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 ついこの間まで侍女だった者が寝泊りしていた、共同部屋のドアを開いて中を覗いた。
 其処には誰も居なかった、侍女だった女はその部屋から出て、館を与えられたのだから。

 私の部屋付きだった侍女に陛下は興味を持ち男女の仲となった。思いのほか気に入ったらしく、彼女を愛人にすると告げられ、彼女は私に挨拶なく去って行った。
 知り合ったのは私の部屋……侮辱されたととっても誰も否定しないと私は思う。
 私の名は、インバルトボルグ。この国の皇后。
 私自身が皇后になろうと思った事は一度たりともない。
 私の両親はどちらも王族で珍しいことに恋愛結婚。二人とも王位継承権を持っていたので当然私も継承権を持っている。
 父は軍人として名を馳せた人物だと聞かされた。生涯最後の戦闘熾烈を極め、人々の強い印象を残したそうです。私が覚えているのは目を細めて笑っている姿、それも《おぼろげ》に。
 父であった皇帝、私から見れば爺さまですが、皇帝は末息子であった父の早世に泣きに泣いたそうです。
 その父と結婚していた母は、性格は元気で活発なのだけれど病弱でした。
 相反しているような言葉ですけれども、とても好奇心旺盛で身体が許す限り庭などに出て散歩を楽しんでいた。
 丈夫だった父は戦死し、その後を追うように……と言うほどではありませんが父の死から三年後、母も衰弱で息を引き取った。
 父の死に目は知らないけれど、母の死に目は覚えている。
 抜けるような青空が見える窓から太陽の日差しが差し込むベッドで微笑みながら、
「先にいくけど、頑張って。インバルト」
 特に綺麗な女性ではなかったし、衰弱もしていたけれど最高の笑顔だったと私は今でも記憶している。

 六歳の時のことでした。

 両親が死んでも私は生活に困る事もなく、普通に暮らしていました。
 当時の皇帝陛下は、父の一番上の姉だったロイトガルデ様。この方は評判がとても悪かったらしくクーデターが起きることに。
 仕掛けてくるくらいですから、相当自分に自信があったのでしょう。そしてその通り、彼は簡単にロイトガルデ様を殺害して王位に就きました。
 王位に就く絶対条件が私と結婚する事だったのですが。
 現皇帝ラディスラーオ陛下は、皇帝の傍系筋の傍系筋の愛妾の子だったので当時の爵位は男爵。
 それでも実力があった為にのし上がってきたそうです、直接聞いた訳ではないので正式な事は知りませんけれど。
 それでラディスラーオ陛下は、私以外の皇族を全て殺害し私と結婚して皇帝の地位を手に入れました。
 私が殺されなかったのは、両親が他界していたので策を弄する事ができなかった事と十歳と言う年齢から。それと亡くなった父が国民に人気があり続けたことも少しは関係しているようです。
 当時大佐だった陛下が軍を掌握したのは将軍が配下についた為らしいのです。父に逃がされて生き延びた友人であるヴァルカ将軍がラディスラーオ陛下の配下についたそうでした。
 私は会った事はありません。
 長々と語りましたが、私はいわば政略結婚で陛下と結婚して六年。
 盛大な式を挙げたわけでもなければ、皇后として絶大な権力を持っているわけでもない。
 ダンスの授業中に陛下と侍女が密会していた事にも気付かないで、二人が情事の後だとも知らずに授業の後に「お待たせしました」と陛下の前に現れていた……そんな事ならもっと待たせても良かった……。
 いえ、もっと早く戻ってくるべきだったに違いない……思えばあのダンスの講師も協力していたのでしょう。
 皆でよってたかって人を騙してこの有様。
 侍女の居た共同部屋はもぬけの殻。
 本来なら五人で一部屋を使うのですが彼女が居なくなって部屋が空になったという事は、一人で彼女に部屋を使わせて陛下が通ってきていたのでしょう。
 召し上げられる前は通うらしいですから。
 白い壁紙と、青色のベッドが並ぶだけの部屋に、悔しさ以外の何かがこみ上げてきて涙が溢れてきそうでした。

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