02

 今の気分の悪さは言葉には出来ません。
 それほど大事にして欲しいとは言いませんが、少しは気遣ってくれてもいいのではないでしょうか? そう思うのは甘えなのでしょうか? 政略結婚とはこのようなことも我慢せねばならないのでしょうか?。
 一人で部屋に戻り、溜め息を何度かつく。溜息しか出てこないのですが。
 それと今は気分が悪いので周囲に侍女を一人も置いていない。
 何か気晴らしできる事があればいいのですが、残念ながら特に私は持っていません。
 そして無駄な事ばかり考えてしまうのです。
 陛下の愛妾の事など……陛下の愛妾は私の侍女だった者以外も多数おります。歴代皇帝としてみれば少ないらしいですが、それが何の救いになりますか?
  男爵時代から陛下と関係のある女の人は何でも才媛だそうで。陛下になって始めて迎えたのは、下級貴族の娘だそうです。
 考えないようにしようと思えば思う程、侍女のことを考えてしまいます。二人が関係していた情景を思い浮かんでくるのです。
 他の愛人は姿を知りませんが、侍女ははっきりと顔も身体の形も声も知っているので、余計に生々しく勝手な想像をしてしまい、私は悔しくなります。
 たしかに彼女の方が……考えていてみじめになってきたので止めましょう。
「何かないかしら」
 窓の外は母が亡くなった日のような青空、そして強い日差し。それを見上げて眩しさに眩暈を覚えながら、ある事を思い出しました。
『何もかも投げ出したくなったら “賢く” レンペレード館に住みなさい』
 レンペレード館。
 館というのは気に入った愛妾に与える居住区。レンペレード館もその一つで、王宮の陛下の部屋からもっとも離れた場所にある。
 滅多に使われる事のない、相当数の愛妾を囲わないと使われないような館。
 そこに何があるのかは知りませんが、今ならば陛下の側の部屋を嫌う理由がありますので簡単に許可してもらえるかも知れません。
「陛下に伝えて。レンペレード館の方に住みたいと」
 簡単に許可されました。少し悔しいような気もしますが。
 掃除が必要なので、三日ほどかかると言われましたが些細な事です。それにしても “賢く” とは一体どういう意味なのでしょう?
 仕事を急いでくれたのか、側から離したいとでも言われたのか二日後にはレンペレード館に移る事が出来ました。
 レンペレード館は地味なつくりでしたが、一人で瞑想にふけるには丁度いい場所でしょう。因みに今も侍女は一切排除、玄関前までしか立ち入る事を許しません。
 とにかく私は母が言った言葉の意味を知るべく、館を捜索する事にしました。
 捜索する前に母が残した日記や手紙に、何かヒントはないか? 読み返すと母が私の年齢くらいだった頃、よく此処に遊びに来ていたようです。
 当時此処に住んでおられたのは、ディアヌという方で今から数えて四代前の陛下のご愛妾だったそうです。
 ……私の祖父の祖父に仕えた愛妾だったわけですね。
 此処に残りたいと言ったのを皆が聞き入れて住まわせていたそうです。
 亡くなったのは母が二十歳になった頃……どうやら私もお会いした事があるらしい。記憶にはないのですが、母は十七歳で結婚して十八歳の時には私を産んでますので。
 映像を引き出すと、ありました! この館が背景にある写真が多数。見事な御婆さんですが……あれ? どういう事? この写真の後の壁……開いている?

「秘密通路ですか……」

 こんな通路があるなど、恐らく誰も知らないでしょう。避難通路とも違いますし……
 高鳴る胸を押さえつつ、この道の向こう側に心を躍らせてまずは壁を閉じました。

 翌朝、夕食まで午前中に持ってこさせて、いかなる侍女であってもに会うのは気分が悪いから、一度に全てを終わらせなさい! と言って遠ざけて、動きやすいドレスに着替えて通路の壁を叩きました。
 避難通路と同じで、叩くと発光する素材を使った壁です。歩いても床が光ります。
「こんなのがあるなんて知らなかった」
 十六年も王宮に住んでいて、初めて知りました。王宮に住んでいたから知らないのかもしれませんが。
 相当歩いた先にあったもの、それは小さな部屋でした。小さいトイレや浴室のある部屋。蛇口に触れるとると水もお湯もでます。
 部屋の中を見て回ると其処には市民が着ている様な洋服がかけられていました。少々どころじゃなくサイズが合いません、身長も足りなければウエストはきつい……母は私より背が高くてくびれがあった人だったのですね……何かこれもショックです。
 そして、置かれたテーブルの上にある鍵。そしてそれを重石にしていたメモ。

此処に誰が来たのかは解からないけれど
その先にあるのは一般の公営住宅よ
出る時は気をつけてね、格好とか言動とかに
……このメモ
私が娘を連れてくる時まであるかもしれないけれど
ガートルード

「母上、連れてきてくださるつもりだったんですか」

 私はひとしきり泣いて、扉を開けてみた。
 その先にあったのは、埃っぽい部屋。その床から私は頭を出していた。カーテンの隙間から外を見ると、其処は外の世界。
 似たような家が何件も建っているのが見える。
 私は外に出たいという欲求を抑えて、床下に戻り館へと戻った。

 私は考えた、どうしたら自由時間を手に入れられるか?
 市民のような服を手に入れられるか?
 自由な時間は何時までも怒っているように見せかければ手に入る。
 既に怒りなどどこかへと行ってしまっていましたが、怒っている素振りを続ければいい。
 そして服は……月に一度の舞踏会用の服を思いっきり地味にしてみよう。
 レース一つなく、フレアもギャザーも排除、ハイネックで胸元のデザインもなし。袖口の装飾も何もかも全て排除した、濃紺で布も艶もないモノ。
 仕立て師は「……それは」などと言っていたが、私は無視をして作らせた。
 私も始めてみる地味なドレス。これならば出歩いても大丈夫なはずです!
 私はドレスを作らせたが、気分が乗らないと舞踏会を拒否して、食事を夜から明後日分まで持ってこさせて部屋に篭るようにした。
 最近は一日分の食事を一度に運ばせる事に皆慣れてくれたようです。
 私は着替えると、食事を運んできたワゴンに一食分を乗せて、空いたスペースにベッドから剥いだシーツを乗せて押しながら部屋を出る。
 あの家でお腹がすいたら食べようと、シーツは床に敷くつもりです。部屋はまだ埃っぽいのですが、どうしても過ごしたくて進みました。
 家に着くと、足元に非常灯が。その薄明かりで部屋の明かりのスイッチを押してみました。
「明るくなりましたわ!」

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