繋いだこの手はそのままに −41
 カルニスタミアが通信設備のある部屋に入ると先客がいた。
「不機嫌そうだな、カル」
 帝国との連絡を取り合っていたデファイノス伯爵ビーレウストが振り返り、その表情に笑いながら声をかける。
「疲れただけだ」
 不機嫌そうだといわれたカルニスタミアは『心外だ』といった口調で返すと、通信機を使っているビーレウストの傍に行き、帝国宰相に一応の連絡を入れようとしたのだが、それは必要なかったようで、
「そうかよ。そうそう、帝国宰相様がおいでになられるそうだ」
 向こうの方から此方に出向いてくるという連絡が既に入っていた。
「……ザウディンダルの容態を確認しにか?」
 まさか……と言った面持ちで尋ねると、ビーレウストは顔の前で手を振りつつ首まで横に振って、否定する。
「そんな訳ねえだろ! あの人が来る理由は奴隷娘の方さ。何でも花火を見せたいと陛下が仰られたから、大至急用意して此処までご自分で運ばれるんだとよ。それと娘の打ち身用の薬もわざわざ帝国宰相サマが持ってこられるそうだ」
 バゼーハイナン後宮に絶叫を響かせた映像。
 それを解析してロガの怪我の具合を算出し、見合った薬を調合してくるのだと。
 娘が蹴られてあの姿になったのだ、誰もがロガという娘が特別だと認識せざるを得ない。特にこの “カルニスタミア” 皇帝の意志を覗いた男は、誰よりもそれを知っている。
「……ふ…ん」
 その彼はビーレウストの口から “奴隷娘” という単語が出た瞬間に曇った表情、そして
「使うんじゃないのか? 通信機」
「……帝国宰相に連絡を入れるつもりだったが、来るのならばいらん」
 それだけ言うと即座に部屋を出て行った。遠ざかる足音を背中で聞きながら、ビーレウストは口元を手で隠し大きく口を開いて声無く笑う。
『…………我が永遠の友……こりゃあ、本物だな』
 暫く声を殺して笑った後、ビーレウストは部屋へと戻った。

 それから四時間後、既に彼等のいる区画が黄昏の終りに近づいた頃、中型船が着陸した。
 帝国宰相が配下を引き連れ、人工衛星に降り立ち指示を出す。花火は管理区画の中からロガによく見えるように打ち上げるべくセットを開始。
 それと、
「こちらの方は我々が届けておきますので」
 厳重に梱包されて運ばれてきた「打ち身用の薬」とシュスタークが付けていた「面」
 薬は最終確認で成分検査機にかけて間違いない事を自らの目で確認した後、デウデシオンはそれをキュラに渡した。それを恭しく受け取ったのを視界の端に置きながら、少し早口でもう一つの用件を告げた。
「それに関しては任せた。あと、レビュラ公爵を帝星へと連れてゆく」
「そりゃどうぞ、宰相閣下のご決断に逆らいはしませんが」
「陛下がザウディンダルに声をかけたいと。それとライハ公爵」
 尋ねられてもいないザウディンダルを連れてかえる理由を語った後、今度は視線を向けてライハ公爵の声をかける。
「…………」
「ライハ公爵カルニスタミア!」
 かなり強い口調で呼びかけるが、宙を見上げたままのカルニスタミアは反応しない。
「……」
「何シカトしてんだよ、カル」
 おいおい! とあきれた声を上げながらビーレウストがカルニスタミアの頭を叩く。
「ああ……済みませんな」
「陛下は全員にも声をかけたいと仰られた。式典中に一度は全員宮殿まで来るように。その際の警備は、ハセティリアン公爵の部隊が受け持つ」
「はい」
 それだけ言い残し、管理区画に新しい蘇生装置を設置し、ザウディンダルが入ったままの装置を中型船に積んできた機動装甲の動力に繋ぎ、帝国宰相は帰還した。
「花火はタイマーで……この時間帯天気良くしないとね。風はどのくらいあればいいかな?」
 火薬を使用するため、若干の煙がでる。
 それを流さなければ美しく見えないので、気象制御で花火が流れない程度の風を作る必要性がある。
「花火用の気象データセットすりゃあいいんじゃねえの。あーでも大きさが違うし、気象制御装置自体も劣化してるから……後で俺が計算しておくよ、キュラ」
「よろしく頼むよ、エーダリロク。頼むついでに僕休んでもいいかなあ?」
「構わねえぜ。お前らも休めば」
 エーダリロクの声に “おう” と声を上げたビーレウストと、
「届けてこよう」
 一人鎮痛剤の入ったスプレーを手に持ったカルニスタミア。
「疲れてたんじゃなかったのか? カル」
「仕事となれば別だ」

 じゃあよろしく! その声を背にカルニスタミアはロガの住んでいる墓場へと向かう。

 人気のない道を通り抜け、暗さを含んだオレンジ色に照らされている小さな小屋をノックする。
「警官だ」
「はっ! はい」
 前回と同じように大急ぎで出てきたロガに、カルニスタミアは薬を差し出す。
「打ち身用の薬だ」
 薬とカルニスタミアを交互に見て、警戒するが、
「この方の……ナイトオリバルド様からだ」
 派手過ぎる面と共に、カルニスタミアがその名を出すとロガの表情が緩む。それはカルミスタミア初めて見た表情であり ”カルニスタミアは知っている表情”
「ありがとうございます」
 ロガは手を伸ばし、それを受け取ろうとしたのだが、
「はい……?」
 突然手首をつかまれる。
「服を脱げ」
 膝を落とし視線を合わせカルニスタミアはロガに顔を近づけて命令した。
「え……」
 突然の事に、どう答えて良いのか全くわからないロガはただ、目の前にある[ナイトオリバルド様と同じ、左右が違う目]に射竦められてしまう。
「背中にかけてやる。脱げ」
「で、でも」
「脱げと言ったのだ、早くしろ」


 精神感応器官は決して性能の良いものではない。片方からだけ感情が流れるものではなく、受け止めた感情が自分の中で “己の感情” として居座る事もある


 ロガは首を振り “手を離してください” と小声で訴える。手首を離してやったカルニスタミアは、薬の入ったスプレーを手でもてあそびながら、早くしろと繰り返す。
「下着も全てとれ。上だけでいい」
 命令されたとおりに上半身だけ裸になったロガの背中にスプレーをかける。
 胸を手で覆い隠して緊張した状態で終わるのを待っているロガ。
「?」
 ぽすり……と土の上にスプレー缶が落ちる。どうしたのだろう? そうロガが思う隙も無くカルニスタミアが腰に腕を回し無理矢理引き寄せ、
「……いたっ!」
 腰の辺りに口付ける。
 何が起こったのか解らないロガは、突然抱きすくめた力強い腕と、腰に感じた事のない濡れた様な感触に怯えて動けないまま暫く時間が流れた。
「直ぐに治るだろう」
 ため息を付き、カルニスタミアがロガの身体を放す。
「は……はい……」
「後は痛むところに自分でかけろ」

 そう言い残し、カルニスタミアはその場を後にした。

「カルニス、奴隷の様子はどうだった?」
 戻ったカルニスタミアを出迎えたのはエーダリロク。
 “思ったより遅かったなあ” その問いかけに “スプレーの使い方を教えてきた” と全く表情を変えずに告げるカルニスタミア。
「大した怪我でもないようだ。明日にでも治ってるだろうよ。……所でビーレウストとキュラはどうした?」
「あの二人はもう寝てる。カルニスも疲れただろ? 早く休めよ。一応俺が明日までは起きてるから。まあ、途中で居眠りするかも知れねえが」
 ロガを抱きしめた左腕を眺め、
「では任せた」
 それだけ言うと、振り返らずに部屋から出て行った。
「お疲れさん」
「ああ」

 激情の中に潜んでいた[少女]

「これは儂の感情ではない、儂のものではない……これはあの人が育てた感情だ」
[……待っててくれ! 絶対にまた来る故に! 待っててくれ!]
仮面を見て嬉しそうに笑うロガ
「違う……あの娘が待っているのは……」

舞い散る桜の花びらの
「娘よ、明日も来て良いか!」
「はっ! はい! 待ってますナイトオリバルド様」

儂ではない、あの娘が待っているのは。だが……陛下……申し訳ありません

カルニスタミアは部屋抜け出し、監視をすり抜けてロガの家へとむかった。ロガをその手に抱くために


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