繋いだこの手はそのままに −69
 姿が見えなくなるまで眺めていたら、突如デウデシオンが膝をつき、
「陛下」
「どうしたデウデシオン」
「申し訳御座いません」
「いきなり頭を下げてどうしたのだ?」
 頭を下げた。
「最終調整が間に合いませんでした」
「何だ?」
「后殿下の正式な称号でございます」
「あ、ああ……ロガをどの地位に就けるかのことか?」
 合図と共に椅子が運ばれてくるので、余はそれに腰をかけデウデシオンの言葉を聞く。
「陛下。后殿下は奴隷です」
「お、おお。それは解っておる」
「陛下と后殿下の御子が皇帝の座を継ぐためには、后殿下が皇后である必要があります。陛下にとっては必要なくとも、必要となるのです」
 余は確かにロガさえ居てくれれば良いのだが “帝国” としてはそうもいくまい。
「身分と地位な。確かに余は帝国の後継者を得る為にもロガを連れて来た。それ以外の理由もあるが、それも重大な理由であるからして否定はせぬし、是非ともロガを皇后の地位におきたいと思う。して、デウデシオンがそのように言うのは、四大公爵が難色を示しておるのであろう?」
「はい。私の力及ばず、どうしても四大公爵から “皇后” に就ける事の許可を得られませんでした。それどころか、階級を統一することすら出来ませんで。誠の申し訳ございません。ロヴィニア王だけが “皇妃” それ以外は全員が “帝妃” とするべきだと」
「前例に従えば、帝妃が限界だろうな」
「ですが帝妃では後継者問題はなんら解決いたしません。皇妃ジオも帝后グラディウスも平民でしたが、后殿下は奴隷。尚且つ皇妃ジオはシュスター直系のオードストレヴ帝と、帝后グラディウスは ”直系” 先代皇帝実妹親王大公を母に持つサウダライト帝との間に後継者を儲けております。失礼ながら陛下は歴代でみれば傍系の傍系にあたる皇帝。前例の二人の正妃より下の身分の正妃を持つとなると、その正妃にもある程度の地位が必要となります。后殿下が帝妃ではヤシャル公爵が次の皇帝に立つ可能性もありますが、現時点においてケシュマリスタ王太子から皇帝は争いの火種となります」
 帝国には暫定皇太子なるものがある。皇帝に即位できるのは皇太子、皇太子とは正配偶者との間に生まれた親王大公を指す。その親王大公の次ぎに位置するのが、ケシュマリスタの“王太子”
 即位の時点で他の王位継承権は放棄しなくてはならないので、王太子にその地位が渡る。現ケシュマリスタ王には権利はないが、その息子であるヤシャル公爵にはケシュマリスタ継承権と皇帝の継承権がある。これは血筋とは関係なく与えられるものだ。皇帝の王の継承権は親から受け継ぎ、皇帝となる際に放棄する。
 余も皇帝に即位する際に、実父であるデキアクローテムスから受け継いだロヴィニア王継承権、当時は第八位だったが、それを放棄して皇帝となった。皇帝ともう片方の親から受ける王位が存在する。
 皇室法典はそのようになっておるのだが、過去の傷がまだ塞がれていないので、それは避けたい所であろう。
 この皇位継承権を持ったケシュマリスタ王族が暗黒時代の引き金を引いたのだ。皇帝になりたいケシュマリスタ王族が皇帝に背いた。過去の傷がまだ完全に癒えていない状態でケシュマリスタ王族に皇位を継承させると、揉め事と申すか……納得しない者が多数出よう。
 ケシュマリスタ王太子に即位権があるのは構わないが、出来る限り皇帝の子に継承させる……明言する必要もないし、当たり前のように聞こえるが、これを行うのは中々に難しいのだ。
「そうだな」
「ですので現在、陛下の私室に繋がる皇帝陛下の正配偶者の宮から、前皇帝の配偶者を動かしておりません」
「……?」
「正式に地位が決まり次第、前帝の配偶者、及び陛下が住むことを許可されている帝君宮からイデスア公爵に退去してもらう事にしております。逆を返せば、彼等に宮を占領させて決して宮から実績をつくり地位を決めさせるような事がないように警戒をしております」
「なるほどな。父達もそうだがビーレウストにも苦労をかけるな」
 ビーレウスト、益々エヴェドリット王から不興を……だが、別に誰も帝后にして良いといっておらぬから、帝君宮のビーレウストには関係ないか。
「そんな事はございません」
「ではロガを何処に住まわせる。住まわせた場所から地位を勝手に決められる恐れがあるのならば、後宮に住む場所もなかろう」
「陛下だけの後宮にお連れください」
「皇帝宮か」
 皇帝宮というのは皇帝の住居で、正妃が立ち入ることはほとんどない。
 何故立ち入らないのか? それは皇帝宮から妾妃の住む館に繋がっているからだ。公の場に最も近い私室を四人の正妃の宮が囲んでおり、そこから離れた場所に妾妃の館群に繋がる通路を要した皇帝だけの宮がある。
 正妃を皇帝の宮に住まわすことはない。皇帝宮とは正妃とは別のお気に入りの妾妃と過ごしたりする場所という認識があるので。ただ認識はあって、過去がそうであっても妾妃から正妃になった……正確には側人から正配偶者になった男もおるので、一概にそこにいるのが終生愛人となることもない。
「妾妃の館は繋がる皇帝宮に正妃を住まわせること前例はございませんが、階級で揉めている以上四大公爵も強くは出られないでしょう。彼等としても后殿下には正妃についてもらわねばならぬという危機感はありますので、妾妃扱いを望みはしませぬ」
「なあ、デウデシオン」
「何で御座いましょうか?」
「ロガを皇妃に推しておるのはロヴィニアのランクレイマセルシュだったな?」
「はい。ランクレイマセルシュにしてみれば外戚の座を三代続けて握られるので……あの男はまだ何か企んでいるようですが。それと “幸い” と申しますか陛下の父にあたる帝婿がロヴィニア出ですので、他の王が “帝妃” にする為に宮から出て行けと言ったとしても、決してあの宮から動かないでしょう」
「デキアクローテムスには苦労をかけるな。して、デウデシオン」
「はい」
「他の者がロガを帝妃に推すということは……特にラティランクレンラセオは息子であるヤシャル公爵を次の皇帝にしたいと思っておるのだろうか?」
「……それは、私には解りかねますが。前例に従ってとのことですので、こればかりは」
「そうだな」

 とても複雑で楽観視できない事情はあるが、皇帝宮でロガと二人きりで一緒に過ごせるというのは本心から嬉しい。

「陛下。后殿下の治療が終わる前に、先に挨拶をさせたい者達がおります」
「何だ?」
「后殿下に仕える女官にございます」
 デウデシオンが頭を下げる。
「そういうのも用意しておかねばならぬのだったな! 全く気が付かなかった!」
 ロガに宮殿に来てもらうことを考えるので精一杯で、そんな事全く! 全然! 皆無なまでに考えていなかった!
「これが私の仕事でございます。陛下は雑事など気にせずに。そう言いたいのですが、后殿下の傍に仕える者達ですので陛下にも判断を下して欲しいのです」
 デウデシオンが整えてくれた者達に不備があるとは到底思えぬのだが、ロガに仕えてくれる者か……ロガを苛めたりしない者かどうか? 観て判断できるものか?
「入れ」
 号令を受けて目の前に現れたのは、
「后殿下の女官長を勤めさせていただきます、メーバリベユ侯爵 ナサニエルパウダ・マイゼンハイレ・バウルベーシュレイド にございます」
 かつての余の正妃候補の一人。今はセゼナード公爵エーダリロクの妃……形式上は妃となっておる。
 ロヴィニア貴族で、あのまますんなりと決まっておれば皇后にもなった程の侯爵。余との結婚が流れたあと、ロヴィニア王は結婚を流した詫びとしてエーダリロクと結婚させたらしいが……エーダリロクは指一本触れていないらしい。
 美しい女なのにな。
 顔が特段に美しいわけではないのだが、人を惹きつけるというか、視線を外せないようにさせる。
 全体の雰囲気が理知的でありながら “女性” を存分に感じさせて魅力的というか何と申すか……エーダリロクのことを好いているようなので、関係を持ってもよいのではないエーダリロクよ……余が言えた義理か! どの口でエーダリロクに関係を勧めておるのだ! 言う前に自分で……で、でもロガ……あああ!
「メーバリベユか。そなたが女官長であらば、その……全てを任せても、何の問題もないであろうな」
 ともかくメーバリベユはロヴィニア王領で行われた皇帝の正妃になる【講習】を受け、テストをトップの成績で通過した中身の伴った侯爵だ。
「陛下の従兄の妻のプライドにかけて、后殿下に不快な思いはさせません」
「そ、そうか。余も最大限努力するが、何せ余はこの通り人を気遣うことを今でしてこなかった男だ。それに男である以上、女性の些細な変化? という物にも鈍感であろうから、この様に性を全面に出して言うのは正しくはないのかも知れぬが、同じ女性としてロガを支えてやってくれ。男であり皇帝である余では至らぬ部分も多いだろからな」
 なんというか、女の子のデリケートな部分というのか? 性差がなくなった現帝国にあっても、男では踏み込んではいけない箇所というのは存在すると思うのだ!
「ご安心ください。ですが私は公の部分を補佐するほうです。勿論私生活も十分気遣わせていただきますが、傍に付きっ切りではいられません。それらの事、この側仕えとなるフォウレイト侯爵が」
 メーバリベユがそう言って、後ろに居た女性を紹介した。
 このフォウレイトとやらも容姿だけを見れば地味だが、それを補って余りある知性と、メーバリベユよりもなにかこう……余には表現できぬが、色々と世間を知っているような。
 フォウレイトは口を開かず、デウデシオンの方を見る。その視線を受けてデウデシオンは頷き、
「陛下、この者フォウレイト侯爵 カーンセヌム・デビレセン・ガンディーザーラと申します」
「デウデシオンと同じ名を持つのだな。同郷か?」
 皇族や王族は名前に祖先を組み入れることが決まりだ。これは血筋を誇示する意味もある。同じく貴族も名前で血筋を表すのだが、皇族よりも自由な名前をつけることが可能だ。流行した歌詞の一節や、その頃有名だった人の名など。宇宙は広いので、流行り廃りにも地域色が出るので、同じ名前であれば同郷である可能性が高い。
 皇族よりも流行り廃りがあり、変遷しやすい。皇族も過去を踏襲するが、やはり名前には流変遷がある。思えばシュスター・ベルレーが余の時代になったら銀河帝国ベルレー王朝(ベルレーヒドリク朝)シュスターシュスターク本名ナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウスだ。長くなるにも程がある。
 などと思っていたら、
「私の異母姉です」
「………………なにぃ! 異母姉だと!」
 爆弾発言が!
 デウデシオンの異母……姉? まて、落ち着けシュスターク。
 ディブレシアに襲われた男が成人であれば……子どもが出来たのだから、普通に考えて成人であろうな。当時はまだディブレシアの乱交は知られていなかったので、上級貴族も仕えていたはずだ。上級貴族ともなれば結婚も早い(余は除外)よって妻子がいても不思議ではない
「フォウレイト侯爵 カーンセヌム・デビレセン・ガンディーザーラ と申します。皇帝陛下に拝謁できるなど夢にも思っておりませんでしたので、礼儀作法もままならぬ身ではありますが無礼の程、お許しください」
「礼儀作法にななんら問題はないぞ、フォウレイトよ。それに、もっと気楽にしてくれぬか? ロガの側仕えとなるのであろう? そなたがそれ程緊張しては、ロガも緊張してしまう。王たち相手には緊張する事もあるであろうが、余はこの通りだ。緊張する必要などない」
 デウデシオンの説明によると、フォウレイトは元々帝国のホテルでコンシェルジュとして働いていたそうだ。
 コンシェルジュとしての働きぶりなどは教えてくれなかったが、デウデシオンは評価が厳しいので、ロガの側仕えとして連れて来たとなれば、相当な技量の持ち主で真面目に仕事をしていたのであろう。だがな……
「ところで、良いのか? フォウレイト」
「何がでございましょうか?」
「コンシェルジュとしての仕事の方が、遣り甲斐があったりしたのではないか? 無理を言って此処に連れて来られたのであれば、余に申せ。デウデシオンとメーバリベユが推すそなた、得がたい人材であること疑いの余地もないが、そなたの人生はそなたの物である。好きな方を選べ」
 余にはこう言ってやるくらいしか出来ぬ。
 フォウレイトの父親を死に追いやった皇帝の後継者としては、何かこう……
「いいえ、そのようなことは御座いません。后殿下にお仕え出来ることを楽しみに、メーバリベユ侯爵の厳しい指導にも耐えてきたのですから」
「そんなに厳しくしたつもりはなかったのに、ひどいですわフォウレイト侯爵」
 なんか、仲良さそうだな。
 女官長と側仕えが仲が良いというのは良いことであろう。年齢的には女官長(二十二歳)の方が側仕え(四十歳)の娘くらいの年齢差であるのだが、貴族社会は年齢など関係ないからな。
「陛下、折角三十八年ぶりに親子が一緒に暮らせる環境になったのです。そのようなことを申されないでください」
「どういうことだ? メーバリベユ?」
「メーバリベユ……」
 デウデシオンが眉間に皺を寄せて、メーバリベユを睨みつけるが『存じません』といった表情を浮かべた後、余を観て微笑んだ。デウデシオンは余に隠しておくつもりだったのだろうが、メーバリベユがそれを……各々考えがあるのであろう。
 さて、聞くべきか? 聞かぬべきか? 本来ならば興味本位で聞くのはよくなかろう。だが、ロガの側仕えともなれば全てを知っておきたい気もある。
 なによりフォウレイトの父はデウデシオンの父だ。生きているのならば労わってやりたい。
「デウデシオン、説明を」


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