繋いだこの手はそのままに −80
 エーダリロクから報告を受けたが、巴旦杏の塔に関してはまだよく探れていないようだ。それにエーダリロクも巴旦杏の塔にばかり構っていられない、余の初陣に関して色々とすることがあるらしい。
 何をしているのかは皆目見当つかぬが、エーダリロクが良くやってくれてそれを信頼して良いことだけは解るので用意は全て任せておる……丸投げとも言うのかも知れぬが、素人がしゃしゃり出ても良いことなさそうなので。
 年数だけでいえば余は軍に籍を置いて二十年以上の大ベテランなのだが、皇帝になったのと同時に籍を置いただけであってその……何も……全権委任するのは大得意だが、別にそれは軍の指揮権に限ったことでもなほぼ全てを委任しておるからして……情けない……。
 そんな誰もが知っていることよりも、余は余として準備せねばな。
「ロガ、話があるのだが」
「何でしょうか? ナイトオリバルド様」
「そろそろ宮殿に一人でいても大丈夫か?」
「え……」
 ロガが不安そうな表情を見せた。
 初めて見たな……だが不安そうな顔をされても……先ず説明せねば。
「余はこれから異星人と戦ってこなくてはならぬのだ」
 余が直接戦うわけではないが、一応総指揮官なのでな。何もした事もなければ、何をするのかも解らんが、余は皇帝になったと同時に帝国軍の全てを預かる立場に……まあ、初代シュスター・ベルレーは軍人だったからこのようになったのだが、子孫は軍人と程遠い所に存在しておる。
 それに今は軍人といえばリスカートーフォンに取って代わられてしまったが、昔は軍人といえば皇族とその類を指していたのだ。いつの間にか傭兵の一族が軍人の代名詞になってしまった。
 だが軍人の代名詞がリスカートーフォンに移動しても、余は帝国軍の総司令官を務めねばならぬ。
「だからロガに宮殿で待っていて欲しいのだ。駄目か?」
 無事に帰ってこられる確率の方が高いが[もしかしたら]という事もある。そんな危険な場所にロガを連れて行きたくないと説明した……つもりだったのだが、
「連れて行ってくれませんか。何でもしますから、何でもお仕事しますから連れて行って欲しいんです」
 ロガは俯いて膝に置いていた手をぎゅっと握り締めた。
 不安……なのだろうか? だが余と共に前線にいるよりかならデウデシオンと宮殿にいた方が安全だし、不安もないと思うのだが。
「ロガ……宮殿嫌いか?」
「……嫌いじゃないです。思ってたよりずっと皆さん優しくて、全然怖くないです……でもナイトオリバルド様がいないと……不安です。何でもしますから! お願いです! 連れて行ってください!」
「えっと……それは余と一緒であれば、不安が薄らぐということか?」
 ロガはしっかりと頷いてくれた。
「解った。少し待っていてくれ」
 そのように思ってくれているのであれば! できる限り望みは叶えたいのでデウデシオンにロガの意見を伝え、余としても連れて行きたいと言ってみた。
「やはり駄目か?」
「何を仰います、陛下。后殿下は正妃の地位にあられますので中将の地位をも持っておられる方ですし、何より陛下のお傍に居てくださるということは、帝国としてはこれ以上ないことです」
 “これ以上ないこと” とは皇太子を指しているのだろう。
 その後デウデシオンは上級元帥として所持しておる自軍を割いてロガ用の中将相当の艦隊を作ってくれた。
 ……済まないな、デウデシオン。何時もながら言う余は楽だが、全てを整えてくれるデウデシオンには負担が……。
 デウデシオンに負担と言えば、一度確りと話し合っておくべきだろう。巴旦杏の塔も誤作動を起こしている可能性が高い以上、神殿内にある “アレ” も……。
 エーダリロクを伴って神殿を調べた際に “アレ” はおかしくなってはいなかったが……余の意志を確りとデウデシオンに伝えておくべきだろう。
 ロガの艦隊の調整が終わった報告を実父であるデキアクローテムスの庭で散歩しながら話をすることにした。
「陛下内密の話とは?」
「神殿内にある “アレ” の扱いと同時に、余に万が一のことがあった場合のことについてだ。余が死んだ場合、まずロガは解放せよ。貴族待遇にして生涯を自由に過ごさせるように。無論結婚も自由だ」
 余が死ねば王家もロガを狙うこともなかろう。その後カルニスタミアが結婚を申し込んでも……いや、考えるな! 余の死後の話だ、何よりカルニスタミアと結婚した方が幸せ……あ、自分で考えてダメージが。
「はい」
「それと……ケシュマリスタ王太子ケルシェンタマイアルスの皇帝即位に同意が得られなかった場合、アレを神殿から出し余として貴族の娘を正妃とし子を成せ。皇太子が出来た後アレは殺害、処分し宰相が再び摂政となり第三十八代皇帝を補佐せよ」
 神殿にあるアレを外に出せるのは国璽を持っている帝国宰相ただ一人。
「……畏まりました。そのような事はないようにお願いいたしたい、私は暗愚であり皇帝となる野心が無いとは言いませんので。皇帝を書き換えられる権利を与えられているというのも、中々に辛いものです」
 “アレ” を使えば神殿の情報を完全に書き換えられる。現皇帝以外に神殿に立ち入り “アレ” を取り出せるのは国璽を持つ者だけ。
 国璽を持っていれば皇帝になりたいと思うこともあろう。
「その時はその時で。と言うか、皇帝になりたいならなっても良いぞ、デウデシオン。そなたなら余より良い皇帝となるだろう」
 余が譲るのは問題だがデウデシオンが国璽を使って奪うのならば、余は黙って身を引くのも悪くはないのではなかろうか? それが表情に出ていたのだろう、デウデシオンは余の顔を見て心底困った表情をして、
「ありがたいお言葉ですが、私は皇帝になるのには足りないものがあります」
 言い聞かせるかのように語りだした。
「出自か?」
「いいえ。……私には子どもは出来ません。後にも先にも実母との間に生まれた弟だけ、皇帝になろうが正式な子は最早望めません。望まぬので望めぬようにしたのですが」
「……」

 余はその時 “絶望” を聞いたのだ

「断種いたしました。皇帝に最も近き摂政の座に就く際に異心抱かぬ誓いとして」
 皇帝になりたいと思う事と、次代を欲する事は繋がることが多い。
 歴代のほぼすべての摂政や宰相が独身なのは、権力を子に譲渡させることを阻止する為だとは聞いていたが……
「そうか……」
「陛下、勘違いしないでいただきたい。私は帝国摂政、そして帝国宰相の地位に固執して断種したのです。私はこの地位が欲しく、そして誰にも譲る気は無いのです」
 実父であるデキアクローテムスも地位に固執する云々を語っていたが、地位に固執するという事の意味が解らない余にはそこまでする気持ちは理解できない。
「バロシアンを少しは特別扱いしてやれ」
 実子らしいが特別扱いしているようには見えぬ。
 だが “優しくしろ” とも言えない。もしかしたら……バロシアンのこと嫌いかも知れぬしな。だからと言って嫌うなというのもおかしいが、嫌って欲しくないというか……まあ余が色々と考えたところで何の足しにもならんのだが。
 余自身、母である皇帝との間に子がいたらどう接するだろうか? 少し考えはしたが何も思い浮かばなかった。
「一応特別扱いはしております。陛下にご報告させていただきますと、フォウレイト侯爵の遠縁の娘とバロシアンの婚約が整いました。現フォウレイト侯爵は独身を貫くそうですので、次ぎはその娘が継ぐでしょう。ただ貴族庁の長官が首を縦に振らぬかもしれません、あの男と私は仲が悪いので」
 カレンティンシスが貴族庁の長官だったな。
 ……確かに、仲悪かろう。
「それに関しては余が許可を出すから安心せよ」
「心強いお言葉、ありがとうございます」
 カレンティンシス、色々あるだろうがバロシアンのことは許してやってくれ。すんなりと許可を出してくれれば余としても気が楽なのだが、そなたはそなたで色々あるだろうが、余の弟にして甥であるデウデシオンの息子に少しくらい甘くしてやりたいのだ。

 その後、ロガを中将に任命する式を身内で行うこととなった。
 ロガはかの軍妃ジオがオードストレヴから与えられた特別な軍服、マントの代わりとなるスカート状の布を下半身に纏い、膝まである体の線が出るタイプの上着を着用することになった。そのロガの胸元に中将の徽章を余の自らの手でつけた。
 無論練習したから、失敗はない!
 ロガは中将と聞き、何のことか解らなかったようなので表を使い階級を説明したところ、ちょっと驚いていたようだ。結構高い位だからな。
「気にすることはない」
「は、はい……」
「どうした? ロガ。他にも何かあるなら言ってくれ」
「私この格好……似合わないなって」
「そうか? 余はそうは思わぬが。軍服といっても特殊であるし着慣れていないという事もある……」
 宇宙で最も豪華な軍服を初めて着用している余も、似合ってない! 思わず四つん這いになって打ちひしがれていると、
「陛下! どうなさいました?」
 タウトライバが声をかけてきた。
「余も似合っていないかも知れん……」
「そんな事はございません! この軍服はシュスターに似合うように作られているものです! 陛下がご不満でしたら、如何様にも手直しいたします!」
 デウデシオンも必死だが……似合ってないと思うのだ……
「ナイトオリバルド様、とってもお似合いですよ! 格好いいです! 誰よりも格好いいです!」
「あ、そう……か……」
「后殿下の言葉を信じてください」
 そういうタウトライバの方が着慣れていてとても格好良く見える。実際とても格好良いのだタウトライバは……でも、タウトライバと余は似ているから、少しは似合っておるかも知れぬな。
「あ、う……うん」

 自信を持ち帝国軍総帥の格好をして全軍の指揮に臨もうではないか! そうは言っても会戦開始を告げるだけなのだがな、本当の指揮は何時もと変わらずタウトライバだが。
 精々邪魔にならぬように、そして皇帝の威厳を損なわぬように総帥の椅子に座っていよう! それが余の役目だ。……宮殿に居る時となんら変わらんな!


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