接する。決して二人きりで面会する事などせず、剣技を教える際も不必要に身体に触れないその態度。
 どこからどう見てもアーロンは好青年だ。多少頑固ではあるが、綺麗に整った顔立ちと、王国で最高の身体能力を誇る貴公子。
 ダンドローバー公とは正反対の正統派の彼は、誰から見ても……私から見ても皇后にお似合いだ。
 外に出る事を禁止された皇后は、アーロンと偶にダンドローバー公に剣を習い毎日を過ごしておられる。
「ダンドローバー領は帝星にも近い。代理はお前だ、良いなリドリー」
 ダンドローバー公の真意を知りたく、私はリガルドに連絡を取った。そして返って来た答えは意外ではあるが……それも良かろうと。
 案を出したのはモジャルト大公であったという。大公はメセアの酒亭へと足を運び、そこでキサに詰寄られて……キサという娘は、陛下とメセアが一日くらい兄弟として過ごさせてあげよう! と持ちかけてきて、大公はそれに乗った。
 乗ったは良いが、上手い策が見つからない二人に『メセア・ラケ』が「デイヴィットの所に行って話してみろ」と教え二人はダンドローバー公の元へ。
 当然ながらダンドローバー公は、それならば協力しようとなったそうだ。
 キサはアーロンが好みではなかったのか? 大公とアーロンはイメージから何からなにまで別物だ。大公はどちらかと言うと黒髪のせいもあってかダンドローバー公に近いが……だがダンドローバー公とはまた別に違うか。
 それで皇后陛下まで二人の仲を認めてくださいと言われたファドルも伴い、アーロンも同行させて、キサ、大公、メセアそれにリタを引き連れて、ダンドローバーの主星で皇帝夫妻と共にキャンプを行うことになった。
「ダンドローバー公が居れば、大変な事にはならないだろう」
 そう思いながら私は見送った。一週間後に戻られたが、特に問題は無かったようだ。皇后陛下も喜んでおられたし……

良かったな、そうあの時心の底から思った。
今でもずっと思っているけれど……貴方にとってはどうなのでしょうか? 辛い思い出でしかないのでしょうか?

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