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 此処まで行動力があると恐れいる。そして行動が段々と大胆になってるんだが、こうなれば毒を喰らわば……って所だろ。
 陛下の兄が経営している酒亭に足を運んだ事は何度かある。勿論“公爵として”名乗った事はないけれど“クライスラー”としてなら知ってる、気になるだろ? 陛下の兄……っても片親は違う、良くある事だけどな。
 母親だけが同じ兄メセアは酒亭を開いている。貴族は知っているが平民はメセアが“皇族”だって事は知らない。当人も皇族だとは思っていないらしい。
 擦れに擦れたメセアだが懐は深い。擦れているから懐が深いのかもしれないけどさ。
 昔働いていたストリップ劇場を辞めたリタという女が子連れで戻ってきた際に、その劇場が風俗法で閉鎖されて途方にくれているのを見て手を差し伸べたんだとさ。リタとかいう女は良い男が出来てストリップを辞めたんだが、相手の男が事故で死んしまい、子を抱えて蓄えそれほどなかったんでストリップ劇場に戻ってきたらしい。
 よくある事だそうだ、そして手を差し伸べたメセアはリタと別に男女の仲にはなっていない。メセアは陛下から位を提示されたが、それを固辞した。ただ位を固辞したくらいで血統は変えられないから、リタの身に色々な問題が降りかかるのを防ぐ為でもあるんだろう。
 尊い血筋ってやつとは別だが確かに陛下と繋がっている、ストリッパーだった母を持つ兄弟として。
 陛下は自分の母親がストリッパーだった事を嫌っているんで、風俗法に関しては厳しい。あまり首を絞めれば違法なのが現れて……そのくらいの事は当然ご存知だが、ご存知なのと自分が『クズ』として認識しているモノの基準を設定するってのは難しい事らしい。
 そのクズから生まれたお前は……そんな事は言っちゃあ駄目だ、陛下は氷のように怒るから。自分でも理解してらっしゃるんだよ……うん。
 そこら辺がこの皇子殿下と姫君の間に生まれた皇后に対しての、深い負い目なのかも知れないが。
 あの人の原動力でもあるそれは、あの人の傷でもあるわけだ。リガルドがグラショウから聞いた所では、相当な苦労を強いられたようだ。グラショウだって全てを語ったわけでは無いだろうが、それでも酷いものだ。それほど苦労したら他人を思いやっている余裕がないのかもしれないが……。
 皇后だって、考えてみれば悲惨だ。自分の近い親族全てを、夫である皇帝に殺害されて、意味も解からず妻とされてしまったんだから。不幸比べをした所でどうなるモノでもないが……皇后陛下の方がまだ成長する分、余裕を持てるようになるかもしれない。
 繁華街の外れにある二階建ての古いが(中古を買ったんだって)手入れの行き届いている酒亭の扉を押し開く。
「ああ、デイヴィット久しぶりだな」
 キッチンで作業をしていたメセアが顔を上げて此方を見てくる……見ようによっちゃあ、確かに陛下に似てるんだよな。横顔……より少しこちら側を向いた時の影のつき方ってのか。
「メセア。ちょっと時間はあるか?」
「これから開店だ……誰だ、その女……」
 俺が女を連れていている事が相当奇妙だったのか、変な表情を露骨に作る。
「はじめまして、メセアさん」
 メセアは少し皇后を見つめると、突如驚いた顔をして向き直る。
「……リタ、店閉めてくれ」
「え、え、ええ……解かった」
 メセアの形相に驚いたらしい。俺たちは四人掛けのテーブルに座る。俺と皇后に水の入ったコップを差し出して、テーブルに肘を置き身を乗り出してきた。
「最初に聞いておく、デイヴィット。お前は何者だ?」
「デイヴィットだが」
「そこにいる娘は、俺の記憶が正しけりゃ皇后インバルトボルグだろ?」
「知ってたのか?」
 これは意外だった。皇后陛下が会った事がないのだから当然メセアも知らないと思ったんだが
「昔々、一度だけ見かけた事があった」
 昔々……ね。それなら皇后の記憶になくても解かる。会った可能性のある年と皇后の年齢を考えれば……それに紹介なんてされなかっただろうしな。
「やれやれ……仕方ないなあ。俺はダンドローバー公爵デイヴィット。この方はカミラ・ゴッドフリート、お前が言った通りのお方さ」

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