繋いだこの手はそのままに −50
 ロガの住んでいる人工惑星の管理区に現在いるのは三名。
「皇帝陛下の恋を成就させましょう隊、活動開始!」
 声の高いナルシスト・キュラティンセオイランサ。
「キュラ……お前楽しんでるだろう」
 我が永遠の友・カルニスタミア。
「当然だね、カルニスタミア。これを楽しまないで何を楽しむって言うんだい?」
 そして、
「そりゃまあカルは、自分が好きになった女が皇后になったら大変だもんな」
 ビーレウスト=ビレネスト。
「ビーレウスト」
「本当のことだろうが」
 ザウディンダルは今だ帝星で、明日皇帝が此方に向かう際の移動艇操縦を担当。エーダリロクは技術将校の一人として次の会戦のエネルギーの配分調整を、帝国軍首脳部と話し合っており、それを終えてから戻ってくることになっている。
 セゼナード公爵エーダリロク、爬虫類大好きな男は戦艦の全ての動力エネルギーを統括する、技術将校のトップであり、彼が帝国軍首脳部に呼ばれたことで 「皇帝陛下の初恋」はそろそろ強制終了させねばならない時期が近付いてきたことを、彼らは理解していた。
「ビーレウスト、カルニスタミアと遊ぶのは後にして。これはさ、君の経験が物を言うと思うんだ」
「何だが?」
「僕は他人に興味のないナルシストだし、カルニスタミアはザウディンダル一本。エーダリロクは結婚してはいるが童貞の爬虫類好き。そしてザウディンダルはあの恋愛感情の発達皆無な帝国宰相大好きなわけで、普通の男女の間って物を一番知っているのは、女たらしの君しかいないのさ」
 その爬虫類好きの技術将校、今度の会戦では皇帝陛下の旗艦と移動時に使用する空母の全エネルギーの監督を命じられた男は、四年ほど前に結婚しているのだが逃げに逃げて、いまだ本当に結婚していないという状態。
 最初の頃は結婚を成立させようと必死だった兄王も、四年も回避・逃亡されて今ではすっかり諦め気味。彼の結婚相手である侯爵に『慰謝料を払うから、あれと離婚して別の男と結婚したほうが建設的だ。違う男と結婚しても、ロヴィニアでは最優遇してやるから』と言う始末。
 エーダリロクの兄であるロヴィニア王の別名は『吝嗇』
 妻である王妃の浮気は許すが、その際に使った金は全て妻の実家に請求するという男。
 その彼が諦めて慰謝料、それも弟王子が理由なので莫大な金額を払うと言うのだから、どう考えても絶望的な夫婦関係。だが侯爵の方はまだ諦めておらず、つい先日も帝国宰相に直談判し「皇帝の従兄王子の妃としてロガの女官長」の立場を得た程だ。
こうやって、ロガが宮殿に迎えられる準備は着実に整っているが、とうのロガと皇帝の関係は全く進展をみない。今まで進展したこと事態、ほとんどなかったのだが。
「言いたい放題だが、言えてるな」
「でさあ、君が女にされて “鬱陶しい” って思ったことって何?」
「鬱陶しいこと? か……」
「そうだよ。独身主義の漁色家が、女にされて嫌なこと」
「“結婚してとは言わないけれど、愛人のままでいさせて” 言われるのが鬱陶しい」
「それ最終段階だろ。別れようかな? と思い始める段階は?」
「飽きるのもあるが……ああ、突然家庭的なのを前面に出す女は苦手だな。俺が女漁りをしているのは母親の愛情知らないからと、勝手に決め付けて突然家庭的なことを見せ付けて “私が貴方の母になるの” みてぇなのが鬱陶しい」
 それはまさに勝手な愛人の勘違い。
 エヴェドリット王の妻で、ビーレウストの母であった王妃は、王よりも好戦的で派手に散った。
 ビーレウストを産んで直ぐに戦死した王妃の事を語る王は、とても幸せそうに “女とは強く猛々しく、時には感情的であり、そして残酷ながら突進する! それこそが、我の求める女であり、王妃であった。あの雄叫び、そしてあの怒鳴り声、そしてあの乱暴さ! どれを取ってもまさに我の王妃よ! 待ってろぉぉぉ! ルシアンタルアァァァ! 我も戦死するからなあぁぁぁぁ!” そう叫んでいた。
 そんな話を聞いて育った男が、料理作って淑やかに出すような女に興味を持つはずもない。むしろビーレウストにとって “淑やか” とは自分を育ててくれた今は亡き兄・帝君アメ=アヒニアン。むしろ淑やかさは男に対する表現だと思っているほど。
 育ちが違うと、感覚が違う。ビーレウストの愛人にはその事は解らない……解るはずもないが。
「それだ!」
「何がだ?」
「君が鬱陶しいと感じる事、陛下は鬱陶しいとは感じない。何故なら陛下はロガを愛しているからさ。君がただ抱くだけの女を鬱陶しいと感じるのは、そこから漂う女の愛情。君が女に求めているのはただの肉だからね。家庭的か……ロガに陛下のために料理でも作らせるか」
「料理を作らせるのはいい案だろう。それにしても、頼んでもいねえのに料理作る女と、作ってくださいって依頼される女。何が違うのかねえ」
「シュスターシュスタークの皇后とビーレウスト=ビレネストの愛人の違いだろ」
 馬鹿にしたようにキュラは言い放ち、
「なるほど。そりゃ全然違うわ。じゃあどうする?」
 “そいつは悪かったな” といった風に肩をすぼめてビーレウストが返す。
「料理の材料を取ってこよう。最初から大量に料理を作れっていうのは酷だし、出来ないだろうから。何作らせようかね」
「キュラ」
「何? カルニスタミア」
「最初は菓子でも作らせたらどうだ。大体は菓子から料理に移行する」
 キュラとビーレウストにかなり強引に無視されていたカルニスタミアが口を開く。
「へぇ〜君でも経験あるんだ」
「まぁな。物好きにも儂にも言い寄ってくる女はいる」
 そんなことカルニスタミアが言わなくても、キュラは全て知っているのだが、キュラの気持ちに気付かないカルニスタミアを眺めながら、やれやれとビーレウストは内心思っていた。
「そう。じゃ、ロガを襲おうとして犬に撃退された王子の意見を聞き入れて」
「何かお前、棘ないか? キュラ」
「あのさ、カルニスタミア。棘のない僕なんて、見たことある? 僕はベッドの上でも棘だらけだよ」
 “そこら辺りの棘で気付けよ、カル” 思いながらビーレウストは黙っていた。
「……そうだったな。菓子は簡単なので良いだろうから、宮殿で適当に材料を見繕わせてくる」
「あ、君が取りに行くのカルニスタミア。まあ、お邪魔虫だろうけれどもザウディンダルに会ってくると良いよ。別にザウディンダルは君のことなんざ求めていないだろうけれど。あ、体は欲しがってるかもしれないねえ。好きにしてきな。でも遅くならないでよ」
「じゃ、その後奴隷娘にそれ届けてきてくれよ。でも襲うなよ」
「……解った」
 誰にも信用されんのだろうな……と思いながら、宮殿に戻り材料を持ってロガの元へと向かい、指示を出した。カルニスタミアの信用回復には、長い長い時間がかかる模様だ。

************

 翌日、ザウディンダルの警備のもと(常人レベル相手ならザウディンダルで十分対応できる)カップケーキをお食べになられているに違いない自分達の皇帝陛下から離れたところで、次なるミッションが開始されていた。
「君、君」
「な、何ですか?」
 キュラとカルニスタミアとビーレウストの三人で、シャバラの店を訪れていた。
「別に呼びやすいように呼んでいいよ。金色ので十分だ」
 話を聞くのだからと、商品を二三個勝手に取り、金を支払うカルニスタミア。それを取って食べ始めるビーレウスト、そしてキュラがロガの事を尋ねる。
「はい。じゃあ金色の警官さん何ですか」
「あのさ、墓の奴隷娘……っても此処はみんな奴隷だね。墓守の娘の得意料理って何?」
 菓子もいいが、料理も良いんじゃないか? ということで、ロガの得意な料理を仲の良いシャバラに尋ねにきたのだが、それを聞いた瞬間、シャバラの顔色が変わった。
「………………あのーもしかして、ロガに料理作らせて、ナイトに食わせるつもり……ですか?」
「そうだよ」
「絶対止めたほうが良い! つーか止めろ!!」
 相手が誰であれ、いや貴族だからこそシャバラは大声で、そして全力で否定する。
「どうして?」
「ロガは油で揚げる程度は出来るけど、料理は下手だ。多分、あんた達には想像できないくらい下手だ。コロッケだって俺が作ったのを揚げて初めて食べれる物になる。特にロガの小麦粉料理は最悪だ。何か知らねえが、どうやって作らせてみても絶対に失敗する。ビハルディアの小父さんが生きてた頃、あ、ビハルディアってロガの父親な。そのビハルディアの小父さんがロガの作ったパウンドケーキらしいもの一口食って “レッシェルス様に食べさせたい味だ。お喜びになっただろうに” つって泣いたくらいだ。レッシェルスってのは小父さんが仕えてた下級貴族で、そりゃまあ変わり者でゲテモノ食いだった人なんだってよ。小父さん、その一言以来絶対ロガに菓子作らせなくなったなあ……ニー小母さん、ロガの母さんなんだがニー小母さんもロガに小麦と塩と水と卵でパスタ練らせて凄い事になって以来、材料ジャガイモ以外使わせなくなったなあ。ジャガイモでも大して旨くないんだけど、小麦粉よりはマシだ。別に分量がおかしいとか、練が足りないとか多すぎるとかじゃないんだけど、失敗するんだ。特に小麦粉を使うと最悪なことが起こる!」
「へえ……それは調査にはなかった……」
 シャバラの剣幕に、さすがのキュラも驚いた。
 この程度の剣幕に驚いたのではなく、彼が貴族相手にここまで必死に怒鳴りつけるという態度と真実。
 一応ロガの身辺調査を行っていた五人だが、それ程料理が下手だという情報は入っていなかった。むしろ先入観が邪魔した、奴隷で一人暮らしで気が利くとなれば、それ程料理が下手だとは考えない。
「何のことだ?」
「なんでもない。その事、此処の人は皆知ってるのかな」
「知ってるよ。ロガの小麦粉料理がやばい事くらい。知らないのは警官くらいだと思うぜ」
「……ありがとう、気をつけるよ」
 そう言って、キュラは追加でシャバラの店から出来合いを五つほど袋につめさせ、倍の料金を置いてその場を後にした。
「道理で、料理作ってもてなそうとしなかった訳だ」
 淡々と歩きながら、そう言えばそうだったねと。
「自分を知っているいい娘じゃねえの」
 カルニスタミアが持っていたコロッケを全て横取りしたビーレウストは、唇を舌で舐めて笑う。
 角を曲がり、商店から離れた場所まで来たところで、キュラが号令をかける。
「そうだねえ……さてと……墓場まで走るよ!」
 号令に、ビーレウストとカルニスタミアが同時に駆け出した。



“警官達” が立ち去ったあと、ロレンはシャバラに尋ねる。
「シャバラ……あの事は言わなくていいの?」
「言うなよ、ロレン。変なこと言って、ナイトのところにいけなくなったら可哀想だろうが」
「そうだね……」
「 “あれ” はゾイと俺とお前とボーデンだけの秘密だ」
 ロガには他にも伝説があるのだが、それを知っているのはシャバラとゾイとロレンとボーデンだけ。



 結局三人が駆けつけたときは既に時遅し。
 皇帝陛下は表面は炭、中は生の奇怪な物体を笑顔で食していた。
 “なんで止めなかったんだよ! ザウディンダル!” と散々キュラに叱られ、さしものカルニスタミアも擁護の仕様が無く、ビーレウストが “まあまあ” とキュラを抑えて、何とかその場は収まった。その後、失敗した料理を回収して三人は管理区に、ザウディンダルは皇帝を連れて宮殿へと戻った。
「いや〜あれほどまでの事になるとは」
 部屋の中心にあるその物体を前に四人が深いため息をつく。
 まさか、これ程破壊力のある物質を作り上げるとは、さしもの彼等にも想像できなかった。
 その食べられるはずが無い菓子になれなかった物を捨てようとしていた時、ザウディンダルが帝国から戻ってきた。
「おい、処罰が決まったぞ」
「何しろって? 罰金か? それとも俺達が互いに鞭打ちか?」
「兄貴がそんな甘い男かよ……その……回収したカップケーキ食えって。一人二個がノルマ。捨てる事は許さないって……嘔吐も厳禁」
 『止めなかったお前が最も悪い!』そう帝国宰相に散々叱られて、泣きそうになって戻ってきたザウディンダル。
「こ、これ食うのか!」
 一人、完全にとばっちりを食らったエーダリロク。
 だが、ここに居る以上その懲罰から逃れられはしない。むしろ、他の四人が逃してはくれない。
「それにしても……一体どうしたらこんな事になる? 卵と小麦粉と砂糖とバターが合わさっただけだと言うのに、この破壊力は尋常ではない」
 ロガのことは好きだ、だがそれとこれとは訳が違う……自分は陛下ほどロガの事を愛していないのだなと炭化したそれを前にカルニスタミアは思い知った。
「うわ〜さすが帝国宰相、えげつない」
 顔を引きつらせながら、キュラはそれを一個手に取る。
「人類最終兵器としか言えねえ……すげーわ、これ。破壊の手って言ってやるべきか」
 続いてビーレウストも手にとって、ポンポンと投げながら苦笑いを浮かべた。
「陛下これ、四個も食べたんだよね……嬉しそうなお顔なさってたけど」
「ロガの方は “やっぱり生です! 食べない方が良いです!” 言ってたよな。それでも陛下食べられてたけれども」
「お幸せそうなお顔で……これが愛ってやつか?」
「まあねえ、デファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネストの愛を勝ち取ろうと腕によりかけて作ったって、顔面に皿ぶつけられる人もいれば、懲罰に使われるくらいのカップケーキ作っても笑顔で食べてもらえる人もいる。世の中って面白いよねえ」
 無駄口を叩いていても始まらないと、帝国側に映像を向けて彼らは思い切り噛み付いた。直後、口から出して少しずつ食べる方向になった。
「おえぇぇぇぇ……そもそも、……うっ……料理は下手でも、下手だってておぇぇぇ」
「喋るなら嘔気くらい抑えな、エーダリロク! こっちまで嘔気がこみ上げてくる」
 キュラもそれはもう吐きたくて仕方ないのだが、彼の “自分は美しい” というプライドが許さなかった。そんなナルシズムとは縁遠い、完全なる被害者エーダリロクは騒ぐ。
「もう十分……こみ上げ気味だ……大丈夫か、ザウディンダ……」
 これならば小麦粉を生で食べた方がマシだった。そう思いながらカルニスタミアは隣で震えだしたザウディンダルに声をかけるが、
「お前の方が顔青いぞ、カルニスタ……うっ……」
 実際は純正王子のカルニスタミアのほうが被害甚大。
 生まれてこの方、料理人の料理以外食べた事もない男にとって最早それは前人未到にして、踏み込みたくは無かった領域。
「ロガって……失敗した料理捨ててるのか……うっ……奴隷は、食い物捨てないだろうか……う……誰が処分……うぷ……」
 ヒクヒクしながら食べているエーダリロクは、これ程までに失敗した料理をどうやって処分するのだろう? そんな事を考えていた。違う事を考えなければ食べられない、なるのが真実なのだが。
 そんな四人を脇目に、
「ノルマ……終わったぞ」
 黒い手袋を嵌めた手をパンパンと叩き一人が勝利宣言をした。
「ちょっ! ビーレウスト! お前もう食った……おぇぇぇぇ」
「俺はどちらかってとゲテモノ食いだ。ただ、内臓とか脳みそとか直食いできる俺でもこれは辛かった。これは最終兵器だ。焦げ茶色した光粒子手榴弾って名付けても遜色ねえ。あんたスゲエぜ、未来の皇后。そしてこれを笑顔で四個食った皇帝陛下、さすが帝王直系の子孫。これが真実の愛ってなら俺は一生要らねえ」
 ビーレウストに真実の愛の恐ろしさを叩き込んだロガのカップケーキ(になる予定だった物体)
 彼が生涯独身だった背景の一つだった……かどうかは定かではない。
「一つ寄越せ、エーダリロク。手前は別に何も関係ねえからな」
「ありがとう、ビーレウスト」

親友に対するフォローは忘れない、人殺し大好きビーレウストだった。


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