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 大変だ……というか、バレたね、やっぱり。
 いや、ダンドローバー公一人の時はバレなかったらしい。あの男は用意周到だし、部下も有能だし。腹心のグリーブスって参事官の友人だって言うしな。
 アーロンは見張りを巻いていたに違いない、伯父上殿の警備などで訓練してたらしい……って事は、ばれた理由は俺だな。間違いなく俺から足が付いたんだと思う。やっぱりさ、こう……見張りついてたんだろうな。父親も父親だからな、当然ちゃあ当然なんだけど。
 俺は今何をしているか? 手紙の宅配だよ、ファドルに。
 現在帝星は第四種警戒態勢、一番低い警戒態勢ではあるんだけど「ヴァルカ総督と皇帝ラディスラーオが睨み合ってる」つう噂は王国全土にわぁぁぁ! とな。逃げようは無いんだけど、ちょっと戦々恐々? ってやつ。
 兄上も何をお考えなのか、カミラ……じゃない皇后陛下の暴行未遂なんて。一番そういう事しそうにない人なのに、何があったんだろう? でまあ、廃棄された皇后陛下の洋服の状態から、アーロンの証言の裏が取れちゃったもんだから、さあ大変。俺も確認したけど「よく未遂で終わったな」ってのが正直な感想。
 勿論、暴行未遂の事を知ってるのは俺を含めて数名だけどさ。
 アーロンが知ってる時点で、もう手の付け様がない。あの男、皇后陛下に対して見事な騎士っぷりを見せてるからな。俺がやっても、あんま形にならないけど。
 俺の兄じゃないけど、兄上の兄(また奇怪な関係だが)の所に顔を出して、ちょっと可愛いのがいた、キサってのね。顔は大したことないし、スタイルも普通だけど……その普通さが気に入ったったら、叱られるだろうなあ。で、俺は気に入ったんだけどキサが気に入ったのはアーロン。
 何でも、凄い貴族に憧れてて自分を貴族の庶子だって名乗ってたんだって。それが「パロマ伯の庶子」と名乗った所で皇后陛下と喧嘩になったらしい。
 今じゃあすっかり打ち解けてる、ってか仲直りしてるけどな。女の子らしくていんじゃないか、とっても。
 仲直りできるなら仲直りするのが一番さ、しみじみ思うね。
 残念な事にアーロンの視界にはキサは入ってない。勿論アイツ、フェミニストだから無碍に扱ったりしないけれど。
 で、そのアーロンだ。
 あの時俺とアーロンは、二人で宮殿に来ていた、ダンドローバー公の事が気になってさ。無理もない事だろ? だって兄上は苛烈な処断を下す方で有名だからさ、一区画に軟禁って言っても結構ドキドキするじゃないか。その情報はリガルドから齎されたんで、直ぐに二人で宮殿に駆けつけたんだ。で、ダンドローバー公の元の向かう途中に、アーロンが耳に手をやった。
 ダンドローバー公が皇后陛下の部屋に盗聴器を仕掛けていて、その受信装置をアーロンに預けてたんだ。言っておくが別に無作為に音を拾うもんじゃないぞ! ある一定の音量や、身の危険を感じている時の人間が発する声の周波数になった瞬間にスイッチが入るもんだ!
 それのスイッチが入っちゃって、アーロンにもスイッチが入っちまったって訳。
 俺に止められるわけも無いじゃないか。向こうは幼少期から神童の誉れ高く、軍人の英才教育を施されてたエリート。俺は10歳くらいの時にみんな諦めたからなあ、伯爵家継がせるの。ダメ兄弟なら長兄ってことで兄が継ぐことになったんだけどさ。んな事はどうでもいいんだけど、走って行っちゃったアーロンの後を付いて行っても、俺は何も出来ないと思うから急いで軟禁されてるダンドローバー公の元に。
 そこで参事官とリガルドが、ダンドローバー公と話し合ってた。それで俺が報告したら、今度は参事官が血相変えて飛び出していった。
「とてもじゃないけど俺には止められませんよ」
「まあな。俺だって止めないから気にするな。そうだ、アグスティン。ちょっと手紙を届けてくれないか? ファドルに」
 この人のファドル好きも凄いよなあ……普通に感動するよ。
「閣下、大公殿下をお使いになられるおつもりですか? リガルドが参ります」
 いや、この程度の使われっぷりなら平気……ってか、もうかなり体よく使われてない、俺?
「お前は軟禁生活で不自由な俺の身の回りの世話を、一時も離れないでしなきゃならんだろ」
 堂々としたモンだよな。殺される可能性だってあるのに、ってか殺される可能性の方が高いってのに。特に長い文章をしたためる訳でもなく、サラサラっとな。気障な男には似合いな気障な字だ……綺麗だって事な。
「よろしく頼むぜ、アグスティン」
「任せておいてください、ダンドローバー公」
 多分さ、リガルドだとこの区画を出る際に身体検査とかされて、手紙なんか持ってたら検閲されると思うんだよな。その点俺は結構平気、兄上のおかげで。
「じゃ、俺届けてきますね。それと頻繁に来ますから」
「お前さんに来てもらってもなあ」
「安心してくださいよ、俺は陛下に取り成したりする才能ないですから」
「大丈夫。自分一人で何とかなるさ」
 さすがだなあ……って思ってたら、突然部屋をノックされて
「皆様、大急ぎで参事官殿の所へ!」


 とってもエマージェンシー、緊急事態発生……って訳。


 怒り狂ったアーロンは、伯父上殿に事態を御報告。当然記録音声もお届けしちゃって、自分が率いてきた兵士を宮殿内に無理矢理入れて、レンペレード館付近の警戒にあたってた。
 俺達はグラショウから報告を聞いて、ダンドローバー公が治療中の兄上と話をして、俺は……まあ、暇だった訳だ。やること無いんで帰りたいんだが、帰れる状態でもなかったんで結局居残りってカンジ。ポケットに入れてる手紙が折れないかな……くらいを心配して。仮眠室で寝てた、本当にする事ないんだわ。
 朝、皇后陛下に朝食を運ぶ段階になって俺とダンドローバー公とグラショウが三人で向かう事に。でないと、アーロンの私兵が通してくれないらしい。
 あの晩、兄上の飛び散った歯……皇帝陛下の左半分の歯を全部吹き飛ばすって、どれ程度胸あるんだよアーロンのヤツ……まあ、そのアーロンの度胸と強さに感服するが、昨晩歯を治療するので抜けた歯を寄越して欲しいと言ったが、拒否されたんだそうだ。
 抜けて直ぐの歯だったら元に戻すの簡単なんだけど……兄上は義歯を作って神経を繋がれてた。朝になったら普通の何時もの兄上……でもなかったな。顔がまだ少し腫れてた、最高の治療をしてまだ腫れてるって、どれ程強く殴られたんだろう。
 少し手加減してくれよ、アーロン。兄上だってもうじき四十歳、四捨五入すると四十歳なんだから。あんまり四十を連呼すると叱られるかも知れな……兄上は性格上、気にしないか。
 でまあ、三人で朝食をお届けに上がって。グラショウとアーロンが睨み合いってか、火花散してた。
「皇后陛下、おはようございます。朝食をお届けに参りました。本日から暫くは三回に別けて運ばせていただきます」
 ダンドローバー公は相変らず。
「朝食を持ってきてくれたの」
 状況をかいつまんで簡単な説明をしてた。
「陛下のお怪我は大丈夫ですの?」
 本当におやさしい方であらせられるよ、皇后陛下は。
「勿論。最高の医療スタッフがついてますので、ご心配は無用ですよ皇后陛下」
 でも顔まだ腫れてるけど。
「皇后陛下。ところで昨晩の着衣は残っておいでか? ありましたら下着から全ていただきたい。事の次第によってはアーロン、いえヴァルカ総督とラディスラーオ陛下の関係が悪化しかねませんので」
 皇后陛下は頷いて、全部持ってきてくれた。
「使用した下着などを人前に出すのは恥ずかしいのですが」
 本当にそう思う。悪いです、本当に。
「ですが恥ずかしいなどと言って事態が悪化してはいけませんから」
 そう言ってダンドローバー公に渡した。年頃の娘に襲われかけた時に着ていた洋服一式提出しろって、非常識にも程があるような、でも必要だからなあ。
「ありがとうございます、陛下。僭越ながら、ご立派です」
 本当にごめんなさいって所だ。服の状態から見ても、ごめんなさいです。
 俺は警察とか、そういう仕事してないから解かんないけどこれはマズイんじゃないか? おまけにヴァルカ総督からも照会が来てるし。
 暴行された人の洋服のデータと照会されたり何したりと……俺はいたたまれなかったなあ。この場合、被告人になっちゃってる兄上は無表情だったけど。悔悛の表情浮かべるよりかは余程兄上らしいけどさ。
 アーロンはアーロンで「夫婦であっても暴行未遂は罪になるのだからな」と凄い迫力で言い出すし。ダンドローバー公がいなかったら、大変な事になってたと……俺いる必要は無かったけど、一応な。
 なんだか解からない難しい言葉が飛び交ってる最中に、国境にあるヴァルカ総督の管理している国軍の半数が戦艦の“向き”を帝星側にしたって報告が。あーあ怒らせちゃったよ、ヴァルカ総督を。兄上は無表情のまま、
「帝星に第四種警戒態勢を敷け」
 その後も睨み合って喧嘩腰になって(ダンドローバー公が両者を制止しないと大変な事になってただろうな)とまあ、大騒ぎ。ダンドローバー公が軟禁されてて良かったよ。
 やっと解放されて、屋敷に戻って一休みして……今ファドルの所に来てるって訳だ。
 コンコン……とノックすると
「デイヴィットか?」
「違います、アグスティンです。デイヴィットから手紙を預かってきました」
 そうがっかりされた顔されても困る……どうした? 物凄い驚いた表情に変わったぞ?
「あ、あのアグスティン?」
「そうだけど」
「凄い格好だね」
 本日の俺は……大公爵の略式装……バカ! 俺はやっぱり抜けてるんだと思う。

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