繋いだこの手はそのままに −44
 陛下の誕生式典に参列する為に宮殿に来た、
「ザウディンダルはまだ身体の痛み引いてないってさ」ガルディゼロ侯爵。
「後で見舞いにでもいってやるか」セゼナード公爵。
「俺は顔見せたら直ぐに居なくなるからな。女を呼び寄せてるからよ」デファイノス伯爵。
「……」始終無言なのがライハ公爵。
 四名。

 正装をしてきた四人は “休憩中” と言う名の面会時間に、祝辞を述べに部屋に入った。
 部屋に入った四人は、その場に居た四人に驚く。
 何故か皇帝の傍に “帝国宰相” がいないのに、四大公爵が揃って侍っている。『政変でも起きたのか?』と全員が視線を交わすが、彼等が挨拶しに来た皇帝になんら変化はない。
『何か用事があって、一時的に席を外しているんだろうな』
 そう全員で勝手に自分に言い聞かせ、仲の悪い兄やら異母兄やら年上の甥を無視して皇帝の前に跪く。
 四人の挨拶と祝辞を受けた後、
「その節は苦労をかけた。何か望みがあれば言うがいい」
 何時もどおりの非常に人の良さそうな、あの日暴れた「シュスターク」とは全く違う表情と話し方で、皇帝は四人を労った。
「当たり前のことをしたまでですので」
 カルニスタミアがそう言うも、
「受け取ってくれないか? カルニスタミアよ。ザウディンダルにだけ褒美を取らせたのでは、その……なあ。褒美は受け取った方が良いであろう? 公爵達よ」
 何時もは皇帝の傍にいられない四大公爵の当主達は、皇帝の意見に当然ながら同意する。
「そうでしたら、最も働いたザウディンダルが頂いた褒美の八割程度頂きたいと」
 心停止(止めはカルニスタミアですが)する程働いたザウディンダルが貰った褒美を基準にエーダリロクが返す。だが、そう言った所で首を左右に何回かかしげ、困ったような素振りを見せ始めた。
「ザウディンダルが何を陛下から頂いたのか解りませぬが、それの八割が無理でしたら一割程度で十分です」
 ビーレウストが言うと、
「……あ……お前達、デウデシオンが欲しいか?」

「は?」
「え――」
「要らないよ」
「間に合ってます」

 皇帝はわけの解らない事を言い出した。そして思わず四人も、言ってはならないような言葉を口走る。
「お前達失礼だろうが!」
 四大公爵達が口々に怒り出したのを、シュスタークが宥め、
「言葉が悪かったな。確かにデウデシオンが欲しいと言われれば、お前達も焦るだろう」
 焦るというか “眉間縦皺完全標準装備 怒り過ぎて最低一日一回は脳貧血 蛇なんて問題にならないくらい執念深い 口喧しさは爺や+母親+乳母+兄(甥・異母兄)級” どう考えても断固拒否したい相手。皇帝が “くれる” と言っても “受け取れ” と命じても、全力を持って逃げ切りたい、そんな相手だ。
「実はな、ザウディンダルに欲しいものを聞いた所 “デウデシオンが欲しい” と言い出してな。確かに余が受け取った要望を叶えるのは帝国宰相デウデシオン。余を通してデウデシオンに伝えるよりかならば、直ぐに叶えられるであろうから、言葉通りデウデシオンを置いてきた」

− あ〜陛下、ご存じないんだな……ザウディンダルが帝国宰相の事好きなの

 「ずっと貴方の傍にいて、全く振り返ってくれなくなった異父兄を返して下さい」を「物事を対処するのは帝国宰相だから、宰相さえ置いていってくれれば後はいいですよ」 皇帝は根本的に勘違いしていた。
『なんか』
『すっげえ』
『おもしれえ』
『このままにしておこうか』
 四人の気持ちはその時確かに一つになった。
 そして帝国宰相がこの場に居ない理由も理解した。
「でしたら、我々も帝国宰相に直接望みを言ってもよろしいでしょうか?」
 軽やかにキュラが声をかける。その声に皇帝も笑顔になりながら、
「ああ。デウデシオンはザウディンダルと共におるので、見舞いもしてやってくれ。お前達が見舞ってくれれば、ザウディンダルの容態も良くなるであろう」
 人の良い言葉を返す。

− 陛下……ご存じないのだな。こいつ等が見舞っても、全く良くなるような関係ではない事を

 背後にいた四大公爵達も黙っていた。
 では帝国宰相閣下に会いに行ってきます、とカルニスタミアを除く三人が退出の礼をして去る。
「どうした? カルニスタミア」
 一人残ったライハ公爵に、シュスタークは話すように声をかけた。
 シュスタークも大体の事は想像が付いていた。紛れてしまった “感情” に関する事だと。
「陛下、人払いをお願い致したい」
 膝を付き、頭を床までつけてカルニスタミアは人払いを願い出た。
「四大公爵もか」
「はい」
 全員を遠ざけて話したいと、カルニスタミアは頭を上げて皇帝を真直ぐ見る。
「カルニスタミア!」
 皇帝の傍に控え、皇帝に奏上するものの言動を監視するのが四大公爵の今の役目。
「よい、アルカルターヴァ公爵。全員下がれ」
 全員を退出させた後、静かな部屋に時計の音だけが響く。
 暫くの沈黙の後、カルニスタミアは意を決してこれまでの事を告げた。
「陛下」
「何があった」
「儂はあの娘に触れました。背中に口付けを。それ以上は何もしておりませぬ。信じてくださいとはとても申せませぬが、真実でございます」
 息を飲んで驚いた表情を浮かべた皇帝は、直ぐに笑顔を浮かべて、
「信じる」
 はっきりと言い切り、手を差し出した。カルニスタミアはその手に触れて、両者握り合う。
「陛下……」
「余が信じずして、誰がお前を信じるのだカルニスタミア。嘘は言っておらぬ……多分、解る。この能力で混乱させたが、この能力で信じることもできる。余が暴れて悪かった」
「……いいえ、そんな事は……ございません。そんな事を仰られるな、貴方は新帝王だ」
 シュスタークはゆっくりと頭を振り、
「本当に苦労をかけたな。……こんな事を聞くのはおかしいのかも知れぬが。カルニスタミアよ、余はロガのことが好きなのだな」
 カルニスタミアに尋ねる。
 自分にははっきりと解らない感情を、それを一瞬だけでも共有できる相手に。その問いに、カルニスタミアははっきりと答えた。
「はい。貴方の心はあの娘……ロガにあります」
 目を閉じて少しだけ困ったような笑みを口元に浮かべて、小さな声で「悪いな」と皇帝は告げた。カルニスタミアに対してなのは解っていたが、言われた方は黙っていた。その言葉に返事が返ってくるとは皇帝も思っては居ない。
 そして握り合っていた手にシュスタークは少し力を込め、
「カルニスタミア……前に、余に話してくれた事があったな」
 話し始めた。
 かつてカルニスタミアと “余は恋などせぬであろうから、良ければお前の恋を聞かせてはくれないか? 楽になるというのならば……だが” そんな会話を交わしていた。カスニスタミアは皇帝に『儂の好きな相手は、違う男が好きです』と告げていた。そしてその事を、皇帝に語ると少しは楽になるとも。
 誰とは告げていなかったのだが、
「勝手に女だと勘違いしておった。……ザウディンダルだったのだな」
「はい……そうです」
 これで知られてしまった。ただ、隠されているものでもなく、皇帝以外の者は殆ど知っている。
「ザウディンダルの見舞いに行く時、少し緊張した。カルニスタミアがそうであるように、余もザウディンダルの顔を見たら……だが、直ぐに……。諦めておるのだなカルニスタミア、もう諦めておるのだなザウディンダルの事を」
 皇帝はカルニスタミアの感情を引き摺り、ザウディンダルに会いに向かった。異父兄の顔を見て感情が噴出すのではないかと、恐れながらも。
 だが、そんな事はなかった。むしろ、寂しさを感じる。
 それはカルニスタミア本人も徐々に認めつつある “諦め”
 十年近く続いた関係も、カルニスタミアにはデウデシオンを越える事はできない。正確に言えば、ザウディンダルが越えさせてくれない。
「余はザウディンダルが誰を思っておるのかは知らぬが……カルニスタミア……上手くは言えぬが、お前がそれで良いのならば、良い。だが、余はその寂しさを味わいたくはない。わがままであろうが、余はロガを見てお前の“知っている”寂しさを感じたくはない」
 恋と気付く前に、それが壊れる感情を覚えてしまった皇帝は臆病になる。
「それが当然のことでしょう。儂に何でも命じてください、あの娘を……妃にする為に、何でもいたしましょう。信じてください、儂は貴方とロガに幸せになって欲しいと、本心から願っているということを。陛下、泣くのは我慢してください。これから暫く式典が続きますので、陛下が泣き顔ですと」
「済まぬな、言われないと泣く所であった」


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